上 下
34 / 121
第二章 葛藤

第三十四話 闇の世界で

しおりを挟む
(暗い……ここ、どこだ?)


 何かに顔を覆われた直後、意識を失ったはずの俺は、何も見えない暗闇の中に居た。


(……ライナード)


 不安になった俺の中に浮かんだのは、ライナードの姿。意識を失うきっかけとなったのは、ライナードの声が聞こえたからではあったものの、それでも俺が頼れる相手はただ一人、ライナードだけだった。


「……ぁ」

「えっ?」


 何もないと思われた暗闇。しかし、ふいにどこからか声が聞こえてきて、俺は咄嗟に辺りを確認する。すると……。


「ですが、本当にカイトを元の世界に戻すおつもりですか?」


 それは、どこか聞き覚えのある声。


(確か、リオンの声?)


 どこか緊張した様子で誰かに問いかける声に、俺は首をかしげる。


「はっ、そんなわけないだろう? いや、そもそも、元の世界に戻す方法なんてないしな」

「えぇっ、そうなんですか?」


 エルヴィスの声と、ホーリーの声。それは判断できたものの、その内容に頭がついてこない。
 きっと、心のどこかで俺は甘い考えを持っていた。俺を元の世界に戻す魔法がないなんて、俺を絶望させるために放っただけの言葉だったのだと。本当は、どこかにその方法があるのだと。


 言葉を失って立ち尽くしていると、また別の声がする。


「彼らの行動にも困ったものだ」

「しかり、聖女召喚の秘術は、彼女達を元の世界に帰すことができないことから封印されたものであったというのに……」

「今、彼女はヴァイラン魔国で保護されているらしい。ヴァイラン魔国側も、面倒なものを押しつけられたと思っているのではないだろうか?」

「かの国とは同盟を結びたいところだが、もし聖女を送り返されてもこちらが困るというものだ」


 それは、聞き覚えのない男達の声。彼らが具体的にどういうことを言っているのかは判断できないものの、やはり、俺に元の世界に帰る手段がないということと、俺の存在が、ライナードの重荷になっているかもしれないという客観的事実に、心がズクリと痛む。
 そして、声が途絶えたかと思えば、今度は、酷く聞き覚えのある声がする。


「海斗……どうしてっ、どうして海斗がっ」


 それは、母さんの声。


「海斗兄……バカバカバカっ、なんで、なんでっ、死んじゃうんだよぉっ」


 妹の、海里の声。


「海斗……」


 父さんの、声。


「車に牽かれるなんてっ、ドジ過ぎるでしょうっ!」


 オネェで親友な友紀の声。


「ど、ういう、ことだ?」


 彼らの声に、まるで、俺が死んだと言いたげな言葉の数々に、俺の心臓は嫌な音を立てる。

 そして、その時、俺は魔本がある部屋を開けてしまったことを不自然なまでに唐突に思い出す。


「真実の、魔本……」


 魔本は、読んだ人間に害を与える存在。そして、その魔本に冠された言葉は『真実』。


(もし、俺の顔を覆ったのが魔本だったら……)


 そして、もし、この魔本が、読み手にとって不都合な真実を写し出す魔本なのだとしたら。


「う、あぁ……」


 信じたくない気持ちで一杯になりながら、俺は口から声を出す。


(嘘だ、嘘だっ、嘘だっ!)


 全て、嘘だと思いたいのに、なぜか、それが真実なのだと確信を持ってしまう。信じたくないのに、それが真実だと焼き付けられるような感覚に、俺は次第に、大きく口を開けたまま悲鳴を漏らしていた。


「あぁぁぁぁぁぁあっ!!」


 その直後、暗闇の中に亀裂が入る。
 ピシッ、ピシッと音を立てて、世界が崩れていく。

 しかし、そこには安堵などなく、ただただ絶望ばかりが広がる。心が、現実を遠ざけるために泣き叫ぶ。


「あんな役立たずの聖女、召喚するんじゃなかったかもな」


 最後に聞こえたのは、そんなエルヴィスの一言。召喚によって、俺は人生を大きく狂わされたというのに、その召喚そのものが必要なかったという一言。


「あ……」


 その一言で、俺の中の何かが壊れる。

 パリンッと暗闇の世界が割れ、真っ白に染まった世界で、俺の心は真っ黒に染まり、一気にその意識を手放すのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

無価値な私はいらないでしょう?

火野村志紀
恋愛
いっそのこと、手放してくださった方が楽でした。 だから、私から離れようと思うのです。

だってお義姉様が

砂月ちゃん
恋愛
『だってお義姉様が…… 』『いつもお屋敷でお義姉様にいじめられているの!』と言って、高位貴族令息達に助けを求めて来た可憐な伯爵令嬢。 ところが正義感あふれる彼らが、その意地悪な義姉に会いに行ってみると…… 他サイトでも掲載中。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

なんでそんなに婚約者が嫌いなのかと問われた殿下が、婚約者である私にわざわざ理由を聞きに来たんですけど。

下菊みこと
恋愛
侍従くんの一言でさくっと全部解決に向かうお話。 ご都合主義のハッピーエンド。 小説家になろう様でも投稿しています。

愛想を尽かした女と尽かされた男

火野村志紀
恋愛
※全16話となります。 「そうですか。今まであなたに尽くしていた私は側妃扱いで、急に湧いて出てきた彼女が正妃だと? どうぞ、お好きになさって。その代わり私も好きにしますので」

[完結]私を巻き込まないで下さい

シマ
恋愛
私、イリーナ15歳。賊に襲われているのを助けられた8歳の時から、師匠と一緒に暮らしている。 魔力持ちと分かって魔法を教えて貰ったけど、何故か全然発動しなかった。 でも、魔物を倒した時に採れる魔石。石の魔力が無くなると使えなくなるけど、その魔石に魔力を注いで甦らせる事が出来た。 その力を生かして、師匠と装具や魔道具の修理の仕事をしながら、のんびり暮らしていた。 ある日、師匠を訪ねて来た、お客さんから生活が変わっていく。 え?今、話題の勇者様が兄弟子?師匠が王族?ナニそれ私、知らないよ。 平凡で普通の生活がしたいの。 私を巻き込まないで下さい! 恋愛要素は、中盤以降から出てきます 9月28日 本編完結 10月4日 番外編完結 長い間、お付き合い頂きありがとうございました。

〖完結〗旦那様には出て行っていただきます。どうか平民の愛人とお幸せに·····

藍川みいな
恋愛
「セリアさん、単刀直入に言いますね。ルーカス様と別れてください。」 ……これは一体、どういう事でしょう? いきなり現れたルーカスの愛人に、別れて欲しいと言われたセリア。 ルーカスはセリアと結婚し、スペクター侯爵家に婿入りしたが、セリアとの結婚前から愛人がいて、その愛人と侯爵家を乗っ取るつもりだと愛人は話した…… 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全6話で完結になります。

処理中です...