15 / 92
第一章 出会い
第十四話
しおりを挟む
キメラの掲げた手が、淡い光を放つ。
何の魔法かと周囲が警戒する中、その光は、一気に目を開けていられないほどの強さを放ち、全員があまりの光を前に目を閉じた直後……ふ、と光が消える。
「べるっ、べるっ、おにいちゃん、みつけたっ! しぬの、めっ!」
悲痛な声を上げるキメラに、どうにか視力を回復させた者達は絶句する。
キメラは、どこから呼び寄せたのか、血塗れの少女を抱いていた。マディンと同じ、栗色の髪の少女は、キメラと同じくらいの幼い少女に見える。そして……。
「ベル!!」
その少女を前に声を上げたのは、マディンも一緒だった。
「べるの、おにいちゃん、た、すけて!」
その光景は、ただただ、大切な人を助けようとする幼い少女の姿にしか見えなかった。キメラという化け物の処分を決めるために集まっていた彼らは、そのキメラの行動に困惑を隠せない。
「お、にぃ、ちゃ……ゆ、め……?」
「ベルっ、喋るなっ。すぐに止血を……フィスカ! 頼むっ!」
「えぇ、分かりましたわ」
氷に足を取られていたはずのフィスカは、その氷を破壊して、すぐにマディンの側へと、キメラが抱える少女の元へと向かう。
「っ……『水宮の癒やし』っ」
怪我の状態を確認したフィスカは、即座に魔術を行使する。しかし、それでもすぐに傷口は塞がらない。
「おにぃ、ちゃ………きめら、の、おね、ちゃん、おね、が、ぃ……」
「ベル? あぁ、分かった。分かったから、今は、喋らないでおくれっ」
「キメラっ、この子がどういう怪我をしたのか教えてくださいっ」
「っ、あくま、さされたっ! くろのけんっ。じかん、とめて、つれてきたっ」
必死にフィスカに答えるその様子に、キメラに知能がないなどと言える者は、この場に一人として居ない。
いつの間にか、魔力による威圧がなくなっていることにも気づかず、彼らはただ呆然と、目の前の光景を眺める。
「つよい、ちからっ、のろい、しんじゃう、めっ」
「呪いの魔剣っ!?」
片言のキメラの言葉で解読できた内容は、あまりにも惨いもの。黒い剣で、呪いといえば、刺した相手を三日三晩苦しめた挙げ句、死に至らしめるという呪いの魔剣で間違いないのだ。そして、それは、生半可な治癒魔術ではどうにもならない。
「ベルっ!」
状況を何とか理解して叫ぶマディンは、震えながらもベルの小さな手を取る。
「くっ、パーシー! アシュレー! 『封呪の鎖』を取ってきてください! 申請はそこの元老院長にっ」
「お、おぅっ!」
「分かった」
サクッと氷を破壊して脱出を果たしたパーシーとアシュレーは、フィスカの指示の元、元老院長ギウスを捕まえて許可を取るのと、サッサと本体を取りに行くのとに分かれて行動する。
「べる、べるっ」
「おね、ちゃ……ん……なか、ない、で……」
ポロポロと涙をこぼすキメラは、しっかりとベルを抱きかかえながら、じっと立ったまま動かない。いや、現状では、ベルを動かすのは危険であるため、そのキメラの行動は正しかった。
「『水晶宮の癒やし』っ」
フィスカが先程の魔術よりも上位の魔術を行使するものの、それは呪いに阻まれ、ほとんど意味を成さない。
と、そんな時、キメラの垂れ下がっていた耳がピンと伸ばされる。
「……そ、したら、たすけ、られる?」
キメラに今、話しかけている者は誰も居ない。それにもかかわらず、誰かに問いかけている様子のキメラは、しばらくすると小さくうなずく。
「べる、おねが、い」
キメラの様子に違和感を覚えても、ベルのことで精一杯だったフィスカとマディンは、その瞬間、同時にキメラへ視線を移す。
「……フィスカ、そのまま魔術を維持しなさい。呪いの方は、私が何とかするわ」
先程のキメラとは異なる雰囲気で告げる彼女の瞳は、金の瞳へと変化していて、それを間近で目撃したマディンとフィスカは息を呑む。
「マディンは、ベルちゃんをしっかり励ましておいて。さぁ、やるわよ『相克解呪』っ」
