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第四章 ヘルジオン魔国
第七十三話 あたしの人生(???視点)
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貧しい農民の子供。しかも、四人姉妹の長女として生まれたのが、あたしだった。
毎日が食うや食わずの生活。何もかもがギリギリで、毎年、生きていられるのが不思議なくらいに切り詰めていた。ただ、そんな生活も、限界が訪れる。
「今日は森に行こうか」
いつもは入ることを禁じられている深い森。そこに、母さんは連れていってくれると言う。ちょうど、腕を怪我をして働けなくなっていたあたしは、それを不思議に思いながらも、疑うということをしなかった。父さんも着いてくるらしいという話も聞いていたし、何より、姉妹の面倒をみているあたしを追い出すつもりだなんて、思いもしなかった。
そう、あたしは、口減らしに遭ったのだ。
「母さーん、父さーん、どこー?」
いつの間にか姿を消していた両親。頭の片隅に、『口減らし』の一言が浮かぶものの、信じたくなどなかった。ただ、はぐれただけなのだと思っていた。しかし、どんなに泣こうが叫ぼうが、二人の姿は見当たらない。帰り道だって分からない。時間が経てば経つほどに、『口減らし』という言葉は真実味を増した。
「うぅ、ひっく……やだよぉ、死にたくないよぉっ」
もう歩けないとばかりにうずくまると、何だか死が近づいてきている気がして、恐怖に身を震わせる。足は棒のようになって動かないし、片腕は、先日、不注意で怪我をしてからまだ回復していない。全身が鉛のように重く、汗がじっとりとにじみ、気持ちが悪かった。
「ひっく、うぅぅぅ……」
泣いていてもどうにもならないことは分かっている。しかし、まだ十三歳になったばかりのあたしに、これからどうすれば良いのかなんて分からなかった。とにかく喉が渇いて、ひもじくて、体が疲れ果てていた。
しかし、ここは村の人達が入ろうとしない鬱蒼とした森。助けなんて、望めるはずもなかった。
「……えが……こっちか?」
「ふぇ?」
そう、助けなんて、こないはずだったのに……そこでは、誰かの声がした。
「だ、だぁれ?」
ガサガサと音を立てながら誰かが来る。そこに、一筋の希望を見出だしたあたしは、力を振り絞って声を出す。
「助けて……助けてっ」
そうして出会ったのは、人ではない者。魔族と呼ばれる、人間が忌み嫌う存在。そして、ヘルジオンという国の魔王だった。
「ふふふっ、綺麗なドレスっ、可愛い宝石っ、美味しい食べ物っ、どれもこれも、みーんな、あたしのものっ」
あたしのことを片翼だと、愛しい者だと言ったヘルジオンの魔王、ガーク様は、あたしにどんなものでも与えてくれた。おかげで、あたしは毎日が楽しくて仕方ない。ここには、貧しさも、苦しさも、痛みも、何もない。ただただ幸せなだけの人生が目の前に広がっていた。
「ねぇ、あたし、新しい宝石がほしいわっ。宝石商を呼んでちょうだい」
「……かしこまりました」
片翼が見つかったと、ここの城の人達は、あたしを歓迎してくれた。甲斐甲斐しく世話を焼いてくれて、見たこともない贅沢をさせてもらった。だから、あたしが選ばれた人間なのだと思うことに違和感はなかった。
何か言いたげな侍女に宝石商を呼びに行かせて、あたしはクローゼットのドレスを眺める。どれもこれも、手触りが良く、美しかった。これこそが、あたしの本来の人生なんだと、ここにあるものを見る度に確信する。そして……。
「そういえば、南棟には行ったことがなかったわね。ガーク様は行くなっていうけど、あたしが行っちゃいけないなんて、何か隠してそうで怪しいわ」
このヘルジオン魔国の城、ガーク城は、ガーク様が魔王になったことでその名前を変えたとされる城だ。東西南北にそれぞれの棟があり、それぞれの役割がある。
「東棟は仕事場で、西棟は研究所、北棟は……何だったか覚えてないわね。それで、南棟が来客用なのよね」
