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第五章 お姉様

第六十四話 事件の香り?(ライナード視点)

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 カイトとの穏やかな一時をドム爺に邪魔されて、若干苛立っていた俺は、ドム爺の言葉を聞いて固まる。


「なん、だと?」

「ですから、アメリア様がこちらにいらっしゃると」


 アメリア・デリク。いや、今はアメリア・バート。彼女は、俺の百歳離れた姉であり……天敵だ。


「い、いつだっ! 早くっ、カイトを隠さなければっ!」


 アメリア姉上は、とにかく、強引だ。そして、俺の黒歴史をそれはそれは、しっかりと、よぉく知っておられる方でもある。それを引き合いに出されれば、俺は引かざるを得ない。たとえ……姉上が可愛いものが大好きで、カイトを見つければ、ありとあらゆる手段で可愛がろうとするであろうことが分かっていても、俺は、黒歴史をカイトにだけは知られたくない。


「それが……」


 なぜか口ごもったドム爺に、俺は嫌な予感が隠せない。ゴクリとつばを飲み込んで、続きを待てば、その凶報は、すぐにもたらされた。


「つい先ほど到着したと」

「先触れの意味がないだろうっ!」


 そう言いながらも、俺は勢い良く部屋を飛び出し、カイトが居る場所へ向けて全力で走る。


(結局、遅かったがな)


 結局のところ、俺がカイトを見つけた直後に、姉上もカイトを見つけてしまっていた。これでは、カイトを引き離すことができない。


(すまないっ、カイト)


 わけも分からず連れ去られるカイトを見ながら、俺は、内心で謝罪する。きっと、おそらく、絶対に、カイトは姉上に可愛がられる。様々な可愛いものの話に花を咲かせ、可愛いドレスを着せ替えて、可愛い小物をたくさん身に付けさせて……きっと、中身が男のカイトにとっては、地獄の一時になるに違いない。


(すまないっ、カイトっ)


 害はないと分かっているため、俺も強くは出られない。ここは、どうにかして、カイトに耐えてもらいたいところだ。


(カイトが逃げ出したら、全力で匿おう)


 黒歴史なんて、カイトにさえ聞かれなければ良いのだ。カイトに出会う前であれば、他の奴らにも聞かせたくはなかったものの、今は、カイトにさえ聞かれなければどうでも良い。


「ライナード坊っちゃん」

「む、戻る」


 慌てて飛び出した俺を追ってきたドム爺にそう告げた俺は、カイトの様子が気になるものの、とにかく報告を聞くために戻る。


(姉上が戻ってくるなんて……何があったんだ?)


 確かに、俺は家族にカイトのことを報告している。片翼休暇を取った以上、誤魔化せる話ではなかったからだ。しかし、俺以外の家族には、全員それぞれの片翼が居たし、全員があまり俺に関心を向けることはなかった。せいぜい、お祝いに何かが送られてくるくらいのものだ。


(姉上の片翼は、フィロ・バート、街の警備隊隊長だが……)


 一応、姉上の片翼ということで、名前と容姿くらいは知っているものの、姉上の独占欲が強過ぎて、俺はそれ以上のことを知る機会がなかった。だから、二人の間に何かがあったのだろうという想像はできるものの、何があったのかの想像はまるでできない。


「厄介事か?」


 執務室に戻って、ドム爺に尋ねてみれば、ドム爺は困ったような表情で同意する。


「はい、何でも、アメリア様はフィロ様に裏切られたと仰っている模様でして……しかし、内容が不明なままです」


 フィロ義兄上は、俺達と同じ魔族だ。だから、片翼であるアメリア姉上を裏切るなんて、あり得ない。


「すぐに調べろ」

「はっ」


 誰かに情報操作されたのか、それとも、裏切りに見える何かがあったのか。それは分からないが、厄介事であることに違いはない。早くこの厄介事を片付けなければ、俺とカイトの平穏な日々が、それだけ遠退いてしまう。せっかく片翼休暇を取っているのに、カイトと触れ合えないなんて事態は、絶対に避けたかった。


「カイト……」


 そして、俺は今頃、姉上の餌食になっているであろうカイトを想って、悶々とするのだった。
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