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第一章 ドラグニル竜国へ
第十三話 絶対者との出会い(アルム視点)
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『絶対者』はボクの想い人。それは、きっと間違ってはいなかったのだろうが、その中で大半を占めていた感情が憧れだったことに気づけたのは、シェイラと話すようになってからだった。
「お姉様はとってもすごいんですっ! 私の憧れなんですっ」
そう、目を輝かせるシェイラが、ボク自身と重なった。
(あぁ、ボクは、ずっと、『絶対者』に憧れていたのか……)
『絶対者』と出会ったのは、五年前。その日のボクは、竜人特有の減退期というものを迎えていた。減退期とは、竜人の生理現象で、数年に一度、竜人によっては、数十年に一度というペースで、三日だけ、力が半減してしまう日のことを指す。
王であるボクが減退期だと知れば、きっとボクを邪魔だと思う勢力が手を出してくるだろうと思いながら、ボクはそれを慎重に隠した。そして、それは一応、上手く行ったのだが……国内視察の途中で、強力な魔物に襲われることとなった。
「くっ、一番隊! 体勢を立て直せ! 二番隊は魔法で牽制!」
騎士団長である男が指示を出す中、ボクも戦いに出向くために準備を整え、馬車から飛び出す。
「っ、陛下!」
「ボクも戦う」
その一言で、ボクが減退期を迎えていることを知らない団員達は沸き立ち、団長は青ざめる。
「し、しかしっ」
「大丈夫。必ず、何とかしてみせる」
敵は、ダークネスツリー。生き物の生き血を糧とする、巨大な黒い木の魔物だ。所々に咲く赤い花は、幻覚を引き起こす花粉をばらまき、枝は、麻痺効果の高いトゲをいくつも飛ばし続けている。魔物の危険度としては、Sランクに入るその魔物は……どうにも変異しかけているらしく、黒い花を少しだけ、咲かせていた。
(とにかく、花粉を吸わずに、仕留めないとな)
いつもならば、多少苦戦しても倒せるであろう敵。しかし、今のボクは、倒せるかどうか分からなかった。しかし、倒せずとも、敵の意識を逸らして、逃げる隙を作ることはできるかもしれないことに賭けて、ボクは団長の制止を振り切って前に出ようとして……。
「邪魔だ」
次の瞬間、圧倒的な火力が、ダークネスツリーに襲いかかり、凄まじい断末魔の叫びが響く。
(なんて、魔力だ……)
見たこともない青白い炎が、周囲の空気を焼き、その凄まじい熱を伝えてくる。
「退避っ、退避ーっ!」
何が起こったか分からないままに、団長の叫び声を聞いていると、再びあの声が聞こえる。
「あまり、強い敵ではなかったな」
その直後、炎は消え、ダークネスツリーがボロボロと崩壊する。本来のボクでも苦戦するダークネスツリーが、あっさりと、崩れる。そして、そのおかげで、そこに一人のローブを被った男らしき人物が居ることに気づく。
「さて」
「っ、何者だ!」
あまりにも強大な力を前に、震えそうになりながら誰何した団長を、彼は一瞥して、首をかしげる。
「私か? 私は、冒険者で、『絶対者』と呼ばれている者だ」
それが、ボクと『絶対者』との出会いで、後に、ボクは彼が彼女であったことや、レイリン王国の貴族らしいことを知ることとなる。あまりに強大な力を有する『絶対者』は、しかし、その力をひけらかすことなく、ただただ淡々と依頼をこなすためにのみ、その力を奮う。そんなストイックな姿に、そして、その心持ちに、ボクはきっと憧れた。憧れて、憧れて、いつの間にか、それに恋心が加わった。しかし……。
(ボクでは、彼女を幸せにはできない)
あれから五年。ボクは『絶対者』のことを知ったつもりになっていて、一度も笑顔を引き出すことはできなかった。あのルティアスは、簡単に引き出せたというのに……。
(潮時、だ)
恩人であり、憧れの人は、きっと、ボクがそれ以上の想いを向けるべき相手ではない。それをして良いのは、彼女の心を溶かしたルティアスだけだ。
失恋の傷で、ボクはしばらく落ち込むことになりそうだと思いながらも、その時は、シェイラと楽しく話せば楽になれるだろうと結論づける。
(正妃を、早く決めなくてはならないな)
願わくば、その相手が、ボクの心を支えてくれる存在であらんことを。そして、シェイラを優しく受け入れてくれる相手であることを祈る。
