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第七章 舞踏会
第百十七話 迷惑
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ゆったりと椅子に腰掛けながら、『中級マナーのススメ』という本を読んでいた私は、ヴァイラン魔国に戻ってきてから、何度目ともしれないため息を無意識に吐く。
「はぁ」
「ユーカお嬢様? お疲れなら、紅茶をお淹れしましょうか?」
ため息を聞き咎めたララによって、そんな提案をされるものの、私自身、そんな気分ではない。
「ううん、大丈夫だよ」
そう言って、改めて本に集中しようとするものの、上手くはいかない。
(私、迷惑かけてるよね……)
リアン魔国に居る間は、何だかんだと慌ただしくて考えられなかったものの、改めて考えると、私の存在は迷惑以外の何者でもないのではないかと思えた。自分を狙ってきた刺客達が、ハミルさんの片翼という立場の私を妬んだ者達によって送られているであろうことは、さすがの私でも分かっていた。
(でも……それでも、私は、ハミルさんのことが……)
『好き』という感情を自覚したのは随分前のことのように思えるけれど、まだ一月も経っていない。厄介なのは、その『好き』という感情がジークさんとハミルさんの二人ともに向いてしまっていることではあったが、そこのところはもう少し考えたいところだ。
二人ともが大切で、誰かに貶されるだけでも、感じたことのない怒りが沸いてくる。そんな存在に、私はきっと、迷惑をかけているのだと思えば、ため息も吐きたくなる。
(せめて、足手まといにならないくらいの力はつけたいし、欲を言えば、役に立てるようにもなりたいんだよね)
そうは思うものの、具体的な方法が頭に浮かばない。『自分の身は守れる』と断言できるほどの実力は、どうしたら身に付くのか分からないし、ジークさんやハミルさんが私に何かを求めてくるのがあまり想像できない。……いや、猫姿での添い寝とか、お茶会での『あーん』とかはノーカウントで、だけれど。
そんなわけで、ひとまずは、どこに出ても大丈夫なように、マナーの知識を身に付けようと思い、こんな本を読んでいるというわけだ。
「ニャー」
と、そんな時、扉の外から猫の鳴き声が聞こえてくる。
「確認して参ります」
即座に、側に控えていたララが扉を開けると、その扉の隙間から、スルリと灰色の猫が入ってくる。
「あっ、あーちゃん」
「ニャー」
それは、ハミルさんが猫に化けた姿だった。
「いつ、こっちに来てたんだろう?」
私は、本をテーブルの上に置いて、スリスリと足元にすり寄ってくるあーちゃんを抱き上げ、そのトパーズの瞳を覗き込む。こうして猫の姿のままであれば、私の心臓は至って平静を保っていられる。
何となく心が和むのを感じながら、膝の上に下ろすと、あーちゃんはテーブルに前足を置いて、ひょっこりと頭をテーブルの上に出す。そうして、目の前に本を見つけると、テシテシと本を叩いてみせる。
「これ? これは、マナーを覚えようと思って借りてきたんだよ」
あーちゃんは猫であるという概念を覆さないために、猫の鳴き声しか出してはいけないと制限をかけたのは私だ。だから、あーちゃんが言いたいことを何となく察せた場合は、極力応えるようにしていた。
「でも、内容はリーアから習ったマナーばかりだったから、これは復習になるのかな?」
リアン魔国では、リーアからマナーの知識を教えてもらっていた。ついでとして、ダンスレッスンもしてもらっていたものの、正直、そちらは使うかどうか分からない技術だったこともあり、あまり身に付いたとは言えない。
「マナーは、付け焼き刃だけれど、食事に招かれても大丈夫なくらいは身に付いてるみたいだよ」
「ニャア」
あーちゃんの頭を撫でながら話せば、あーちゃんは嬉しそうに鳴く。
「あーちゃん。私、頑張るから。足手まといにならないように、少しでも、役に立てるように。だから、何かあれば言ってほしいの」
「ニャア?」
ギュッと抱き締めるようにあーちゃんの体を腕の中に閉じ込めると、あーちゃんは不思議そうに鳴いて……少しすると、なぜか黒いオーラが出てきたような気がした。
「あーちゃん?」
「ニャ」
ただ、次に声をかければ、そんな雰囲気は初めからなかったかのように優しく鳴いたため、気のせいだと思うことにする。
「……そういえば、ジークさんも、私と一緒に食事、摂ってくれたりするかな?」
何だか、先程の話を蒸し返すのは良くない気がしたため、私は、ヴァイラン魔国に帰ってきてから考えていたことをついつい漏らしてしまう。リアン魔国では、ハミルさんと一緒に食事ができて、とても嬉しかった記憶があるのだ。一人で食べるより、誰かと食べる方が美味しいだなんて、この世界に来て初めて知ったことだ。
「恐らくご主人様ならば了承してくださるかと。確認を取って参りましょうか?」
「あっ、うん。その、迷惑でなければで良いからって伝えておいてもらえるかな」
「かしこまりました。では、少々外します」
ララから返事が来たのは予想外だったけれど、もし、本当に一緒に食事ができれば嬉しいなと感じる。
「あーちゃんもしばらく居るなら、一緒に食べられないかな?」
「ニャッ」
「ふふっ、くすぐったいよ」
肯定するかのように私に身を寄せてスリスリとするあーちゃんに、私は笑い声を上げる。そうして、ララがジークさんからの了承の返事を持ってくるまで、私はあーちゃんと戯れるのだった。
「はぁ」
「ユーカお嬢様? お疲れなら、紅茶をお淹れしましょうか?」
ため息を聞き咎めたララによって、そんな提案をされるものの、私自身、そんな気分ではない。
「ううん、大丈夫だよ」
そう言って、改めて本に集中しようとするものの、上手くはいかない。
(私、迷惑かけてるよね……)
リアン魔国に居る間は、何だかんだと慌ただしくて考えられなかったものの、改めて考えると、私の存在は迷惑以外の何者でもないのではないかと思えた。自分を狙ってきた刺客達が、ハミルさんの片翼という立場の私を妬んだ者達によって送られているであろうことは、さすがの私でも分かっていた。
(でも……それでも、私は、ハミルさんのことが……)
『好き』という感情を自覚したのは随分前のことのように思えるけれど、まだ一月も経っていない。厄介なのは、その『好き』という感情がジークさんとハミルさんの二人ともに向いてしまっていることではあったが、そこのところはもう少し考えたいところだ。
二人ともが大切で、誰かに貶されるだけでも、感じたことのない怒りが沸いてくる。そんな存在に、私はきっと、迷惑をかけているのだと思えば、ため息も吐きたくなる。
(せめて、足手まといにならないくらいの力はつけたいし、欲を言えば、役に立てるようにもなりたいんだよね)
そうは思うものの、具体的な方法が頭に浮かばない。『自分の身は守れる』と断言できるほどの実力は、どうしたら身に付くのか分からないし、ジークさんやハミルさんが私に何かを求めてくるのがあまり想像できない。……いや、猫姿での添い寝とか、お茶会での『あーん』とかはノーカウントで、だけれど。
そんなわけで、ひとまずは、どこに出ても大丈夫なように、マナーの知識を身に付けようと思い、こんな本を読んでいるというわけだ。
「ニャー」
と、そんな時、扉の外から猫の鳴き声が聞こえてくる。
「確認して参ります」
即座に、側に控えていたララが扉を開けると、その扉の隙間から、スルリと灰色の猫が入ってくる。
「あっ、あーちゃん」
「ニャー」
それは、ハミルさんが猫に化けた姿だった。
「いつ、こっちに来てたんだろう?」
私は、本をテーブルの上に置いて、スリスリと足元にすり寄ってくるあーちゃんを抱き上げ、そのトパーズの瞳を覗き込む。こうして猫の姿のままであれば、私の心臓は至って平静を保っていられる。
何となく心が和むのを感じながら、膝の上に下ろすと、あーちゃんはテーブルに前足を置いて、ひょっこりと頭をテーブルの上に出す。そうして、目の前に本を見つけると、テシテシと本を叩いてみせる。
「これ? これは、マナーを覚えようと思って借りてきたんだよ」
あーちゃんは猫であるという概念を覆さないために、猫の鳴き声しか出してはいけないと制限をかけたのは私だ。だから、あーちゃんが言いたいことを何となく察せた場合は、極力応えるようにしていた。
「でも、内容はリーアから習ったマナーばかりだったから、これは復習になるのかな?」
リアン魔国では、リーアからマナーの知識を教えてもらっていた。ついでとして、ダンスレッスンもしてもらっていたものの、正直、そちらは使うかどうか分からない技術だったこともあり、あまり身に付いたとは言えない。
「マナーは、付け焼き刃だけれど、食事に招かれても大丈夫なくらいは身に付いてるみたいだよ」
「ニャア」
あーちゃんの頭を撫でながら話せば、あーちゃんは嬉しそうに鳴く。
「あーちゃん。私、頑張るから。足手まといにならないように、少しでも、役に立てるように。だから、何かあれば言ってほしいの」
「ニャア?」
ギュッと抱き締めるようにあーちゃんの体を腕の中に閉じ込めると、あーちゃんは不思議そうに鳴いて……少しすると、なぜか黒いオーラが出てきたような気がした。
「あーちゃん?」
「ニャ」
ただ、次に声をかければ、そんな雰囲気は初めからなかったかのように優しく鳴いたため、気のせいだと思うことにする。
「……そういえば、ジークさんも、私と一緒に食事、摂ってくれたりするかな?」
何だか、先程の話を蒸し返すのは良くない気がしたため、私は、ヴァイラン魔国に帰ってきてから考えていたことをついつい漏らしてしまう。リアン魔国では、ハミルさんと一緒に食事ができて、とても嬉しかった記憶があるのだ。一人で食べるより、誰かと食べる方が美味しいだなんて、この世界に来て初めて知ったことだ。
「恐らくご主人様ならば了承してくださるかと。確認を取って参りましょうか?」
「あっ、うん。その、迷惑でなければで良いからって伝えておいてもらえるかな」
「かしこまりました。では、少々外します」
ララから返事が来たのは予想外だったけれど、もし、本当に一緒に食事ができれば嬉しいなと感じる。
「あーちゃんもしばらく居るなら、一緒に食べられないかな?」
「ニャッ」
「ふふっ、くすぐったいよ」
肯定するかのように私に身を寄せてスリスリとするあーちゃんに、私は笑い声を上げる。そうして、ララがジークさんからの了承の返事を持ってくるまで、私はあーちゃんと戯れるのだった。
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