どうにも、最近どこかの国が攻めてくるなんて話が聞こえていたものの、あたしにはそんなこと、関係ない。むしろ、少し混乱してるらしい今なら、護衛とかいう鬱陶しい魔族をつけずに南棟へ行けるのではないかと思えた。
「んーと、あれ? 珍しい。扉の外に誰も居ないみたい」
一応、扉の外を確認してみると、そこには予想に反して誰も居ない。まさか、リアン魔国が攻め入ってくるという情報に、護衛達が逃げ出したなどとも思わずに、あたしはこれ幸いと部屋を出る。
「これは、南棟に行っても良いってことよねっ。ふふふ、ガーク様の秘密を暴いちゃうんだからっ」
豪華絢爛な廊下を悠然と歩き、南棟へと向かう。頭の中には、南棟の秘密でいっぱいだった。
「ん? あれは……」
妙に人が少ない廊下を進んでいると、ふいに見知った顔が進行方向にあることに気づく。そして、気づいたのはあたしだけでなく、向こうも同じだったらしく、満面の笑みを浮かべて近づいてきた。
「やぁやぁ、アンナ様。ご機嫌麗しく」
「パイロっ、最近見なかったけど、忙しかったの?」
あたしの目の前まで来て、丁寧な礼をする男。金髪に赤い瞳、赤い角を持つ、整った顔立ちの男、パイロは、あたしがここに来た時から、色々と教えてくれた魔族だ。もちろん、あたしが選ばれた者だということも、このパイロの教えだ。
「えぇ、少々。して、アンナ様は、護衛もつけずに、どこへ向かわれるのですか?」
「うん? あのね、南棟に行ってみようと思うの!」
「南棟、ですか……」
そう言うと、何かを考え込むように黙り込んだパイロ。
今まで、あたしの言うことに反対したことのなかったパイロなら、あたしのこの希望も当然聞き入れてくれるものだと思っていたものの、こう考え込まれると不安になる。
「ダメなの?」
「いいえっ、そのようなことはありませんよ。ぜひ、案内させていただけませんでしょうか?」
「ほんとっ! じゃあ、よろしくねっ」
笑顔で了承してくれたパイロ。しかし、あたしは気づいていなかった。そのパイロの目が、嘲りを浮かべていたことを。そして、この決断が、運命の分岐点だったことを……。
毎日が食うや食わずの生活。何もかもがギリギリで、毎年、生きていられるのが不思議なくらいに切り詰めていた。ただ、そんな生活も、限界が訪れる。
「今日は森に行こうか」
いつもは入ることを禁じられている深い森。そこに、母さんは連れていってくれると言う。ちょうど、腕を怪我をして働けなくなっていたあたしは、それを不思議に思いながらも、疑うということをしなかった。父さんも着いてくるらしいという話も聞いていたし、何より、姉妹の面倒をみているあたしを追い出すつもりだなんて、思いもしなかった。
そう、あたしは、口減らしに遭ったのだ。
「母さーん、父さーん、どこー?」
いつの間にか姿を消していた両親。頭の片隅に、『口減らし』の一言が浮かぶものの、信じたくなどなかった。ただ、はぐれただけなのだと思っていた。しかし、どんなに泣こうが叫ぼうが、二人の姿は見当たらない。帰り道だって分からない。時間が経てば経つほどに、『口減らし』という言葉は真実味を増した。
「うぅ、ひっく……やだよぉ、死にたくないよぉっ」
もう歩けないとばかりにうずくまると、何だか死が近づいてきている気がして、恐怖に身を震わせる。足は棒のようになって動かないし、片腕は、先日、不注意で怪我をしてからまだ回復していない。全身が鉛のように重く、汗がじっとりとにじみ、気持ちが悪かった。
「ひっく、うぅぅぅ……」
泣いていてもどうにもならないことは分かっている。しかし、まだ十三歳になったばかりのあたしに、これからどうすれば良いのかなんて分からなかった。とにかく喉が渇いて、ひもじくて、体が疲れ果てていた。
しかし、ここは村の人達が入ろうとしない鬱蒼とした森。助けなんて、望めるはずもなかった。
「……えが……こっちか?」
「ふぇ?」
そう、助けなんて、こないはずだったのに……そこでは、誰かの声がした。