その魔術を扱える者の数は、あまりにも少ない。しかし、マディンもフィスカもそれに疑問を挟むことなく、言われた通りの行動に出る。そこにあるのは、確かな信頼。
キメラはベルを抱きかかえたままに魔術を行使し、フィスカは『水晶宮の癒やし』を続行、マディンはベルの名前を呼んで、必死に励まし続ける。
黒い靄がベルの体から立ち込め、それをキメラの黄金の魔力が撫でるようにして祓っていく。
そんな状態が、いったいいつまで続いただろうか。十分か、二十分か……もしかしたら、そこまでの時間も経っていないのかもしれない。ただ、明らかなのは、ベルから発生していた黒い靄は、黄金の魔力に完全に祓われたこと。そして……。
「ベル!!」
「お兄ちゃん……?」
ベルの傷口が完全に塞がり、危機を脱したこと。
そうして、ベルは無事に、マディンに抱き上げられ……直後、キメラの体がグラリと揺れる。
「っ、キメラ!!」
倒れそうになったキメラに駆けつけたのは、フィスカに『封呪の鎖』を持ってくるよう頼まれ、つい先程戻ってきたばかりのパーシーだった。
「……議会は、中止いたします。今後の話し合いはまた後日に設定いたしましょう」
「うむ……そうした方が良さそうじゃの。箝口令も敷いておくか?」
「はい、それが一番、でしょうね」
意識を失ったらしいキメラを抱き留めるパーシーを横目に、フィスカはギウスと今後の取り決めを行う。普段は敵対することの多い二人ではあるが、どちらも国のために動いていることは変わらない。そして、国のためには、キメラが行使した魔力について外に漏らすわけにはいかない。これは、利害の一致でもあった。
思いがけない騒ぎとなった議会は、ひとまず中止となり、キメラとベルはひっそりとどこかへ搬送された。
様々な疑問を植え付けたキメラの行動。その答えが少しずつ明らかになり始めるのは、キメラが目を覚ます数日後からのことだった。
何の魔法かと周囲が警戒する中、その光は、一気に目を開けていられないほどの強さを放ち、全員があまりの光を前に目を閉じた直後……ふ、と光が消える。
「べるっ、べるっ、おにいちゃん、みつけたっ! しぬの、めっ!」
悲痛な声を上げるキメラに、どうにか視力を回復させた者達は絶句する。
キメラは、どこから呼び寄せたのか、血塗れの少女を抱いていた。マディンと同じ、栗色の髪の少女は、キメラと同じくらいの幼い少女に見える。そして……。
「ベル!!」
その少女を前に声を上げたのは、マディンも一緒だった。
「べるの、おにいちゃん、た、すけて!」
その光景は、ただただ、大切な人を助けようとする幼い少女の姿にしか見えなかった。キメラという化け物の処分を決めるために集まっていた彼らは、そのキメラの行動に困惑を隠せない。
「お、にぃ、ちゃ……ゆ、め……?」
「ベルっ、喋るなっ。すぐに止血を……フィスカ! 頼むっ!」
「えぇ、分かりましたわ」
氷に足を取られていたはずのフィスカは、その氷を破壊して、すぐにマディンの側へと、キメラが抱える少女の元へと向かう。
「っ……『水宮の癒やし』っ」
怪我の状態を確認したフィスカは、即座に魔術を行使する。しかし、それでもすぐに傷口は塞がらない。
「おにぃ、ちゃ………きめら、の、おね、ちゃん、おね、が、ぃ……」
「ベル? あぁ、分かった。分かったから、今は、喋らないでおくれっ」
「キメラっ、この子がどういう怪我をしたのか教えてくださいっ」
「っ、あくま、さされたっ! くろのけんっ。じかん、とめて、つれてきたっ」
必死にフィスカに答えるその様子に、キメラに知能がないなどと言える者は、この場に一人として居ない。
いつの間にか、魔力による威圧がなくなっていることにも気づかず、彼らはただ呆然と、目の前の光景を眺める。
「つよい、ちからっ、のろい、しんじゃう、めっ」
「呪いの魔剣っ!?」
片言のキメラの言葉で解読できた内容は、あまりにも惨いもの。黒い剣で、呪いといえば、刺した相手を三日三晩苦しめた挙げ句、死に至らしめるという呪いの魔剣で間違いないのだ。そして、それは、生半可な治癒魔術ではどうにもならない。
