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第四章 ヘルジオン魔国
第六十七話 異変(ジークフリート視点)
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ユーカを独占した状態のお茶会は、夢のような時間だった。きっと後から、ハミルトンには何か言われるだろうが、恐らく、これからヘルジオン魔国との間で何かしらの問題が発生し、この城にユーカを置いておくのが危険になることもあるだろう。その時に、ハミルトンの方の城へユーカを移すことを考えれば、今、俺が良い思いをすることがあっても良いはずだ。
執務室の書類を片付けながら、俺は、これが終われば、また猫の姿でユーカの元へ向かおうと画策する。
「それにしても、リドルの報告が気になるな」
つい最近、片翼休暇を取ってリュシー霊国へと行ったリドル。そのリドルによれば、道中、かなりの数の盗賊に出くわしたらしい。しかも、その盗賊は全て人間だったと報告を受けている。ただでさえ、魔族は人間を凌駕する力を持っており、強い種族であるのに、その魔族へも盗賊行為を働いたという事実に疑問が浮かぶ。その盗賊どもが底無しのバカでもない限り、そんな無謀はあり得ない。
「あの球が原因の一端ではありそうだがな」
ただ、その盗賊達は、全員、共通して拳大ほどの黒い球を持っていた。どう使うのかも、何に使うのかもまだ判明していないものの、何やら強力な魔力が込められているらしいので、解析を急がせているところだった。
「他の懸念事項といえば、昨日の視線か……」
そうして思い出すのは、昨日のお茶会の際、自分達のことを観察する視線があった事実。一度、警備を見直したことで警戒は高まっていたはずなのに、それを潜り抜けて侵入する者が居たという事実は、重かった。
「そろそろ報告があるはずだが……俺はまだしも、ユーカに手を出すようなら容赦はしない」
昨日のうちに、ユーカの警備はさらに厳重なものへと組み換えている。そうそう何かが起こるはずはない。
しかし、それが分かっているはずなのに、どうにも胸騒ぎがした。
「……先にユーカに会いに行こうか」
今日は、もう少しでハミルトンが戻ってくる。だから、ユーカのためにハミルトンをつかせることも考えてはいたのだが、なぜか、それでは遅いような気がして、仕事を切り上げて席を立つ。幸い、急ぎの仕事は残っていないため、後回しにしても問題はない。
一瞬、猫の姿になろうかとも思ったが、今はとにかくユーカと言葉を交わしたかった。
「メアリー」
「はい、ご主人様。どうなさいましたか?」
ユーカの部屋に行く途中で、通訳係としてメアリーを呼び止める。
「今からユーカの部屋に行くから、着いてきてくれ」
「今から、ですか? 先ほどもご一緒だったのでは?」
「あぁ、お茶会では一緒だったが、どうにも胸騒ぎがしてな……メアリー?」
他愛のない話をしていると、なぜか、メアリーの表情が青ざめているように見え、問いただす。
「わたくしが申しておりましたのは、本当につい先ほど、数分前の話です」
「っ!?」
そんなメアリーの言葉に俺は堪らず駆け出す。何者かが、俺に扮して侵入し、ユーカと接触した可能性。それを思い、心臓が凍りつく。
階段を魔族としての身体能力で跳躍して飛び越し、ノックもせずにユーカの部屋の扉を勢い良く開ける。
「ユーカっ!!」
しかし、そこにユーカの姿はなかった。
「どこだっ!」
ハミルトンほど正確ではないものの、ユーカの気配を探ることはできるため、俺は必死に集中してユーカの気配を探る。しかし、どうしてもそれが掴めない。
「ちょっと、どうしたのよっ。ジーク?」
「ユーカが、ユーカが何者かに拐われたっ」
「えぇっ!? ちょっと待ってよ。あんた、さっきまでここに居たんじゃないの?」
「それは、俺に扮した不審者だ! どこに向かったか分かるかっ?」
