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第六章 穏やかな日々

第九十七話 悶々

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 部屋に戻って、劇が観られるということへの興奮が落ち着いてくると、俺は、重大な事実に気がつく。


(俺、もしかしなくとも、デートを了承した形になった……?)


 興奮していて今まで気づかなかったことに気づいてしまった俺は、顔を押さえてうずくまる。


「カイトお嬢様!?」


 側に居たリュシリーが慌てた声を出すも、今は顔を上げられる気がしない。


「大丈夫、だから……ちょっと、一人にして」

「ですが」

「頼む、から」


 具合は悪くない、大丈夫という言葉を繰り返し、ようやくリュシリーを部屋から出すことに成功した俺は、側にあったクッションに顔を埋める。


(ちょっと、待て。落ち着こう。……明日、どんな顔でライナードに会えば良いんだ?)


 最後に見たライナードが、やけに嬉しそうだったのは、絶対に俺とデートできるからだろう。


(俺はノーマル。俺はノーマル。俺はノーマル……だよな?)


 必死に頭の中で繰り返す言葉に、俺はふと、疑問を抱く。気がつけば、俺はいつもライナードのことばかりで、一緒に居ることが心地よくて、時々、ライナードのことが可愛く見えて仕方ない。


(ノーマル、ノーマル、ノーマル、ノーマルっ!)


 俺はゲイじゃない。いや、今の姿なら何も問題はないかもしれないが、これは精神的な問題なのだ。
 異世界に来て、新たな扉を開くことになるのは……正直、かなり怖い。


(明日はただのお出掛けだ。ライナードだって、そう言っていただろう?)


 本心を隠してか、言い直したライナードの言葉の方をこそ、信じようと頑張る俺は、ドツボにはまっていることには気づかない。


(明日は、そうっ、ライナードと二人で……二人っきりで……)


 再び熱を持つ頬に俺はさらにクッションを顔に押しつけて、必死に意識をまぎらわせようとする。


(うあぁぁ……)


 もう、今は何を考えても悶えることしかできなさそうだった。


(違う、そうじゃないっ。明日の、楽しいことを考えないとっ! 演劇、楽しみだもんなっ)


 魔法がある世界での演劇がどんなものなのか、楽しみであるのは本当だ。


(どんな衣装なんだろう? あっ、衣装といえば、明日はどんな服で……って、あぁあっ、違うっ、デート、違うっ)


 デートにありがちな女性の悩みを抱いてしまったことに気づいた俺はギュムギュムとクッションへ顔を押しつける。


(寝ようっ。そうだっ、考えるからいけないんだっ。今は休む時なんだっ!)


 ちょうど、昼寝するにはほど良い時間ということもあり、俺は顔の火照りが治まったところで、リュシリーに少し休むことを告げる。リュシリーには、やはり体調が悪いのではないかと心配されたが、『大丈夫』を繰り返して、布団に横になる。
 ……目を閉じれば、ライナードの笑顔やら、大浴場で見たたくましい体やらが思い浮かんでしまって、全く、一睡もできなかったのは、言うまでもない。
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