11 / 121
第一章 囚われの身
第十一話 嘘
しおりを挟む
朝食は、とても、とても美味しかった。それというのも、この国にはどうも日本に近い文化があるらしく、食事も和食だったのだ。根菜の煮付けだとか、焼き魚だとか、味噌汁だとか……たった三ヶ月ではあるものの、塩味のみの食事を続けていた俺にとっては涙が出るほど嬉しい事実だった。
「うぅ、ぐずっ」
「どっ、どうしたっ? 何か苦手なものでもあったかっ?」
いや、比喩ではなく、本当に泣き出してしまった俺に、ライナードが大慌てでオロオロしていて、少しばかり申し訳なくなったものの、どうにか食事が美味しいことを伝える。
「……これからは、毎日美味しい食事を用意しよう」
「うん゛っ」
(俺、ここに置き去りにされて良かったかもしれない)
ライナードは強面ではあるものの、優しいし、紳士だし、格好良いし、言うことなしだ。エルヴィス達は、顔だけだし、傲慢だし、我が儘だし、うるさいし、鬱陶しかったから、今居る環境は天国のようにも思えた。
「……はっ、ハンカチを」
しばらくオロオロし続けたライナードは、ようやく思いついたというように、騎士服の胸ポケットから白いハンカチを取り出す。
「あ、ありがとう」
グシャグシャになった顔にハンカチをあてて少し落ち着くと、この年で泣いたという事実が途端に恥ずかしくなる。
(俺、男なのに……)
しかし、和食の衝撃は大きかった。もう、あの塩味のみの生活……いや、時には素材の味のみの生活だった時もあるそれには、戻れない。
「落ち着いたか?」
「……うん」
恥ずかしさで返事が遅れたものの、確かにうなずけば、ライナードは自分の食事を差し出して、『もう少し食べるか?』なんて問いかけてくる。
(ライナード、優しいなぁ)
しかも、差し出してきたのは、俺が一番気に入っていた味噌汁だ。シメジらしきものが入った味噌汁は、とても懐かしくて、温かい味がした。
また涙ぐみそうになるのを何とか堪えて、俺はライナードの申し出を断る。量はそこそこあったため、今はお腹がいっぱいなのだ。
「そうか……なら、この後、話がある」
「分かった。ライナードが食べ終えるまで待ってるよ」
食べ終えたことを確認した給仕の男性が、緑茶を淹れてくれて、俺はそれにお礼を言いながら懐かしい苦味を堪能する。ライナードは、俺がお茶を飲んでいる間にさっさと俺の倍以上の量の食事を終えてしまった。
「まず、片翼の概念から話したい」
そう言って、ライナードは魔族にとっての片翼の意味や、彼ら彼女らが、どれだけ愛しく、大切な存在なのか、魔族の片翼となった者達がどのような生活をしているのかまで話してくれる。
(さしずめ、魔族は愛に生きる種族ってところか?)
魔族は片翼のためにはどのような努力も厭わないし、実際、片翼のために努力を続ける魔族が多いため、魔族達は総じて戦闘能力も、家事能力も高いそうだ。かくいうライナードも、戦闘はもちろん、家事だってお手のものらしい。今度、苺大福を手作りしてくれるという話で、俺が喜んだのは言うまでもない。
(なら、俺が聞いた魔王が悪だという話はどうなるんだ?)
エルヴィス達は、頻りに人間に害をなす魔族の王を討伐しようと張り切っていた。しかし、話を聞く限り、そして、昨日見た限り、魔王がそんな奴だとは思えなかった。そこら辺を詳しく聞いてみようかと口を開くと、その前に、ライナードの言葉が飛び込んでくる。
「そして、カイト。貴女は、俺の片翼だ」
「……はい?」
思考が明後日の方向に進んでいた俺は、一瞬何を言われたのか分からなかった。
「カイト、貴女は、俺の片翼だ」
聞こえなかったと思われたのか、同じことを繰り返されて、俺は混乱する。
(かたよく……片翼? え? 俺が? いや、なんで?)
