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第七章 舞踏会
第百二十四話 キス作戦1
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舞踏会まで、あと七日。
今日は、アマーリエさん達の作戦が決行される日。私にとっては、羞恥心の限界への挑戦の日でもある。
(うぅぅ、本当に、やらなきゃいけないの?)
ジークさんのことも、ハミルさんのことも、好きだと自覚したのはほんの少し前だ。そして、私自身、男性経験は皆無で、その手の知識も保健体育の授業で習った程度しかない。つまりは、全くもってどうしたら良いのか分からず、心構えもできていない。
(ど、どうしよう)
そんな私の内心をよそに、マナーやダンスのレッスンで時間はどんどん過ぎ、お茶会の時間まで間近となる。現在、私は気合いの入ったメアリー達によって、可愛らしいワンピースとアクセサリーを身に付け、薄い化粧と複雑なヘアアレンジをしてもらい、部屋で待機中だった。
(いきなり雨が降って、お茶会が中止になったりしないかなぁ?)
そう思って外を眺めてみるも、空には雲一つなく、雨は一滴も落ちて来そうにない。それに、雨が降ったとしても、場所が庭からどこか別のところに変わるだけだろうということは分かっている。
(ジークさんか、ハミルさんに、キス……できる気がしないよぉっ)
アマーリエさんは、ほっぺに軽くで十分だとか言っていたものの、そこまで近づくのがまず、至難の業だ。あの二人の美形を間近で見て、平常心でいられるとは思えない。
そうして悩んでいると、とうとう部屋にノックの音が響く。
「ユーカ、迎えに来たよ」
聞こえてきたのは、ハミルさんの声。その声に、私は緊張しながら返事をすると、ドキドキする胸を抑えて扉を開ける。
「……っ、ユーカ。今日は一段と可愛いね」
「そ、そう、ですか?」
「うん、ふふふっ、嬉しいな。ユーカが僕達のために着飾ってくれるなんて」
(う、『嬉しい』? えっ、ど、どうしよう。何だか、私の方が嬉しいよ!?)
綺麗な顔で笑うハミルさんを前に、私は胸のドキドキがさらに大きくなった気がして、胸元で拳をキュッと握る。
「それじゃあ、行こうか」
自然な流れでエスコートされる私は、いつも以上にハミルさんを意識してしまって、ともすれば震えそうになる。けれど、まだお茶会は始まってすらいないのだ。ここで、挫けるわけにはいかない。
「ジークは、もう少し仕事があるみたいだから、先に僕達だけでお茶会を始めておこうね」
「は、はい」
つまりは、ハミルさんと二人っきり。キスをする絶好のチャンスとなるはずだ。
そんなことを考えてしまった私は、さらに心臓がうるさく鼓動するのを自覚して、赤い顔を隠すために必死でうつむく。
「ユーカ? どうかした?」
「ひゃいっ、な、何でもないですっ!」
「そ、そうかい? でも、何かあればすぐに言うんだよ?」
必死に返事をすれば、疑いの眼差しを向けながらもハミルさんは引いてくれる。
(う、うん、関係の進展のために、頑張らなきゃ、だよねっ)
まだ、二人を好きになってしまったという事実をどう受け止めたら良いのか、答えが出たわけではない。けれど、アマーリエさんも、メアリー達も、二人を好きになっている私を軽蔑したりはしない。むしろ、それが当然で、応援までしようとしてくれている。だから、私は少しずつ、二人を好きでいても良いのではないかと思えるようになってきていた。
庭のお茶会会場に着いてみると、どうやら今回は、ぬいぐるみを全面に押し出したお茶会会場になっているらしく、テーブルの隅や、小さな椅子に、いくつものぬいぐるみが乗せられている。一度、『毎回毎回、お茶会に趣向を凝らさなくても良い』という内容のことを伝えてみたのだけれど、そう言った瞬間、ジークさんとハミルさんはもちろん、リド姉さんまで落ち込んでしまったために、今はそれを黙認している。実際、こんな風に色々としてもらえるのは、慣れないけれど、とっても嬉しかった。
「今日は、お菓子も可愛いものを用意してあるんだ」
そうして出てきたのは、動物型の色とりどりのクッキーやウサギ型のケーキだった。
「ふわぁっ」
「紅茶は、アップルティーだよ」
そうして、席に着くと、ハミルさんはすぐ隣の席に腰かける。
(はっ、ぬいぐるみやお菓子に気を取られてる場合じゃなかった!)
メアリー達が紅茶を注いでくれている間に正気に戻った私は、改めて、隣にハミルさんが居るという状況にアワアワとしてしまう。
「はい、それじゃあ、あーん」
「ふぇっ、あ、あーん」
ただ、それでも毎日のお茶会によって仕込まれた条件反射によって、私は差し出されたフォークにパクりと食いつく。
(美味しいっ)
「ふふっ、やっぱり、ユーカは可愛いなぁ」
蕩けるような笑顔を見せるハミルさんに、私はもう、赤面する顔を隠すこともできない。
(えっ? この状況で、キスを頑張らなきゃなの!?)
もう、すでにノックアウト寸前なのに、これ以上頑張らなければならないという事実に、私はとにかく混乱する。
「ユーカ。ユーカからはくれないの?」
「あっ、えっと、あ、あーん」
「うん、あーん。……ふふっ、美味しいよ」
とりあえず近くにあったクッキーを差し出せば、ハミルさんは私の指までくわえて、ペロリと舐め上げる。
(わー、わー、わーっ)
どうして、私はケーキを選択しなかったのかとか、指まで舐めちゃダメでしょとか、頭の中でグルグルと巡るものの、この場で私を助けてくれる人が居ないことは重々承知だ。むしろ、いつミッションを達成するのかと見守っているくらいだ。
(あうぅ、何か、何か、ハミルさんが妖艶だよぉっ)
もう、ドキドキしっぱなしで、思考が壊れつつあるような気がする。
(ハミルさんにキス? できるの、私? いや、でも、やらなきゃっ)
ニコニコしているハミルさんは、私にも食べさせようとクッキーを選んでいるところだ。この不意をついて、頬にキスをするのは、何とかいけるかもしれない。
コンマ数秒で覚悟を決めた私は、そのまま一気にハミルさんへと顔を近づけて……。
「すまないっ、遅れた!」
ジークさんが走ってきた姿に、ギョッとして、私は慌ててハミルさんから距離を取る。
そうして、そのまま、キスをする機会に恵まれることはなく、お茶会は終了するのだった。
今日は、アマーリエさん達の作戦が決行される日。私にとっては、羞恥心の限界への挑戦の日でもある。
(うぅぅ、本当に、やらなきゃいけないの?)
ジークさんのことも、ハミルさんのことも、好きだと自覚したのはほんの少し前だ。そして、私自身、男性経験は皆無で、その手の知識も保健体育の授業で習った程度しかない。つまりは、全くもってどうしたら良いのか分からず、心構えもできていない。
(ど、どうしよう)
そんな私の内心をよそに、マナーやダンスのレッスンで時間はどんどん過ぎ、お茶会の時間まで間近となる。現在、私は気合いの入ったメアリー達によって、可愛らしいワンピースとアクセサリーを身に付け、薄い化粧と複雑なヘアアレンジをしてもらい、部屋で待機中だった。
(いきなり雨が降って、お茶会が中止になったりしないかなぁ?)
そう思って外を眺めてみるも、空には雲一つなく、雨は一滴も落ちて来そうにない。それに、雨が降ったとしても、場所が庭からどこか別のところに変わるだけだろうということは分かっている。
(ジークさんか、ハミルさんに、キス……できる気がしないよぉっ)
アマーリエさんは、ほっぺに軽くで十分だとか言っていたものの、そこまで近づくのがまず、至難の業だ。あの二人の美形を間近で見て、平常心でいられるとは思えない。
そうして悩んでいると、とうとう部屋にノックの音が響く。
「ユーカ、迎えに来たよ」
聞こえてきたのは、ハミルさんの声。その声に、私は緊張しながら返事をすると、ドキドキする胸を抑えて扉を開ける。
「……っ、ユーカ。今日は一段と可愛いね」
「そ、そう、ですか?」
「うん、ふふふっ、嬉しいな。ユーカが僕達のために着飾ってくれるなんて」
(う、『嬉しい』? えっ、ど、どうしよう。何だか、私の方が嬉しいよ!?)
