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第一章 囚われの身

第十六話 追跡

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「ライナード様。カイトお嬢様がお越しです」


 和室であろうその場所に、障子越しにノーラが声をかける。


(あ、ちょっとドキドキしてきた)


 これからライナードと話すことを意識すると、少しばかりドキドキする。そんなことを思っていると、ガタッという音と、ゴツンッという音がする。


(? 何だ?)

「坊っちゃん!?」


 そして、中にはドム爺も居るらしく……何やら慌てている。


「ライナード様?」


 ノーラも不思議そうに声を上げて……その直後だった。ドタドタという足音が、遠ざかった・・・・・のは。


「ん?」

「ちょっ、坊っちゃん、どこ行くんですかっ!?」


 ドム爺の叫びに、ノーラは慌てて障子を開ける。するとそこには……窓から一気に外へ飛び出すライナードの後ろ姿があった。


「ライナード!?」


 思わず俺も声を出すが、ライナードは止まる様子もなく……そのまま、どこかへと消えてしまうのだった。


「……えっ? どういうこと?」


 ライナードに会いに来たのに、そのライナードから逃げられて取り残された俺は、ぼんやりと呟く。


「そ、その……恐らく、ですが、ライナード坊っちゃんはカイトお嬢様を気遣っている……のだと思われます」


 ちゃぶ台にお茶と何かの書類が広げてある部屋で、ドム爺が所在なさげにそう応える。


「気遣ってる?」


 どういう意味だと視線を向ければ、ドム爺は困ったように眉を下げる。


「ライナード坊っちゃんは、カイトお嬢様の告白に失敗しました。ですから、顔を合わせるのが気まずいのもあるのでしょうが……それ以上に、まだ諦め切れていないため、今はカイトお嬢様と顔を合わせるのは迷惑になる、とお考えなのだと思われます」

「いや、迷惑とかではないですけど……それより、逃げられる方が戸惑います」


 そう言えば、『ですよね』と同意が返ってくる。


「しかも、坊っちゃんは、あろうことか片翼休暇の申請を取り下げるなどとおっしゃってましたし……」

「片翼休暇?」


 それは何だとドム爺を見つめれば、どうも、それは片翼に求婚するために取る休暇らしいということが分かる。


(さすが、愛に生きる種族……)


 そうなると、産休も育休も当然存在するのだろう。確認をしてみれば、やはりその通りだった。


「まぁ、求婚しないから片翼休暇を取らないっていうのは分かる気がします」

「いいえっ、片翼休暇とは、そのようなものではありませんっ!」


 しかし、何か認識が間違っていたのか、俺の言葉にドム爺が猛反論する。


「片翼を見つけた魔族は、総じて仕事に身が入らなくなるものなのです。本来は、そんな魔族が元に戻るまで、つまりは、求婚を成功させるまで片翼に集中させることこそが、片翼休暇の意味なのですっ」

「な、なるほど?」

(えっ? つまりは、恋愛のために仕事ができなくなるから、その間を休暇にしようってことなのか? ……日本じゃ考えられないな)

「それを、ライナード坊っちゃんは、ライナード坊っちゃんはっ、取り下げるなどとっ」

「そ、そう……うん、仕事に身が入らないのは問題ですからね」

「えぇっ、それはもうっ! こうなれば、カイトお嬢様のお力を借りるしかありませんっ。どうか、どうかっ、ライナード坊っちゃんを止めてくださいっ!」


 すがりつかんばかりの勢いで俺の前で膝をついて懇願するドム爺を前に……俺は、承諾以外の返事ができなかった。それから、俺はライナード追跡のミッションを負うこととなる。


「カイトお嬢様、ライナード様の居場所が判明しました。今すぐ向かいましょう」

「は、はいっ!」


 そうノーラに言われて、庭の中を駆け回ったり……。


「ライナード様、発見です。行きますよ」


 そう言うリュシリーに引きずられるようにして、厨房に突撃したり。


「ライナード坊っちゃんはあちらです。どうか、どうかっ!」


 そうドム爺に懇願されて、そっと和室を覗いてみたり……。

 しかし、そのどれもが、敏感になったライナードに察知されて、いち早く逃げられてしまう。こうなればもう、俺ができる手段は一つだけだ。
 今度は大浴場へと向かったというライナードを捕まえに、俺はそこへとやってきた。そして、演技モードをこれでもかと発動する。


「う……ライナードのバカぁぁぁあっ!! うわーんっ!!」


 そう、これぞ、泣・き・落・と・し!
 逃げようと遠ざかっていた足音は、俺の声に反応して、ゴッツンッという音を立てる。そして、ドドドドドッという音の後、大浴場の扉が大きく開かれる。


「カイトっ!?」


 しかし、俺はここで大きなミスを冒していた。そう、ここは大浴場。お風呂に入る場所。そこで、ライナードの姿がどんなものなのかなんて、考えずとも分かったはずなのだ。


「あっ」

「むっ?」


 思わず、演技で流していた涙が引っ込む。ライナードの見事に鍛え上げられた肉体を前に、俺は完全に思考停止してしまう。ただ、おでこが赤いのはちょっと気になった。


「……っ、すまんっ!!」


 少しの間を空けて、ボンッと顔を真っ赤にしたライナードは、そのままとんでもない勢いで大浴場へ戻り……ドンガラガッシャーンとどこかに突っ込んだらしい音を立てて、沈黙するのだった。
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