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第四章 ヘルジオン魔国
第七十七話 最悪の罰(ハミルトン視点)
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ユーカを拐った首謀者やその関係者、そして、王とその片翼を捕らえ、勝利の宣言を出したのがつい先程。その間に、ユーカはジークフリートとともに帰路についた。
(僕もユーカと一緒に居たいけど、今は仕事が優先だよね)
他国を攻め滅ぼしておいて、仕事がないなんてことはあり得ない。ただでさえ、建国祭の準備で忙しかったのに、戦後処理までとなると、しばらくユーカに会えそうもなくて憂鬱だ。
ただ、今はまだ仕事中であるため、僕は表情を引き締めてガーク城内を歩く。
そうして、一際悪趣味にギラギラ輝く部屋。ガークを監禁している部屋へと訪れた僕は、魔王として、ガークと最後の対話を試みることにする。
報告では、ガークは片翼に溺れ、散財を繰り返し、民から搾取し続けてきたらしい。そして、そんなガークに反感を抱いた勢力が二つ。前魔王の血族を推す勢力と、ヴァイラン魔国に統治してもらおうとする勢力が興り、後者の勢力が、ユーカを拐った。ただし、ガークはユーカを拐った者が何者かも把握していなかったし、そもそも、ユーカは僕の片翼として、ヘルジオン魔国の何者かが誘拐したという報告しか受けていなかったそうだ。
(でも、ガークには責任がある)
確かに、ガークは何も知らなかったのだろう。しかし、事の発端はガークが片翼に溺れたことが原因だ。処罰をしないというわけにはいかない。
(まぁ、簒奪者だったがゆえに、魔王としての教育も受けてなかったんだろうけど……)
魔王は、ヴァイラン魔国、リアン魔国、ヘルジオン魔国の三国に存在する。そして、それらの国の魔王は、必ず、厳しい精神教育を受けているのだ。それは、片翼に溺れないためでもあり、万が一、『片翼の宿命』に苦しめられた際に発狂を防止するためのものだった。僕も、ジークフリートも、その教育があったからこそ、今まで狂うことなく、生きてこられたのだ。
(まぁ、ジークは最初、片翼を殺した者を反射的に斬ってしまったらしいけどね)
普通、片翼を殺した者に復讐した魔族は、そのまま死を選ぶ。ただ、ジークフリートは魔王としての教育を受けていたがために、留まることができた。
魔王の精神教育とは、それだけ強力で異常なものなのだ。
「魔王としての教育を受けてこなかったお前が、片翼に溺れたことは仕方ないといえば仕方ないんだけど、魔王として立った以上、見過ごすわけにもいかないんだよね」
「そう、ですね……。しかし、どうか、どうかっ、アンナだけは助けてやってもらえませんか? あの娘は、不遇の娘です。私が居なければ、口減らしで死んでいたであろう娘なんですっ」
ガークは、まだ百歳にも満たない若い魔族だった。赤い長髪に黄色の瞳、黄色の角を持つ彼は、人間で言うところの十五歳くらいの見た目をしており、魔力封じの鎖で柱に繋がれている。そして、ガークは僕に向かって、地面に頭を擦り付けて懇願した。しかし……。
「無理だよ。お前達は二人とも罰する」
表情をピクリとも動かさずにそう告げれば、ガークの瞳には絶望が広がる。
「けど、僕の片翼の意向で、処刑はできなくなった」
「……えっ?」
本来は、こんなこと、するべきじゃない。魔王の片翼を害した者は、二度とその気が起きないように処刑すべきなのだ。ただ、ユーカはそれを望まないと知って、そして、僕は僕で、簡単な死は生温いと感じて、利害の一致で慣習を変えることにした。
「あぁ、救われると思ってるのかもしれないけど、それは間違いだよ? 死んだ方が良かったと思えるようにしてあげようって話だから」
そう告げれば、ガークの表情は恐怖に歪む。
「どのような、罰を……?」
真っ青な顔で問いかけるガークに、僕はそこで初めて微笑む。
「そうだね、特別に教えてあげるよ。……ねぇ、ゴーストは知ってるかな?」
『ゴースト』、それは、浄化されずに埋葬された遺体から発生する亡霊。生き物に取り憑き、その生命力を糧にしながら生前の行動を繰り返させるもの。
一応、魔法を使えば簡単に退治できるし、魔族に取り憑くことは、よほど魔族自身が弱っているとかでない限り難しい。つまり、魔族にとって、ゴーストは取るに足りないものなのだ。
