63 / 173
第三章 歩み寄り
第六十話 喧嘩勃発?(ララ視点)
しおりを挟む
ユーカお嬢様は、昨日、ご主人様と何やら進展があったらしい。そして、今日は、ハミルトン様との進展もあったらしい。
そんな、『らしい』と表現できていた頃の自分は、幸せだったに違いない。なぜなら……。
「ユーカは愛らしく、俺に抱き着いてくれたんだ」
「へー、でも、僕はしっかりと会話ができて、お菓子を作ってもらう約束もできたんだよ」
「ユーカは、何度も、力強く俺を抱き締めてくれた」
「僕だって、笑顔を向けてもらえたもんね」
今、目の前でくだらない言い合いをしているのは、ご主人様とハミルトン様だ。二人は、ユーカお嬢様と何があったのかを自慢し合い、お互いにお互いを羨んでいる様子だったが、何をどう間違えたのか、今は喧嘩に発展しかけていた。
「ハミル、ここは戦いで決着をつけるべきなのではないだろうか?」
「うん、奇遇だね。僕も、それを考えてたところだよ」
二人の威圧感に、情けないことに私は一歩も動けず、声も上げられない状態にまでなってしまう。
残念なことに、この二人を止められる可能性があるリドル様やナリク様はこの場に居ない。リドル様は片翼休暇中で、ナリク様は北西に位置する国、ヘルジオン魔国について調べているそうだ。つまりは、もう誰にもこの二人を止めることなどできないということだ。
(せめて、訓練場の破壊はしてほしくないところですが……)
この雰囲気では、それも望めなさそうだ。せっかく整えてある訓練場を破壊してしまえば、毎日、魔力コントロールの訓練をしているユーカお嬢様がどう思うか。それを考えるだけで、頭が痛かった。
じーっと睨み合って、殺気をたぎらせる二人。そして、それが最高潮に達して、二人が転移で訓練場へ向かおうとしたその瞬間だった。
コンコンコン。
それは、控え目なノック。ただ、確実に二人の威圧感が漏れ出して、普通の魔族は動けもしないであろうという状況の中でのそれは、恐ろしく異常だった。
しかし、それ以上におかしなことは、そのノック音を聞いた瞬間、今まで息をするのもつらいほどだった威圧感やら殺気やらが、全て霧散してしまったことだ。こんな事態は、あり得ない。
何が起こっているのか分からないまま、とにかく大きな息を吐くと、ご主人様が戸惑った様子で入室許可を出していた。こんなご主人様はとてもめずらしい。
しかし、入ってきた人物を見て、私はその反応は無理もないことだと理解する。
「(し、失礼します)」
緊張気味に入ってきたのは、ご主人様とハミルトン様の両翼であり、敬愛する私の二人目のご主人様。ユーカお嬢様だった。
「どうした? 何かあったか?」
初めて執務室を訪れたユーカお嬢様は、少しだけ物珍しげに周りを見た直後、心配そうに声をかけてきたご主人様へと向き直……りかけて、さっと視線を逸らす。その顔が赤いことから、別に嫌っているわけではないとは分かるのだが、視線を逸らされたご主人様はそこそこショックらしく、その瞳には悲しみが映る。
「(えっと、メアリーに案内してもらってたんですけれど、いきなりメアリーが動かなくなっちゃって……それで、助けを呼ぼうと思って)」
ユーカお嬢様からの言葉を通訳すれば、ご主人様もハミルトン様も気まずい顔になる。十中八九、メアリーが動けなくなった原因は、ご主人様とハミルトン様の威圧感と殺気だ。
(ハミルトン様はどうでも良いですが、ご主人様のためにフォローは必要ですね)
そう思って、私はユーカお嬢様へと話しかける。
「ユーカお嬢様、それは問題ございません。今はメアリーも動けるようになっているはずです」
「(ほんと?)」
「はい」
あの威圧感と殺気の中を動けるユーカお嬢様が不思議ではあったものの、そう伝えると安心したようにその表情が柔らかなものとなる。
「ところで、ユーカお嬢様? こちらの部屋には何か他に用があったのでは?」
そして、原因を追及される前に、私はそう話題を逸らす。それというのも、ユーカお嬢様は何やら可愛くラッピングされたピンクの袋を二つほど持っていたため、もしかしたら二人への贈り物かもしれないと思ったからだ。
