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第六章 建国祭
第九十八話 罪と罰
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何となく疲れた晩餐会を終えて、部屋へ戻ろうとしたところ、私はハミルさんに呼び止められる。
「ユーカ、ちょっと良いかい?」
そのハミルさんの顔は真剣そのもので、私も自然と表情が引き締まる。
「はい。何ですか?」
何か、マナーでおかしなところでもあっただろうかと緊張していると、ハミルさんは言いにくそうに口を開く。
「その……ユーカ、もしも、女狐やら古狸やらに会ったら、遠慮なく僕の名前を出して良いからね?」
「女狐、古狸……?」
「うん、一応、マーサ達にも気をつけるようには言ってるし、護衛もつけるけど、今回はユーカのことを賓客として呼んでるから、そんな奴らに会う可能性もあるんだ」
良く話が見えないけれど、要するに、この城には女狐やら古狸やらと称されてしかるべき人物が出入りするということなのだろう。そして、そのことをハミルさんは心配してくれている、と。
「分かりました。できるだけ穏便に対処してみますね」
「いや、必ずしも穏便である必要はないよ。ユーカの安全の方が優先だから」
ハミルさんの真剣なその表情に、どうやら本気でそう言っているということが伺える。けれど……。
「私は、ハミルさんに色々と抱え込んでほしくないので、穏便を心がけます」
きっと、ハミルさんが登場する事態となれば、それは大事に発展する。ハミルさんは、周りからは冷酷無比だとか言われているらしいし、気にもしないかもしれないけれど、私はハミルさんに心穏やかに過ごしてほしいのだ。そのためなら、穏便な対処を心がけることくらい、何でもない。
「ユーカ……! 分かったよ。でも、そいつらに対抗できる護衛は必ずつけるから」
「はい。そこは、よろしくお願いしますね」
そうして、私はハミルさんと別れて部屋へ戻ることとなった。今日はくーちゃんとあーちゃんの二匹と一緒に眠れるらしいので、正体を知らなければ純粋に楽しみだったのだろうなと思いつつ、出迎えたマーサに夜着への着替えを手伝ってもらう。
「ふぅ、ドレスって大変なんだね」
やはり、さんづけと敬語を禁止された私は、メアリー達に話しかけるのと同様の話し方でマーサと接する。
「ですが、これもおしゃれです。そのうち、ハミル坊っちゃんを悩殺できるお衣装も揃えましょうねっ」
「悩さ……い、いやいやいや、それは、必要ないよっ」
「まぁまぁっ、余計なことを申しました。私としたことが……ユーカお嬢様なら、そのような装いをせずとも、十分、ハミル坊っちゃんを悩殺できますものね」
「いやいやいやっ! それこそあり得ないからっ!」
なぜだろう。私につく専属侍女達は、揃いも揃ってどこか話を聞かないところがある気がする。
脳裏に、ララとリリ、そして、メアリーが鞭を持っているところを思い浮かべた私は、フルフルと首を振って、その想像を振り払う。
と、そうやって和気藹々(?)とマーサとの会話をしていると、小さなノック音が部屋に響く。
「? このような時間にどなたでしょうか? 少し失礼しますね?」
入室許可を出そうとすれば、マーサに止められて、先に確認をしてもらうことになる。そうして、外に出たマーサが連れて来たのは……。
「……アマーリエさん?」
おずおずと入ってきた彼女は、灰色の髪に赤い瞳を持つ姿形は美女なのに、内面はどこか可愛らしい女性。かつて、私がお茶会の席で魔法を使って吹き飛ばしてしまった、ハミルさんの妹だった。
「ぁ……えっと……その、ですね……」
私を前に、モジモジとするその様子は、どうにも可愛くて仕方がない。ただ、私はアマーリエさんに一つだけ、言わなければならないことがあった。
「アマーリエさん。一つ、良いですか?」
「はっ、はぃっ」
ビクンと顔を上げて、涙目になっている様子のアマーリエさんに私は少し狼狽えながらも、ずっと言いたかったことを口にする。
「初めて会った時は、風で吹き飛ばしてしまって、すみませんでしたっ」
「……ほぇ?」
勢い良く頭を下げれば、アマーリエさんはしばらくの沈黙の後、何とも言えない可愛らしい声で鳴く。
「へっ? えっ? ち、ちょっと、あなたっ、顔を上げてっ!」
「は、はいっ!」
やはり、怒らせてしまっただろうかと思いながら顔を上げると、なぜか真っ青なアマーリエさんが居た。そして、そのすぐ側に居るマーサは、何だか雰囲気が怖い。
「わ、わたくしは、その、この前のことを謝ろうと思って……それなのに、なぜあなたの方が謝るんですのっ!」
「えっと……?」
(謝る? ……何か謝られるようなこと、されたっけ?)
