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第四章 ヘルジオン魔国
第六十六話 あなたは誰?
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その日の訓練では、そろそろ声を戻そうということになり、二回に分けて魔法を解くようにするとの説明を受けた。本来なら、一度で解除できる魔法ではあるらしいのだけれど、安全性を優先して二回に分けようとのことで、今日は、その一回目だった。
「力を抜いて、楽にしててくれ」
訓練場に置かれた椅子に座っている私の前で、ジークフリートさんがそう告げる。けれど……ジークフリートさんを前にすると、まだまだ緊張してしまい、体には変な力が入ってしまう。
「……分かった。そのままでも大丈夫だ」
力が抜ける様子がないことを見てとったジークフリートさんは、そう言ってくれる。それは、とてもありがたいことなのだけれど……その優しい微笑みも心臓に悪い。
呆れた様子もなく、私の前でしゃがみ込んだジークフリートさんは、私の目をしっかりと見て口を開く。
「魔法を解くには、魔法をかけた部分、つまり、喉に触れる必要があるのだが、触れても良いだろうか?」
(ふぇっ? ジークフリートさんが、触る?)
ジークフリートさんに前に触られたのは、あの雷の鳴る日だ。その時に感じた、大きな手だとか、がっしりとした肉体だとか、爽やかな香りだとかを全て思い出してしまい、私はポンッと音を立てて一気に顔の温度を上昇させてしまう。
「嫌、か?」
そして、切なそうに見つめてくるジークフリートさんを前にして、私はブンブンと咄嗟に首を横に振る。すると、直後にパアァッと表情を明るくするジークフリートさん。ハッと我に返り、これでは触れても良いと認めたようなものだと認識したものの、すでに手遅れだ。
「では、触れるぞ」
そんな宣言に、私はうなずくことしかできないのだった。
(終わった?)
くすぐったく感じるほど丁寧に触れてきたジークフリートさんは、私に魔力を流し込んで何かをしていたようだったけれど、それが終わったのか、ゆっくりと、名残惜しそうに手を離す。
「これで、今日の分は終わりだ。明日、もう一度同じようにすれば声は出るようになる」
「(ありがとうございますっ)」
まだ声は出ないけれど、明日には声が出せると聞き、私は思いっきりお礼を告げる。
「礼を言われるようなことではない。そもそも、俺がユーカの声を封じたのだから……すまなかった」
「(もう謝る必要なんてありませんよ。明日には声が出るようになるんですから)」
「そうか。では、ありがとう。ユーカ」
リリに通訳をしてもらっていると、ジークフリートさんはその目に深い愛情を乗せてくる。私は、いつもそれを見るだけで、全力で逃げたくなる衝動と戦うはめになるのだ。
「それでは、お茶会としようか」
ただ、もちろん、逃げ場なんてない。それどころか、どんどん囲いこまれているような気さえしてくるのだから、困ったものだ。そうして、羞恥心の限界記録を更新するようなお茶会を終えた私は、まだ本を読む気にもなれず、いつものごとくベッドの上で悶絶していた。
コンコンコン。そんな音がしたのは、そうやって悶絶している最中のことだった。
(うぅ、誰だろう? いつもはそっとしておいてもらえるのに……)
まだ顔の赤みは引いていない。できることなら、もう少し時間がほしかったのだけれど、無情にも扉は開いてしまう。
(……? ジークフリート、さん?)
そこに居たのは、なぜか暗い顔をしたジークフリートさんで、まだ混乱の最中にある思考の片隅で思うことは、どこか、様子がおかしいということだ。
(何でだろう? 今のジークフリートさんは、警戒しなきゃいけない気がする)
頭の中でガンガンとうるさいくらいに警鐘が鳴る。そして、その中で思うことは『違う』というただ一言。何が違うのか、どう違うのかなんて知らない。ただただ、この、目の前のジークフリートさんに強烈な違和感を覚えていた。
「(何の、用ですか?)」
いつもなら、専属侍女の誰かが通訳してくれるけれど、今はその専属侍女が一人も居ない状況。伝わるはずはないと分かっていても、何かを言わなければ逃げ出したい自分を抑えられなかった。
(ダメ。逃げるとしても、もっと慎重にならなきゃ。扉は押さえられてるんだから)
そんな怯える私の様子を見て、ジークフリートさんの形をしたその人は、ニヤリと笑う。
ゾクリと悪寒が走り、頭の中の警鐘は今までにないくらいに響き渡る。
(違うっ! この人は、ジークフリートさんじゃないっ!!)
