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第二章 第二フロア
リユウ
しおりを挟む『冒険の書
十二日目
第一フロア 地帯区分C
柿村啓が目覚め、一日が経過したため、フロア変更を実行
第二フロア 地帯区分A
フロア移動ボーナス
『妖花の鉢植え』』
散々嘆き、悲しんだ後にチラリと見えた冒険の書。そこには、無情なまでにほしい情報はなく、ただ、ここが第二フロアになったらしいという事実だけが記されていた。
今の俺には、ここから動く気力がない。このままここにいても餓死するだけだと分かっていながら、動こうと思えなかった。
冒険の書だって、開いたままにしていたページを見たから、この情報が入ってきただけで、見ようとする意思があったわけではない。
「……」
人間、誰とも話せずに一人でいることには耐えられない。孤独なまま、命の危機にずっと立ち向かえるほどの精神力なんて、よっぽどの狂人でもない限り持ち合わせてなどいない。
毎日毎日『生きたい』と思いながら生きている人間は、きっと、日々を命の危機にさらされている人間だ。
ただ、その生きる理由は様々。
誰かに必要とされたいから? 誰かに会いたいから? 誰かに認められたいから?
そんな、『誰か』を必要とする理由もあるだろう。
やり残したことがあるから? まだまだ楽しみたいから? 役目を果たせていないから?
そんな、この世の未練も理由になる。
ただ、そんな理由でも、そこに全く他者が介入しないことはあり得ない。誰もいない世界で、やり残したことを抱えるなんて、楽しみたい事象を見出だすなんて、自らに役目を課すなんて……人類滅亡の引き金が自分だったとかならまだしも、そんな大層なことをしでかしたわけでもない、ただの高校生が、生きるための理由を見つけられるはずもない。
生への執着が、全ての根幹が、記憶の消失により完全に揺らいでいた。
「助けて……」
求めるのは、誰に向けたものかも分からない助けのみ。疲弊しきった体で、何もない空中に手を伸ばした俺は……そこで、フツリと意識を失った。
『冒険の書
十三日目
第二フロア 地帯区分A
警告
一日モンスターとの戦闘、および食糧の摂取行動が見られなかったため、後三日で処分
逃れたくば、モンスターとの戦闘、もしくは、食糧の摂取を推奨』
目覚めたばかりの意識が、その文言を、起き上がった俺の目に映す。
見慣れない場所に、見慣れた警告文。俺の意識は、未だに絶望にさいなまれていたが、それでも、その警告文から発せられる得体の知れないおぞましさに、ビクリと体を跳ね上げる。
それは、俺に残された本能から来る恐怖。見慣れた警告文であるはずなのに、俺は、『処分』という言葉に強烈な悪寒を感じる。全身が粟立ち、ブルブルと震える。寒くもないはずのその場所で、全身を氷水に浸けられたかのような錯覚を起こす。
「ぁ……」
駄目だ。逃げるな。逃げたら……『処分』される。
ガツンッと頭を殴られたかのような感覚に、俺はたまらず呻く。意味の分からない恐怖。それが、俺の心を急速に支配する。
「死……にたく……ない」
かろうじてそう言葉を紡いだ俺は、さぁっと悪寒が引くのを感じ、その場に倒れ込む。
「うぁ、あっ…あぁ……」
息を吸うのも、吐くのも、上手くいかない。が、それでも俺は、極力落ち着くために努力した。
「っ! うっ」
片手をつねり上げた俺は、その痛みで意識を覚醒させる。徐々に呼吸が落ち着き、周りが見えるようになる。……あの、警告文も、見えた。
「今度、は……何もない?」
ただ、先程のような悪寒は走らない。おかしな現象に首をかしげながら、俺は冒険の書を手に取る。
「あっ!」
手に取って、表紙を見た俺は、驚愕の声を上げた。
『脱出した者は記憶が戻る』
しかし、『冒険の書』というタイトルの側に、あったその文言は、すぐに何事もなかったかのように消える。まるで、最初に見たバグの文章のように……。
「……バグ?」
今、見た文章は、本当にバグだったのか?
そんなことを考える俺は、即座にバグだと判断する。
「……ここから、出られたら、記憶が戻る?」
それは、俺にとっての希望。ここで判断を鈍らせることは、俺が希望を持てなくなるということだ。偽りかもしれないなどという可能性は、考えてはいけない。その可能性に押し潰されれば、もう、俺は動けない。
「出るんだ……記憶を取り戻すんだ」
ここから出れば、記憶が戻るというのなら、俺は迷わず脱出のために粉骨砕身の精神で努力しよう。その記憶が、きっと暖かなものだと信じて、その温もりを取り戻すために、動こうではないか。
そうと決まれば、行動しなければならない。現在地は第二フロアの地帯区分Aと分類される場所だ。そして、ぼんやりとしていたせいで気づかなかったが、この場所は、すでにスケルトンの幻影と戦った場所とは異なるものになっていた。
まずは、ベッドがある。そして、机があり……なんと、トイレまである。
「ト……イレ?」
いや、どこからどう見ても、それはトイレだった。洋式の便座に、トイレットペーパーがちゃんとついている。それも、石造りなどではない、本物の水洗トイレだ。
天は俺に味方した。散々苦労したトイレ。それが、今や目の前に鎮座している。これ程の幸せが他にあろうか?
……いや、これが普通なんだ、俺。この空気に流されるな、俺。
心の底からの感動もつかの間、俺はここに来るまではこのトイレというものを見慣れていることに思い至り、首を振ってその感動を否定する。ここで、感動なんてしようものなら、また妙な称号がつけられかねない。
が、それは、遅すぎる判断だった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
さぁ、続いての称号はいったいどうなることやら。
楽しみにしてもらえると嬉しいです。
それでは、また!