何も答えられない俺に、ライナードは何を思ったのか、俺の目の前でひざまづく。
「こういう時、どう言えば良いのか分からないが……カイトが愛しい気持ちは本当だ。どうか、俺を見てもらえないか?」
恭しく俺の手を取ってぎこちなく口づけを落としたライナードを見て、俺の頭はようやく動き出す。
「い……」
「い?」
「嫌だっ!」
咄嗟に出たのは拒絶の言葉。それに、ライナードは目を大きく見開き、ショックを受けたような表情でカチンと固まる。
しかし、俺もここは譲れない。片翼というのは、要するに魔族にとっての伴侶とする存在だ。今は女の姿でも、俺は本来男だ。恋愛対象は、断じて同性ではない。ただ、それを説明できるほど、ライナードを信頼しているわけでもなかった。
「な、ぜ……?」
震える声で、絶望を滲ませながら問いかけるライナードに、俺は必死に言い訳を考える。
「っ、私には、他に好きな人が居るんですっ!」
本当は、そんな人なんて居ない。しかし、咄嗟の言い訳で思いついたのは、その一言だった。
「そう、か……」
傷ついたような表情を浮かべるライナードに、罪悪感がチリチリと胸を焼くが、俺はそれを必死に無視する。
「……分かった」
そう言ってうつむいたライナードは、それ以上何も言うことなく、部屋を出ていくのだった。
「うぅ、ぐずっ」
「どっ、どうしたっ? 何か苦手なものでもあったかっ?」
いや、比喩ではなく、本当に泣き出してしまった俺に、ライナードが大慌てでオロオロしていて、少しばかり申し訳なくなったものの、どうにか食事が美味しいことを伝える。
「……これからは、毎日美味しい食事を用意しよう」
「うん゛っ」
(俺、ここに置き去りにされて良かったかもしれない)
ライナードは強面ではあるものの、優しいし、紳士だし、格好良いし、言うことなしだ。エルヴィス達は、顔だけだし、傲慢だし、我が儘だし、うるさいし、鬱陶しかったから、今居る環境は天国のようにも思えた。
「……はっ、ハンカチを」
しばらくオロオロし続けたライナードは、ようやく思いついたというように、騎士服の胸ポケットから白いハンカチを取り出す。
「あ、ありがとう」
グシャグシャになった顔にハンカチをあてて少し落ち着くと、この年で泣いたという事実が途端に恥ずかしくなる。
(俺、男なのに……)
しかし、和食の衝撃は大きかった。もう、あの塩味のみの生活……いや、時には素材の味のみの生活だった時もあるそれには、戻れない。
「落ち着いたか?」
「……うん」
恥ずかしさで返事が遅れたものの、確かにうなずけば、ライナードは自分の食事を差し出して、『もう少し食べるか?』なんて問いかけてくる。
(ライナード、優しいなぁ)
しかも、差し出してきたのは、俺が一番気に入っていた味噌汁だ。シメジらしきものが入った味噌汁は、とても懐かしくて、温かい味がした。
また涙ぐみそうになるのを何とか堪えて、俺はライナードの申し出を断る。量はそこそこあったため、今はお腹がいっぱいなのだ。
「そうか……なら、この後、話がある」
「分かった。ライナードが食べ終えるまで待ってるよ」
食べ終えたことを確認した給仕の男性が、緑茶を淹れてくれて、俺はそれにお礼を言いながら懐かしい苦味を堪能する。ライナードは、俺がお茶を飲んでいる間にさっさと俺の倍以上の量の食事を終えてしまった。
「まず、片翼の概念から話したい」
そう言って、ライナードは魔族にとっての片翼の意味や、彼ら彼女らが、どれだけ愛しく、大切な存在なのか、魔族の片翼となった者達がどのような生活をしているのかまで話してくれる。
(さしずめ、魔族は愛に生きる種族ってところか?)
魔族は片翼のためにはどのような努力も厭わないし、実際、片翼のために努力を続ける魔族が多いため、魔族達は総じて戦闘能力も、家事能力も高いそうだ。かくいうライナードも、戦闘はもちろん、家事だってお手のものらしい。今度、苺大福を手作りしてくれるという話で、俺が喜んだのは言うまでもない。
(なら、俺が聞いた魔王が悪だという話はどうなるんだ?)
エルヴィス達は、頻りに人間に害をなす魔族の王を討伐しようと張り切っていた。しかし、話を聞く限り、そして、昨日見た限り、魔王がそんな奴だとは思えなかった。そこら辺を詳しく聞いてみようかと口を開くと、その前に、ライナードの言葉が飛び込んでくる。
「そして、カイト。貴女は、俺の片翼だ」
「……はい?」
思考が明後日の方向に進んでいた俺は、一瞬何を言われたのか分からなかった。
「カイト、貴女は、俺の片翼だ」
聞こえなかったと思われたのか、同じことを繰り返されて、俺は混乱する。
(かたよく……片翼? え? 俺が? いや、なんで?)