やけに必死な様子のアマーリエさんの言動に、内心首をかしげていると、アマーリエさんはおもむろに土下座する。
「えっ? えっ? アマーリエさんっ!?」
その姿が、どうにも先ほどのハミルさんと重なって、私は大慌てで止めさせようとするけれど、その前に、アマーリエさんは謝罪を開始した。
「あの時は、何も知らないのに、勝手に罵ってしまって申し訳ありませんわっ!!」
「えっ? あのっ」
「罰は覚悟の上。お兄様の片翼を罵倒したのですものっ。どんなにつらくとも耐えてみせますわ」
「えっとぉ?」
「どうか、わたくしを気のすむまで叩いてくださいませっ」
「えぇぇぇっ!?」
まさかの罰を求めるという発言に、私は混乱して、近くにいたマーサへと助けを求める視線を送る。すると……。
「ユーカお嬢様。もちろん、鞭は預かっておりますので、どうぞご存分に」
おもむろに鞭を差し出してきたマーサに、私は絶望しながらも、必死に二人を説得することになったのだった。
「ユーカ、ちょっと良いかい?」
そのハミルさんの顔は真剣そのもので、私も自然と表情が引き締まる。
「はい。何ですか?」
何か、マナーでおかしなところでもあっただろうかと緊張していると、ハミルさんは言いにくそうに口を開く。
「その……ユーカ、もしも、女狐やら古狸やらに会ったら、遠慮なく僕の名前を出して良いからね?」
「女狐、古狸……?」
「うん、一応、マーサ達にも気をつけるようには言ってるし、護衛もつけるけど、今回はユーカのことを賓客として呼んでるから、そんな奴らに会う可能性もあるんだ」
良く話が見えないけれど、要するに、この城には女狐やら古狸やらと称されてしかるべき人物が出入りするということなのだろう。そして、そのことをハミルさんは心配してくれている、と。
「分かりました。できるだけ穏便に対処してみますね」
「いや、必ずしも穏便である必要はないよ。ユーカの安全の方が優先だから」
ハミルさんの真剣なその表情に、どうやら本気でそう言っているということが伺える。けれど……。
「私は、ハミルさんに色々と抱え込んでほしくないので、穏便を心がけます」
きっと、ハミルさんが登場する事態となれば、それは大事に発展する。ハミルさんは、周りからは冷酷無比だとか言われているらしいし、気にもしないかもしれないけれど、私はハミルさんに心穏やかに過ごしてほしいのだ。そのためなら、穏便な対処を心がけることくらい、何でもない。
「ユーカ……! 分かったよ。でも、そいつらに対抗できる護衛は必ずつけるから」
「はい。そこは、よろしくお願いしますね」
そうして、私はハミルさんと別れて部屋へ戻ることとなった。今日はくーちゃんとあーちゃんの二匹と一緒に眠れるらしいので、正体を知らなければ純粋に楽しみだったのだろうなと思いつつ、出迎えたマーサに夜着への着替えを手伝ってもらう。
「ふぅ、ドレスって大変なんだね」
やはり、さんづけと敬語を禁止された私は、メアリー達に話しかけるのと同様の話し方でマーサと接する。
「ですが、これもおしゃれです。そのうち、ハミル坊っちゃんを悩殺できるお衣装も揃えましょうねっ」
「悩さ……い、いやいやいや、それは、必要ないよっ」
「まぁまぁっ、余計なことを申しました。私としたことが……ユーカお嬢様なら、そのような装いをせずとも、十分、ハミル坊っちゃんを悩殺できますものね」
「いやいやいやっ! それこそあり得ないからっ!」
なぜだろう。私につく専属侍女達は、揃いも揃ってどこか話を聞かないところがある気がする。
脳裏に、ララとリリ、そして、メアリーが鞭を持っているところを思い浮かべた私は、フルフルと首を振って、その想像を振り払う。
と、そうやって和気藹々(?)とマーサとの会話をしていると、小さなノック音が部屋に響く。
「? このような時間にどなたでしょうか? 少し失礼しますね?」
入室許可を出そうとすれば、マーサに止められて、先に確認をしてもらうことになる。そうして、外に出たマーサが連れて来たのは……。
「……アマーリエさん?」
おずおずと入ってきた彼女は、灰色の髪に赤い瞳を持つ姿形は美女なのに、内面はどこか可愛らしい女性。かつて、私がお茶会の席で魔法を使って吹き飛ばしてしまった、ハミルさんの妹だった。
「ぁ……えっと……その、ですね……」
私を前に、モジモジとするその様子は、どうにも可愛くて仕方がない。ただ、私はアマーリエさんに一つだけ、言わなければならないことがあった。
「アマーリエさん。一つ、良いですか?」
「はっ、はぃっ」
ビクンと顔を上げて、涙目になっている様子のアマーリエさんに私は少し狼狽えながらも、ずっと言いたかったことを口にする。
「初めて会った時は、風で吹き飛ばしてしまって、すみませんでしたっ」
「……ほぇ?」
勢い良く頭を下げれば、アマーリエさんはしばらくの沈黙の後、何とも言えない可愛らしい声で鳴く。
「へっ? えっ? ち、ちょっと、あなたっ、顔を上げてっ!」
「は、はいっ!」
やはり、怒らせてしまっただろうかと思いながら顔を上げると、なぜか真っ青なアマーリエさんが居た。そして、そのすぐ側に居るマーサは、何だか雰囲気が怖い。
「わ、わたくしは、その、この前のことを謝ろうと思って……それなのに、なぜあなたの方が謝るんですのっ!」
「えっと……?」
(謝る? ……何か謝られるようなこと、されたっけ?)
やけに必死な様子のアマーリエさんの言動に、内心首をかしげていると、アマーリエさんはおもむろに土下座する。
「えっ? えっ? アマーリエさんっ!?」
その姿が、どうにも先ほどのハミルさんと重なって、私は大慌てで止めさせようとするけれど、その前に、アマーリエさんは謝罪を開始した。
「あの時は、何も知らないのに、勝手に罵ってしまって申し訳ありませんわっ!!」
「えっ? あのっ」
「罰は覚悟の上。お兄様の片翼を罵倒したのですものっ。どんなにつらくとも耐えてみせますわ」
「えっとぉ?」
「どうか、わたくしを気のすむまで叩いてくださいませっ」
「えぇぇぇっ!?」
まさかの罰を求めるという発言に、私は混乱して、近くにいたマーサへと助けを求める視線を送る。すると……。
「ユーカお嬢様。もちろん、鞭は預かっておりますので、どうぞご存分に」
おもむろに鞭を差し出してきたマーサに、私は絶望しながらも、必死に二人を説得することになったのだった。
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