74 / 92
第三章 レイラ
第三十五話
しおりを挟む
「お姉ちゃんに連絡……それとも、もう一度『ネズミ達の狂乱』……?」
じっと森を見つめながら考えていたレイラは、しばらくすると考えが纏まったのか、一つうなずく。
「お姉ちゃんに、連絡しておくの」
完全に垂れ下がったうさ耳は、レイラのショックを如実に表している。しかし、ひとまずは決めた方針のために、レイラは再びシェラへと連絡を取ろうとして……そのうさ耳をピクリと動かす。
「………?」
スッとうさ耳を持ち上げて、レイラはそのままじっと何かを聞き取る。
「ふゆ?」
よく分からない、といった表情で首をかしげたレイラ。しかし、どうやら、レイラの中で優先順位が変わってしまったらしい。
翼を大きく広げて、バサリと羽ばたくと、レイラはその場所へ……何かの音の発生源へと向かう。
「……これ、は……?」
ものの数秒で音源へと移動したレイラは、地面に下りて、それを前に応えがあるはずのない問いを口にする。
レイラの目の前にあるもの。それは、白く、小さな生き物。ただし、その体は血に塗れ、今にも命を終わらせてしまいそうなもの。
「……何かは知らないけど、あなたは生きたい?」
ちょうど成猫くらいのサイズのそれは、長い首と尾、そして、翼を持つ。
そんな正体不明の生き物を前にして、レイラはガラス玉のように何も映さない瞳で問いかける。
「ヴヴッ……」
小さく、小さく唸る生き物。かろうじて開けたのであろうその瞳は、美しい青で、ともすればレイラ自身にも噛みつこうとしている、必死に生きようとしている意思の強い瞳だった。
「『水晶宮の癒やし』」
本来、弱肉強食のこの森で、生き物の治療など無意味でしかない。しかも、弱い生き物を治療したところで、すぐに別の生き物の餌食になるのは明らかだった。それでも、レイラは躊躇いなく魔術を行使した。
「ピュッ」
ギクリ、と体を強張らせ、目を閉じたソレは、レイラの魔力を前に怯え……その直後、全身の痛みが引いたことに気づいたらしく、恐る恐る、目を開ける。
「傷はこれで良いの。でも、血の匂いはきっとメッだから……」
不思議そうに首を持ち上げ、翼をパタパタさせてみる生き物の前で、レイラはそっと手のひらを上に向けて呟く。
「『水球』」
それは、先程レイラが小屋をずぶ濡れにしたのと同じ魔術。しかし、その時とは違い、その手のひらの上に現れた水の玉は、生き物のサイズとあまり変わらないくらいのものだった。
「ピュッ!」
「ふゆ!?」
と、その水を見た生き物は、一気にその水に駆け寄って、ペロペロとレイラの手の上に浮くそれを舐める。
「……お水、飲みたかったの?」
一応、魔術で生み出した水を飲むことは可能だ。ただ、魔術で生み出されたものは、総じて本人や本人に似通った魔力を持つ者以外には不味いという欠点がある。
それを知っているらしいレイラは、生き物を止めようかとも考えたようだったが、生き物が大人しく水を飲む姿に諦める。
「ほんとーは、これであなたの体を洗う予定だったの」
そう言いながらも、その手から水の玉を消すことなく、じっと生き物が満足するのを待つレイラは、ようやく飲み終わったらしい生き物の体にそっと水の玉を近づける。すると……。
「ふゆ……もしかして、私の言葉、分かってた??」
生き物は自分から、その短い四つの足で水の玉の中に体を浸してフリフリと動く。
「ピュッ!」
レイラを見て、元気良く返事をするソレは、きっと、何もかもを理解しているのだろうとレイラに判断させるに十分だったらしい。
「手を入れて、洗うの。だから、じっとしててほしいの」
そう頼めば、自力で汚れを落とそうとしていた生き物は大人しく動きを止め、じっとレイラを見つめる。
「えっと、痛かったら教えてほしいの」
「ピュッ!」
そっと、割れ物を扱うような手付きで、レイラはその生き物の汚れを取り払っていく。水の玉が赤く濁れば、再び新しい水の玉を生成して、丁寧に丁寧に、生き物へと接する。
「ふゆっ、きれいになったの!」
「ピューッ!」
レイラに合わせて嬉しそうな声をあげる生き物。それを見て、レイラは一瞬動きを止めて、頭を横に振る。
「この子にも、家族が居るはずなのっ。まずは、そっちを探さなきゃなのっ!」
その時、レイラの頭に過ぎったのは、シェラへの報告か、それともこの生き物を飼いたいという衝動か……。いずれにせよ、レイラの次の行動は決まったらしく、綺麗になった生き物を抱き上げようとしたところで……。
「ギュオォォォォオッ!!!」
上空から、凄まじい咆哮が響き渡った。
じっと森を見つめながら考えていたレイラは、しばらくすると考えが纏まったのか、一つうなずく。
「お姉ちゃんに、連絡しておくの」
完全に垂れ下がったうさ耳は、レイラのショックを如実に表している。しかし、ひとまずは決めた方針のために、レイラは再びシェラへと連絡を取ろうとして……そのうさ耳をピクリと動かす。
「………?」
スッとうさ耳を持ち上げて、レイラはそのままじっと何かを聞き取る。
「ふゆ?」
よく分からない、といった表情で首をかしげたレイラ。しかし、どうやら、レイラの中で優先順位が変わってしまったらしい。
翼を大きく広げて、バサリと羽ばたくと、レイラはその場所へ……何かの音の発生源へと向かう。
「……これ、は……?」
ものの数秒で音源へと移動したレイラは、地面に下りて、それを前に応えがあるはずのない問いを口にする。
レイラの目の前にあるもの。それは、白く、小さな生き物。ただし、その体は血に塗れ、今にも命を終わらせてしまいそうなもの。
「……何かは知らないけど、あなたは生きたい?」
ちょうど成猫くらいのサイズのそれは、長い首と尾、そして、翼を持つ。
そんな正体不明の生き物を前にして、レイラはガラス玉のように何も映さない瞳で問いかける。
「ヴヴッ……」
小さく、小さく唸る生き物。かろうじて開けたのであろうその瞳は、美しい青で、ともすればレイラ自身にも噛みつこうとしている、必死に生きようとしている意思の強い瞳だった。
「『水晶宮の癒やし』」
本来、弱肉強食のこの森で、生き物の治療など無意味でしかない。しかも、弱い生き物を治療したところで、すぐに別の生き物の餌食になるのは明らかだった。それでも、レイラは躊躇いなく魔術を行使した。
「ピュッ」
ギクリ、と体を強張らせ、目を閉じたソレは、レイラの魔力を前に怯え……その直後、全身の痛みが引いたことに気づいたらしく、恐る恐る、目を開ける。
「傷はこれで良いの。でも、血の匂いはきっとメッだから……」
不思議そうに首を持ち上げ、翼をパタパタさせてみる生き物の前で、レイラはそっと手のひらを上に向けて呟く。
「『水球』」
それは、先程レイラが小屋をずぶ濡れにしたのと同じ魔術。しかし、その時とは違い、その手のひらの上に現れた水の玉は、生き物のサイズとあまり変わらないくらいのものだった。
「ピュッ!」
「ふゆ!?」
と、その水を見た生き物は、一気にその水に駆け寄って、ペロペロとレイラの手の上に浮くそれを舐める。
「……お水、飲みたかったの?」
一応、魔術で生み出した水を飲むことは可能だ。ただ、魔術で生み出されたものは、総じて本人や本人に似通った魔力を持つ者以外には不味いという欠点がある。
それを知っているらしいレイラは、生き物を止めようかとも考えたようだったが、生き物が大人しく水を飲む姿に諦める。
「ほんとーは、これであなたの体を洗う予定だったの」
そう言いながらも、その手から水の玉を消すことなく、じっと生き物が満足するのを待つレイラは、ようやく飲み終わったらしい生き物の体にそっと水の玉を近づける。すると……。
「ふゆ……もしかして、私の言葉、分かってた??」
生き物は自分から、その短い四つの足で水の玉の中に体を浸してフリフリと動く。
「ピュッ!」
レイラを見て、元気良く返事をするソレは、きっと、何もかもを理解しているのだろうとレイラに判断させるに十分だったらしい。
「手を入れて、洗うの。だから、じっとしててほしいの」
そう頼めば、自力で汚れを落とそうとしていた生き物は大人しく動きを止め、じっとレイラを見つめる。
「えっと、痛かったら教えてほしいの」
「ピュッ!」
そっと、割れ物を扱うような手付きで、レイラはその生き物の汚れを取り払っていく。水の玉が赤く濁れば、再び新しい水の玉を生成して、丁寧に丁寧に、生き物へと接する。
「ふゆっ、きれいになったの!」
「ピューッ!」
レイラに合わせて嬉しそうな声をあげる生き物。それを見て、レイラは一瞬動きを止めて、頭を横に振る。
「この子にも、家族が居るはずなのっ。まずは、そっちを探さなきゃなのっ!」
その時、レイラの頭に過ぎったのは、シェラへの報告か、それともこの生き物を飼いたいという衝動か……。いずれにせよ、レイラの次の行動は決まったらしく、綺麗になった生き物を抱き上げようとしたところで……。
「ギュオォォォォオッ!!!」
上空から、凄まじい咆哮が響き渡った。
0
お気に入りに追加
24
あなたにおすすめの小説
婚約者に見捨てられた悪役令嬢は世界の終わりにお茶を飲む
めぐめぐ
ファンタジー
魔王によって、世界が終わりを迎えるこの日。
彼女はお茶を飲みながら、青年に語る。
婚約者である王子、異世界の聖女、聖騎士とともに、魔王を倒すために旅立った魔法使いたる彼女が、悪役令嬢となるまでの物語を――
※終わりは読者の想像にお任せする形です
※頭からっぽで
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。
ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。
※短いお話です。
※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

