私、異世界で監禁されました!?

星宮歌

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第五章 戻った日常?

第八十二話 絶望のどん底(ジークフリート視点)

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 午後からのユーカとの訓練のために、俺は書類と格闘していた。最近は、社交シーズンがそろそろ始まるということで、少しばかり仕事が多い。できることなら、ハミルトンと一緒に猫姿でユーカと戯れたかったものの、この仕事を疎かにするわけにもいかなかった。


「これで終わり、だな」


 最後の書類に判を押し、時間を見れば、訓練まで少しだけ時間があった。


「だが、猫姿でユーカの元へ行くには、少し遅いか……」


 微妙な時間が残ってしまったと思って、何かやり残した仕事はなかったかと考えていると、ふいに、扉の外が騒がしいことに気づく。


「……ハミル?」


 騒ぎの元を探知魔法で特定した直後、ノックもなしに扉が開け放たれる。


「どーしようっ! ジークっ!」

「はっ?」


 そして、なぜか涙目で飛び込んできたハミルトンに、俺は少しだけ、嫌な予感がした。なぜなら、ハミルトンがここまで取り乱す相手など、ユーカ以外に考えられないからだ。


「何があった?」


 まさか、護衛をつけた端からユーカに危害が加わるような何かがあったのかと殺気立つものの、ハミルトンはそんな俺の様子にも気づかないほどに取り乱し、『どーしようっ、どーしようっ』と繰り返している。そして……。


「ユーカに、正体がバレたっ!」


 決定的な一言を告げたハミルトンに、俺は一瞬、何のことか分からず、それでもすぐに、ハミルトンが猫姿でユーカの元を訪れていたことを思い出す。


「……あーちゃんが、ハミルだとバレた、ということか?」


 ユーカがつけた、猫姿の時のハミルトンの名前を告げれば、ハミルトンはぐったりとうなだれる。


「うん、完全に、バレた……」


 『バレた』その一言が、徐々に頭の中に染み込み、俺は大変なことに気づいてしまう。


「……それは、もしや、俺の正体もバレた、ということか?」


 もし、もしっ、俺がくーちゃんだったということがバレたのであれば……墓場まで持っていくはずだった、雄雌の確認をされたという事実が、ユーカに伝わってしまったのではないだろうか?

 そんな予測に、俺は知らず知らずのうちに握り締めていたペンをへし折る。


「そこまでは分からないけど……ユーカは頭が良いし、気づきそうかも」

「なぜバレたっ! ことと次第によっては許さないぞっ!」


 ユーカがくーちゃんの正体に気づいているであろう可能性を考えると、もう、どうして良いのか分からない。ハミルトンの失態だというのであれば、俺は八つ当たりと言われようが、なんだろうが、ハミルトンを殴りたかった。


「僕だって分からないよっ……あっ、いや、そういえば、魔力がどうとか言ってたから……まさか、探知魔法? 僕に気づかれないレベルの?」

「待て、ハミルが気づかない探知魔法だと? そんなのあり得ないだろっ!」

「いや、でも、ジークに気を取られてたとはいえ、魔力の気配を完全に消してみせたユーカだよ? 探知魔法で僕の魔力を探ったのなら、全部、辻褄が合うんだっ」

「そんな……それでは、俺が猫姿で行っても、すぐにバレてしまうということではないかっ」


 あまりに絶望的な予測に、俺達は二人して青ざめる。


「ダメだ。きっと、僕、ユーカに嫌われた……」

「そんな……ユーカ。俺は騙したくて騙したわけじゃないんだ……」


 一通り混乱をぶつけ合った後に残ったのは、激しい後悔の念。どんなに、ユーカに触れ合いたくとも、猫姿で毎日戯れるのは、きっと不味かった。せめて、最初の頃だけにしておけば良かったなどと考えるものの、後悔先に立たず。もはや、手遅れだ。


「ジーク? ジークー? 入るわよー?」


 どこかからそんな声が聞こえた気がしたが、それに返事をする気にもならないままうなだれていると『うっわっ、暗いわねっ』とか、『ララには聞いてたけれど、これを持ち直さなきゃならないって、どんな難題よ』とか聞こえてくる。


「せっかく、最近はユーカも僕達に慣れてきたみたいだったのに……」

「言うな。余計に惨めになる……」

「……あー、とどめを刺すようで悪いんだけれど……ユーカちゃん、今日の訓練は休むって」


 そして、いつの間にか居たリドルに告げられた一言に俺達はさらに落ち込む。


「やはり、俺の正体も……」

「バレてるみたいね」

「そう、か……ふっふふふふふ……」


 もう、笑うしかない。ここまで絶望的な状況に追い込まれては、対処法など思い浮かびもしない。


「げっ、ジークが壊れた?」

「あはっ、あはははははっ」

「ハミルまで!?」


 今までの片翼とは異なるユーカ。そのユーカから拒絶されてしまえば、俺達には何も残らない。


「ふっ、国の一つや二つ、滅ぼしたい気分だ」

「あはっ、僕も付き合うよ」

「落ち着きなさいっ、あんた達!」


 良い八つ当たりの方法を思いつき、口にしたものの、直後、頭に強い衝撃が走り、鈍い痛みが起こる。


「ぐっ」

「いっ」


 あまりの痛みに頭を抱えていると、仁王立ちしたリドルが、俺達を見下ろしていた。


「今、あんた達がすべきことは、ユーカちゃんに誠心誠意謝ることでしょうっ!」


 般若の形相で俺達を見るリドル。しかし、俺達の心には、すでにユーカに拒絶されたという事実しかない。


「ユーカは、俺達を拒絶したんだ。謝ったところで、どうにかなるわけがない」

「それをどうにかしなきゃならないんでしょうがっ! 男なら、意地を見せなさいっ」

「無理だよ。もう、きっと、僕達は、ユーカに嫌われたんだ」

「ええいっ、面倒臭いっ! 片翼に拒絶され過ぎて、すぐに悲観的になるのは分かるけれど、ユーカちゃんがあんた達を簡単に拒絶するわけないでしょうっ! 今は、単に顔を合わせづらいだけよっ」


 そんなリドルの叱責に、俺達は、徐々に希望を見出だす。


「そう、なのか? 騙されたと、嫌われたわけでは、ないのか?」

「今は、正体が分かったせいで、自分があんた達を枕代わりにして眠っていた事実に悶絶してるらしいわよ」

「嫌われて、ないの?」

「嫌いだったら、悶絶はしないでしょうね」


 リドルからもたらされた情報に、俺達は明確な光を見る。


「謝れば、許してくれるだろうか?」

「道は長いかもしれないけれど、やるしかないわ」

「僕、猫の姿でユーカに散々甘えてたけど、それでも大丈夫かな?」

「ユーカちゃんは、案外あーちゃんを気に入ってたみたいだから、そこは問題じゃないと思うわよ?」


 そんなリドルの言葉に、俺達の心は一つになる。


「謝りに行こう」

「うんっ」


 許されるまで、何度でも、謝り続ける覚悟を決めた俺達は、すぐにユーカの元へ向かおうとして……。


「「ぐえっ」」

「ちょっとは、色々整理する時間をあげた方が良いわ」


 リドルに襟を掴まれて、蛙が潰れたような声を出すはめになったのだった。
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