大声を上げる俺に、リドルが出てきた。そして、やはりこの部屋に来る俺を見たとの情報に、すぐさま食いつく。
「ワタシは分からないわ。あんた達は?」
「分かりませんっ」
「申し訳ございません」
リドルの後ろで話を聞いていたらしいリリとララが返事をするのを聞いた俺は、すぐに指示を出す。
「まだ城に居る可能性が高いっ。メアリー達は聞き込みを、リドはハミルを呼んできてくれっ」
「「「御意っ」」」
「分かったわっ!」
まだ、ユーカが拐われてさほど時間は立っていないはずだ。それならば、まだ城内に居る可能性が高い。何が何でも見つけ出し、ユーカを救わなければという思いで、俺はもう一度、ユーカの気配を探る。
「くそっ!」
しかし、何かに阻害されているらしく、ユーカの気配は全く掴めなかった。
警備にも連絡を回し、城内からネズミ一匹出さない体制を作り上げると、俺自身もユーカの姿を必死になって捜す。そうしてまもなく、ハミルトンが戻ってきたとの報告を受ける。
「ハミル!」
「ユーカが拐われたって、どういうこと!?」
報告を受けてすぐに、ハミルトンが俺の居る廊下へとやってきて、詰め寄る。
「犯人は、俺に扮していたらしいことしか分かっていない。すまないが、力を貸してくれっ」
「っ、全部終わったら殴らせて」
「あぁ」
ハミルトンも時間との勝負だということが分かったのか、すぐに切り替えて俺と同じように気配を探り始める。
「……不審な気配が一つある。もう、外に出る寸前だ。急ぐよ!」
ユーカの気配しか探れない俺と違い、ハミルトンならこの城の全員の気配を探ることができる。それで見つけ出した不審者の元へ、俺達は無言で走る。
「居た!」
「ユーカ!?」
見つけた不審者は、すでに俺の姿を捨てて、元の姿に戻っているらしく、赤い髪に紫の瞳を持つ青年姿だった。そして、その腕には、グッタリとした様子のユーカが抱えられている。警備を厳重にしたにもかかわらず、その男は、すでに城の敷地内から外へと出ていた。
俺達に気づいた男は、すぐさま振り返り、ニヤリと笑う。
「ヘルジオン魔国、万歳!」
「なっ」
「待て!」
男は、準備をしていたらしい魔方陣が描かれた紙を手にすると、その一言の後にそれを発動させ……光に包まれたそこには、誰の姿も残っていなかった。
執務室の書類を片付けながら、俺は、これが終われば、また猫の姿でユーカの元へ向かおうと画策する。
「それにしても、リドルの報告が気になるな」
つい最近、片翼休暇を取ってリュシー霊国へと行ったリドル。そのリドルによれば、道中、かなりの数の盗賊に出くわしたらしい。しかも、その盗賊は全て人間だったと報告を受けている。ただでさえ、魔族は人間を凌駕する力を持っており、強い種族であるのに、その魔族へも盗賊行為を働いたという事実に疑問が浮かぶ。その盗賊どもが底無しのバカでもない限り、そんな無謀はあり得ない。
「あの球が原因の一端ではありそうだがな」
ただ、その盗賊達は、全員、共通して拳大ほどの黒い球を持っていた。どう使うのかも、何に使うのかもまだ判明していないものの、何やら強力な魔力が込められているらしいので、解析を急がせているところだった。
「他の懸念事項といえば、昨日の視線か……」
そうして思い出すのは、昨日のお茶会の際、自分達のことを観察する視線があった事実。一度、警備を見直したことで警戒は高まっていたはずなのに、それを潜り抜けて侵入する者が居たという事実は、重かった。
「そろそろ報告があるはずだが……俺はまだしも、ユーカに手を出すようなら容赦はしない」
昨日のうちに、ユーカの警備はさらに厳重なものへと組み換えている。そうそう何かが起こるはずはない。
しかし、それが分かっているはずなのに、どうにも胸騒ぎがした。
「……先にユーカに会いに行こうか」
今日は、もう少しでハミルトンが戻ってくる。だから、ユーカのためにハミルトンをつかせることも考えてはいたのだが、なぜか、それでは遅いような気がして、仕事を切り上げて席を立つ。幸い、急ぎの仕事は残っていないため、後回しにしても問題はない。
一瞬、猫の姿になろうかとも思ったが、今はとにかくユーカと言葉を交わしたかった。
「メアリー」
「はい、ご主人様。どうなさいましたか?」
ユーカの部屋に行く途中で、通訳係としてメアリーを呼び止める。
「今からユーカの部屋に行くから、着いてきてくれ」
「今から、ですか? 先ほどもご一緒だったのでは?」
「あぁ、お茶会では一緒だったが、どうにも胸騒ぎがしてな……メアリー?」
他愛のない話をしていると、なぜか、メアリーの表情が青ざめているように見え、問いただす。
「わたくしが申しておりましたのは、本当につい先ほど、数分前の話です」
「っ!?」
そんなメアリーの言葉に俺は堪らず駆け出す。何者かが、俺に扮して侵入し、ユーカと接触した可能性。それを思い、心臓が凍りつく。
階段を魔族としての身体能力で跳躍して飛び越し、ノックもせずにユーカの部屋の扉を勢い良く開ける。
「ユーカっ!!」
しかし、そこにユーカの姿はなかった。
「どこだっ!」
ハミルトンほど正確ではないものの、ユーカの気配を探ることはできるため、俺は必死に集中してユーカの気配を探る。しかし、どうしてもそれが掴めない。
「ちょっと、どうしたのよっ。ジーク?」
「ユーカが、ユーカが何者かに拐われたっ」
「えぇっ!? ちょっと待ってよ。あんた、さっきまでここに居たんじゃないの?」
「それは、俺に扮した不審者だ! どこに向かったか分かるかっ?」
大声を上げる俺に、リドルが出てきた。そして、やはりこの部屋に来る俺を見たとの情報に、すぐさま食いつく。
「ワタシは分からないわ。あんた達は?」
「分かりませんっ」
「申し訳ございません」
リドルの後ろで話を聞いていたらしいリリとララが返事をするのを聞いた俺は、すぐに指示を出す。
「まだ城に居る可能性が高いっ。メアリー達は聞き込みを、リドはハミルを呼んできてくれっ」
「「「御意っ」」」
「分かったわっ!」
まだ、ユーカが拐われてさほど時間は立っていないはずだ。それならば、まだ城内に居る可能性が高い。何が何でも見つけ出し、ユーカを救わなければという思いで、俺はもう一度、ユーカの気配を探る。
「くそっ!」
しかし、何かに阻害されているらしく、ユーカの気配は全く掴めなかった。
警備にも連絡を回し、城内からネズミ一匹出さない体制を作り上げると、俺自身もユーカの姿を必死になって捜す。そうしてまもなく、ハミルトンが戻ってきたとの報告を受ける。
「ハミル!」
「ユーカが拐われたって、どういうこと!?」
報告を受けてすぐに、ハミルトンが俺の居る廊下へとやってきて、詰め寄る。
「犯人は、俺に扮していたらしいことしか分かっていない。すまないが、力を貸してくれっ」
「っ、全部終わったら殴らせて」
「あぁ」
ハミルトンも時間との勝負だということが分かったのか、すぐに切り替えて俺と同じように気配を探り始める。
「……不審な気配が一つある。もう、外に出る寸前だ。急ぐよ!」
ユーカの気配しか探れない俺と違い、ハミルトンならこの城の全員の気配を探ることができる。それで見つけ出した不審者の元へ、俺達は無言で走る。
「居た!」
「ユーカ!?」
見つけた不審者は、すでに俺の姿を捨てて、元の姿に戻っているらしく、赤い髪に紫の瞳を持つ青年姿だった。そして、その腕には、グッタリとした様子のユーカが抱えられている。警備を厳重にしたにもかかわらず、その男は、すでに城の敷地内から外へと出ていた。
俺達に気づいた男は、すぐさま振り返り、ニヤリと笑う。
「ヘルジオン魔国、万歳!」
「なっ」
「待て!」
男は、準備をしていたらしい魔方陣が描かれた紙を手にすると、その一言の後にそれを発動させ……光に包まれたそこには、誰の姿も残っていなかった。
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