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第一章 復讐の聖女候補
第三話 大切なもの、壊れたもの(レアナ視点)
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とても、とても、大切だった。おばあちゃん先生が経営する小さな小さな孤児院。小さいけれど、たくさんの子供達が集うその場所は、私の居場所。私の家。
記憶にすら残っていない、うんと幼い頃に、この孤児院の前で捨てられていた私は、そこでスクスクと育った。優しいけれど、時にはとっても厳しいおばあちゃん先生。たくさんのお姉ちゃんやお兄ちゃんと、妹や弟達。そこに居られれば、私は幸せで、いずれ巣立ちの時を迎えても、私の故郷はここなのだと思っていた。
「まぁまぁっ! 聖魔法が発現するなんてっ! レアナ、良かったわねぇ」
聖魔法の発現は唐突で、十二歳の誕生日であったその日に、私は固いベッドの上で、光に包まれて目を覚ました。そして、その日は、聖女様が亡くなる三ヶ月前だと言われ、素質を持つ人達の聖魔力が覚醒する日でもあった。
「私に、聖魔法……?」
聖女様の寿命は、きっちり百歳だと決まっている。何でも、聖女となる際の儀式で、神様にその時までの寿命を保障してもらえるらしいのだ。そして、聖女様が亡くなる三ヶ月前に、一斉に、聖魔法の素質を持つ者の覚醒が起こる。ただし、覚醒するのは十代の少女のみで、そのほとんどが貴族の少女だ。だから、聖女様が亡くなる三ヶ月前になるという情報は何となく町の中で噂されていて知っていたものの、特に意識などしていなかった。
「あぁ、すぐに報告に行かなきゃねぇ」
「おばあちゃん先生……」
穏やかな表情で、けれど、少し寂しそうにするおばあちゃん先生を前に、私は、今日が、お別れの時なのだと理解した。
聖魔法を発現した者は、速やかに役所へ報告しなければならない。もし、報告を怠れば、厳重な罰が下される。そして、聖魔力が確認された場合は、その日の内に、聖華塔へ向かわなければならなかった。
「おばあちゃん先生、私……」
年を重ねるごとに、できることが増えて、外で働くようになっていた私。将来的には、今働いているお店で正式に雇ってもらって、おばあちゃん先生に恩返しをしたいと思っていた。孤児院の経営に関しては、お姉ちゃんやお兄ちゃん達の何人かが、すでに手を回しているため、大きな問題もない。おばあちゃん先生には、美味しい料理をご馳走してあげたい。おばあちゃん先生が好きな刺繍のための道具を、たくさんプレゼントしたい。そんな、将来設計は、今、大きく歪んでしまった。けれど……。
「私っ、聖女候補になって、良い働き口を見つけてくるねっ!!」
それならそうと、今よりもっと、良い働き口を見つけるまでだ。
おばあちゃん先生にも、兄弟姉妹達にも、迷惑なんてかけられない。
「……ツラくなったら、いつでも、帰って来なさいね」
しわくちゃの顔を、クシャリとさせて、ギュッと抱き締められた私は、この選択は間違っていないのだと、自分に言い聞かせる。
……寂しくないわけがない。ツラくないわけがない。こんな唐突な別れに、納得できるわけがない。
それでも、私は、おばあちゃん先生に罰が下されないように、ちゃんと報告してもらって、ちゃんと聖華塔へと向かった。
たった三ヶ月、聖女候補としてそこに居るだけで、嫁ぎ先には困らなくなる。生活は、確実に豊かになる。ただ……孤児院に返してもらえるかどうかだけは、分からなかった。
聖女候補を取り込めば、子孫に聖女が生まれるかもしれないと考える貴族は多いらしく、今まで、平民で聖女候補になった少女達は、自分の家に戻ることなく、貴族に連れて行かれたらしい。そんな噂も、町に行けばいくらでも聞ける。
……ただ、今になって思えば、きっと真相は違ったのだろう。平民の聖女候補達は、帰る家や家族を失ったり、本人が死んでしまったり、または、そのどちらもが起こってしまったのだ。私がそうであったように、きっと、彼女達も、似たような扱いを受けたのだ。
優しい夢は、ひび割れ、粉々に砕ける。おばあちゃん先生も、兄弟姉妹達も、孤児院も、何もかも、大切なものを失ってしまった。どんなに欠片を集めたくとも……もう、過去は戻らない。
暗い、暗い闇の中、それよりももっと、暗く、昏い、復讐の炎を燃やす。
「殺してやる……」
新たな私になって、初めての目覚め。その第一声は、深い怨嗟の声だった。
記憶にすら残っていない、うんと幼い頃に、この孤児院の前で捨てられていた私は、そこでスクスクと育った。優しいけれど、時にはとっても厳しいおばあちゃん先生。たくさんのお姉ちゃんやお兄ちゃんと、妹や弟達。そこに居られれば、私は幸せで、いずれ巣立ちの時を迎えても、私の故郷はここなのだと思っていた。
「まぁまぁっ! 聖魔法が発現するなんてっ! レアナ、良かったわねぇ」
聖魔法の発現は唐突で、十二歳の誕生日であったその日に、私は固いベッドの上で、光に包まれて目を覚ました。そして、その日は、聖女様が亡くなる三ヶ月前だと言われ、素質を持つ人達の聖魔力が覚醒する日でもあった。
「私に、聖魔法……?」
聖女様の寿命は、きっちり百歳だと決まっている。何でも、聖女となる際の儀式で、神様にその時までの寿命を保障してもらえるらしいのだ。そして、聖女様が亡くなる三ヶ月前に、一斉に、聖魔法の素質を持つ者の覚醒が起こる。ただし、覚醒するのは十代の少女のみで、そのほとんどが貴族の少女だ。だから、聖女様が亡くなる三ヶ月前になるという情報は何となく町の中で噂されていて知っていたものの、特に意識などしていなかった。
「あぁ、すぐに報告に行かなきゃねぇ」
「おばあちゃん先生……」
穏やかな表情で、けれど、少し寂しそうにするおばあちゃん先生を前に、私は、今日が、お別れの時なのだと理解した。
聖魔法を発現した者は、速やかに役所へ報告しなければならない。もし、報告を怠れば、厳重な罰が下される。そして、聖魔力が確認された場合は、その日の内に、聖華塔へ向かわなければならなかった。
「おばあちゃん先生、私……」
年を重ねるごとに、できることが増えて、外で働くようになっていた私。将来的には、今働いているお店で正式に雇ってもらって、おばあちゃん先生に恩返しをしたいと思っていた。孤児院の経営に関しては、お姉ちゃんやお兄ちゃん達の何人かが、すでに手を回しているため、大きな問題もない。おばあちゃん先生には、美味しい料理をご馳走してあげたい。おばあちゃん先生が好きな刺繍のための道具を、たくさんプレゼントしたい。そんな、将来設計は、今、大きく歪んでしまった。けれど……。
「私っ、聖女候補になって、良い働き口を見つけてくるねっ!!」
それならそうと、今よりもっと、良い働き口を見つけるまでだ。
おばあちゃん先生にも、兄弟姉妹達にも、迷惑なんてかけられない。
「……ツラくなったら、いつでも、帰って来なさいね」
しわくちゃの顔を、クシャリとさせて、ギュッと抱き締められた私は、この選択は間違っていないのだと、自分に言い聞かせる。
……寂しくないわけがない。ツラくないわけがない。こんな唐突な別れに、納得できるわけがない。
それでも、私は、おばあちゃん先生に罰が下されないように、ちゃんと報告してもらって、ちゃんと聖華塔へと向かった。
たった三ヶ月、聖女候補としてそこに居るだけで、嫁ぎ先には困らなくなる。生活は、確実に豊かになる。ただ……孤児院に返してもらえるかどうかだけは、分からなかった。
聖女候補を取り込めば、子孫に聖女が生まれるかもしれないと考える貴族は多いらしく、今まで、平民で聖女候補になった少女達は、自分の家に戻ることなく、貴族に連れて行かれたらしい。そんな噂も、町に行けばいくらでも聞ける。
……ただ、今になって思えば、きっと真相は違ったのだろう。平民の聖女候補達は、帰る家や家族を失ったり、本人が死んでしまったり、または、そのどちらもが起こってしまったのだ。私がそうであったように、きっと、彼女達も、似たような扱いを受けたのだ。
優しい夢は、ひび割れ、粉々に砕ける。おばあちゃん先生も、兄弟姉妹達も、孤児院も、何もかも、大切なものを失ってしまった。どんなに欠片を集めたくとも……もう、過去は戻らない。
暗い、暗い闇の中、それよりももっと、暗く、昏い、復讐の炎を燃やす。
「殺してやる……」
新たな私になって、初めての目覚め。その第一声は、深い怨嗟の声だった。
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