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第三章 レイラ
閑話 アシュレーの奮闘(一)
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これは、レイラがアシュレーに出会ったばかりの頃のお話。
二メートル近くある身長に、夕陽のように鮮やかなオレンジの髪と瞳。
それが、アシュレーという男の特徴として多くの人が最初に挙げるものだった。
そして、その男は今、とある分岐点に立たされている。
「開けるべきか?」
人通りの少ない廊下で、アシュレーは一つの扉を前に迷っていた。
この扉の向こうにいる者は、アシュレーに怯えている。いつも、アシュレーのことを見て、どこかへ隠れてしまう。
『それなら別に開ける必要はないじゃないか』と言われそうだが、それはそれで、仲間外れになりそうで寂しい、というのがアシュレーという男の想いだ。
「よし!」
そう一言声に出し、軽く扉を叩く。
「……………………」
しばらく、そのまま佇むが、返事はない。これは、いつものことだ。
「開けるぞ?」
そう尋ねても、やはり返事は来ない。……これも、いつものことだ。
アシュレーは一つため息を吐くと、扉に手を掛ける。扉はすんなりと開き、そこそこ殺風景な部屋が目の前に広がった。
幾筋もの光が射し込み、柔らかなカーテンがふわりと風を受ける。少し前までは、余計な物を全く置いていなかったこの部屋の主は、一時間ほど不在の予定だ。
「キメラ?」
アシュレーは、頭を下げて扉をくぐり終えると、そこにいるはずの者へ声を掛ける。部屋の中央に机がある以外は、衣装ケースとベッドが一つ、それぞれ両端に設けられているのみだ。
隠れる場所など、ほとんどない。
案の定、呼び掛けた声に対して、ビクッとベッドの端で動くものがあった。
しかし、アシュレーはそれ以上近づくことを躊躇う。
以前、無理矢理近づこうとしたところ、怯えたキメラが魔力を暴発させてしまったことがあった。そのときは抑えるのが大変で、四将総出で部屋の破壊を防いだのだ。
だから、アシュレーはキメラを暴走させないよう慎重に動かなくてはならない。
「キメラ……………………………今日はいい天気だな」
しかし、必死に考えて出てきた言葉は、あまりにもどうでもいい内容。当然、返事もない。
キメラは一見すると十才くらい……いや、下手をすると、それ以上に幼く見える少女だ。
白い翼を背中に生やし、ウサギの耳を頭の上でひょこひょこと揺らしている以外は、普通の人間と変わらない。華奢な体つきで低い身長。
そんなキメラからすると、アシュレーの姿が巨大な大男に見えても仕方がないことなのだが、アシュレー自身がそれに気づくことはない。
長い沈黙がどれだけ流れただろう。
アシュレーはその場に突っ立ったまま、またしても考え込む。
(何がまずいのだろうか……?)
結局、その日もアシュレーは、キメラと会話をすることができなかった。
「マディン…俺は、怖いのか?」
キメラとの会話が全くできなかったアシュレーは、久方ぶりに元気を取り戻した友にそう尋ねる。
「キメラのこと?」
「そうだ」
栗色の癖っ毛の髪に、同じく栗色の瞳をした小柄な男、マディンは、アシュレーの方を見ることなく返事をする。
そこは、マディンが所有する小さな温室で、マディンの目の前には様々な植物が並んでいた。
「多分、身長が高いせいじゃないかな?」
「…そうか……」
蔦を絡ませるための支柱を差し込んだマディンは、何か得体の知れないものが漂って来そうな暗いアシュレーの声に、ようやく顔を上げる。
「僕の場合は、ベルのお兄ちゃんってことと、身長が低いことで懐いてくれたんだろうけど……でも、キメラのことなら、パーシーの方が詳しいと思うよ?」
そんなマディンの言葉を聞くと、アシュレーは顔を上げる。
「そうか……なら、パーシーに聞いてみよう」
「うん、あっ、パーシーなら多分、今の時間は第一訓練所にいると思うよ」
「分かった。ありがとう」
しっかりとうなずいてお礼を言ったアシュレーは、すぐに踵を返して第一訓練所に向かう。
とにかく、何かできることはないか。
アシュレーが知りたいのは、その一点に尽きた。
パーシーもマディンもフィスカも、キメラと接することができるのに、自分だけが拒絶される。アシュレーは、ただ、その状況をどうにかしたい一心だったのだ。
二メートル近くある身長に、夕陽のように鮮やかなオレンジの髪と瞳。
それが、アシュレーという男の特徴として多くの人が最初に挙げるものだった。
そして、その男は今、とある分岐点に立たされている。
「開けるべきか?」
人通りの少ない廊下で、アシュレーは一つの扉を前に迷っていた。
この扉の向こうにいる者は、アシュレーに怯えている。いつも、アシュレーのことを見て、どこかへ隠れてしまう。
『それなら別に開ける必要はないじゃないか』と言われそうだが、それはそれで、仲間外れになりそうで寂しい、というのがアシュレーという男の想いだ。
「よし!」
そう一言声に出し、軽く扉を叩く。
「……………………」
しばらく、そのまま佇むが、返事はない。これは、いつものことだ。
「開けるぞ?」
そう尋ねても、やはり返事は来ない。……これも、いつものことだ。
アシュレーは一つため息を吐くと、扉に手を掛ける。扉はすんなりと開き、そこそこ殺風景な部屋が目の前に広がった。
幾筋もの光が射し込み、柔らかなカーテンがふわりと風を受ける。少し前までは、余計な物を全く置いていなかったこの部屋の主は、一時間ほど不在の予定だ。
「キメラ?」
アシュレーは、頭を下げて扉をくぐり終えると、そこにいるはずの者へ声を掛ける。部屋の中央に机がある以外は、衣装ケースとベッドが一つ、それぞれ両端に設けられているのみだ。
隠れる場所など、ほとんどない。
案の定、呼び掛けた声に対して、ビクッとベッドの端で動くものがあった。
しかし、アシュレーはそれ以上近づくことを躊躇う。
以前、無理矢理近づこうとしたところ、怯えたキメラが魔力を暴発させてしまったことがあった。そのときは抑えるのが大変で、四将総出で部屋の破壊を防いだのだ。
だから、アシュレーはキメラを暴走させないよう慎重に動かなくてはならない。
「キメラ……………………………今日はいい天気だな」
しかし、必死に考えて出てきた言葉は、あまりにもどうでもいい内容。当然、返事もない。
キメラは一見すると十才くらい……いや、下手をすると、それ以上に幼く見える少女だ。
白い翼を背中に生やし、ウサギの耳を頭の上でひょこひょこと揺らしている以外は、普通の人間と変わらない。華奢な体つきで低い身長。
そんなキメラからすると、アシュレーの姿が巨大な大男に見えても仕方がないことなのだが、アシュレー自身がそれに気づくことはない。
長い沈黙がどれだけ流れただろう。
アシュレーはその場に突っ立ったまま、またしても考え込む。
(何がまずいのだろうか……?)
結局、その日もアシュレーは、キメラと会話をすることができなかった。
「マディン…俺は、怖いのか?」
キメラとの会話が全くできなかったアシュレーは、久方ぶりに元気を取り戻した友にそう尋ねる。
「キメラのこと?」
「そうだ」
栗色の癖っ毛の髪に、同じく栗色の瞳をした小柄な男、マディンは、アシュレーの方を見ることなく返事をする。
そこは、マディンが所有する小さな温室で、マディンの目の前には様々な植物が並んでいた。
「多分、身長が高いせいじゃないかな?」
「…そうか……」
蔦を絡ませるための支柱を差し込んだマディンは、何か得体の知れないものが漂って来そうな暗いアシュレーの声に、ようやく顔を上げる。
「僕の場合は、ベルのお兄ちゃんってことと、身長が低いことで懐いてくれたんだろうけど……でも、キメラのことなら、パーシーの方が詳しいと思うよ?」
そんなマディンの言葉を聞くと、アシュレーは顔を上げる。
「そうか……なら、パーシーに聞いてみよう」
「うん、あっ、パーシーなら多分、今の時間は第一訓練所にいると思うよ」
「分かった。ありがとう」
しっかりとうなずいてお礼を言ったアシュレーは、すぐに踵を返して第一訓練所に向かう。
とにかく、何かできることはないか。
アシュレーが知りたいのは、その一点に尽きた。
パーシーもマディンもフィスカも、キメラと接することができるのに、自分だけが拒絶される。アシュレーは、ただ、その状況をどうにかしたい一心だったのだ。
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