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第六章 建国祭
第百六話 トラブルは続く
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そこは、何もない土地だった。近くには、最近建国された国があったものの、人間達に裏切られて傷ついていた彼らは疑心暗鬼に苛まれ、その地で暮らすことにする。
幸い、魔力が強い者の多い集団だったため、近くの魔獣を狩り、命を繋ぐことができた。
彼らの土地の近くにあった国、ヴァイラン魔国は、そんな彼らの様子を見て、少しだけ、気づかれない程度に手助けをすることにした。行商人を送り込んだり、何らかの技術を持つ魔族を彼らの地に住まわせてみたり。
そうして、やがて、その場所には小さな国と呼べるものができあがる。それこそが、リアン魔国の始まりだった。
「この最初の集団のお話ってあるんですか?」
「うん、色々と伝えられてるよ。例えば、一人は剣聖と呼ばれて、人間達の間で有名だった魔族だけど、ある日、彼の娘が彼を気に入らない者達に誘拐され、殺されてしまい、それに絶望した彼は、この地に来たんだとか」
「お兄様、わたくしは、魔術師長のお話の方が好きですわ。片翼を求めて旅を続けた彼は、ある日、ようやく片翼を見つけるものの、その片翼は、人間達によって虐げられ、感情をなくしていました。ですが、人間達から離れたこの地で愛を育み、やがてこの国を支える魔術師長になるという、あのお話です」
私は今、二日目の建国祭を、ハミルさんとアマーリエさんの二人と回っている。アマーリエさんはすぐに私達から離れることになるのだそうだけれど、この国の建国のお話を聞きたいと言えば、人混みを避けながら、ハミルさんと一緒に色々と教えてくれた。
どうやら、建国に関わった重要人物は五人居るらしく、剣聖と魔術師長、癒し手と守り手、詩人がそれなのだそうだ。名前は伝わっておらず、劇中でもその役職名でしか呼ばれないらしいけれど、何だか面白そうなお話だ。
「結局、魔王様になったのは誰なんですか?」
「あぁ、それはね、実は詩人なんだよ」
「詩人さん、ですか?」
「ふふっ、そうですわ。意外でしょう?」
「はい」
素直にうなずけば、詩人がどうして魔王になったのかの説明がなされる。
「実はね、詩人が誰よりも強かったんだ」
その説明は簡潔ではあったものの、理解が及ばない。
「誰よりも強いのに、その実力が邪魔だった彼は詩人となったそうですわ」
「な、なるほど」
これは、今度この国の建国史を読むべきだろう。
まだ読み終えていないヴァイラン魔国の建国史のことが頭の中に浮かぶものの、今はリアン魔国の建国史の方に興味をそそられる。
「あぁ、それでは、わたくしはそろそろ失礼させていただきますね」
「あっ、はい」
そうして、アマーリエさんが去っていくのを見送りながら、私はこっそり探知魔法を発動させてみる。昨日、あーちゃんを抱き締めながら考えたのは、昨日ハミルさんが走り出した原因は、周りで何かあったのかもしれないということだった。
「ユーカ、こっちはこっちで、色々と出し物をやってるみたいだから、見てみない?」
「はいっ」
けれど、とりあえずは異常がない限り、このお祭りを楽しむことにする。
のど自慢大会や、曲芸競争、演劇などなど、出し物はどれを見ても飽きなかった。
「どれもこれも楽しいですっ」
「そっか、ユーカが楽しんでくれるなら、僕も嬉しいよ」
手を繋ぎながら微笑んでくれるハミルさんに、ドキドキしながら、私はお手洗いのために少しだけ、ハミルさんから離れることにする。
「……こんな風に、お祭りにいけるなんて、夢みたい」
お祭りの陽気な空気から少し遠ざかった場所で、私は昨日と今日をそう振り返る。と、そんな時、恐らく護衛として私についていたであろう人達が動き始めたのを、探知魔法で察知する。
「?」
集中して調べてみれば、どうやら、十人ほどが一気に私やハミルさんが居るところに来ようとしていることが分かる。ただし……。
「囲まれてる?」
その十人は、私達を中心に、散らばっており、護衛達に阻まれながらも距離を少しずつ詰めてきていた。
「ユーカ!」
「ハミルさん?」
お手洗いから出ると、ハミルさんがどこか焦ったような表情で私を呼ぶ。
「ユーカ、ごめん。仕事が入って、すぐに帰らないといけない。また、この前みたいに連れて帰っても良いかい?」
ただ、焦りながらも、ハミルさんはしっかりと言い訳を用意していた。もちろん、私はその言い訳に乗せられるつもりはない。
「……囲まれてるから、早く逃げようの間違いじゃないですか?」
じっとトパーズの瞳を覗き込むようにして問いかければ、ハミルさんも私が探知魔法を使っていることに気づいたらしい。
「ユーカ、ユーカは、こんなこと、知らなくて良いんだよ」
眉尻を下げて私の手を取るハミルさんは、どこか悲しそうで、私は言うべきじゃなかっただろうかと一瞬、思うものの、すぐにそんな思考を振り払う。
「そんなわけにはいきません。ハミルさんは、私の大切な人ですから」
「大切な、人……?」
「はい、ですから、って、きゃあっ!」
呆然と呟いたかと思いきや、ハミルさんは、私をギュッと抱き締める。
「ありがとう。ユーカ」
「あ、ぅ……はい」
心臓がこれでもかというくらいに暴れる中、私は必死に返事をする。そして……視界がグルリと変わったのを見て、一拍遅れて、私は現状を知る。
「へっ? あ、あの、ハミル、さん?」
「とりあえず、すぐに逃げた方が良さそうだからね。しっかり掴まっててね?」
いつの間にか、昨日と同じお姫様抱っこをされていることに気づいた私は、内心、大パニックを起こす。
(人! 人が居るからっ! いや、それ以前に、恥ずかしいからぁっ!!)
けれど、パニックを起こしていても、それを口に出せない私は、ただただ、初日と同じように走るハミルさんに運ばれる。
(……もう、お祭りに顔を出すのが気まずいよぉ)
私とハミルさんを見るお祭りのお客さんの目が微笑ましいものを見る目だったのを目撃してしまった私は、しばらく悶絶するはめになるのだった。
幸い、魔力が強い者の多い集団だったため、近くの魔獣を狩り、命を繋ぐことができた。
彼らの土地の近くにあった国、ヴァイラン魔国は、そんな彼らの様子を見て、少しだけ、気づかれない程度に手助けをすることにした。行商人を送り込んだり、何らかの技術を持つ魔族を彼らの地に住まわせてみたり。
そうして、やがて、その場所には小さな国と呼べるものができあがる。それこそが、リアン魔国の始まりだった。
「この最初の集団のお話ってあるんですか?」
「うん、色々と伝えられてるよ。例えば、一人は剣聖と呼ばれて、人間達の間で有名だった魔族だけど、ある日、彼の娘が彼を気に入らない者達に誘拐され、殺されてしまい、それに絶望した彼は、この地に来たんだとか」
「お兄様、わたくしは、魔術師長のお話の方が好きですわ。片翼を求めて旅を続けた彼は、ある日、ようやく片翼を見つけるものの、その片翼は、人間達によって虐げられ、感情をなくしていました。ですが、人間達から離れたこの地で愛を育み、やがてこの国を支える魔術師長になるという、あのお話です」
私は今、二日目の建国祭を、ハミルさんとアマーリエさんの二人と回っている。アマーリエさんはすぐに私達から離れることになるのだそうだけれど、この国の建国のお話を聞きたいと言えば、人混みを避けながら、ハミルさんと一緒に色々と教えてくれた。
どうやら、建国に関わった重要人物は五人居るらしく、剣聖と魔術師長、癒し手と守り手、詩人がそれなのだそうだ。名前は伝わっておらず、劇中でもその役職名でしか呼ばれないらしいけれど、何だか面白そうなお話だ。
「結局、魔王様になったのは誰なんですか?」
「あぁ、それはね、実は詩人なんだよ」
「詩人さん、ですか?」
「ふふっ、そうですわ。意外でしょう?」
「はい」
