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第二章 王
第六話
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『ねぇ、知ってるかい? 白い幽霊の噂』
そんなマディンの言葉に、全力疾走でその場から立ち去ろうとしたパーシーは、背後に回り込んでいたフィスカへと捕らえられ、羽交い締めにされる。
「は、離せっ! あ、あたしは、そんな話は聞きたくないっ!」
「まぁまぁ、落ち着いてください。そして、マディンも、そんなパーシーを怯えさせるような言い回しをしないでください」
「うん? とはいっても、今回の任務では必要な予備知識だろう? だから、ここは、しっかりと話しておいた方が良いと思うんだ」
「いやだぁぁぁあっ!!」
その場所は、フィスカの執務室。そして、当然のことながら、防音結界を張っており、パーシーの悲鳴は外に漏れることはない。
「マディン?」
「ごめんごめん。反応があんまりにも良かったから、つい、ね?」
さらに暴れるパーシーを抑え込むフィスカは、マディンを責め立てるような瞳を向けるが、マディンからは反省の色など欠片も見当たらない謝罪をされてしまう。しかし、実は、マディンの言い分にも一理あった。
「……パーシー、怖いことはありませんから、最後まで話しを聞いてください」
「幽霊、無理! あたしは、お化けは無理ぃっ!」
「大丈夫だよ。お化けではないからさ」
涙目になって暴れるパーシーも、幾度となく言葉を尽くすフィスカとマディンの様子に、少しだけ、落ち着きを取り戻す。用意してあった椅子に座るように言われて、一応は素直に応じるほどの状態になって初めて、フィスカは本題を切り出した。
「様々な噂はありますが、その正体は不審者であり、もしかしたら侵入者でもあります。ですので、二人にサクッと捕らえてもらおうと思いまして」
「不審者……? ってことは、噂になるくらい、何度も出没してるってことだよな?」
「うん、そうみたい。でも、相手がすばしっこいらしくってね。未だに正体不明なんだ。あ、それと、噂の拡散は、出没場所に人を近づけないようにフィスカの部隊に頼んでおいたもので、ほとんどが嘘だよ」
「そうです。ですので、こちらで把握している正確な情報を二人に渡します。それで、早いうちにその不審者を捕らえてください」
現在、城に蔓延している噂は、『白い幽霊』やら『誰かを呼ぶ亡霊』といったもの。曰く、夜、西棟を歩いていると、白い幽霊に出くわす。そして、追いかけようとすれば、たちまち笑い声だけを残して姿を消す、とか。西棟には、過去に悪魔に殺された女の亡霊が住み着いていて、愛する恋人の名前を呼んで、毎夜徘徊している、とか……。尾ひれがついたり、色々と変形したりとで、様々なバリエーションがある状態ではあるものの、一つ確かなのは、その場所が西棟に限定されているということだ。
「西棟、か……」
「あそこは、療養施設と訓練施設があるだけの場所だから、不審者の目的が全く分からないんだ」
そう言うマディンの言葉に、完全に落ち着いたらしいパーシーがうなずく。
「確かに。今は戦時中でもないから、療養施設は常駐の医師達しか居ないし、訓練施設も夜は閉鎖されてる……酔っぱらいか、誰かのストーカーとか?」
「何かを探るにしても、重要な情報なんて何もないしねぇ」
二人の言う通り、西棟に重要な機密は存在しない。これが他の棟であれば、様々な情報があるのだが、西棟だけは、あまりにも旨味のない場所だった。
「一応、これが本来の目撃情報です」
「……白い影で、素早い、か……」
その姿は、ベッドのシーツでも被っているらしい姿らしいのだが、それでも、その姿がかろうじて見えたかと思えば、すぐに見失ってしまうと言う。ただ、それが幽霊だなどという報告は全くない。むしろ、実体を持っているであろう魔法の痕跡まで見つかっているのだが、どうにもそこから本人に繋げるほどの情報はないらしい。
「一度、パーシーの部隊のメンバーを投入することも考えましたが、あまり数を用意できない状況でもありますし、ここは、二人に動いてもらおうと思います」
「確かに、それが妥当だよな」
現在、パーシーの部隊のほとんどは、ある任務でかかりきりになっている。しかし、素早い敵を相手にするのであれば、パーシーの部隊以上に適任な部隊は居ないという現実も存在しており、結果的に、部隊そのものが無理ならば、その長であるパーシーへと任務を任せることにしたようだった。
「でも、それならあたし一人で良かったんじゃないのか?」
「……パーシー、一応は幽霊じゃないと報告されているにしても、こういう噂のある場所を一人で探索、できるのかい?」
任務の内容を把握したパーシーの言葉に、マディンが呆れたように声をあげる。
「なっ、あたしだって、こういう任務と分かってたら……多分、大丈夫、だ……」
「そっか。なら、フィスカ。僕は通常業務だけで「わーっ、悪かった! だから、一人で行かせようとしないでくれっ!」ふぅん?」
笑顔を浮かべるマディンは、明らかにパーシーの反応を楽しんでいるが、パーシーは必死であるために、その様子には気づいていない。
「大丈夫ですよ。パーシー。マディンには、お目付役の意味も込めて、同行してもらいますから」
「え?」
「だって、城の備品を壊されるのは嫌ですからね」
言外に、『城の備品を壊したら容赦しない』と告げるフィスカを前に、パーシーはその場で素早く立ち上がる。
「はい、壊しません!!」
直立不動で元気に返事をしたパーシーへ微笑んだフィスカは、その後、詳しい任務説明へと移っていった。
そんなマディンの言葉に、全力疾走でその場から立ち去ろうとしたパーシーは、背後に回り込んでいたフィスカへと捕らえられ、羽交い締めにされる。
「は、離せっ! あ、あたしは、そんな話は聞きたくないっ!」
「まぁまぁ、落ち着いてください。そして、マディンも、そんなパーシーを怯えさせるような言い回しをしないでください」
「うん? とはいっても、今回の任務では必要な予備知識だろう? だから、ここは、しっかりと話しておいた方が良いと思うんだ」
「いやだぁぁぁあっ!!」
その場所は、フィスカの執務室。そして、当然のことながら、防音結界を張っており、パーシーの悲鳴は外に漏れることはない。
「マディン?」
「ごめんごめん。反応があんまりにも良かったから、つい、ね?」
さらに暴れるパーシーを抑え込むフィスカは、マディンを責め立てるような瞳を向けるが、マディンからは反省の色など欠片も見当たらない謝罪をされてしまう。しかし、実は、マディンの言い分にも一理あった。
「……パーシー、怖いことはありませんから、最後まで話しを聞いてください」
「幽霊、無理! あたしは、お化けは無理ぃっ!」
「大丈夫だよ。お化けではないからさ」
涙目になって暴れるパーシーも、幾度となく言葉を尽くすフィスカとマディンの様子に、少しだけ、落ち着きを取り戻す。用意してあった椅子に座るように言われて、一応は素直に応じるほどの状態になって初めて、フィスカは本題を切り出した。
「様々な噂はありますが、その正体は不審者であり、もしかしたら侵入者でもあります。ですので、二人にサクッと捕らえてもらおうと思いまして」
「不審者……? ってことは、噂になるくらい、何度も出没してるってことだよな?」
「うん、そうみたい。でも、相手がすばしっこいらしくってね。未だに正体不明なんだ。あ、それと、噂の拡散は、出没場所に人を近づけないようにフィスカの部隊に頼んでおいたもので、ほとんどが嘘だよ」
「そうです。ですので、こちらで把握している正確な情報を二人に渡します。それで、早いうちにその不審者を捕らえてください」
現在、城に蔓延している噂は、『白い幽霊』やら『誰かを呼ぶ亡霊』といったもの。曰く、夜、西棟を歩いていると、白い幽霊に出くわす。そして、追いかけようとすれば、たちまち笑い声だけを残して姿を消す、とか。西棟には、過去に悪魔に殺された女の亡霊が住み着いていて、愛する恋人の名前を呼んで、毎夜徘徊している、とか……。尾ひれがついたり、色々と変形したりとで、様々なバリエーションがある状態ではあるものの、一つ確かなのは、その場所が西棟に限定されているということだ。
「西棟、か……」
「あそこは、療養施設と訓練施設があるだけの場所だから、不審者の目的が全く分からないんだ」
そう言うマディンの言葉に、完全に落ち着いたらしいパーシーがうなずく。
「確かに。今は戦時中でもないから、療養施設は常駐の医師達しか居ないし、訓練施設も夜は閉鎖されてる……酔っぱらいか、誰かのストーカーとか?」
「何かを探るにしても、重要な情報なんて何もないしねぇ」
二人の言う通り、西棟に重要な機密は存在しない。これが他の棟であれば、様々な情報があるのだが、西棟だけは、あまりにも旨味のない場所だった。
「一応、これが本来の目撃情報です」
「……白い影で、素早い、か……」
その姿は、ベッドのシーツでも被っているらしい姿らしいのだが、それでも、その姿がかろうじて見えたかと思えば、すぐに見失ってしまうと言う。ただ、それが幽霊だなどという報告は全くない。むしろ、実体を持っているであろう魔法の痕跡まで見つかっているのだが、どうにもそこから本人に繋げるほどの情報はないらしい。
「一度、パーシーの部隊のメンバーを投入することも考えましたが、あまり数を用意できない状況でもありますし、ここは、二人に動いてもらおうと思います」
「確かに、それが妥当だよな」
現在、パーシーの部隊のほとんどは、ある任務でかかりきりになっている。しかし、素早い敵を相手にするのであれば、パーシーの部隊以上に適任な部隊は居ないという現実も存在しており、結果的に、部隊そのものが無理ならば、その長であるパーシーへと任務を任せることにしたようだった。
「でも、それならあたし一人で良かったんじゃないのか?」
「……パーシー、一応は幽霊じゃないと報告されているにしても、こういう噂のある場所を一人で探索、できるのかい?」
任務の内容を把握したパーシーの言葉に、マディンが呆れたように声をあげる。
「なっ、あたしだって、こういう任務と分かってたら……多分、大丈夫、だ……」
「そっか。なら、フィスカ。僕は通常業務だけで「わーっ、悪かった! だから、一人で行かせようとしないでくれっ!」ふぅん?」
笑顔を浮かべるマディンは、明らかにパーシーの反応を楽しんでいるが、パーシーは必死であるために、その様子には気づいていない。
「大丈夫ですよ。パーシー。マディンには、お目付役の意味も込めて、同行してもらいますから」
「え?」
「だって、城の備品を壊されるのは嫌ですからね」
言外に、『城の備品を壊したら容赦しない』と告げるフィスカを前に、パーシーはその場で素早く立ち上がる。
「はい、壊しません!!」
直立不動で元気に返事をしたパーシーへ微笑んだフィスカは、その後、詳しい任務説明へと移っていった。
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