「だ、だぁれ?」
ガサガサと音を立てながら誰かが来る。そこに、一筋の希望を見出だしたあたしは、力を振り絞って声を出す。
「助けて……助けてっ」
そうして出会ったのは、人ではない者。魔族と呼ばれる、人間が忌み嫌う存在。そして、ヘルジオンという国の魔王だった。
「ふふふっ、綺麗なドレスっ、可愛い宝石っ、美味しい食べ物っ、どれもこれも、みーんな、あたしのものっ」
あたしのことを片翼だと、愛しい者だと言ったヘルジオンの魔王、ガーク様は、あたしにどんなものでも与えてくれた。おかげで、あたしは毎日が楽しくて仕方ない。ここには、貧しさも、苦しさも、痛みも、何もない。ただただ幸せなだけの人生が目の前に広がっていた。
「ねぇ、あたし、新しい宝石がほしいわっ。宝石商を呼んでちょうだい」
「……かしこまりました」
片翼が見つかったと、ここの城の人達は、あたしを歓迎してくれた。甲斐甲斐しく世話を焼いてくれて、見たこともない贅沢をさせてもらった。だから、あたしが選ばれた人間なのだと思うことに違和感はなかった。
何か言いたげな侍女に宝石商を呼びに行かせて、あたしはクローゼットのドレスを眺める。どれもこれも、手触りが良く、美しかった。これこそが、あたしの本来の人生なんだと、ここにあるものを見る度に確信する。そして……。
「そういえば、南棟には行ったことがなかったわね。ガーク様は行くなっていうけど、あたしが行っちゃいけないなんて、何か隠してそうで怪しいわ」
このヘルジオン魔国の城、ガーク城は、ガーク様が魔王になったことでその名前を変えたとされる城だ。東西南北にそれぞれの棟があり、それぞれの役割がある。
「東棟は仕事場で、西棟は研究所、北棟は……何だったか覚えてないわね。それで、南棟が来客用なのよね」
どうにも、最近どこかの国が攻めてくるなんて話が聞こえていたものの、あたしにはそんなこと、関係ない。むしろ、少し混乱してるらしい今なら、護衛とかいう鬱陶しい魔族をつけずに南棟へ行けるのではないかと思えた。
「んーと、あれ? 珍しい。扉の外に誰も居ないみたい」
一応、扉の外を確認してみると、そこには予想に反して誰も居ない。まさか、リアン魔国が攻め入ってくるという情報に、護衛達が逃げ出したなどとも思わずに、あたしはこれ幸いと部屋を出る。
「これは、南棟に行っても良いってことよねっ。ふふふ、ガーク様の秘密を暴いちゃうんだからっ」
豪華絢爛な廊下を悠然と歩き、南棟へと向かう。頭の中には、南棟の秘密でいっぱいだった。
「ん? あれは……」
妙に人が少ない廊下を進んでいると、ふいに見知った顔が進行方向にあることに気づく。そして、気づいたのはあたしだけでなく、向こうも同じだったらしく、満面の笑みを浮かべて近づいてきた。
「やぁやぁ、アンナ様。ご機嫌麗しく」
「パイロっ、最近見なかったけど、忙しかったの?」
あたしの目の前まで来て、丁寧な礼をする男。金髪に赤い瞳、赤い角を持つ、整った顔立ちの男、パイロは、あたしがここに来た時から、色々と教えてくれた魔族だ。もちろん、あたしが選ばれた者だということも、このパイロの教えだ。
「えぇ、少々。して、アンナ様は、護衛もつけずに、どこへ向かわれるのですか?」
「うん? あのね、南棟に行ってみようと思うの!」
「南棟、ですか……」
そう言うと、何かを考え込むように黙り込んだパイロ。
今まで、あたしの言うことに反対したことのなかったパイロなら、あたしのこの希望も当然聞き入れてくれるものだと思っていたものの、こう考え込まれると不安になる。
「ダメなの?」
「いいえっ、そのようなことはありませんよ。ぜひ、案内させていただけませんでしょうか?」
「ほんとっ! じゃあ、よろしくねっ」
笑顔で了承してくれたパイロ。しかし、あたしは気づいていなかった。そのパイロの目が、嘲りを浮かべていたことを。そして、この決断が、運命の分岐点だったことを……。
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