「え、えぇ、ゴーストくらいなら……」
そんな答えを返すガークに、僕はますます笑みを深める。
「とある鉱山でね、落盤事故があったんだ。そこで、大勢の鉱夫が死んで、ゴーストとなった。そして、そのゴーストは、今、ある実験のために捕まえてるんだ」
世間話をするような気軽さで、僕は話を進める。
「それでね、ある実験っていうのが、鉱夫のゴーストに取り憑かれた者は、鉱山での労働力になるかどうかを試すものなんだ」
そこまで話すと、ガークは何かを想像したらしく、ぶるりと震える。
「まさ、か……」
「さぁ、問題だよ。ここに、魔王の片翼に手を出した一派が居る。そして、件の実験台になりそうな存在も求めている。ねぇ、どうなると思う?」
ゴーストに取り憑かれた者は、祓ってもらえれば何の問題もないが、そうでなければ、徐々に生命力を吸われ、思考力も奪われる。ゴースト自身の死んだ時の記憶が何度も再生され、痛みや苦しみを伴う。
それならば、自分で祓えば良いではないかとなるが、ゴーストに憑かれた者は魔力を封じられるため、自分で祓うことなどできなくなるのだ。
「お、お願いしますっ、アンナだけはっ、そんな目に遭わせないでくださいっ」
「ダメだよ。これは決定事項だから。お前達は、鉱夫のゴーストにたっぷり取り憑いてもらって、鉱山送りにするんだから」
人間のアンナならば、抵抗なくゴーストを取り憑かせることができるだろう。そして、魔族であるガークや誘拐犯達も、多少痛め付けて食事を抜くなりなんなりすれば、ゴーストを憑かせることくらいできる。
「私はどうなっても良いっ、アンナだけはっ! アンナだけはっ!」
「ふふっ、じゃあ、お前がゴーストに取り憑かれなかった時は、考えてあげよう。それまでは、あの片翼には手を出さないと約束するよ」
「っ、わ、分かりました……」
もちろん、こんな約束に意味はない。どんなに頑張ろうと、ガークにはゴーストの餌食になってもらう予定なのだから。誰も、助けるつもりなんてない。
「それじゃあ、せいぜい頑張ることだね」
こんな顔、ユーカには見せられない。しかし、これが、僕の魔王としての顔だった。
ガークやアンナ、そして、誘拐犯達を護送し、この国を仮に統治する者を選定する作業に入った僕は、早くこんな仕事は終わらせて、ユーカに会いに行こうと心に決め、サクサクと取りかかるのだった。
(僕もユーカと一緒に居たいけど、今は仕事が優先だよね)
他国を攻め滅ぼしておいて、仕事がないなんてことはあり得ない。ただでさえ、建国祭の準備で忙しかったのに、戦後処理までとなると、しばらくユーカに会えそうもなくて憂鬱だ。
ただ、今はまだ仕事中であるため、僕は表情を引き締めてガーク城内を歩く。
そうして、一際悪趣味にギラギラ輝く部屋。ガークを監禁している部屋へと訪れた僕は、魔王として、ガークと最後の対話を試みることにする。
報告では、ガークは片翼に溺れ、散財を繰り返し、民から搾取し続けてきたらしい。そして、そんなガークに反感を抱いた勢力が二つ。前魔王の血族を推す勢力と、ヴァイラン魔国に統治してもらおうとする勢力が興り、後者の勢力が、ユーカを拐った。ただし、ガークはユーカを拐った者が何者かも把握していなかったし、そもそも、ユーカは僕の片翼として、ヘルジオン魔国の何者かが誘拐したという報告しか受けていなかったそうだ。
(でも、ガークには責任がある)
確かに、ガークは何も知らなかったのだろう。しかし、事の発端はガークが片翼に溺れたことが原因だ。処罰をしないというわけにはいかない。
(まぁ、簒奪者だったがゆえに、魔王としての教育も受けてなかったんだろうけど……)
魔王は、ヴァイラン魔国、リアン魔国、ヘルジオン魔国の三国に存在する。そして、それらの国の魔王は、必ず、厳しい精神教育を受けているのだ。それは、片翼に溺れないためでもあり、万が一、『片翼の宿命』に苦しめられた際に発狂を防止するためのものだった。僕も、ジークフリートも、その教育があったからこそ、今まで狂うことなく、生きてこられたのだ。
(まぁ、ジークは最初、片翼を殺した者を反射的に斬ってしまったらしいけどね)
普通、片翼を殺した者に復讐した魔族は、そのまま死を選ぶ。ただ、ジークフリートは魔王としての教育を受けていたがために、留まることができた。
魔王の精神教育とは、それだけ強力で異常なものなのだ。
