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第三章 閉ざされた心

第四十一話 莉菜ちゃん

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 目が覚める前の記憶は……しっかりとあった。何かに顔を覆われて、意識を失ったかと思えば、見たくないものを見せられ、聞きたくないことを聞かされた。


(あれは……本当のこと?)


 もう、元の世界に帰れないということ。俺が、元の世界では死んだことになっているということ。ライナードが、俺に迷惑をしているということ。


(……でも、ライナードだけは、味方であってほしい……)


 ようやく俺から離れたものの、グズグズの顔になって男泣きをするライナードが、俺を面倒に思っているだなんて思いたくない。


「さて、とりあえずは落ち着きましたわね?」

(えっ? いや、どこが?)


 ライナードは未だにオンオンと泣いている。俺からは離れてくれたものの、それはルティアスさんともう一人の魔族の男性がひっぺがしてくれたからであって、二人が離せばすぐにでも俺はライナードの腕の中に閉じ込められるだろう状況だった。


「えっと……」


 ただ、そう頭の中で突っ込みながらも、俺は目の前の、紺碧の長髪に紅の瞳、玉のように白い肌と、ボンキュッボンの我が儘ボディを持つつり目な美少女を前に困惑する。


(莉菜ちゃんらしき人の声って……この人……?)


 見たことのない美少女を前に、莉菜ちゃんという存在が頭の中で霞んでしまう。


「さて、まずは自己紹介といきましょう。わたくしは、リリス・バルトランと申します。そこのルティアスの片翼で、妻で……恐らく、前世は海斗が話していた莉菜ちゃんです」

「そっかー……えっ? 莉菜ちゃん!?」


 ぼんやりとリリスさんの言葉を受け入れるところだった俺は、信じられない言葉が出てきて思わず目を剥く。


「証拠といたしましては……そうですわね。小六の夏、海斗は海水浴「わーっわーっ、分かったからっ! それは、絶対に言うな!」分かっていただけて幸いですわ」


 恐ろしい黒歴史を暴露されそうになったのを明確に察知した俺は、目の前の美少女がどんなに日本の莉菜ちゃんと似ても似つかない姿でも、本人であると受け入れる。


「でも、何で『恐らく』なんて言ったんだよ」


 『恐らく』どころか、『確実に』この目の前のリリスさんには莉菜ちゃんの記憶がある。あの黒歴史を知るのは、俺と、莉菜ちゃん、後は、海里だけなのだから……。


「それが……わたくし、前世での自分の名前だけが、どうしても思い出せませんでしたの。あぁ、名字だけは覚えている、というより、家族の名前から推測できた状態ではありますが……。わたくしの名前は、木ノ下莉菜であってますの?」

「えっ? あっ、うん」


 美少女の困り顔に、少し呆けていると、そんなことを尋ねられてしっかりとうなずく。


(しっかりしろ、海斗。あれは莉菜ちゃん。莉菜ちゃんといえば……よしっ、思い出したくないから、記憶に蓋をしようっ)


 俺よりもよっぽどか男らしくて強かった莉菜ちゃんを思い出して、俺は強烈な記憶達を封じ込める。


「そうですか。やっと、自分の名前が分かって、すっきりしましたわ」


 そう言いながら、リリスさんは自己紹介の続きとばかりに、『夫のルティアスですわ』とか、『ルティアスやライナードの同僚であり友人のジェド・オブリコさんと、その片翼のローレル・オブリコさんですわ』と続けて紹介していく。


「はぅ、美少女二人のツーショット……ジェド様っ、私、幸せ」

「ローレルが幸せなら、僕も嬉しい」


 そして、ローレルさんにはあまり近づかないでおこうと、密かに決意する。何やら、危険な臭いがするのだ。


「ちなみに、ローレルさんも転生者ですわ」

「はいっ、前世、秋月紫乃、女子大生でした」


 しかし、リリスさんの一言によって、関わりを持たないという選択肢は消える。日本人仲間なら、帰る手段について何かを知っているかもしれないからだ。


(もう、帰る手段なんてないのかもしれないけど……)


 それでも、どうしても、聞きたい。聞くことだけは、罪ではないはずだった。


「えっと」

「海斗とは色々と、色々と、話したいことはありますが、そろそろわたくし達はお暇させていただきますわ」

「えっ?」


 『色々と』を強調したリリスさんに、薄ら寒いものを感じながらも、なぜもう行ってしまうのかと疑問を投げかける。すると、直後、リリスさんに呆れたような顔をされてしまう。


「海斗は、ずっと眠っていましたのよ? それも、一週間以上。食事を摂ったり、リハビリしたりする時間が必要でしょう?」


 『それに、ライナードさんと話す時間も』と告げたリリスさんに、俺は、自分がそんなに眠っていたのかと驚く。


「ですので、また海斗の体調が戻ったら訪ねてきますわ。今は、しっかり休みなさい」

「分かった」


 そうして、俺はリリスさんに言われるがまま、食事を摂り、少しずつ体を動かすようにしていくのだった。
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