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第四章 隠し事

第五十四話 繰り返される謝罪

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「カイトっ!」

「ふぎゅっ!?」


 馬車から降りて、屋敷の方を見た瞬間に、俺はかったい胸板に激突する。言わずもがな、ライナードの胸板だ。


(は、鼻、ぶつけた……)


 少し涙目になりながら、どうにか身動ぎをしようとするのだが……ピクリとも動けない。


「カイトっ、すまないっ。怖い思いをさせたっ」

(いやいや、そんなことより、離してほしいんだがっ!?)


 ギュムギュムと抱き締められる俺は、ちょっと酸素が薄くなってきて、わりときつい。


「ライナード様、カイトお嬢様が窒息してしまいます」

「っ!? す、すまないっ」

「ぷはっ、はぁ……いや、大丈夫だ」

「すまないっ、すまないっ、カイトっ」


 どうにか息をして、『大丈夫』と告げるものの、ライナードは壊れたレコードのように、『すまない』という一言を繰り返す。


「すまない、すまないっ」

「え、えっと、とにかく屋敷に入らないか?」


 馬車から降りた直後に抱き締められた俺は、未だ屋敷の中に足を踏み入れていない。


「っ、そう、だな」


 どうにか納得してくれたらしいライナードに安堵したのもつかの間……ちょっと前に体験した視界が回るという経験を、俺は再びすることになる。


「えっ? えっ?」

「とりあえず、俺の部屋に行こう」


 そう言った直後、ライナードは早足で歩き出す。もちろん、俺は足を使うことなく……と、いうか、横抱きにされて、そのまま運ばれている。


(俺、この世界に来てから、横抱きにされること多いよなー)


 もう、諦めるしかないのかもしれないが、こういう時は女の体であることが憎い。
 ほどなくしてライナードの筋トレ用の器具がいくつもある部屋に辿り着き、ベッドの上に下ろされる。


「すまない、カイト」

「いや、ライナードが謝ることじゃないだろう? それに、俺、ちゃんと守ってもらったし」

「すまない」

「ほら、頭を上げて」


 俺の目の前でひたすらうなだれるライナードに、俺はどうにか話を聞いてもらおうと、まずは目を合わせることから始めようとして……その目が、赤く充血していることに気づく。


「すまない、カイト」


 明らかに泣いた後であろうライナードに、俺は、そこまで心配してもらえるのが嬉しくなるのと同時に、隠し事をしていることが心苦しくなる。


「すまない、すまない」

「いや、だから、謝罪は良いから」


 今回の件は、きっと不測の事態というやつだ。しかし、ライナードがリュシリーや護衛をつけてくれていたおかげで、俺は傷一つない。多少、怖い思いはしたものの、今、ライナードが目の前に居てくれるなら、怖いものなどなかった。


「そうじゃ、ない。いや、それもあるが……とにかく、すまない」

「そうじゃないって……?」

「すまない」


 ただ、どうやらライナードは、俺が危険な目に遭ったこと以外にも、何か謝りたいことがあるらしい。しかし、それを尋ねても、ひたすら『すまない』の一言しか返ってこない。きっと、それは今はまだ、言えないことなのだろう。


(俺も、言えないことはあるんだから、お互い様、なんだけどな?)

「何かは分からないけど、もう良いから」

「すまない」


 もう、何度謝罪の言葉を聞いたか分からない。ただ、それだけ、ライナードが後悔していて、そして、許してほしいと願っていることだけは伝わってくる。


「大丈夫だから。何があっても、俺は、ライナードを責めるようなことはしないから」

(そもそも、俺に責める権利なんてないし、な)

「カイト……」


 ようやく、その目の焦点が合ったライナードは、改めて俺を優しく抱き締める。


「約束する。必ず、守る」

「っ」


 『何から』かは分からないが、ライナードが俺を必死に守ろうとしてくれていることだけは分かって、その真剣さに、俺は思わず息を呑む。


「何があろうとも、カイトを守ってみせる」

「……あぁ」


 ようやく返事をした俺に、ライナードは腕の力を緩める。


「今度からは、一緒に観光しよう」

「そ、そうだな」


 真剣な雰囲気から一転、フワリと笑ったライナードに、俺はドキリとしながらも、どうにかうなずくのだった。
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