そう確信した私は、すぐに助けを求めるべく、目の前のベルに手を伸ばすけれど、相手がこちらへ近づく方が早かった。
「おっと、それは止めてもらおうか?」
「(ひぅっ)」
腕を力強く掴まれ、私は思わず悲鳴を上げる。その手の感触は、ジークフリートさんとは異なり、全身総毛立つ。けれど、まだ声が出ない私では、その異常を報せる力がない。
「大人しく着いてくれば、手荒な真似はしない」
助けを望めない状況で、憎しみの籠った目を見てしまった私は、完全にパニックに陥る。
「(いや、いやぁぁぁぁぁぁあっ!!!)」
掴まれた腕の痛みを無視して暴れると、男は舌打ちをして余計に私の体を絡め取ってくる。
「くそっ、《水よ、暴れるものを鎮めて眠れ》っ」
そうして必死に抵抗していると、何かの魔法をかけられて、急激に意識が遠のくのだった。
「力を抜いて、楽にしててくれ」
訓練場に置かれた椅子に座っている私の前で、ジークフリートさんがそう告げる。けれど……ジークフリートさんを前にすると、まだまだ緊張してしまい、体には変な力が入ってしまう。
「……分かった。そのままでも大丈夫だ」
力が抜ける様子がないことを見てとったジークフリートさんは、そう言ってくれる。それは、とてもありがたいことなのだけれど……その優しい微笑みも心臓に悪い。
呆れた様子もなく、私の前でしゃがみ込んだジークフリートさんは、私の目をしっかりと見て口を開く。
「魔法を解くには、魔法をかけた部分、つまり、喉に触れる必要があるのだが、触れても良いだろうか?」
(ふぇっ? ジークフリートさんが、触る?)
ジークフリートさんに前に触られたのは、あの雷の鳴る日だ。その時に感じた、大きな手だとか、がっしりとした肉体だとか、爽やかな香りだとかを全て思い出してしまい、私はポンッと音を立てて一気に顔の温度を上昇させてしまう。
「嫌、か?」
そして、切なそうに見つめてくるジークフリートさんを前にして、私はブンブンと咄嗟に首を横に振る。すると、直後にパアァッと表情を明るくするジークフリートさん。ハッと我に返り、これでは触れても良いと認めたようなものだと認識したものの、すでに手遅れだ。
「では、触れるぞ」
そんな宣言に、私はうなずくことしかできないのだった。
(終わった?)
くすぐったく感じるほど丁寧に触れてきたジークフリートさんは、私に魔力を流し込んで何かをしていたようだったけれど、それが終わったのか、ゆっくりと、名残惜しそうに手を離す。
「これで、今日の分は終わりだ。明日、もう一度同じようにすれば声は出るようになる」
「(ありがとうございますっ)」
まだ声は出ないけれど、明日には声が出せると聞き、私は思いっきりお礼を告げる。
「礼を言われるようなことではない。そもそも、俺がユーカの声を封じたのだから……すまなかった」
「(もう謝る必要なんてありませんよ。明日には声が出るようになるんですから)」
「そうか。では、ありがとう。ユーカ」
リリに通訳をしてもらっていると、ジークフリートさんはその目に深い愛情を乗せてくる。私は、いつもそれを見るだけで、全力で逃げたくなる衝動と戦うはめになるのだ。
「それでは、お茶会としようか」
ただ、もちろん、逃げ場なんてない。それどころか、どんどん囲いこまれているような気さえしてくるのだから、困ったものだ。そうして、羞恥心の限界記録を更新するようなお茶会を終えた私は、まだ本を読む気にもなれず、いつものごとくベッドの上で悶絶していた。
コンコンコン。そんな音がしたのは、そうやって悶絶している最中のことだった。
(うぅ、誰だろう? いつもはそっとしておいてもらえるのに……)
まだ顔の赤みは引いていない。できることなら、もう少し時間がほしかったのだけれど、無情にも扉は開いてしまう。
(……? ジークフリート、さん?)
そこに居たのは、なぜか暗い顔をしたジークフリートさんで、まだ混乱の最中にある思考の片隅で思うことは、どこか、様子がおかしいということだ。
(何でだろう? 今のジークフリートさんは、警戒しなきゃいけない気がする)
頭の中でガンガンとうるさいくらいに警鐘が鳴る。そして、その中で思うことは『違う』というただ一言。何が違うのか、どう違うのかなんて知らない。ただただ、この、目の前のジークフリートさんに強烈な違和感を覚えていた。
「(何の、用ですか?)」
いつもなら、専属侍女の誰かが通訳してくれるけれど、今はその専属侍女が一人も居ない状況。伝わるはずはないと分かっていても、何かを言わなければ逃げ出したい自分を抑えられなかった。
(ダメ。逃げるとしても、もっと慎重にならなきゃ。扉は押さえられてるんだから)
そんな怯える私の様子を見て、ジークフリートさんの形をしたその人は、ニヤリと笑う。
ゾクリと悪寒が走り、頭の中の警鐘は今までにないくらいに響き渡る。
(違うっ! この人は、ジークフリートさんじゃないっ!!)
そう確信した私は、すぐに助けを求めるべく、目の前のベルに手を伸ばすけれど、相手がこちらへ近づく方が早かった。
「おっと、それは止めてもらおうか?」
「(ひぅっ)」
腕を力強く掴まれ、私は思わず悲鳴を上げる。その手の感触は、ジークフリートさんとは異なり、全身総毛立つ。けれど、まだ声が出ない私では、その異常を報せる力がない。
「大人しく着いてくれば、手荒な真似はしない」
助けを望めない状況で、憎しみの籠った目を見てしまった私は、完全にパニックに陥る。
「(いや、いやぁぁぁぁぁぁあっ!!!)」
掴まれた腕の痛みを無視して暴れると、男は舌打ちをして余計に私の体を絡め取ってくる。
「くそっ、《水よ、暴れるものを鎮めて眠れ》っ」
そうして必死に抵抗していると、何かの魔法をかけられて、急激に意識が遠のくのだった。
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