半月王1 竜王編

星宮歌

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第二章 王

第十一話

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「ふゅ………?」


 パーシーがレイラをどうにか自室へ戻せたのは、すでに明け方という時間。それから、パーシーは残っていた仕事を片付けていたのだが、レイラの目覚めには間に合っていなかった。


「パーシー……?」


 目を覚ましたばかりのレイラは、不安をたっぷりと含んだ声でその名前を呼んで、辺りにその姿がないことを確認すると、キュッと口を結ぶ。
 パーシーは仕事が忙しいのだと、レイラは知っていた。そして、きっと昨夜はパーシー達に迷惑をかけたのだろうとも。


「……ごめん、なさい、なの……」


 レイラにできることは、謝ることのみ。過酷な環境の中で生きてきたレイラにとって、ここでの生活は幸せそのものだ。たとえ、隔離されているのだとしても、パーシー達以外の人間に憎悪を向けられているのだとしても、レイラにとっては、パーシー達だけが拠り所だった。


「捨て、ないで……」


 迷惑をかけてはいけない。そんなことをして捨てられてしまったら、レイラは今度こそ、地獄を味わうこととなる。
 しかし、その言葉をパーシー達に伝えることはない。それを伝えることすら迷惑になるかもしれないと、レイラは恐れていたのだ。


《パーシーはそんなことでレイラを捨てたりはしないわよ》

「…………分からない、もん……」


 突如として響いたのは、レイラにだけ向けられた声。パーシーともフィスカとも違う、女性の声。これを他人が聞くことはできない。
 そんな声を、レイラは不思議に思うことなく、普通に声に出して応える。


《……まぁ、そう思う気持ちが分からないわけではないから……ゆっくり、時間をかけても良いから、ちゃんと、見てみてね?》

「みる……?」

《そう、しっかりと、自分の目で、ね》


 誰も居ないはずの室内。そこで交わされる会話に気づく者は居ない。
 分からないという顔をしながらも、コクリとうなずいたレイラ。すると、声の主は安心したように息をもらす。


《……元はといえば、私のせいだから、私が直接償いたいところではあるけど、もう、時間みたい……》

「もう、寝ちゃう、の?」

《ごめんなさい。でも、こうしなきゃ、レイラを守れないから……》


 縋るようなレイラの声に、相手は謝罪しながら、それでも意思を変えるつもりはなさそうだ。


「……そっか……じゃあ……また、ね……」

《えぇ、また》


 うさ耳を完全に垂らしてうなだれるレイラ。その瞳は涙で潤み始めてもいたが、だからといって、引き留めるようなことは言わなかった。









「おはよう。レイラ」

「ふゆっ! おはよーなの!」


 それからしばらくして、ようやく仕事を終えたパーシーが帰ってきた。その表情は疲れが滲んでいたものの、レイラの返事を聞けば、途端に頬を緩める。


「あー、レイラはやっぱり、可愛いなぁ。あたしの癒やしーっ」

「ふゆぅ? パーシー、とってもヘトヘトなの??」


 ぎゅむぎゅむとレイラに抱きつくパーシーは、レイラの質問に大真面目な顔を作る。


「うん、あたしは、今、レイラという癒やしがとっても必要な病にかかってるんだ」


 そんな病が存在するはずはないのだが、レイラには効果覿面だったらしく、途端に青ざめる。


「ふゆっ!? それは大変なの! 病気なら、フィーのところに行かなきゃメッなの!」

「……レイラ、違う、そうじゃないんだ」

「ふゆ?」


 パーシーがフィスカのところに行くのは、仕事の話をするために行くことが大半である。きっと、今のパーシーには、休息が必要なのであって、仕事フィスカが必要なのではない。
 そんな風に、しばらくレイラと戯れていたパーシーは、レイラがしっかりと朝食を食べたところを確認すると、力尽きたかのようにベッドに倒れ込み、そのまま、眠ってしまった。予想外に長引いた仕事で、パーシーも限界だったのだろう。


「ふゆ……」


 せっかくパーシーと一緒にいられるのに、パーシーは寝てしまった。そうなると、レイラのすることなどほとんど何もない。
 隔離ということで、パーシーの部屋に居候状態のレイラに与えられた暇つぶしは、ぬいぐるみとぬり絵くらいのもの。窓はあっても嵌め殺しで、窓の外を眺めることは基本的に禁止されている。眺めることが可能なのは、暗くて何も見えなくなってからのことで、それ以外では近づくこともさせてもらえない。ただ……。


「あそこに、ベルが居るのかなぁ?」


 レイラの視力は、人のそれとは違う。この部屋の窓から見える一番近くて大きなものは、西棟・・だ。その西棟を、レイラはただの建物であり、ベルが居るかもしれない場所。くらいに認識している。
 まだ、パーシー達は気づいていないが、レイラが西棟に現れたのは、そういった経緯があったからでもある。ただ、レイラはそこが西棟だと認識していないし、パーシー達もそんな理由だなどとは思いもしない。この事実が判明するのは、随分と後の話しとなるのは仕方のないことだった。

 しばらくパーシーの寝顔を眺めていたレイラは、その後、ぬり絵に手をつける。そうして、どうにか頑張って暇つぶしをしていたところに……アシュレーは、唐突にやってきた。
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