上 下
6 / 121
第一章 囚われの身

第六話 穏やかな時

しおりを挟む
(……この状況、何!?)


 現在、俺は摩訶不思議な状況下に置かれていた。それ、すなわち、ひ・ざ・ま・く・ら。
 しかも、ライナードがそれをしてくれている状況だ。


(何でこうなった!?)


 野郎の固い膝の上に頭を乗せた状態で、俺は必死に考える。それは、遡ること十数分前。通された部屋で、筋力トレーニング器具(魔法バージョン)を目にした俺が、物珍しさから、許可を取ってそれらを使用させてもらったところから始まる。


「ぐ……持ち上がらない……」


 持とうとしたのは、比較的小さなサイズのダンベル。魔力を込めることで重さが変わるらしいのだが、今、俺は一切魔力を込めていない状態でこれだ。確かに、体育会系とはほど遠い人間ではあったものの、これはさすがにショックだった。


「む?」


 しかも、ライナードはそんな俺の様子を見て、ヒョイッとダンベルを持ち上げてしまう。


「これが、持てない……」


 そして、何やらあり得ないものを見たような目で見られて、ものすごく居心地が悪い。


「えっと……」

「……手が、赤くなってる」

「あ、あぁ、うん、そう、ですね」


 必死に持ち上げようと奮闘した結果、確かに手は赤らんでいた。そして、しばらく黙り込んだかと思えば、横長のソファーに座って、俺を呼ぶ。


「何ですか?」

「横になれ」

「へ?」

「横になれ」


 ポンポンと隣を叩いてそう告げるライナードに、俺はしばらく意味が分からずフリーズする。


「……」


 そして、そんな俺に対して、何を思ったか、ライナードは強行手段に出た。


「ふわっ!?」


 そう、再び、お姫様抱っこだ。俺は、この世界ではとことん男としてのプライドを打ち砕かれる運命にあるらしい。
 それから、またどっかりとソファーに腰かけたライナードは、そのまま俺の頭を膝の上に乗せて沈黙する。それに耐えきれず、ついついライナードをチラチラ見ていると、さすがにその視線には気づいてくれたらしい。


「体調が悪いのだろう? 少し、眠れ」

(何がどうしてそうなった!?)


 もしかしたら、あれだろうか? あの程度のダンベルを持ち上げられないなんて、体調が悪い以外に考えられないということだろうか?
 そう推測して、そして、それがものすごく当たっているような気がして、俺は頭を抱えたくなる。


(こちとら、非力な女になってるんだから、仕方ないだろっ!)


 とはいえ、男の状態であれを持ち上げられたかと問われれば、それも少し微妙な気がする。もちろん、この世界に女として喚ばれた瞬間から、力が落ちている自覚はあったものの、それでもピクリとも動かないのは異常な気がした。


(うん、ライナードが筋肉バカなだけだ。絶対っ)


 そう結論づけていると、中々眠らない俺を前に、ライナードは閃いたとでもいうかのようにハッと扉の方へ目を向ける。


「ドム爺、苺大福を作るよう、料理長に伝えておいてくれ」


 すると、いつの間にそこに居たのか分からないが、扉の向こうで了承を告げる声がする。


(うん、別に、苺大福が楽しみで寝られないとかじゃないからな?)


 まさか、そんなことは考えていないだろうと思いながらも、自分の中でツッコミを入れておく。


「後は……《風よ》」


 突然、何かの魔法を使ったライナードに、俺は驚いて飛び起きそうになるものの、視界に入った宙を浮く掛け布団を見て、先ほどの『眠れ』という発言を思い出す。


「えっと……?」

「暖かくした方が良い」


 確かに、今の時期は冬らしく、室内は暖かいとはいえ、このまま眠るには寒そうだ。


「ありがとう、ございます?」

「うむ」


 お礼を言えば、ライナードはフワリと微笑む。


(っ、格好いいかも)


 強面ということにばかり気を取られていたが、ライナードの顔はかなり整っている。それが微笑んでみせれば、恐ろしい表情が和らいで、その整った顔立ちがくっきりと浮かび上がるのは必然で、俺は思わず見とれる。


「さぁ、眠れ。苺大福ができたら、起こしてやる」


 未だにライナードの目的は分からないものの、多分、酷い目に遭うことはないだろうという確信を抱けば、今まで張り詰めていた緊張の糸が切れて、穏やかな眠りの波が押し寄せてくる。


「なら、少しだけ……」


 固い膝が、枕としてちょうど良く、俺は掛け布団を掛けてもらうと、ゆっくり、眠りの世界に旅立つのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

無価値な私はいらないでしょう?

火野村志紀
恋愛
いっそのこと、手放してくださった方が楽でした。 だから、私から離れようと思うのです。

【完結】取り違えたのは?

里音
恋愛
仮面舞踏会でなし崩し的に身体を繋げた想い人は朝、眼が覚めると双子の姉の名前で求婚してきた。 ああ、まただ。 姿形で好意的に声をかけて姉ではないと気づくと掌を返すように離れていく。余りに慣れすぎて傷つく事などなくなっていた。 体型や顔はそっくりだがまとう雰囲気のせいで似ていない双子の姉妹。 姉は溌剌としていながらも淑女の鏡と称され誰もが彼女に恋をする。 だけど、昔些細なことで恋に落ちずっと好きだった。だから貴方に抱かれたのに。 夢のような天国から突然の転落。 もうここにもいられない。だって貴方と姉が仲睦まじく暮らすのなんて見たくない。

だってお義姉様が

砂月ちゃん
恋愛
『だってお義姉様が…… 』『いつもお屋敷でお義姉様にいじめられているの!』と言って、高位貴族令息達に助けを求めて来た可憐な伯爵令嬢。 ところが正義感あふれる彼らが、その意地悪な義姉に会いに行ってみると…… 他サイトでも掲載中。

【完結】王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは要らないですか?

曽根原ツタ
恋愛
「クラウス様、あなたのことがお嫌いなんですって」 エルヴィアナと婚約者クラウスの仲はうまくいっていない。 最近、王女が一緒にいるのをよく見かけるようになったと思えば、とあるパーティーで王女から婚約者の本音を告げ口され、別れを決意する。更に、彼女とクラウスは想い合っているとか。 (王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは身を引くとしましょう。クラウス様) しかし。破局寸前で想定外の事件が起き、エルヴィアナのことが嫌いなはずの彼の態度が豹変して……? 小説家になろう様でも更新中

【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。

曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」 「分かったわ」 「えっ……」 男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。 毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。 裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。 何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……? ★小説家になろう様で先行更新中

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

処理中です...