「ベルっ!」
状況を何とか理解して叫ぶマディンは、震えながらもベルの小さな手を取る。
「くっ、パーシー! アシュレー! 『封呪の鎖』を取ってきてください! 申請はそこの元老院長にっ」
「お、おぅっ!」
「分かった」
サクッと氷を破壊して脱出を果たしたパーシーとアシュレーは、フィスカの指示の元、元老院長ギウスを捕まえて許可を取るのと、サッサと本体を取りに行くのとに分かれて行動する。
「べる、べるっ」
「おね、ちゃ……ん……なか、ない、で……」
ポロポロと涙をこぼすキメラは、しっかりとベルを抱きかかえながら、じっと立ったまま動かない。いや、現状では、ベルを動かすのは危険であるため、そのキメラの行動は正しかった。
「『水晶宮の癒やし』っ」
フィスカが先程の魔術よりも上位の魔術を行使するものの、それは呪いに阻まれ、ほとんど意味を成さない。
と、そんな時、キメラの垂れ下がっていた耳がピンと伸ばされる。
「……そ、したら、たすけ、られる?」
キメラに今、話しかけている者は誰も居ない。それにもかかわらず、誰かに問いかけている様子のキメラは、しばらくすると小さくうなずく。
「べる、おねが、い」
キメラの様子に違和感を覚えても、ベルのことで精一杯だったフィスカとマディンは、その瞬間、同時にキメラへ視線を移す。
「……フィスカ、そのまま魔術を維持しなさい。呪いの方は、私が何とかするわ」
先程のキメラとは異なる雰囲気で告げる彼女の瞳は、金の瞳へと変化していて、それを間近で目撃したマディンとフィスカは息を呑む。
「マディンは、ベルちゃんをしっかり励ましておいて。さぁ、やるわよ『相克解呪』っ」
その魔術を扱える者の数は、あまりにも少ない。しかし、マディンもフィスカもそれに疑問を挟むことなく、言われた通りの行動に出る。そこにあるのは、確かな信頼。
キメラはベルを抱きかかえたままに魔術を行使し、フィスカは『水晶宮の癒やし』を続行、マディンはベルの名前を呼んで、必死に励まし続ける。
黒い靄がベルの体から立ち込め、それをキメラの黄金の魔力が撫でるようにして祓っていく。
そんな状態が、いったいいつまで続いただろうか。十分か、二十分か……もしかしたら、そこまでの時間も経っていないのかもしれない。ただ、明らかなのは、ベルから発生していた黒い靄は、黄金の魔力に完全に祓われたこと。そして……。
「ベル!!」
「お兄ちゃん……?」
ベルの傷口が完全に塞がり、危機を脱したこと。
そうして、ベルは無事に、マディンに抱き上げられ……直後、キメラの体がグラリと揺れる。
「っ、キメラ!!」
倒れそうになったキメラに駆けつけたのは、フィスカに『封呪の鎖』を持ってくるよう頼まれ、つい先程戻ってきたばかりのパーシーだった。
「……議会は、中止いたします。今後の話し合いはまた後日に設定いたしましょう」
「うむ……そうした方が良さそうじゃの。箝口令も敷いておくか?」
「はい、それが一番、でしょうね」
意識を失ったらしいキメラを抱き留めるパーシーを横目に、フィスカはギウスと今後の取り決めを行う。普段は敵対することの多い二人ではあるが、どちらも国のために動いていることは変わらない。そして、国のためには、キメラが行使した魔力について外に漏らすわけにはいかない。これは、利害の一致でもあった。
思いがけない騒ぎとなった議会は、ひとまず中止となり、キメラとベルはひっそりとどこかへ搬送された。
様々な疑問を植え付けたキメラの行動。その答えが少しずつ明らかになり始めるのは、キメラが目を覚ます数日後からのことだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
24
1 / 3
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる