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第七章 舞踏会
第百二十九話 舞踏会開始
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舞踏会の会場は、想像以上にきらびやかだった。美しいシャンデリアが天井を彩り、地上には美しい男女が煌めく衣装を纏って談笑している。
所々でワインだかジュースだかが乗ったお盆が、ひとりでに人々の間を縫うようにゆっくり移動しているのは……多分、何かの魔法だろう。
「すごい……」
初めて見たきらびやかな世界に、私は感嘆のため息を吐く。それと同時に、こんなにも豪華な場所に、私という存在は場違いな気がして、壇上の裾で中々前に踏み出せない。
「大丈夫だ。ユーカ。俺達が居る」
「何も心配することはないよ」
サファイアとトパーズのそれぞれの瞳が、優しく私に注がれる。
(大丈夫、大丈夫……お、女は度胸っ!)
何か、言葉を間違えている気がしないでもなかったけれど、二人の暖かさで、私も勇気が出る。
「魔王陛下、および、リアン魔王陛下、そして、両翼の君の入場です」
会場中に響くその声。次の瞬間には、会場は静まり返り、全ての視線が私達が今から立つ、壇上へと注がれる。
(大丈夫。二人が居るんだから、大丈夫っ)
二人の大きく暖かな手でエスコートされて、私は真正面を見つめて歩き出す。
私用にあつらえた小さめの椅子の両端に、赤い玉座、そして、黒い玉座があり、そこまでくると私達は会場の方へと体の向きを変える。すると、痛いほどに注がれていた視線を真正面から受けることとなり、少しだけ、怯みそうになる。
「皆のもの、今日は良く集まってくれた。本日から社交界シーズンとなるが、その前に、今回は紹介したい者が居る」
その言葉を受けて、私は一生懸命顔を上げることに専念する。
「私とリアン魔王陛下との間の両翼。ユーカ・サクラだ。私は、彼女を害する存在を認めることはない。ゆえに、今日は彼女の顔を覚えてもらいたい」
今日の私の役目は、この場の貴族達に顔を覚えてもらうこと。両翼だということを大々的に示すこと。それさえできれば、私を殺害しようと企む者はほとんど居なくなるはずだというのが、ジークさんとハミルさんの目算だ。
「ご紹介にあずかりました。夕夏・桜です。私は、お二人の両翼として、これからもこのような場に出ることがあるかもしれませんので、どうぞ、よろしくお願い致します」
本来ならば、私はここで、ジークさんとハミルさんの両翼であることを示すために、口づけを交わす予定だったらしいのだけれど……さすがに、それに耐えられるとは思えなかったため、全力で拒否した。その結果、ならば、せめてこれからも何度か、こうした華やかな場に出席してほしいということになり、挨拶もそういった言葉になるのだった。
私が挨拶をすれば、敵意を持った視線、熱を持った視線、ホッとしたような視線など、様々な視線を受ける。とりあえず、注意すべきは敵意のある視線だろうと、探知魔法を展開したまま、その魔力反応を覚えていく。
その間にも、ジークさんやハミルさんの挨拶が続いていき、とうとう、舞踏会は開始となる。
「それでは、皆、ゆるりと楽しめ」
ジークさんのその言葉を合図に、会場にはゆったりとした曲が流れ始める。私の位置からは見えにくいけれど、どうやら隅の方に楽団が来ているらしかった。
「では、ユーカ。一曲踊ってはいただけませんか?」
ぼんやりと辺りを眺めていると、ふいに、隣に居たジークさんが手を差し出してくる。
「えっ? ちょっ、ジーク? 僕、ちゃんと話したよね?」
「むろん、分かっている。だから、こうする」
何の話か分からないまま立ち尽くしていると、ジークさんは小さく呪文を唱えた。すると……。
「ふぇ?」
一瞬、ジークさんの体が光ったと思えば、そこには、ジークさんを幾分か幼くしたような姿の魔族が立っていた。
(い、いや、これって、ジークさん、だよね?)
普段のキリリとした顔とは違い、幼いがゆえのふっくらとした頬を持つ彼の顔は、恐らく、ジークさんで間違いない。身長も、二メートル超えという長身から、百六十センチくらいにまで縮んでいる。
「これなら踊れるだろう? ユーカ」
「……その手があったか……」
笑顔で手を差し出してくるジークさんと、何やらうちひしがれている様子のハミルさん。私はというと……。
(ど、どうしようっ! すっごく可愛いっ!)
私より身長の高い男の子姿ではあるものの、何だか可愛く見えて仕方がなかった。
「よ、よろしく、お願いします」
庇護欲を思いっきりくすぐられながらも、どうにかそれだけを応えた私は、すぐに会場の中央へと連れていかれる。
「この姿は、七百年以上前の姿だから、一発で上手くいくかは分からなかったが、成功して良かった」
ゆっくりとステップを踏みながら、耳元で囁かれて、私はその年数に驚くと同時に、実際にこの姿の時があって、それを見ることができなかったことが残念で仕方なかった。
「七百年……ジークさんって、おいくつなんですか?」
「そういえば、言ってなかったか。俺は、七百二十五歳だ」
「……魔族って長生きなんですね」
もう、それしか言えない。自分が十八歳であることを考えると、ジークさんはとんでもないロリコンということになってしまうけれど、考えてはいけないと頭の中で警鐘が鳴る。
「あぁ、ちなみに、ハミルは六百九十一歳だな」
(……うん、何も言わないっ)
今は、とにかく可愛いジークさんと踊ることに集中しようと、私は無言を貫く。
「ユーカ。とても綺麗だ。可愛い。食べてしまいたい」
甘過ぎる言葉が降ってきて、ステップが乱れそうになるものの、ジークさんはすかさずフォローしてくれる。
「ユーカ。ユーカ。愛してる」
ダンスの時間は、きっとそんなに長くなかったはずだ。けれど、ダンスの間、ほとんどずっと愛を囁かれ続けた私は、終わる頃には顔の赤みが引かずに、涙目状態になっていたのだった。
所々でワインだかジュースだかが乗ったお盆が、ひとりでに人々の間を縫うようにゆっくり移動しているのは……多分、何かの魔法だろう。
「すごい……」
初めて見たきらびやかな世界に、私は感嘆のため息を吐く。それと同時に、こんなにも豪華な場所に、私という存在は場違いな気がして、壇上の裾で中々前に踏み出せない。
「大丈夫だ。ユーカ。俺達が居る」
「何も心配することはないよ」
サファイアとトパーズのそれぞれの瞳が、優しく私に注がれる。
(大丈夫、大丈夫……お、女は度胸っ!)
何か、言葉を間違えている気がしないでもなかったけれど、二人の暖かさで、私も勇気が出る。
「魔王陛下、および、リアン魔王陛下、そして、両翼の君の入場です」
会場中に響くその声。次の瞬間には、会場は静まり返り、全ての視線が私達が今から立つ、壇上へと注がれる。
(大丈夫。二人が居るんだから、大丈夫っ)
二人の大きく暖かな手でエスコートされて、私は真正面を見つめて歩き出す。
私用にあつらえた小さめの椅子の両端に、赤い玉座、そして、黒い玉座があり、そこまでくると私達は会場の方へと体の向きを変える。すると、痛いほどに注がれていた視線を真正面から受けることとなり、少しだけ、怯みそうになる。
「皆のもの、今日は良く集まってくれた。本日から社交界シーズンとなるが、その前に、今回は紹介したい者が居る」
その言葉を受けて、私は一生懸命顔を上げることに専念する。
「私とリアン魔王陛下との間の両翼。ユーカ・サクラだ。私は、彼女を害する存在を認めることはない。ゆえに、今日は彼女の顔を覚えてもらいたい」
今日の私の役目は、この場の貴族達に顔を覚えてもらうこと。両翼だということを大々的に示すこと。それさえできれば、私を殺害しようと企む者はほとんど居なくなるはずだというのが、ジークさんとハミルさんの目算だ。