何も答えられない俺に、ライナードは何を思ったのか、俺の目の前でひざまづく。
「こういう時、どう言えば良いのか分からないが……カイトが愛しい気持ちは本当だ。どうか、俺を見てもらえないか?」
恭しく俺の手を取ってぎこちなく口づけを落としたライナードを見て、俺の頭はようやく動き出す。
「い……」
「い?」
「嫌だっ!」
咄嗟に出たのは拒絶の言葉。それに、ライナードは目を大きく見開き、ショックを受けたような表情でカチンと固まる。
しかし、俺もここは譲れない。片翼というのは、要するに魔族にとっての伴侶とする存在だ。今は女の姿でも、俺は本来男だ。恋愛対象は、断じて同性ではない。ただ、それを説明できるほど、ライナードを信頼しているわけでもなかった。
「な、ぜ……?」
震える声で、絶望を滲ませながら問いかけるライナードに、俺は必死に言い訳を考える。
「っ、私には、他に好きな人が居るんですっ!」
本当は、そんな人なんて居ない。しかし、咄嗟の言い訳で思いついたのは、その一言だった。
「そう、か……」
傷ついたような表情を浮かべるライナードに、罪悪感がチリチリと胸を焼くが、俺はそれを必死に無視する。
「……分かった」
そう言ってうつむいたライナードは、それ以上何も言うことなく、部屋を出ていくのだった。
24
お気に入りに追加
2,100
あなたにおすすめの小説

私、竜人の国で寵妃にされました!?
星宮歌
恋愛
『わたくし、異世界で婚約破棄されました!?』の番外編として作っていた、シェイラちゃんのお話を移しています。
この作品だけでも読めるように工夫はしていきますので、よかったら読んでみてください。
あらすじ
お姉様が婚約破棄されたことで端を発した私の婚約話。それも、お姉様を裏切った第一王子との婚約の打診に、私は何としてでも逃げることを決意する。そして、それは色々とあって叶ったものの……なぜか、私はお姉様の提案でドラグニル竜国という竜人の国へ行くことに。
そして、これまたなぜか、私の立場はドラグニル竜国国王陛下の寵妃という立場に。
私、この先やっていけるのでしょうか?
今回は溺愛ではなく、すれ違いがメインになりそうなお話です。

生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~
こひな
恋愛
市川みのり 31歳。
成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。
彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。
貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。
※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。
元貧乏貴族の大公夫人、大富豪の旦那様に溺愛されながら人生を謳歌する!
楠ノ木雫
恋愛
貧乏な実家を救うための結婚だった……はずなのに!?
貧乏貴族に生まれたテトラは実は転生者。毎日身を粉にして領民達と一緒に働いてきた。だけど、この家には借金があり、借金取りである商会の商会長から結婚の話を出されてしまっている。彼らはこの貴族の爵位が欲しいらしいけれど、結婚なんてしたくない。
けれどとある日、奴らのせいで仕事を潰された。これでは生活が出来ない。絶体絶命だったその時、とあるお偉いさんが手紙を持ってきた。その中に書いてあったのは……この国の大公様との結婚話ですって!?
※他サイトにも投稿しています。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜
京
恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。
右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。
そんな乙女ゲームのようなお話。
この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~
柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。
家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。
そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。
というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。
けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。
そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。
ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。
それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。
そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。
一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。
これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。
他サイトでも掲載中。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

モブで薬師な魔法使いと、氷の騎士の物語
みん
恋愛
【モブ】シリーズ②
“巻き込まれ召喚のモブの私だけ還れなかった件について”の続編になります。
5年程前、3人の聖女召喚に巻き込まれて異世界へやって来たハル。その3年後、3人の聖女達は元の世界(日本)に還ったけど、ハルだけ還れずそのまま異世界で暮らす事に。
それから色々あった2年。規格外なチートな魔法使いのハルは、一度は日本に還ったけど、自分の意思で再び、聖女の1人─ミヤ─と一緒に異世界へと戻って来た。そんな2人と異世界の人達との物語です。
なろうさんでも投稿していますが、なろうさんでは閑話は省いて投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる