黒板の怪談

星宮歌

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第一章 肝試しの夜

第七話 落ちる(清美・杉下・中田グループ)

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 不意に聞こえたその音に、一瞬にして緊張感が漂う。
 誰もが息を殺して、どこからの音だったのか、その音源を探る。


「「「…………」」」


 じっとりとした汗が額を伝う。
 夏の真っ只中だというのに、ほほでる空気は冷たく、体のしんを冷やしてくるかのようだ。

 一分? 二分? それとも、もっと長い時間が経っただろうか。
 何も聞こえない無音の世界。広がるのは、ただただ先の見えない暗い階段。何もかもをみ込んでしまいそうなやみを前に、彼らは必死に耳をすます。

 ただ、人間というのは、緊張状態を持続させ続けることは病気でも無い限り難しい。特に、この場に居るのは健康的な小学生達、つまりは子供だ。
 一度だけ聞こえた音におびえ続けるのが馬鹿らしいとか、空耳だったかもしれないとか、自分達が立てた音だったかもしれないとか……そんな様々な仮説が浮かびそうな今、彼らの緊張が解けるのも仕方ないというもの。


「ふぅ、気のせいだったみたいだ……ね……?」


 中田が言い終わる前に、杉下の持つ懐中電灯がチカチカと点滅し始める。そして……。


「寧子ちゃん!!」


 最後の点滅の瞬間、清美の体が前に倒れていく光景と、それを見て叫ぶ杉下の姿が映し出される。
 誰かが階段から転がり落ちる音と、悲鳴。


「寧子ちゃん、今行くからっ」

「っ、杉下さんっ!!」

「何で止めるのっ! 今、寧子ちゃんがっ」

「おっ、落ち着いてっ! 暗い中で階段を駆け下りたら危ないからっ」

「っ……分かった……」


 慌てて止めたらしい中田と杉下の会話は、当然ながら小声というわけではない。しかし、それでも、清美の声は一切聞こえない上、他の人間の気配すらしない。


「ごめん、杉下さん。僕の懐中電灯も、明かりが点かないみたいで……」

「私もごめん。止められなかったら、そのまま落ちてたかも」


 真っ暗な闇の中。それこそ、目の前に手を翳していてもそれが見えないほどの闇。
 壁伝いに歩く二人は、どうにか声をかけ合って、お互いの存在を確認し合う。
 今、二人が頼れるのは、己の触覚と聴覚のみ。しかも、下に転がり落ちたと思われる清美を捜して、救出しなければならないという試練付きだ。


「杉下さん……この階段、やっぱりまだ、下に続くのかな……?」

「……分からないけど、そんなの気にしても仕方ないかでしょ? それより、早く寧子ちゃんを見つけないと。きっと、怪我をしてるだろうから」

「そう、だね。怪我は痛いもんね」


 階段は、やはり長い。常ではあり得ない長さの階段は、懐中電灯を点けていた時でさえ先が見えなかったのに、今は、もっと見えない。
 それだけの長い階段を転がり落ちた清美が果たして無事なのか。それは、杉下にも中田にも分からなかった。しかし、それでも、無事であることを信じる以外に彼らにできることはない。

 二人は必死に歩いた。お互いの姿すら見えないから、お互いの声だけを自分のはげみにして、どうにか一歩一歩進んだ。そして、それはとうとう報われることとなる。


「あれ? この先、明るい?」


 明るいとはいっても、ほんのりと光が見える程度。それでも、長く、長く歩いた二人にとって、それは希望の光だ。


「清美さんが居るかもっ、急ごうっ」


 そうして、二人は光に向かって必死に階段を下りていった。
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