「ご紹介にあずかりました。夕夏・桜です。私は、お二人の両翼として、これからもこのような場に出ることがあるかもしれませんので、どうぞ、よろしくお願い致します」
本来ならば、私はここで、ジークさんとハミルさんの両翼であることを示すために、口づけを交わす予定だったらしいのだけれど……さすがに、それに耐えられるとは思えなかったため、全力で拒否した。その結果、ならば、せめてこれからも何度か、こうした華やかな場に出席してほしいということになり、挨拶もそういった言葉になるのだった。
私が挨拶をすれば、敵意を持った視線、熱を持った視線、ホッとしたような視線など、様々な視線を受ける。とりあえず、注意すべきは敵意のある視線だろうと、探知魔法を展開したまま、その魔力反応を覚えていく。
その間にも、ジークさんやハミルさんの挨拶が続いていき、とうとう、舞踏会は開始となる。
「それでは、皆、ゆるりと楽しめ」
ジークさんのその言葉を合図に、会場にはゆったりとした曲が流れ始める。私の位置からは見えにくいけれど、どうやら隅の方に楽団が来ているらしかった。
「では、ユーカ。一曲踊ってはいただけませんか?」
ぼんやりと辺りを眺めていると、ふいに、隣に居たジークさんが手を差し出してくる。
「えっ? ちょっ、ジーク? 僕、ちゃんと話したよね?」
「むろん、分かっている。だから、こうする」
何の話か分からないまま立ち尽くしていると、ジークさんは小さく呪文を唱えた。すると……。
「ふぇ?」
一瞬、ジークさんの体が光ったと思えば、そこには、ジークさんを幾分か幼くしたような姿の魔族が立っていた。
(い、いや、これって、ジークさん、だよね?)
普段のキリリとした顔とは違い、幼いがゆえのふっくらとした頬を持つ彼の顔は、恐らく、ジークさんで間違いない。身長も、二メートル超えという長身から、百六十センチくらいにまで縮んでいる。
「これなら踊れるだろう? ユーカ」
「……その手があったか……」
笑顔で手を差し出してくるジークさんと、何やらうちひしがれている様子のハミルさん。私はというと……。
(ど、どうしようっ! すっごく可愛いっ!)
私より身長の高い男の子姿ではあるものの、何だか可愛く見えて仕方がなかった。
「よ、よろしく、お願いします」
庇護欲を思いっきりくすぐられながらも、どうにかそれだけを応えた私は、すぐに会場の中央へと連れていかれる。
「この姿は、七百年以上前の姿だから、一発で上手くいくかは分からなかったが、成功して良かった」
ゆっくりとステップを踏みながら、耳元で囁かれて、私はその年数に驚くと同時に、実際にこの姿の時があって、それを見ることができなかったことが残念で仕方なかった。
「七百年……ジークさんって、おいくつなんですか?」
「そういえば、言ってなかったか。俺は、七百二十五歳だ」
「……魔族って長生きなんですね」
もう、それしか言えない。自分が十八歳であることを考えると、ジークさんはとんでもないロリコンということになってしまうけれど、考えてはいけないと頭の中で警鐘が鳴る。
「あぁ、ちなみに、ハミルは六百九十一歳だな」
(……うん、何も言わないっ)
今は、とにかく可愛いジークさんと踊ることに集中しようと、私は無言を貫く。
「ユーカ。とても綺麗だ。可愛い。食べてしまいたい」
甘過ぎる言葉が降ってきて、ステップが乱れそうになるものの、ジークさんはすかさずフォローしてくれる。
「ユーカ。ユーカ。愛してる」
ダンスの時間は、きっとそんなに長くなかったはずだ。けれど、ダンスの間、ほとんどずっと愛を囁かれ続けた私は、終わる頃には顔の赤みが引かずに、涙目状態になっていたのだった。
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