(さて、と。明日は『絶対者』が帰る日だ。シェイラには、存分に姉との時間を取ってやろう)
シェイラの部屋に、彼女の分のベッドも運び入れる指示をすると、ボクは沈む心に蓋をして、執務に没頭するのだった。
「お姉様はとってもすごいんですっ! 私の憧れなんですっ」
そう、目を輝かせるシェイラが、ボク自身と重なった。
(あぁ、ボクは、ずっと、『絶対者』に憧れていたのか……)
『絶対者』と出会ったのは、五年前。その日のボクは、竜人特有の減退期というものを迎えていた。減退期とは、竜人の生理現象で、数年に一度、竜人によっては、数十年に一度というペースで、三日だけ、力が半減してしまう日のことを指す。
王であるボクが減退期だと知れば、きっとボクを邪魔だと思う勢力が手を出してくるだろうと思いながら、ボクはそれを慎重に隠した。そして、それは一応、上手く行ったのだが……国内視察の途中で、強力な魔物に襲われることとなった。
「くっ、一番隊! 体勢を立て直せ! 二番隊は魔法で牽制!」
騎士団長である男が指示を出す中、ボクも戦いに出向くために準備を整え、馬車から飛び出す。
「っ、陛下!」
「ボクも戦う」
その一言で、ボクが減退期を迎えていることを知らない団員達は沸き立ち、団長は青ざめる。
「し、しかしっ」
「大丈夫。必ず、何とかしてみせる」
敵は、ダークネスツリー。生き物の生き血を糧とする、巨大な黒い木の魔物だ。所々に咲く赤い花は、幻覚を引き起こす花粉をばらまき、枝は、麻痺効果の高いトゲをいくつも飛ばし続けている。魔物の危険度としては、Sランクに入るその魔物は……どうにも変異しかけているらしく、黒い花を少しだけ、咲かせていた。
(とにかく、花粉を吸わずに、仕留めないとな)
いつもならば、多少苦戦しても倒せるであろう敵。しかし、今のボクは、倒せるかどうか分からなかった。しかし、倒せずとも、敵の意識を逸らして、逃げる隙を作ることはできるかもしれないことに賭けて、ボクは団長の制止を振り切って前に出ようとして……。
「邪魔だ」
次の瞬間、圧倒的な火力が、ダークネスツリーに襲いかかり、凄まじい断末魔の叫びが響く。
(なんて、魔力だ……)
見たこともない青白い炎が、周囲の空気を焼き、その凄まじい熱を伝えてくる。
「退避っ、退避ーっ!」
何が起こったか分からないままに、団長の叫び声を聞いていると、再びあの声が聞こえる。
「あまり、強い敵ではなかったな」
その直後、炎は消え、ダークネスツリーがボロボロと崩壊する。本来のボクでも苦戦するダークネスツリーが、あっさりと、崩れる。そして、そのおかげで、そこに一人のローブを被った男らしき人物が居ることに気づく。
「さて」
「っ、何者だ!」
あまりにも強大な力を前に、震えそうになりながら誰何した団長を、彼は一瞥して、首をかしげる。
「私か? 私は、冒険者で、『絶対者』と呼ばれている者だ」
それが、ボクと『絶対者』との出会いで、後に、ボクは彼が彼女であったことや、レイリン王国の貴族らしいことを知ることとなる。あまりに強大な力を有する『絶対者』は、しかし、その力をひけらかすことなく、ただただ淡々と依頼をこなすためにのみ、その力を奮う。そんなストイックな姿に、そして、その心持ちに、ボクはきっと憧れた。憧れて、憧れて、いつの間にか、それに恋心が加わった。しかし……。
(ボクでは、彼女を幸せにはできない)
あれから五年。ボクは『絶対者』のことを知ったつもりになっていて、一度も笑顔を引き出すことはできなかった。あのルティアスは、簡単に引き出せたというのに……。
(潮時、だ)
恩人であり、憧れの人は、きっと、ボクがそれ以上の想いを向けるべき相手ではない。それをして良いのは、彼女の心を溶かしたルティアスだけだ。
失恋の傷で、ボクはしばらく落ち込むことになりそうだと思いながらも、その時は、シェイラと楽しく話せば楽になれるだろうと結論づける。
(正妃を、早く決めなくてはならないな)
願わくば、その相手が、ボクの心を支えてくれる存在であらんことを。そして、シェイラを優しく受け入れてくれる相手であることを祈る。
(さて、と。明日は『絶対者』が帰る日だ。シェイラには、存分に姉との時間を取ってやろう)
シェイラの部屋に、彼女の分のベッドも運び入れる指示をすると、ボクは沈む心に蓋をして、執務に没頭するのだった。
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