「魔王としての教育を受けてこなかったお前が、片翼に溺れたことは仕方ないといえば仕方ないんだけど、魔王として立った以上、見過ごすわけにもいかないんだよね」
「そう、ですね……。しかし、どうか、どうかっ、アンナだけは助けてやってもらえませんか? あの娘は、不遇の娘です。私が居なければ、口減らしで死んでいたであろう娘なんですっ」
ガークは、まだ百歳にも満たない若い魔族だった。赤い長髪に黄色の瞳、黄色の角を持つ彼は、人間で言うところの十五歳くらいの見た目をしており、魔力封じの鎖で柱に繋がれている。そして、ガークは僕に向かって、地面に頭を擦り付けて懇願した。しかし……。
「無理だよ。お前達は二人とも罰する」
表情をピクリとも動かさずにそう告げれば、ガークの瞳には絶望が広がる。
「けど、僕の片翼の意向で、処刑はできなくなった」
「……えっ?」
本来は、こんなこと、するべきじゃない。魔王の片翼を害した者は、二度とその気が起きないように処刑すべきなのだ。ただ、ユーカはそれを望まないと知って、そして、僕は僕で、簡単な死は生温いと感じて、利害の一致で慣習を変えることにした。
「あぁ、救われると思ってるのかもしれないけど、それは間違いだよ? 死んだ方が良かったと思えるようにしてあげようって話だから」
そう告げれば、ガークの表情は恐怖に歪む。
「どのような、罰を……?」
真っ青な顔で問いかけるガークに、僕はそこで初めて微笑む。
「そうだね、特別に教えてあげるよ。……ねぇ、ゴーストは知ってるかな?」
『ゴースト』、それは、浄化されずに埋葬された遺体から発生する亡霊。生き物に取り憑き、その生命力を糧にしながら生前の行動を繰り返させるもの。
一応、魔法を使えば簡単に退治できるし、魔族に取り憑くことは、よほど魔族自身が弱っているとかでない限り難しい。つまり、魔族にとって、ゴーストは取るに足りないものなのだ。
「え、えぇ、ゴーストくらいなら……」
そんな答えを返すガークに、僕はますます笑みを深める。
「とある鉱山でね、落盤事故があったんだ。そこで、大勢の鉱夫が死んで、ゴーストとなった。そして、そのゴーストは、今、ある実験のために捕まえてるんだ」
世間話をするような気軽さで、僕は話を進める。
「それでね、ある実験っていうのが、鉱夫のゴーストに取り憑かれた者は、鉱山での労働力になるかどうかを試すものなんだ」
そこまで話すと、ガークは何かを想像したらしく、ぶるりと震える。
「まさ、か……」
「さぁ、問題だよ。ここに、魔王の片翼に手を出した一派が居る。そして、件の実験台になりそうな存在も求めている。ねぇ、どうなると思う?」
ゴーストに取り憑かれた者は、祓ってもらえれば何の問題もないが、そうでなければ、徐々に生命力を吸われ、思考力も奪われる。ゴースト自身の死んだ時の記憶が何度も再生され、痛みや苦しみを伴う。
それならば、自分で祓えば良いではないかとなるが、ゴーストに憑かれた者は魔力を封じられるため、自分で祓うことなどできなくなるのだ。
「お、お願いしますっ、アンナだけはっ、そんな目に遭わせないでくださいっ」
「ダメだよ。これは決定事項だから。お前達は、鉱夫のゴーストにたっぷり取り憑いてもらって、鉱山送りにするんだから」
人間のアンナならば、抵抗なくゴーストを取り憑かせることができるだろう。そして、魔族であるガークや誘拐犯達も、多少痛め付けて食事を抜くなりなんなりすれば、ゴーストを憑かせることくらいできる。
「私はどうなっても良いっ、アンナだけはっ! アンナだけはっ!」
「ふふっ、じゃあ、お前がゴーストに取り憑かれなかった時は、考えてあげよう。それまでは、あの片翼には手を出さないと約束するよ」
「っ、わ、分かりました……」
もちろん、こんな約束に意味はない。どんなに頑張ろうと、ガークにはゴーストの餌食になってもらう予定なのだから。誰も、助けるつもりなんてない。
「それじゃあ、せいぜい頑張ることだね」
こんな顔、ユーカには見せられない。しかし、これが、僕の魔王としての顔だった。
ガークやアンナ、そして、誘拐犯達を護送し、この国を仮に統治する者を選定する作業に入った僕は、早くこんな仕事は終わらせて、ユーカに会いに行こうと心に決め、サクサクと取りかかるのだった。
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