十二日目
第一フロア 地帯区分C
柿村啓が目覚め、一日が経過したため、フロア変更を実行
第二フロア 地帯区分A
フロア移動ボーナス
『妖花の鉢植え』』
散々嘆き、悲しんだ後にチラリと見えた冒険の書。そこには、無情なまでにほしい情報はなく、ただ、ここが第二フロアになったらしいという事実だけが記されていた。
今の俺には、ここから動く気力がない。このままここにいても餓死するだけだと分かっていながら、動こうと思えなかった。
冒険の書だって、開いたままにしていたページを見たから、この情報が入ってきただけで、見ようとする意思があったわけではない。
「……」
人間、誰とも話せずに一人でいることには耐えられない。孤独なまま、命の危機にずっと立ち向かえるほどの精神力なんて、よっぽどの狂人でもない限り持ち合わせてなどいない。
毎日毎日『生きたい』と思いながら生きている人間は、きっと、日々を命の危機にさらされている人間だ。
ただ、その生きる理由は様々。
誰かに必要とされたいから? 誰かに会いたいから? 誰かに認められたいから?
そんな、『誰か』を必要とする理由もあるだろう。
やり残したことがあるから? まだまだ楽しみたいから? 役目を果たせていないから?
そんな、この世の未練も理由になる。
ただ、そんな理由でも、そこに全く他者が介入しないことはあり得ない。誰もいない世界で、やり残したことを抱えるなんて、楽しみたい事象を見出だすなんて、自らに役目を課すなんて……人類滅亡の引き金が自分だったとかならまだしも、そんな大層なことをしでかしたわけでもない、ただの高校生が、生きるための理由を見つけられるはずもない。
生への執着が、全ての根幹が、記憶の消失により完全に揺らいでいた。
「助けて……」
求めるのは、誰に向けたものかも分からない助けのみ。疲弊しきった体で、何もない空中に手を伸ばした俺は……そこで、フツリと意識を失った。
『冒険の書
十三日目
第二フロア 地帯区分A
警告
一日モンスターとの戦闘、および食糧の摂取行動が見られなかったため、後三日で処分
逃れたくば、モンスターとの戦闘、もしくは、食糧の摂取を推奨』
目覚めたばかりの意識が、その文言を、起き上がった俺の目に映す。
見慣れない場所に、見慣れた警告文。俺の意識は、未だに絶望にさいなまれていたが、それでも、その警告文から発せられる得体の知れないおぞましさに、ビクリと体を跳ね上げる。
それは、俺に残された本能から来る恐怖。見慣れた警告文であるはずなのに、俺は、『処分』という言葉に強烈な悪寒を感じる。全身が粟立ち、ブルブルと震える。寒くもないはずのその場所で、全身を氷水に浸けられたかのような錯覚を起こす。
「ぁ……」
駄目だ。逃げるな。逃げたら……『処分』される。
ガツンッと頭を殴られたかのような感覚に、俺はたまらず呻く。意味の分からない恐怖。それが、俺の心を急速に支配する。
「死……にたく……ない」
かろうじてそう言葉を紡いだ俺は、さぁっと悪寒が引くのを感じ、その場に倒れ込む。
「うぁ、あっ…あぁ……」
息を吸うのも、吐くのも、上手くいかない。が、それでも俺は、極力落ち着くために努力した。
「っ! うっ」
片手をつねり上げた俺は、その痛みで意識を覚醒させる。徐々に呼吸が落ち着き、周りが見えるようになる。……あの、警告文も、見えた。
「今度、は……何もない?」
ただ、先程のような悪寒は走らない。おかしな現象に首をかしげながら、俺は冒険の書を手に取る。
「あっ!」
手に取って、表紙を見た俺は、驚愕の声を上げた。
『脱出した者は記憶が戻る』
しかし、『冒険の書』というタイトルの側に、あったその文言は、すぐに何事もなかったかのように消える。まるで、最初に見たバグの文章のように……。
「……バグ?」
今、見た文章は、本当にバグだったのか?
そんなことを考える俺は、即座にバグだと判断する。
「……ここから、出られたら、記憶が戻る?」
それは、俺にとっての希望。ここで判断を鈍らせることは、俺が希望を持てなくなるということだ。偽りかもしれないなどという可能性は、考えてはいけない。その可能性に押し潰されれば、もう、俺は動けない。
「出るんだ……記憶を取り戻すんだ」
ここから出れば、記憶が戻るというのなら、俺は迷わず脱出のために粉骨砕身の精神で努力しよう。その記憶が、きっと暖かなものだと信じて、その温もりを取り戻すために、動こうではないか。
そうと決まれば、行動しなければならない。現在地は第二フロアの地帯区分Aと分類される場所だ。そして、ぼんやりとしていたせいで気づかなかったが、この場所は、すでにスケルトンの幻影と戦った場所とは異なるものになっていた。
まずは、ベッドがある。そして、机があり……なんと、トイレまである。
「ト……イレ?」
いや、どこからどう見ても、それはトイレだった。洋式の便座に、トイレットペーパーがちゃんとついている。それも、石造りなどではない、本物の水洗トイレだ。
天は俺に味方した。散々苦労したトイレ。それが、今や目の前に鎮座している。これ程の幸せが他にあろうか?
……いや、これが普通なんだ、俺。この空気に流されるな、俺。
心の底からの感動もつかの間、俺はここに来るまではこのトイレというものを見慣れていることに思い至り、首を振ってその感動を否定する。ここで、感動なんてしようものなら、また妙な称号がつけられかねない。
が、それは、遅すぎる判断だった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
さぁ、続いての称号はいったいどうなることやら。
楽しみにしてもらえると嬉しいです。
それでは、また!
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