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第五章 お姉様

第九十二話 処分(ライナード視点)

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 ドム爺とリュシリーに激辛君昇天錠とやらを飲ませて、その苦悶の叫びに罪悪感で思わず目を逸らしたところで、ノーラが呼びにいったであろう応援が来た。そして、俺は二人とともにドム爺とリュシリーを城へと運び……その時にはすでに、城の前はカラクの独壇場で、死屍累々の魔族達が、屈強な男達によって運ばれているところだった。


「ひょーっひょっひょっ、そちらも終わったようで何より!」

「む、診察は……」

「ひょっ、もちろん、私のところで、じっくり、ねっとり診察させてもらおうぞぉっ」


 カラクは、言葉選びこそ色々と間違っているが、実際は良い人だ。色々と気が回るし、教え上手でもある。……少し暴走するところはたまに傷だが、そこら辺は部下達が対処してくれていたので、俺に直接の被害はなかった。


「頼む」

「ひょーっ」


 ドム爺達もカラクに託し、少しだけカイトのところに顔を出して……至福の一時を味わった後の夜、俺は、姉上達が居るであろう場所を目指す。


(恐らく、診察も終わって、それぞれの片翼と面会させるために、広間を使うだろうな)


 広間は、少人数でパーティーを開けるくらいの広さで、時々、事件の被害者を家族に会わせるための部屋としても使われる。と、いうより、主にそのために作られたようなものだった。


(もう、会えただろうか?)


 姉上の様子を思えば、一刻も早く会わせてあげたいところだが、診察だけではなく、事情聴取などもあったはずだから、まだ会えていない可能性もある。
 暗い廊下を歩いて向かえば、その広間に通じる扉から明かりが漏れていることに気づく。しかも、中からはすすり泣く声が多く聞こえる。


(間に合ったか)

「バカバカバカっ、フィロのバカぁっ」


 扉を開けてみれば、大勢の魔族が、抱き合ったり、涙を流しあったりしている。そのうちの一人に、姉上も居て、ポカポカ……ではなく、ドスドスと表記されそうな具合で、一人の魔族男性を殴っていた。


「ぐふっ、ごはっ、リ、リア……すまなぐはぁっ」


 拳がちょうど、腹にめり込んだのを、俺はそっと目を逸らして見なかったことにする。


「リド……」

「レティっ、レティっ」


 そして、他に視線を移せば、そこには号泣しながら一人の精霊である美女にすがり付くリドルが居た。美女の名前はレティシア。リドルの片翼で、精霊王の娘だったはずだ。


「ごめんなさい。リド。こんなことになるなんて思わなくて……」

「ぐずっ、良いのよぉっ。レティが無事なら、それで……う、うぁぁぁあっ」


 こちらもこちらで、中々直視するにはキツイ光景だと、俺はやはり目を逸らす。途中、ドム爺とリュシリーも見つけたものの、二人は何だか良い雰囲気だったため、やはり注視はしない。そして……最後の目的を見つけた。

 そこに居たのは、萌黄色の髪の女性魔族と、水色の角と赤い瞳を持った男性魔族。彼らは、再会を喜び合うでもなく、暗い顔で沈んでいた。


「失礼。ニナのご両親で間違いないか?」

「は、はい」


 ニナの水色の角と赤い瞳は、この男性魔族譲りなのだろう。茶色の髪で、あまりパッとしない見た目のその男性魔族の答えにもう一人の萌黄色の髪に黄色の角、黄色の瞳を持つ儚げな女性魔族がうなずき、俺は言葉を続ける。


「では、話がある。少々こちらへ来ていただきたい」








 二人を連れて来たのは、防音機能が完備された客室の一つ。この時のために、今は貸し切り状態だ。


「単刀直入に言う。あなた方は、魅了にかかっていたとはいえ、許されないことをしてしまっている。処分は免れない」

「それは、覚悟の上です」

「はい」


 男性と女性がそれぞれに同意する。彼らは、ニナの魅了にかかって、そのままニナを性的対象として見てしまっていた。そのために、ニナは性的な虐待を受けることとなっていたのだ。


「……これは、俺個人の質問だが。ニナがもし、魅了持ちでなければ、どう接していた?」

「それはっ、もちろん、普通の家族として、慈しみます!」

「私も、です。私達は、一人娘に、なんて、おぞましいことを……」


 幸いといって良いのか分からないが、ニナは最後まではされていないらしい。それでも、ニナの心には大きな、これから一生、癒えることのない傷がついてしまったのだ。


「そう、か……」

「ニナは、ニナは、どうなるのですか?」

「私達のことは、どうでも良いのですっ。あの子は、無自覚に力を使っていただけなのですっ。だから、どうか、どうかっ、命だけは助けてやってくださいっ」

「私からも、お願いします。どうか、ニナだけは、助けてくださいっ」


 そう言って、土下座までして頭を下げる二人に、俺は少し目を閉じて……それから、ゆっくりと口を開く。


「彼女は、魅了を無意識に使う、魔族にとっては脅威でしかない存在だ」


 そう言えば、彼らはビクッと肩を震わせて、よりいっそう、地面に頭を擦り付けて懇願する。


「だが、その魅了を無効化する方法が、近々分かりそうでもある」

「っ!?」

「そ、それはっ!」


 あれから、カイトはカラクの実験に付き合って、その結果、どうにもカイトは無意識で、状態異常の魔法を一定の範囲に限り、無効化する魔法を使っているという結論に辿り着いたらしい。今は、その術式の研究がなされており、近いうちに、その魔法が使えるようになる予定だった。


「ニナは、こちらで保護するから問題ない。ただ、お前達に会わせるわけにはいかないが」

「それは、もちろんです。私達は、ニナのトラウマでしょうから。会わせる顔なんて、ありません……」


 俺の言葉に納得して見せた女性は、しかし、どこか寂しそうにしていた。そんな女性の肩を抱いた男性も、やはり、ニナに会いたい気持ちがないわけではないのだろう。


「……ニナが成長して、お前達に会いたいと言えば、会わせることはあるかもしれないがな」


 そう言ったのは、彼らへの同情からではない。ただ、ニナが、本当の両親の姿を知らないままというのは、悲しいだろうと思ったから、もしかしたら、会いたくなるような何かが、この先にあるかもしれないと思ったから。

 弾かれたように顔を上げた二人は、その顔を歪めて、泣き出しそうな表情を浮かべる。


「ただし、一生会いたくないと言えば、そのままだ」

「「はい」」


 そうして、俺は彼らに、三十年間の無償労働の罰が与えられていることを告げて立ち去る。幼児虐待の罰としては軽い方だが、それは仕方ない。何せ、魅了なんていう魔法が関わっていたのだから。


(もし、魅了の力を持たずに生まれていたら、きっと良い家庭だったんだろうな)


 そう思いながら、俺は、無性にカイトに会いたいと思って、歩く速度を速めるのだった。
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