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第一章 復讐の聖女候補
第十七話 腐敗と王太子
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虫を詰め込まれている状態で発見されたシエラ。その事実は、一気に広まるかと思えば、そうはならなかった。
貴族のご令嬢達を預かる聖華塔での不祥事。質素で清らかな内装であるはずのその場所に、外部の者の手が入ることを、聖華塔の職員が嫌ったのだ。必然的に、シエラは体調不良として部屋に閉じ込められ、他のご令嬢達の耳にその惨状が伝えられることはなかった。
当然、シエラを発見した侍女も口封じに処分されている。他のシエラ付きの侍女達に対しても金の力、あるいは、どうしても真実を突き止めようとする者は、やはり処分という形で消すこととなり、一見すると何も問題がないという状態に取り繕うことに成功していた。しかし、当然ながら綻びは出る。
「ポンピーネ伯爵令嬢が見えないようだが、何があった?」
ちょうど視察に来ていた王太子。金髪に緑の瞳を持つ冷たい表情の王太子。視察三日目となったこの日、彼は、青い髪の侍従とともに管理長室へ訪れ、初日以降姿を現さないシエラに関して言及する。
「いえ、特に何というわけもございませんが、どうやら体調を崩されたようで、折角の場ではありますが、お越しになれないとのことです」
「……そうか」
視察の日程は、特に見るべき場所もないと思われるにもかかわらず、一週間という期間を取られていた。もちろん、それは現聖女様、及び、歴代の聖女様の指示であり、その指示の裏には、明らかに聖女と王太子を婚姻させようという思惑があった。
聖女候補が集うには相応しくない、豪華絢爛な管理長室でブタ……ではなく、やたらと横に幅を取った管理長と対面していた彼は、管理長の隣に居た管理長の半分ほどの横幅……いわゆる、ぽっちゃり気味な職員の答えを聞くと、そのまま沈黙する。
「まぁまぁ、慣れぬ環境故に、この場所で体調を崩すご令嬢とておられます。そんなことよりも、殿下、よろしければ、もう一度、聖女候補者達と交流されてはいかがでしょうか? ご令嬢方も、殿下を心待ちにしていらっしゃることでしょうし」
職員の対応を聞いていた管理長は、黙り込む王太子に言い訳をしながらご令嬢との交流を勧める。聖華塔へ寄付しているのは、いつの世も貴族達だ。もし、聖女候補者の中から王太子妃となる存在が現れれば、その実家からは多大な寄付が寄せられ、管理長の懐も潤う。もしかしたら、横幅もさらに増す。となれば、彼がご令嬢達を勧めないわけがない。
「……よかろう。では、ポンピーネ嬢の見舞いを行った後、出向くとする」
「っ、そ、それは」
「何か問題でも?」
王太子の表情は、全く変わらない。しかし、もちろん、今のシエラを見られて困るのはこの聖華塔職員全てに言えることだった。ゆえに、管理長は図体のわりに小さな頭の、さらに小さな脳味噌をフル回転させる。
「ここだけの話なのですが、ポンピーネ様は、どうもよからぬ伝染病に罹ってしまったらしく、王太子殿下に移すわけにはいかないとのことで、面会を控えているところでして、はい」
言い訳としては、確かに上手いものではあった。こう言えば、王太子は身の安全のために、何よりも、シエラに王太子を害したなどという罪を被せないために、身を引くしかない。ただ、この言い訳は、古来より使い古されたものであり、当然ながら、その対処とて可能だ。
「なら、私の侍従に様子を見させるとしよう」
信頼する人間、それも、自分の手足となる人間が居るのであれば、それを使うという手段に出ることが可能だ。もちろん、管理長はその言葉で大いに慌てる。
「で、ですが、侍従の方に何かあっては」
「よい。その場合、罪に問うことはせぬ」
「っ……分かりました。しかし、ご令嬢は会話ができる状態ではなく、また、顔を見せることを酷く嫌っておいでです。どうか、それを踏まえての見舞いとしていただきたい」
「よかろう」
管理長が、本当にシエラと面会させるのかどうかは定かではない。それは、シエラが顔を見せたくないと言っているように思わせたことからも推測できる。
王太子は、それを理解しているのかどうか、全く読めない無表情で承諾し、自らの侍従の一人へ指示を出す。
「ポンピーネ嬢の見舞いに向かう。部屋の見舞いの品を持ってこい」
「承知いたしました」
さっと身を翻して立ち去る侍従の姿は、とてもキビキビとしたものであり、しかも、見舞いの品を予め用意していることが分かるその指示に、シエラの見舞いは、王太子の中で決定事項であったことが分かる。
ついでに、管理長や、その隣の職員では、主に体型が邪魔をして、あそこまで機敏には動けないものと思われた。機先を制した王太子の対応、そして、そのまま管理長達に向かい合い、余計な指示を出させないよう王太子自らが引き留めるその様子は、これが予定調和であったことを示す。
「で、殿下? よろしければ、先にご令嬢方と交流なさいませんか? 見舞いは、侍従の方にお任せするのでしょう?」
「いや、ポンピーネ嬢の様子を確認した後に、向かうことにする。それよりも、この聖華塔の資金について話そうと思うのだが?」
逃げ道を塞がれたことを悟った管理長達は、蒼白になる。王太子の視察に喜んでいられたのは、どうやら最初だけだったらしい。
「清貧を重んじる聖華塔が、なぜ、こんなにも装飾で溢れているのか……説明はできるな?」
有無を言わせぬ眼光を前に、管理長達はそのまま、必死の言い訳を展開していく。彼らはようやく、目の前の王太子が味方ではないことに気づいたらしい。