綺麗な顔で笑うハミルさんを前に、私は胸のドキドキがさらに大きくなった気がして、胸元で拳をキュッと握る。
「それじゃあ、行こうか」
自然な流れでエスコートされる私は、いつも以上にハミルさんを意識してしまって、ともすれば震えそうになる。けれど、まだお茶会は始まってすらいないのだ。ここで、挫けるわけにはいかない。
「ジークは、もう少し仕事があるみたいだから、先に僕達だけでお茶会を始めておこうね」
「は、はい」
つまりは、ハミルさんと二人っきり。キスをする絶好のチャンスとなるはずだ。
そんなことを考えてしまった私は、さらに心臓がうるさく鼓動するのを自覚して、赤い顔を隠すために必死でうつむく。
「ユーカ? どうかした?」
「ひゃいっ、な、何でもないですっ!」
「そ、そうかい? でも、何かあればすぐに言うんだよ?」
必死に返事をすれば、疑いの眼差しを向けながらもハミルさんは引いてくれる。
(う、うん、関係の進展のために、頑張らなきゃ、だよねっ)
まだ、二人を好きになってしまったという事実をどう受け止めたら良いのか、答えが出たわけではない。けれど、アマーリエさんも、メアリー達も、二人を好きになっている私を軽蔑したりはしない。むしろ、それが当然で、応援までしようとしてくれている。だから、私は少しずつ、二人を好きでいても良いのではないかと思えるようになってきていた。
庭のお茶会会場に着いてみると、どうやら今回は、ぬいぐるみを全面に押し出したお茶会会場になっているらしく、テーブルの隅や、小さな椅子に、いくつものぬいぐるみが乗せられている。一度、『毎回毎回、お茶会に趣向を凝らさなくても良い』という内容のことを伝えてみたのだけれど、そう言った瞬間、ジークさんとハミルさんはもちろん、リド姉さんまで落ち込んでしまったために、今はそれを黙認している。実際、こんな風に色々としてもらえるのは、慣れないけれど、とっても嬉しかった。
「今日は、お菓子も可愛いものを用意してあるんだ」
そうして出てきたのは、動物型の色とりどりのクッキーやウサギ型のケーキだった。
「ふわぁっ」
「紅茶は、アップルティーだよ」
そうして、席に着くと、ハミルさんはすぐ隣の席に腰かける。
(はっ、ぬいぐるみやお菓子に気を取られてる場合じゃなかった!)
メアリー達が紅茶を注いでくれている間に正気に戻った私は、改めて、隣にハミルさんが居るという状況にアワアワとしてしまう。
「はい、それじゃあ、あーん」
「ふぇっ、あ、あーん」
ただ、それでも毎日のお茶会によって仕込まれた条件反射によって、私は差し出されたフォークにパクりと食いつく。
(美味しいっ)
「ふふっ、やっぱり、ユーカは可愛いなぁ」
蕩けるような笑顔を見せるハミルさんに、私はもう、赤面する顔を隠すこともできない。
(えっ? この状況で、キスを頑張らなきゃなの!?)
もう、すでにノックアウト寸前なのに、これ以上頑張らなければならないという事実に、私はとにかく混乱する。
「ユーカ。ユーカからはくれないの?」
「あっ、えっと、あ、あーん」
「うん、あーん。……ふふっ、美味しいよ」
とりあえず近くにあったクッキーを差し出せば、ハミルさんは私の指までくわえて、ペロリと舐め上げる。
(わー、わー、わーっ)
どうして、私はケーキを選択しなかったのかとか、指まで舐めちゃダメでしょとか、頭の中でグルグルと巡るものの、この場で私を助けてくれる人が居ないことは重々承知だ。むしろ、いつミッションを達成するのかと見守っているくらいだ。
(あうぅ、何か、何か、ハミルさんが妖艶だよぉっ)
もう、ドキドキしっぱなしで、思考が壊れつつあるような気がする。
(ハミルさんにキス? できるの、私? いや、でも、やらなきゃっ)
ニコニコしているハミルさんは、私にも食べさせようとクッキーを選んでいるところだ。この不意をついて、頬にキスをするのは、何とかいけるかもしれない。
コンマ数秒で覚悟を決めた私は、そのまま一気にハミルさんへと顔を近づけて……。
「すまないっ、遅れた!」
ジークさんが走ってきた姿に、ギョッとして、私は慌ててハミルさんから距離を取る。
そうして、そのまま、キスをする機会に恵まれることはなく、お茶会は終了するのだった。
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