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第二章 王
第十五話
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パーシーとアシュレーが、フィスカにどう説明したものかと悩んでいる頃、レイラもまた、悩んでいた。
パーシー達が出ていった時のまま、椅子に座るレイラの顔は、完全に青ざめている。
(このままじゃ、捨てられちゃうっ)
それは、パーシー達の意思を知っていれば、かなり見当違いな考えだと分かるものだった。しかし、情報を持たないレイラにとって、それは真実だ。
レイラの何気ない発言によって、アシュレーが落胆したことも、パーシーの様子がおかしくなったことも、レイラは察知していた。だからこそ、何がいけなかったのか、どう改善すれば良いのかなどを考えているようだったが、そもそもが情報不足。答えなど、得られるはずもない。
青ざめながら、うさ耳を忙しなくユラユラと揺らして、『どうしよう、どうしよう』と混乱するレイラ。
(あ……そうだ……)
そして、何かを思いついたらしく、不安定だったうさ耳がピョコンと跳ねて伸びる。
「私が役に立てば……」
役に立つのであれば、捨てられない。それが、レイラの考えのようだった。
キメラとして隔離されている理由など、レイラには伝わっていない。せいぜいが、ここから出るのは危険だからとか、出たらパーシー達に迷惑がかかるから、程度にしか教えられていない。
実際、不用意に外に出て、騎士達に攻撃されたことは記憶に新しいだろうし、それによって大会議場へと引きずり出されたレイラは、パーシー達に助けてもらったという認識だ。攻撃されることは、もちろん危険だし、大会議場で向けられた不躾な視線も、その前に行われた虐待も覚えているレイラは、助けられるということを迷惑をかけたと考えている。だからこそ、この部屋に居る状態で、レイラは己の力を存分にふるって役立つという方向へ暴走を始める。
「だいじょーぶ。私なら、ちゃんと、やれる」
フィスカは、レイラへの情報制限に厳し過ぎた。パーシーは、レイラに過保護だった。マディンは、ベルの恩人ということでキメラであるという認識を失った状態で接し、アシュレーは、そもそも接触が少なかった。それらの要素が、レイラという存在の暴走を促すことになるなど、誰も考えなかったのだ。
情報不足のレイラは、それを補おうと、情報を得ようとする。過保護なまでに守られたレイラは、その安寧を維持するために、危険を冒す。キメラとして申し分ない力を有しているレイラは、それがどれほどのものなのか理解しない状態で力を行使し、助言を得られないレイラは、推測のみでことを進めた。何もかもが、マイナスに働く現状、それを止められる者は居ない。
「すーはー……ふゆっ、頑張らなきゃ!」
大きく深呼吸をしたレイラは真剣な面持ちで、うさ耳をピンと伸ばす。そのままそっと目を閉じるレイラ。人間とは異なるレイラは、その聴力も全くの別物だ。様々な音が、声が、レイラのうさ耳に届く。普通ならば気が狂ってもおかしくないほどの音の奔流。しかし、レイラはそのままの状態を維持したまま、それを紡ぐ。
「『重なり、朽ちて、また重なる。長き時を駆けるもの。紡ぎ、紡がれ、永久の時。開け、広がれ、記憶の書』!」
明らかな魔法の詠唱。
魔術とは違い、まだ術式が確立されていないオリジナルのものが魔法であり、それを扱うことはとても困難であるとされている。
詠唱が終わると、レイラの体の魔力はごっそりと抜け、レイラの体にまとわりつく。それは、あの大会議場で誰もが目撃した黄金の魔力であり、そのままそっと目を開いたレイラの瞳も黄金だ。
その黄金が何を示すのか、今はまだ分からない。一つ、分かることがあるとするならば……レイラの魔法は、成功したらしいということのみだった。
ユラリ、とレイラの目の前の空間が揺れたかと思えば、分厚い本のようなものがそこに現れる。黄金の魔力によってもたらされたそれは、同じく黄金を纏い、宙に浮いたまま、パラリと、ひとりでに開く。
パラリ…………パラリ…………とゆっくり、ゆっくり捲られていくページ。しかし、それは次第に速度を増して、十分も経てば目にも留まらぬ速さでページが過ぎていく。
「……足りない……。『記憶の書』!」
うさ耳をピンと張ったままにそう告げたレイラは、詠唱を簡略化してもう一つの本を左に、また時間が経って、捲る速度が上がれば、右に、上に、下に、斜めにと、どんどん書の数を増やす。
約二時間、レイラはその作業を続け、ついには、三十冊ほどの書を生成し、唐突に、パタンと全てが同時に閉じる。
「……ふゆぅ、疲れたの……」
うさ耳を垂れて、パチパチと瞬きをするレイラの体からは、黄金が消えていく。その瞳も、元の瑠璃色に戻り、魔法によって生み出された本だけが、床にゆっくりと下りて、一箇所に積み上がる。
「後は、これを収めて……おやすみ、なの!」
