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第一章 アルトルム王国の病

第四話 受諾

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 あまりにも規模が大き過ぎる頼みごとに、我輩、ピキッと硬直してしまう。
 そもそもにして、我輩は猫なのである。いかに紳士を目指しているとはいえ、世界を救うなどという大規模な試みをできようはずもない。せいぜいが、手の届く範囲の者達に手を差し伸べるくらいのことしかできない。

 しかし、声の主は、そんな我輩の様子などお構い無しに話を続ける。


《猫さんには、割れてしまった『豊穣の神珠』の欠片を集めてほしいんだ》


 話の内容としては、必要な力を与えるから、『不幸を呼び込む欠片』となってしまった『豊穣の神珠』の欠片を集めてほしい。具体的な方法は、その不幸の根幹を改善し、欠片の持ち主に接触するだけで良いとのこと。
 ちなみに、与える力は、元々召喚時に与えたものにプラスして、身体能力の向上と、精神力の向上、欠片の回収が終わるまでの不老不死に、あと二つほど、望みを叶えるとのことだ。
 ただ、その説明の途中で、我輩は一つ気になることがあったため、先にそれを尋ねてみることにする。


「にゃにゃ? (もしや、我輩が飛ぶ瞬間に、その身体能力の向上とやらを与えたのではないか?)」


 木の枝から飛び移る瞬間、全身に違和感があったのは記憶に新しい。そして、狙った場所に届かないどころか、それを遥かに越えたジャンプ力。……我輩の体に何かが起こったのは、まず間違いがないであろう。


《うっ、ご、ごめんなさい。猫さんの言う通りです。まさか、あんなことになるとは思わなくて……》


 『あんなこと』とは、言うまでもなく、我輩が壁に激突し、磔状態になったことだ。しかし、そこでまた、一つの疑問が沸き上がる。


「にゃあ? (そういえば、痛くなかったような?)」


 そう、我輩は、確かに壁に激突したはずだったのだが、その際、痛みを感じた記憶がない。


《あぁ、それは、召喚された時に頑強な肉体を手に入れてるからだと思うよ》

「にゃ……(そういえば、禁忌級の魔法を受けても傷一つつかないとかあったような……)」


 考えてみればたしかに、そんな能力をもらっていた。『禁忌級の魔法』というものがいまいちどのようなものなのか分からないが、少なくとも、勢い良く壁に激突するよりも高い威力の魔法なのだろう。


「にゃあ…(何とも便利な…)」

《えっと、それで、だね……この頼みを引き受けてはもらえないかな?》


 とんでもない力を手に入れたという事実に、我輩が遠い目をしていると、声の主は再び頼んでくる。しかし、まだ聞いておかなければならないことが一つ残っていた。


「にゃにゃあ? (それは、この先にいるレディとどう関係しているのだ?)」


 そう、声の主は、この頼みごとが我輩が助けようとしているレディとも関係があると言っていたのだ。そこのところをはっきりさせておかなければ、我輩も返答しかねる。


《あぁ、そうだったね。とりあえず、この先に居る人物は、この国の王女で、欠片の持ち主なんだ》

「……にゃ(……つまり、この頼みを引き受けなければレディは助からないと?)」

《そういうことになるね》


 どうやら、我輩に選択肢などなかったらしい。


「にゃにゃっ!! (ならば、その頼み、我輩が引き受けたのだっ!!)」


 そう言って、我輩は後ろ足で立ち上がり、右前足でトンと胸を叩く。


《あ、ありがとう猫さん! あっ、ちなみに、僕の名前はセイクリア。この世界の世界神だから、よろしくね》

「にゃ、にゃあにゃ。にゃー(む、我輩はタロである。こちらこそ、よろしくなのだ)」


 遅い自己紹介も終わり、一段落ついたところで、我輩は早速、この壁の向こうで未だに泣いているであろうレディを助ける方策を考える。


「にゃあ(欠片を回収するには、最初に不幸の元を絶たねばならないのであったな)」

《うん、欠片の持ち主には、必ず周りで起こっている不幸が同じように降りかかるから、まずはどんな不幸が起こっているのかを調べてくれないかな?》

「にゃっ。にゃあっ(分かったのだっ。それでは早速、行ってくるのだっ)」


 目標は定まった。であるならば、後は行動あるのみだ。


《あっ、待って! まだ二つの望みを聞いてないっ》


 早速行動を始めようとしたところで、早すぎるブレーキがかかる。
 あまりに色々あり過ぎて、我輩、望みを叶えてもらえるということを忘れていた。しかし、どんな望みを言おうかと、我輩はしばらく悩む。
 実際のところ、様々な能力をもらったおかげで、特に必要なことが思い浮かばないのだ。


「にゃあにゃあっ(ふむぅ、では、飼い主の様子を知りたいのと、何でも美味しく食べられるようにしてほしいのだっ)」


 結局、心から欲したのは、飼い主のことが知りたくて出た望み。何せ、あのすばらしい飼い主とは、意図せずして、今生の別れとなってしまったのだ。ぜひとも飼い主の無事を知って安心したいところだった。

 そして、もう一つの望みもまた、我輩にとって飼い主を知ることに繋がる。我輩は、飼い主と同じものを一度でも良いから食べてみたかったのだ。
 どんな味だとて構わないと思っていたのだが、どうもそういった問題ではないようで、同じものを食べることはできなかった。それが、我輩の中ではずっと引っ掛かっていたのだ。


《えーっと、飼い主さんのことは定期的に報告するようにしよう。それと、何でも美味しくかぁ。体の構造を変えるのは面倒だし…あっ、悪食の能力をあげるよ!》

「にゃ。にゃにゃっ(ありがとう。では、さらばっ)」

《うん、またねー……って、能力の説明してなかった!?》


 何やら自分にツッコミを行っている声が聞こえたが、我輩はすでに、通気孔へと飛んでいた。

 うむ、木に登らずとも地面からこれだけの距離を跳べるなんて、すばらしいのだっ。


「にゃーっ(今行くぞ、レディ)」


 能力の確認は、我輩自身もできるため、叫ぶセイクリアを気にすることなく、我輩は、通気孔の中を突き進むのであった。







「どうしよ、タロさん行っちゃったよ……ん? そういえば、タロさん自身も能力の確認ってできたっけ?」


 慌てる必要がなかったと気づいた、金髪に蜂蜜色の瞳をした男神、セイクリアは、タロがナーガに送られる直前に居た、真っ白な空間でホッと安堵のため息をこぼす。


「……セイクリア様、私もあの猫さんと話したかったのですが……」


 と、そこで、金髪の長い髪をもつ女神、ロムが背後からセイクリアへと声をかける。


「えっ? あっ、忘れてた。ごめん、ロム」

「……そうですか、忘れられていたんですか」


 キッパリと忘れていたことを宣言されたロムは、目に見えて落ち込む。そんな、しゅんとなってしまったロムを見て、セイクリアは慌ててフォローすべく、言葉を捻り出す。


「だ、大丈夫だよ。また後で、今度こそ、話せるようにするから」

「本当ですか?」

「うん、だから、そんなに落ち込まないで、ね?」

「はいっ、楽しみにしてますね!」


 タロと話せると分かり、顔を輝かせるロムを見て、セイクリアは一先ず難を逃れたと安堵する。そして……。


「それじゃあ、ロム。タロさんの飼い主の近況を調べてきてもらえるかな? それを、タロさんに報告しなきゃだから」

「はいっ、行ってきます!」


 セイクリアは、早速タロの望みを叶えるべく、行動を開始するのであった。
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