素直にうなずけば、詩人がどうして魔王になったのかの説明がなされる。
「実はね、詩人が誰よりも強かったんだ」
その説明は簡潔ではあったものの、理解が及ばない。
「誰よりも強いのに、その実力が邪魔だった彼は詩人となったそうですわ」
「な、なるほど」
これは、今度この国の建国史を読むべきだろう。
まだ読み終えていないヴァイラン魔国の建国史のことが頭の中に浮かぶものの、今はリアン魔国の建国史の方に興味をそそられる。
「あぁ、それでは、わたくしはそろそろ失礼させていただきますね」
「あっ、はい」
そうして、アマーリエさんが去っていくのを見送りながら、私はこっそり探知魔法を発動させてみる。昨日、あーちゃんを抱き締めながら考えたのは、昨日ハミルさんが走り出した原因は、周りで何かあったのかもしれないということだった。
「ユーカ、こっちはこっちで、色々と出し物をやってるみたいだから、見てみない?」
「はいっ」
けれど、とりあえずは異常がない限り、このお祭りを楽しむことにする。
のど自慢大会や、曲芸競争、演劇などなど、出し物はどれを見ても飽きなかった。
「どれもこれも楽しいですっ」
「そっか、ユーカが楽しんでくれるなら、僕も嬉しいよ」
手を繋ぎながら微笑んでくれるハミルさんに、ドキドキしながら、私はお手洗いのために少しだけ、ハミルさんから離れることにする。
「……こんな風に、お祭りにいけるなんて、夢みたい」
お祭りの陽気な空気から少し遠ざかった場所で、私は昨日と今日をそう振り返る。と、そんな時、恐らく護衛として私についていたであろう人達が動き始めたのを、探知魔法で察知する。
「?」
集中して調べてみれば、どうやら、十人ほどが一気に私やハミルさんが居るところに来ようとしていることが分かる。ただし……。
「囲まれてる?」
その十人は、私達を中心に、散らばっており、護衛達に阻まれながらも距離を少しずつ詰めてきていた。
「ユーカ!」
「ハミルさん?」
お手洗いから出ると、ハミルさんがどこか焦ったような表情で私を呼ぶ。
「ユーカ、ごめん。仕事が入って、すぐに帰らないといけない。また、この前みたいに連れて帰っても良いかい?」
ただ、焦りながらも、ハミルさんはしっかりと言い訳を用意していた。もちろん、私はその言い訳に乗せられるつもりはない。
「……囲まれてるから、早く逃げようの間違いじゃないですか?」
じっとトパーズの瞳を覗き込むようにして問いかければ、ハミルさんも私が探知魔法を使っていることに気づいたらしい。
「ユーカ、ユーカは、こんなこと、知らなくて良いんだよ」
眉尻を下げて私の手を取るハミルさんは、どこか悲しそうで、私は言うべきじゃなかっただろうかと一瞬、思うものの、すぐにそんな思考を振り払う。
「そんなわけにはいきません。ハミルさんは、私の大切な人ですから」
「大切な、人……?」
「はい、ですから、って、きゃあっ!」
呆然と呟いたかと思いきや、ハミルさんは、私をギュッと抱き締める。
「ありがとう。ユーカ」
「あ、ぅ……はい」
心臓がこれでもかというくらいに暴れる中、私は必死に返事をする。そして……視界がグルリと変わったのを見て、一拍遅れて、私は現状を知る。
「へっ? あ、あの、ハミル、さん?」
「とりあえず、すぐに逃げた方が良さそうだからね。しっかり掴まっててね?」
いつの間にか、昨日と同じお姫様抱っこをされていることに気づいた私は、内心、大パニックを起こす。
(人! 人が居るからっ! いや、それ以前に、恥ずかしいからぁっ!!)
けれど、パニックを起こしていても、それを口に出せない私は、ただただ、初日と同じように走るハミルさんに運ばれる。
(……もう、お祭りに顔を出すのが気まずいよぉ)
私とハミルさんを見るお祭りのお客さんの目が微笑ましいものを見る目だったのを目撃してしまった私は、しばらく悶絶するはめになるのだった。
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