一瞬にして本をどこかの空間に送ったらしいレイラは、誰も居ない部屋で、眠ることを宣言して、いそいそとベッドに潜り込む。数十秒後、そこには、小さな寝息だけが響いていた。
パーシー達が出ていった時のまま、椅子に座るレイラの顔は、完全に青ざめている。
(このままじゃ、捨てられちゃうっ)
それは、パーシー達の意思を知っていれば、かなり見当違いな考えだと分かるものだった。しかし、情報を持たないレイラにとって、それは真実だ。
レイラの何気ない発言によって、アシュレーが落胆したことも、パーシーの様子がおかしくなったことも、レイラは察知していた。だからこそ、何がいけなかったのか、どう改善すれば良いのかなどを考えているようだったが、そもそもが情報不足。答えなど、得られるはずもない。
青ざめながら、うさ耳を忙しなくユラユラと揺らして、『どうしよう、どうしよう』と混乱するレイラ。
(あ……そうだ……)
そして、何かを思いついたらしく、不安定だったうさ耳がピョコンと跳ねて伸びる。
「私が役に立てば……」
役に立つのであれば、捨てられない。それが、レイラの考えのようだった。
キメラとして隔離されている理由など、レイラには伝わっていない。せいぜいが、ここから出るのは危険だからとか、出たらパーシー達に迷惑がかかるから、程度にしか教えられていない。
実際、不用意に外に出て、騎士達に攻撃されたことは記憶に新しいだろうし、それによって大会議場へと引きずり出されたレイラは、パーシー達に助けてもらったという認識だ。攻撃されることは、もちろん危険だし、大会議場で向けられた不躾な視線も、その前に行われた虐待も覚えているレイラは、助けられるということを迷惑をかけたと考えている。だからこそ、この部屋に居る状態で、レイラは己の力を存分にふるって役立つという方向へ暴走を始める。
「だいじょーぶ。私なら、ちゃんと、やれる」
フィスカは、レイラへの情報制限に厳し過ぎた。パーシーは、レイラに過保護だった。マディンは、ベルの恩人ということでキメラであるという認識を失った状態で接し、アシュレーは、そもそも接触が少なかった。それらの要素が、レイラという存在の暴走を促すことになるなど、誰も考えなかったのだ。
情報不足のレイラは、それを補おうと、情報を得ようとする。過保護なまでに守られたレイラは、その安寧を維持するために、危険を冒す。キメラとして申し分ない力を有しているレイラは、それがどれほどのものなのか理解しない状態で力を行使し、助言を得られないレイラは、推測のみでことを進めた。何もかもが、マイナスに働く現状、それを止められる者は居ない。
「すーはー……ふゆっ、頑張らなきゃ!」
大きく深呼吸をしたレイラは真剣な面持ちで、うさ耳をピンと伸ばす。そのままそっと目を閉じるレイラ。人間とは異なるレイラは、その聴力も全くの別物だ。様々な音が、声が、レイラのうさ耳に届く。普通ならば気が狂ってもおかしくないほどの音の奔流。しかし、レイラはそのままの状態を維持したまま、それを紡ぐ。
「『重なり、朽ちて、また重なる。長き時を駆けるもの。紡ぎ、紡がれ、永久の時。開け、広がれ、記憶の書』!」
明らかな魔法の詠唱。
魔術とは違い、まだ術式が確立されていないオリジナルのものが魔法であり、それを扱うことはとても困難であるとされている。
詠唱が終わると、レイラの体の魔力はごっそりと抜け、レイラの体にまとわりつく。それは、あの大会議場で誰もが目撃した黄金の魔力であり、そのままそっと目を開いたレイラの瞳も黄金だ。
その黄金が何を示すのか、今はまだ分からない。一つ、分かることがあるとするならば……レイラの魔法は、成功したらしいということのみだった。
ユラリ、とレイラの目の前の空間が揺れたかと思えば、分厚い本のようなものがそこに現れる。黄金の魔力によってもたらされたそれは、同じく黄金を纏い、宙に浮いたまま、パラリと、ひとりでに開く。
パラリ…………パラリ…………とゆっくり、ゆっくり捲られていくページ。しかし、それは次第に速度を増して、十分も経てば目にも留まらぬ速さでページが過ぎていく。
「……足りない……。『記憶の書』!」
うさ耳をピンと張ったままにそう告げたレイラは、詠唱を簡略化してもう一つの本を左に、また時間が経って、捲る速度が上がれば、右に、上に、下に、斜めにと、どんどん書の数を増やす。
約二時間、レイラはその作業を続け、ついには、三十冊ほどの書を生成し、唐突に、パタンと全てが同時に閉じる。
「……ふゆぅ、疲れたの……」
うさ耳を垂れて、パチパチと瞬きをするレイラの体からは、黄金が消えていく。その瞳も、元の瑠璃色に戻り、魔法によって生み出された本だけが、床にゆっくりと下りて、一箇所に積み上がる。
「後は、これを収めて……おやすみ、なの!」
一瞬にして本をどこかの空間に送ったらしいレイラは、誰も居ない部屋で、眠ることを宣言して、いそいそとベッドに潜り込む。数十秒後、そこには、小さな寝息だけが響いていた。
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