〈完結〉妹に婚約者を獲られた私は実家に居ても何なので、帝都でドレスを作ります。
江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」テンダー・ウッドマンズ伯爵令嬢は両親から婚約者を妹に渡せ、と言われる。
了承した彼女は帝都でドレスメーカーの独立工房をやっている叔母のもとに行くことにする。
テンダーがあっさりと了承し、家を離れるのには理由があった。
それは三つ下の妹が生まれて以来の両親の扱いの差だった。
やがてテンダーは叔母のもとで服飾を学び、ついには?
100話まではヒロインのテンダー視点、幕間と101話以降は俯瞰視点となります。
200話で完結しました。
今回はあとがきは無しです。
【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。
ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。
彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。
「誰も、お前なんか必要としていない」
最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。
だけどそれも、意味のないことだったのだ。
彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。
なぜ時が戻ったのかは分からない。
それでも、ひとつだけ確かなことがある。
あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。
私は、私の生きたいように生きます。


断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!
柊
ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」
ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。
「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」
そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。
(やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。
※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。

私を裏切った相手とは関わるつもりはありません
みちこ
ファンタジー
幼なじみに嵌められて処刑された主人公、気が付いたら8年前に戻っていた。
未来を変えるために行動をする
1度裏切った相手とは関わらないように過ごす
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる