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第四章 ヘルジオン魔国
第七十二話 部屋の移動
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声を取り戻そうと考えたのは、どうやら、ハミルトン様が居る方向が分かりそうだったからだ。
『リアン魔国から、一歩でも離れたい……』
『バカ言えっ! 俺達が逃げ出して、もし、片翼のお方に何かあれば、地の果てまで追われるぞっ!』
『ひぃいっ、死にたくないぃぃいっ』
そう言いながらも、彼らはある特定の方角を避けるようにして身を寄せ合っていた。それを探知した私は、もしかしたら、その方向にハミルトン様が居るのではないかと思ったのだ。ただ、それが分かっても、伝音魔法を使う際に問題が出てくる。
(うん、声だよね。問題は……)
眠っている時間がどれくらいだったか分からないため、正確なことは分からないものの、感覚的には昨日、ジークフリートさんに声を取り戻すための第一段階の解除を施してもらったのだと思う。そして、今日こそ、声を取り戻せるはずだったのだ。
(……自分で、解けないかな?)
ジークフリートさんが言うには、声を奪った魔法はさほど複雑ではないらしい。そうなると、私でも魔法を解くことができるかもしれない。
(喉に魔力を集中させて、おかしなところは……あった。これを、消せば良いのかなぁ?)
感覚だけで喉の魔法をいじっていると、ふいに、何かが緩まったような感覚に襲われる。
「できた……? っ、できたっ!」
声が出るということに気づいた私は、部屋で一人、喜びの声を上げる。
と、そこで、誰かが部屋に近づく気配を察知して、私は伝音魔法をしっかりとかけて聞き耳を立てる。
『片翼の方は、丁重におもてなししなければっ!』
『し、しかし、リアン魔国魔王の片翼は、魔族嫌いだと有名だぞ? 万が一、暴れられでもしたら……』
『……誠心誠意、謝り倒すのだっ。さすれば、道は開ける……はず?』
『頼むっ、そこは断言してくれぇっ!』
恐らく四人、近づいてくる。今までの話し合いの内容を聞いてきて分かるのは、ハミルトン様の片翼である私を、刺激したくないということ。
(ここは……怯えた方が良いよね?)
何だか、あまりにも酷く嘆く彼らの様子を聞いてしまった私は、今さら怯えるという感覚になれなかった。けれど、怯えなければ、彼らは私がハミルトン様の片翼かどうか疑問に思うかもしれない。それだけは、避けなければならなかった。
彼らが扉の前に辿り着くと同時に、私は伝音魔法を解除して、部屋の隅で丸まる。ここに居る私は、何も知らないはずなのだから、しっかりと怯えてみせなければならないだろう。もちろん、声は出さないまま。
カチャリと扉が開けられて、私はビクッとした様子で顔を上げてみる。そして、目の前の光景に驚愕することとなった。
「「「「申し訳ありませんでしたーっ!!」」」」
黒ずくめの大きな四つの塊が、全て、土下座していたのだ。これは、別の意味で怖い。
(ど、どうするの、これ? 誰か、助けてっ!)
確かに、謝るようなことは言っていたものの、これは予想外だ。全力で遠ざかりたい雰囲気しかない。
「こちらの手違いで、あなた様を拐ってしまったこと、平に、平にっ、謝りますっ! 申し訳ありませんっ!」
「どうか、どうか、命だけはお助けをっ」
「お願いしますお願いしますお願いしますお願いします」
「ブルブルブルブル」
この四人の男達を、何の力もない私にどうしろと言うのだろう?
思わず遠い目になりかけながらも、私は演技を忘れない。いや、もはや演技ではないかもしれないけれど、とにかく涙目で距離を取ろうと後退る。
「別の、豪華なお部屋で、おもてなしさせていただきたいと思うのですが?」
「(お願いだから、出ていって!)」
声は出るけれど、今、声を出せば不自然でしかないため、口パクでそう伝えるものの、どうやら読唇術の心得があるものは居ないらしく、ジリジリと近づいてくる。
「大丈夫です、怖くないでちゅよー?」
(怖いですっ!)
「そう、ただ、おもてなしするだけです。そうして、魔王様にそのことをお伝えしてくださればそれで良いのです。はい」
(目がギラギラしてますよ!?)
「お願いしますお願いしますお願いしますお願いします」
(息、できてる?)
「ブルブルブルブル」
(もう、いやぁっ!)
その後、演技でも何でもなく大暴れした私は、彼ら四人に甚大な被害を出しながら、部屋を移されることとなった。ついでに、彼らのボロボロ具合を見て、他の者が近寄らなくなったのは、怪我の功名だったかもしれない。
ジメジメした部屋から一変して、豪華絢爛な……若干、ギラギラし過ぎに思える部屋に通されて、何やら美味しそうな食べ物も積まれる。
そんな中、私は誰も居なくなったことを確認して、ハミルトン様を捜し出し、初めて連絡を取ることに成功したのだった。
(良かった。ハミルトン様は、元気そうだ……)
私のことを酷く心配してくれたハミルトン様は、それでも明るく話をしてくれた。それだけで、私は安心できる。しかも、ハミルトン様もジークフリートさんも私のことを助けようとしてくれていることが分かり、何だか胸が温かい。
(とりあえず、引き続き、食べ物は警戒しよう。それと、少し休んだら、ジークフリートさんにも連絡を取らないとね)
美味しそうな食べ物を前にしても、私はそれに手をつけるつもりはなかった。食べるなら、ジークフリートさんやハミルトン様が居るマリノア城での方が安全に決まっている。それに……。
(ここで食べても、結局は美味しくないって思っちゃいそう)
ジークフリートさんに会うまでは、残飯でも何でも食べていた私だけれど、ジークフリートさんに救われて、出された食べ物は何にも替えがたいほどに美味しかった。きっとそれは、私のことを想って出してくれたから、私のための料理だったからだったのだろう。だから、こんな思惑がふんだんに絡まっていそうな食事を、美味しく食べることなんてできない。
(大丈夫。三日くらいなら、抜いても行動できる)
経験則でそう判断すると、私は鎖に繋がれたまま、ベッドに横たわるのだった。
『リアン魔国から、一歩でも離れたい……』
『バカ言えっ! 俺達が逃げ出して、もし、片翼のお方に何かあれば、地の果てまで追われるぞっ!』
『ひぃいっ、死にたくないぃぃいっ』
そう言いながらも、彼らはある特定の方角を避けるようにして身を寄せ合っていた。それを探知した私は、もしかしたら、その方向にハミルトン様が居るのではないかと思ったのだ。ただ、それが分かっても、伝音魔法を使う際に問題が出てくる。
(うん、声だよね。問題は……)
眠っている時間がどれくらいだったか分からないため、正確なことは分からないものの、感覚的には昨日、ジークフリートさんに声を取り戻すための第一段階の解除を施してもらったのだと思う。そして、今日こそ、声を取り戻せるはずだったのだ。
(……自分で、解けないかな?)
ジークフリートさんが言うには、声を奪った魔法はさほど複雑ではないらしい。そうなると、私でも魔法を解くことができるかもしれない。
(喉に魔力を集中させて、おかしなところは……あった。これを、消せば良いのかなぁ?)
感覚だけで喉の魔法をいじっていると、ふいに、何かが緩まったような感覚に襲われる。
「できた……? っ、できたっ!」
声が出るということに気づいた私は、部屋で一人、喜びの声を上げる。
と、そこで、誰かが部屋に近づく気配を察知して、私は伝音魔法をしっかりとかけて聞き耳を立てる。
『片翼の方は、丁重におもてなししなければっ!』
『し、しかし、リアン魔国魔王の片翼は、魔族嫌いだと有名だぞ? 万が一、暴れられでもしたら……』
『……誠心誠意、謝り倒すのだっ。さすれば、道は開ける……はず?』
『頼むっ、そこは断言してくれぇっ!』
恐らく四人、近づいてくる。今までの話し合いの内容を聞いてきて分かるのは、ハミルトン様の片翼である私を、刺激したくないということ。
(ここは……怯えた方が良いよね?)
何だか、あまりにも酷く嘆く彼らの様子を聞いてしまった私は、今さら怯えるという感覚になれなかった。けれど、怯えなければ、彼らは私がハミルトン様の片翼かどうか疑問に思うかもしれない。それだけは、避けなければならなかった。
彼らが扉の前に辿り着くと同時に、私は伝音魔法を解除して、部屋の隅で丸まる。ここに居る私は、何も知らないはずなのだから、しっかりと怯えてみせなければならないだろう。もちろん、声は出さないまま。
カチャリと扉が開けられて、私はビクッとした様子で顔を上げてみる。そして、目の前の光景に驚愕することとなった。
「「「「申し訳ありませんでしたーっ!!」」」」
黒ずくめの大きな四つの塊が、全て、土下座していたのだ。これは、別の意味で怖い。
(ど、どうするの、これ? 誰か、助けてっ!)
確かに、謝るようなことは言っていたものの、これは予想外だ。全力で遠ざかりたい雰囲気しかない。
「こちらの手違いで、あなた様を拐ってしまったこと、平に、平にっ、謝りますっ! 申し訳ありませんっ!」
「どうか、どうか、命だけはお助けをっ」
「お願いしますお願いしますお願いしますお願いします」
「ブルブルブルブル」
この四人の男達を、何の力もない私にどうしろと言うのだろう?
思わず遠い目になりかけながらも、私は演技を忘れない。いや、もはや演技ではないかもしれないけれど、とにかく涙目で距離を取ろうと後退る。
「別の、豪華なお部屋で、おもてなしさせていただきたいと思うのですが?」
「(お願いだから、出ていって!)」
声は出るけれど、今、声を出せば不自然でしかないため、口パクでそう伝えるものの、どうやら読唇術の心得があるものは居ないらしく、ジリジリと近づいてくる。
「大丈夫です、怖くないでちゅよー?」
(怖いですっ!)
「そう、ただ、おもてなしするだけです。そうして、魔王様にそのことをお伝えしてくださればそれで良いのです。はい」
(目がギラギラしてますよ!?)
「お願いしますお願いしますお願いしますお願いします」
(息、できてる?)
「ブルブルブルブル」
(もう、いやぁっ!)
その後、演技でも何でもなく大暴れした私は、彼ら四人に甚大な被害を出しながら、部屋を移されることとなった。ついでに、彼らのボロボロ具合を見て、他の者が近寄らなくなったのは、怪我の功名だったかもしれない。
ジメジメした部屋から一変して、豪華絢爛な……若干、ギラギラし過ぎに思える部屋に通されて、何やら美味しそうな食べ物も積まれる。
そんな中、私は誰も居なくなったことを確認して、ハミルトン様を捜し出し、初めて連絡を取ることに成功したのだった。
(良かった。ハミルトン様は、元気そうだ……)
私のことを酷く心配してくれたハミルトン様は、それでも明るく話をしてくれた。それだけで、私は安心できる。しかも、ハミルトン様もジークフリートさんも私のことを助けようとしてくれていることが分かり、何だか胸が温かい。
(とりあえず、引き続き、食べ物は警戒しよう。それと、少し休んだら、ジークフリートさんにも連絡を取らないとね)
美味しそうな食べ物を前にしても、私はそれに手をつけるつもりはなかった。食べるなら、ジークフリートさんやハミルトン様が居るマリノア城での方が安全に決まっている。それに……。
(ここで食べても、結局は美味しくないって思っちゃいそう)
ジークフリートさんに会うまでは、残飯でも何でも食べていた私だけれど、ジークフリートさんに救われて、出された食べ物は何にも替えがたいほどに美味しかった。きっとそれは、私のことを想って出してくれたから、私のための料理だったからだったのだろう。だから、こんな思惑がふんだんに絡まっていそうな食事を、美味しく食べることなんてできない。
(大丈夫。三日くらいなら、抜いても行動できる)
経験則でそう判断すると、私は鎖に繋がれたまま、ベッドに横たわるのだった。
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