しばらくの間、曖昧な返事を繰り返す管理長達へ追及を続けた王太子は……その後、戻ってきた侍従の報告に初めて眉を潜めた。
貴族のご令嬢達を預かる聖華塔での不祥事。質素で清らかな内装であるはずのその場所に、外部の者の手が入ることを、聖華塔の職員が嫌ったのだ。必然的に、シエラは体調不良として部屋に閉じ込められ、他のご令嬢達の耳にその惨状が伝えられることはなかった。
当然、シエラを発見した侍女も口封じに処分されている。他のシエラ付きの侍女達に対しても金の力、あるいは、どうしても真実を突き止めようとする者は、やはり処分という形で消すこととなり、一見すると何も問題がないという状態に取り繕うことに成功していた。しかし、当然ながら綻びは出る。
「ポンピーネ伯爵令嬢が見えないようだが、何があった?」
ちょうど視察に来ていた王太子。金髪に緑の瞳を持つ冷たい表情の王太子。視察三日目となったこの日、彼は、青い髪の侍従とともに管理長室へ訪れ、初日以降姿を現さないシエラに関して言及する。
「いえ、特に何というわけもございませんが、どうやら体調を崩されたようで、折角の場ではありますが、お越しになれないとのことです」
「……そうか」
視察の日程は、特に見るべき場所もないと思われるにもかかわらず、一週間という期間を取られていた。もちろん、それは現聖女様、及び、歴代の聖女様の指示であり、その指示の裏には、明らかに聖女と王太子を婚姻させようという思惑があった。
聖女候補が集うには相応しくない、豪華絢爛な管理長室でブタ……ではなく、やたらと横に幅を取った管理長と対面していた彼は、管理長の隣に居た管理長の半分ほどの横幅……いわゆる、ぽっちゃり気味な職員の答えを聞くと、そのまま沈黙する。
「まぁまぁ、慣れぬ環境故に、この場所で体調を崩すご令嬢とておられます。そんなことよりも、殿下、よろしければ、もう一度、聖女候補者達と交流されてはいかがでしょうか? ご令嬢方も、殿下を心待ちにしていらっしゃることでしょうし」
職員の対応を聞いていた管理長は、黙り込む王太子に言い訳をしながらご令嬢との交流を勧める。聖華塔へ寄付しているのは、いつの世も貴族達だ。もし、聖女候補者の中から王太子妃となる存在が現れれば、その実家からは多大な寄付が寄せられ、管理長の懐も潤う。もしかしたら、横幅もさらに増す。となれば、彼がご令嬢達を勧めないわけがない。
「……よかろう。では、ポンピーネ嬢の見舞いを行った後、出向くとする」
「っ、そ、それは」
「何か問題でも?」
王太子の表情は、全く変わらない。しかし、もちろん、今のシエラを見られて困るのはこの聖華塔職員全てに言えることだった。ゆえに、管理長は図体のわりに小さな頭の、さらに小さな脳味噌をフル回転させる。
「ここだけの話なのですが、ポンピーネ様は、どうもよからぬ伝染病に罹ってしまったらしく、王太子殿下に移すわけにはいかないとのことで、面会を控えているところでして、はい」
言い訳としては、確かに上手いものではあった。こう言えば、王太子は身の安全のために、何よりも、シエラに王太子を害したなどという罪を被せないために、身を引くしかない。ただ、この言い訳は、古来より使い古されたものであり、当然ながら、その対処とて可能だ。
「なら、私の侍従に様子を見させるとしよう」
信頼する人間、それも、自分の手足となる人間が居るのであれば、それを使うという手段に出ることが可能だ。もちろん、管理長はその言葉で大いに慌てる。
「で、ですが、侍従の方に何かあっては」
「よい。その場合、罪に問うことはせぬ」
「っ……分かりました。しかし、ご令嬢は会話ができる状態ではなく、また、顔を見せることを酷く嫌っておいでです。どうか、それを踏まえての見舞いとしていただきたい」
「よかろう」
管理長が、本当にシエラと面会させるのかどうかは定かではない。それは、シエラが顔を見せたくないと言っているように思わせたことからも推測できる。
王太子は、それを理解しているのかどうか、全く読めない無表情で承諾し、自らの侍従の一人へ指示を出す。
「ポンピーネ嬢の見舞いに向かう。部屋の見舞いの品を持ってこい」
「承知いたしました」
さっと身を翻して立ち去る侍従の姿は、とてもキビキビとしたものであり、しかも、見舞いの品を予め用意していることが分かるその指示に、シエラの見舞いは、王太子の中で決定事項であったことが分かる。
ついでに、管理長や、その隣の職員では、主に体型が邪魔をして、あそこまで機敏には動けないものと思われた。機先を制した王太子の対応、そして、そのまま管理長達に向かい合い、余計な指示を出させないよう王太子自らが引き留めるその様子は、これが予定調和であったことを示す。
「で、殿下? よろしければ、先にご令嬢方と交流なさいませんか? 見舞いは、侍従の方にお任せするのでしょう?」
「いや、ポンピーネ嬢の様子を確認した後に、向かうことにする。それよりも、この聖華塔の資金について話そうと思うのだが?」
逃げ道を塞がれたことを悟った管理長達は、蒼白になる。王太子の視察に喜んでいられたのは、どうやら最初だけだったらしい。
「清貧を重んじる聖華塔が、なぜ、こんなにも装飾で溢れているのか……説明はできるな?」
有無を言わせぬ眼光を前に、管理長達はそのまま、必死の言い訳を展開していく。彼らはようやく、目の前の王太子が味方ではないことに気づいたらしい。
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