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第一章 第一フロア
水
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琴音を守ろうと覚悟を決めた僕は、次に、今後の方針を決めていくことにする。
「まずは食料、だよな」
「うん……そういえば、あの水は飲めるのかな?」
何はともあれ、食料が重要だと話せば、琴音は僕が持ってきていたリュックを……いや、正確にはその中身を指して問いかける。中に入っているのは、確か、『濃厚な水』だったはずだ。
「一応、食糧編に書いてはあるけど……」
『アイテム図鑑
食糧編
3 濃厚な水
言葉の通り、とっても濃厚だよっ
何がって?
それはぁ、ひ・み・つ
体に害はないから安心してねっ』
何が濃厚なのか分からない以上、警戒は必要だろう。『水蔦』での失敗は繰り返したくない。
リュックからジャム瓶のようにしっかり蓋があるその瓶を取り出し、その場に座り込んで目の前に置いてみる。
「見た目は普通の水、だよな」
「うん」
琴音も僕に倣って座り込み、瓶をじっと見つめる。
「どんな味かは想像もつかないけど、とりあえず、開けてみるよ?」
「うん」
食料が手に入らないこの状況下で、水を飲むことすら躊躇わなければならないというのは苦行でしかない。できれば、変な味ではありませんようにと祈りながら、僕は蓋を開ける。すると……。
「う、わっ」
「生臭っ」
蓋を開けた瞬間漂ってきたのは、濃厚な生臭さだった。それはもう、吐き気を催すレベルの。
「どうずるの、おに゛いぢゃん」
「どうずるっで……飲むじがないだろ」
二人して瓶から距離を取り、鼻を摘まんで会話をする。きっと、この臭いは水がなくならない限り消えてはくれない。いや、例え水がなくなったとしても、消えてくれるかどうかは分からないほどの臭いではあるが……。
「ふだずるのじゃ、ダメなの?」
「だめすだめに、あげだんだがら、僕が飲んでみる」
琴音の言う通り、蓋をするのは簡単だ。しかし、臭いものに蓋をしても、それが命を繋ぐものであれば、開けるしかない。それなら、臭い思いをする回数を減らすことを考える方がよっぽどかマシだ。
そうして、僕は恐る恐る凄まじい臭気を放つ水へと手を伸ばす。近づけば、鼻を摘まんでいるというのに何だか臭いが通ってきているような気がして、自然と顔が引きつる。
大丈夫。鼻を摘まんでいれば、味も分からないはず。一気に飲めば大丈夫なはずだ。
勇気づけるように心の中で自分に言い聞かせた僕は、瓶を手に取り、一気にその中身を煽る。
「うっ」
「おにいぢゃん?」
飲み終えた僕は、呻いて鼻を摘まんでいた手を離す。
「水は、普通だ」
覚悟して飲んだはずだった。しかし、水は思っていたほどの不味さはなく、普通の水だった。つまりは……。
「濃厚なのは臭いだけか」
そう呟く僕の様子を見て、琴音は恐る恐る鼻を摘まんでいた手を離す。
「……えっ? 臭いがない?」
そして、先程まで立ち込めていた悪臭がないことに驚く。
「多分だけど、飲んだら臭いも消えるみたいだよ」
実際、飲んだ直後に手を離した僕は、そこで悪臭が消えているのを確認していた。どういう原理かは不明だが、飲むことによって臭いが消えるのは確からしい。
「あり得ない」
「きっと、僕達は、あり得ないことがあり得る世界に来たんだよ」
まだ、僕達がどうしてこの世界に来たのかは分からない。何者かに喚び出されたのだとすれば、その目的が分からないし、そうではなかったとしても、僕達がここに来ることになった原因が分からない。
「とにかく、この水は臭い以外は大丈夫みたいだよ。琴音も飲む?」
飲んでしまえば臭いが消える。ならば、昨日から何も飲み食いしていない琴音は、水分を摂取した方が良いだろうと、僕は勧めてみる。
琴音は僕と瓶を交互に見ながら悩んでいたが、ついにはうなずく。
「うん、飲んでおく。喉、乾いてるし」
僕のリュックの中からまた『濃厚な水』を取り出すと、琴音は決死の覚悟で蓋を開ける。途端に広がった悪臭に、僕も琴音も鼻を摘まんで涙目になる。この臭いは、何度かいでも慣れそうにない。
「んくっ、んくっ」
よほど喉が乾いていたのか、一気に飲み干す琴音。そして、飲み終わると同時に悪臭は消え、元の空気に戻る。
「ふぅ。臭いは酷いけど、確かに味は普通っぽいね」
鼻を摘まんで飲んでいるため、本当に味が普通なのか分からない部分もあるものの、口の中に残る水分は特に変な味ではない。だから、きっとこの水自体に味はないのだろう。
「とりあえず、これで水の確保方法は分かったな。後は、食料だけだけど……人食い花の『水蔦』以外に何かあれば良いな……」
なければ最悪、あの不味い『水蔦』をかじらなければならない。できることなら、それは避けたかった。
「まだ探索してない部分も多いし、別のモンスターとかも居るかもしれないよね」
「あぁ、そうだな」
別のモンスターが居て、そいつから食料を得られる可能性はある。ただ、それにはどうしても探索が必要で、命の危険があるのだが……。
「少し休んだら、また出てみよう。今度こそ、食料を手に入れるために、一緒に見て回ろう」
「う、うん」
気乗りしないという表情ながらも、琴音はうなずく。気乗りしないのは僕も同じだったが、仕方ない。このまま食料を得られなければ餓死するしかないのだから。助けが来るとも思えない環境なのだから。
そうして、僕達はしばしの休息を挟むのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
濃厚というから、てっきり味のことだと思っていたという人。
私も最初は味にしようと考えてました。
ただ、途中で臭いの方が面白いかなと思って、方向転換。
おかげで、とっても飲みづらい水が完成しましたよっ。
次回は食料調達のための探索、にする予定です。
それでは、また!
「まずは食料、だよな」
「うん……そういえば、あの水は飲めるのかな?」
何はともあれ、食料が重要だと話せば、琴音は僕が持ってきていたリュックを……いや、正確にはその中身を指して問いかける。中に入っているのは、確か、『濃厚な水』だったはずだ。
「一応、食糧編に書いてはあるけど……」
『アイテム図鑑
食糧編
3 濃厚な水
言葉の通り、とっても濃厚だよっ
何がって?
それはぁ、ひ・み・つ
体に害はないから安心してねっ』
何が濃厚なのか分からない以上、警戒は必要だろう。『水蔦』での失敗は繰り返したくない。
リュックからジャム瓶のようにしっかり蓋があるその瓶を取り出し、その場に座り込んで目の前に置いてみる。
「見た目は普通の水、だよな」
「うん」
琴音も僕に倣って座り込み、瓶をじっと見つめる。
「どんな味かは想像もつかないけど、とりあえず、開けてみるよ?」
「うん」
食料が手に入らないこの状況下で、水を飲むことすら躊躇わなければならないというのは苦行でしかない。できれば、変な味ではありませんようにと祈りながら、僕は蓋を開ける。すると……。
「う、わっ」
「生臭っ」
蓋を開けた瞬間漂ってきたのは、濃厚な生臭さだった。それはもう、吐き気を催すレベルの。
「どうずるの、おに゛いぢゃん」
「どうずるっで……飲むじがないだろ」
二人して瓶から距離を取り、鼻を摘まんで会話をする。きっと、この臭いは水がなくならない限り消えてはくれない。いや、例え水がなくなったとしても、消えてくれるかどうかは分からないほどの臭いではあるが……。
「ふだずるのじゃ、ダメなの?」
「だめすだめに、あげだんだがら、僕が飲んでみる」
琴音の言う通り、蓋をするのは簡単だ。しかし、臭いものに蓋をしても、それが命を繋ぐものであれば、開けるしかない。それなら、臭い思いをする回数を減らすことを考える方がよっぽどかマシだ。
そうして、僕は恐る恐る凄まじい臭気を放つ水へと手を伸ばす。近づけば、鼻を摘まんでいるというのに何だか臭いが通ってきているような気がして、自然と顔が引きつる。
大丈夫。鼻を摘まんでいれば、味も分からないはず。一気に飲めば大丈夫なはずだ。
勇気づけるように心の中で自分に言い聞かせた僕は、瓶を手に取り、一気にその中身を煽る。
「うっ」
「おにいぢゃん?」
飲み終えた僕は、呻いて鼻を摘まんでいた手を離す。
「水は、普通だ」
覚悟して飲んだはずだった。しかし、水は思っていたほどの不味さはなく、普通の水だった。つまりは……。
「濃厚なのは臭いだけか」
そう呟く僕の様子を見て、琴音は恐る恐る鼻を摘まんでいた手を離す。
「……えっ? 臭いがない?」
そして、先程まで立ち込めていた悪臭がないことに驚く。
「多分だけど、飲んだら臭いも消えるみたいだよ」
実際、飲んだ直後に手を離した僕は、そこで悪臭が消えているのを確認していた。どういう原理かは不明だが、飲むことによって臭いが消えるのは確からしい。
「あり得ない」
「きっと、僕達は、あり得ないことがあり得る世界に来たんだよ」
まだ、僕達がどうしてこの世界に来たのかは分からない。何者かに喚び出されたのだとすれば、その目的が分からないし、そうではなかったとしても、僕達がここに来ることになった原因が分からない。
「とにかく、この水は臭い以外は大丈夫みたいだよ。琴音も飲む?」
飲んでしまえば臭いが消える。ならば、昨日から何も飲み食いしていない琴音は、水分を摂取した方が良いだろうと、僕は勧めてみる。
琴音は僕と瓶を交互に見ながら悩んでいたが、ついにはうなずく。
「うん、飲んでおく。喉、乾いてるし」
僕のリュックの中からまた『濃厚な水』を取り出すと、琴音は決死の覚悟で蓋を開ける。途端に広がった悪臭に、僕も琴音も鼻を摘まんで涙目になる。この臭いは、何度かいでも慣れそうにない。
「んくっ、んくっ」
よほど喉が乾いていたのか、一気に飲み干す琴音。そして、飲み終わると同時に悪臭は消え、元の空気に戻る。
「ふぅ。臭いは酷いけど、確かに味は普通っぽいね」
鼻を摘まんで飲んでいるため、本当に味が普通なのか分からない部分もあるものの、口の中に残る水分は特に変な味ではない。だから、きっとこの水自体に味はないのだろう。
「とりあえず、これで水の確保方法は分かったな。後は、食料だけだけど……人食い花の『水蔦』以外に何かあれば良いな……」
なければ最悪、あの不味い『水蔦』をかじらなければならない。できることなら、それは避けたかった。
「まだ探索してない部分も多いし、別のモンスターとかも居るかもしれないよね」
「あぁ、そうだな」
別のモンスターが居て、そいつから食料を得られる可能性はある。ただ、それにはどうしても探索が必要で、命の危険があるのだが……。
「少し休んだら、また出てみよう。今度こそ、食料を手に入れるために、一緒に見て回ろう」
「う、うん」
気乗りしないという表情ながらも、琴音はうなずく。気乗りしないのは僕も同じだったが、仕方ない。このまま食料を得られなければ餓死するしかないのだから。助けが来るとも思えない環境なのだから。
そうして、僕達はしばしの休息を挟むのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
濃厚というから、てっきり味のことだと思っていたという人。
私も最初は味にしようと考えてました。
ただ、途中で臭いの方が面白いかなと思って、方向転換。
おかげで、とっても飲みづらい水が完成しましたよっ。
次回は食料調達のための探索、にする予定です。
それでは、また!
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