すると、ユーカお嬢様はビクッと肩を震わせて、チラリとご主人様やハミルトン様の様子を窺う。ちなみに、二人はユーカお嬢様から視線を逸らさないままじーっと見つめていたので、視線が合った瞬間、ユーカお嬢様は慌てていた。
「(えっと、その……お菓子、作ったから……二人にあげたいって思って……)」
モジモジと告げるユーカお嬢様は、女の私から見ても可愛い。これを通訳などしたくはなかったものの、ご主人様のためだと言い聞かせて、必要事項だけを抜き出して告げる。
「『手作りのお菓子をお二人に差し上げたかった』だそうです」
そう告げた瞬間、二人は静かに歓喜する。片翼からの贈り物というのは、二人が今までの片翼から一度も受け取れなかったものだ。それを、二度ももたらしてくれるユーカお嬢様に、二人は完全に蕩けた顔をする。
「ありがとう。ユーカ」
「ありがとう。大切に食べるね」
そして、その顔を直視してしまったユーカお嬢様は、みるみるうちに真っ赤になって、慌て出す。
「ユーカお嬢様、お二人にそれを差し上げるのでしょう?」
「(あうぅ……う、ん)」
ギクシャクとした不思議な動きで、ユーカお嬢様はどうにかお菓子が入っているであろう袋を手渡す。そして、その様子に、ご主人様もハミルトン様も一瞬、『手が出せなくてつらいっ』と表情に出して、慌てて表情を取り繕う。
そうして、男二人の葛藤に気づくことなく退散していったユーカお嬢様だったが、片翼からの贈り物の効果はすごかった。
「ユーカが、俺に、贈り物を……」
「ユーカ、ユーカ、えへへ」
喧嘩をしかけていたことなど忘れた二人は、締まらない顔で二時間ほど、その贈り物を眺め続けるのだった。
そんな、『らしい』と表現できていた頃の自分は、幸せだったに違いない。なぜなら……。
「ユーカは愛らしく、俺に抱き着いてくれたんだ」
「へー、でも、僕はしっかりと会話ができて、お菓子を作ってもらう約束もできたんだよ」
「ユーカは、何度も、力強く俺を抱き締めてくれた」
「僕だって、笑顔を向けてもらえたもんね」
今、目の前でくだらない言い合いをしているのは、ご主人様とハミルトン様だ。二人は、ユーカお嬢様と何があったのかを自慢し合い、お互いにお互いを羨んでいる様子だったが、何をどう間違えたのか、今は喧嘩に発展しかけていた。
「ハミル、ここは戦いで決着をつけるべきなのではないだろうか?」
「うん、奇遇だね。僕も、それを考えてたところだよ」
二人の威圧感に、情けないことに私は一歩も動けず、声も上げられない状態にまでなってしまう。
残念なことに、この二人を止められる可能性があるリドル様やナリク様はこの場に居ない。リドル様は片翼休暇中で、ナリク様は北西に位置する国、ヘルジオン魔国について調べているそうだ。つまりは、もう誰にもこの二人を止めることなどできないということだ。
(せめて、訓練場の破壊はしてほしくないところですが……)
この雰囲気では、それも望めなさそうだ。せっかく整えてある訓練場を破壊してしまえば、毎日、魔力コントロールの訓練をしているユーカお嬢様がどう思うか。それを考えるだけで、頭が痛かった。
じーっと睨み合って、殺気をたぎらせる二人。そして、それが最高潮に達して、二人が転移で訓練場へ向かおうとしたその瞬間だった。
コンコンコン。
それは、控え目なノック。ただ、確実に二人の威圧感が漏れ出して、普通の魔族は動けもしないであろうという状況の中でのそれは、恐ろしく異常だった。
しかし、それ以上におかしなことは、そのノック音を聞いた瞬間、今まで息をするのもつらいほどだった威圧感やら殺気やらが、全て霧散してしまったことだ。こんな事態は、あり得ない。
何が起こっているのか分からないまま、とにかく大きな息を吐くと、ご主人様が戸惑った様子で入室許可を出していた。こんなご主人様はとてもめずらしい。
しかし、入ってきた人物を見て、私はその反応は無理もないことだと理解する。
「(し、失礼します)」
緊張気味に入ってきたのは、ご主人様とハミルトン様の両翼であり、敬愛する私の二人目のご主人様。ユーカお嬢様だった。
「どうした? 何かあったか?」
初めて執務室を訪れたユーカお嬢様は、少しだけ物珍しげに周りを見た直後、心配そうに声をかけてきたご主人様へと向き直……りかけて、さっと視線を逸らす。その顔が赤いことから、別に嫌っているわけではないとは分かるのだが、視線を逸らされたご主人様はそこそこショックらしく、その瞳には悲しみが映る。
「(えっと、メアリーに案内してもらってたんですけれど、いきなりメアリーが動かなくなっちゃって……それで、助けを呼ぼうと思って)」
ユーカお嬢様からの言葉を通訳すれば、ご主人様もハミルトン様も気まずい顔になる。十中八九、メアリーが動けなくなった原因は、ご主人様とハミルトン様の威圧感と殺気だ。
(ハミルトン様はどうでも良いですが、ご主人様のためにフォローは必要ですね)
そう思って、私はユーカお嬢様へと話しかける。
「ユーカお嬢様、それは問題ございません。今はメアリーも動けるようになっているはずです」
「(ほんと?)」
「はい」
あの威圧感と殺気の中を動けるユーカお嬢様が不思議ではあったものの、そう伝えると安心したようにその表情が柔らかなものとなる。
「ところで、ユーカお嬢様? こちらの部屋には何か他に用があったのでは?」
そして、原因を追及される前に、私はそう話題を逸らす。それというのも、ユーカお嬢様は何やら可愛くラッピングされたピンクの袋を二つほど持っていたため、もしかしたら二人への贈り物かもしれないと思ったからだ。
すると、ユーカお嬢様はビクッと肩を震わせて、チラリとご主人様やハミルトン様の様子を窺う。ちなみに、二人はユーカお嬢様から視線を逸らさないままじーっと見つめていたので、視線が合った瞬間、ユーカお嬢様は慌てていた。
「(えっと、その……お菓子、作ったから……二人にあげたいって思って……)」
モジモジと告げるユーカお嬢様は、女の私から見ても可愛い。これを通訳などしたくはなかったものの、ご主人様のためだと言い聞かせて、必要事項だけを抜き出して告げる。
「『手作りのお菓子をお二人に差し上げたかった』だそうです」
そう告げた瞬間、二人は静かに歓喜する。片翼からの贈り物というのは、二人が今までの片翼から一度も受け取れなかったものだ。それを、二度ももたらしてくれるユーカお嬢様に、二人は完全に蕩けた顔をする。
「ありがとう。ユーカ」
「ありがとう。大切に食べるね」
そして、その顔を直視してしまったユーカお嬢様は、みるみるうちに真っ赤になって、慌て出す。
「ユーカお嬢様、お二人にそれを差し上げるのでしょう?」
「(あうぅ……う、ん)」
ギクシャクとした不思議な動きで、ユーカお嬢様はどうにかお菓子が入っているであろう袋を手渡す。そして、その様子に、ご主人様もハミルトン様も一瞬、『手が出せなくてつらいっ』と表情に出して、慌てて表情を取り繕う。
そうして、男二人の葛藤に気づくことなく退散していったユーカお嬢様だったが、片翼からの贈り物の効果はすごかった。
「ユーカが、俺に、贈り物を……」
「ユーカ、ユーカ、えへへ」
喧嘩をしかけていたことなど忘れた二人は、締まらない顔で二時間ほど、その贈り物を眺め続けるのだった。
74
お気に入り登録や感想を、ありがとうございます。これを励みに楽しく更新していきますね。
お気に入りに追加
8,219
あなたにおすすめの小説

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜
京
恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。
右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。
そんな乙女ゲームのようなお話。


私、確かおばさんだったはずなんですが
花野はる
恋愛
不憫系男子をこよなく愛するヒロインの恋愛ストーリーです。
私は確か、日本人のおばさんだったはずなんですが、気がついたら西洋風異世界の貴族令嬢になっていました。
せっかく美しく若返ったのだから、人生勝ち組で楽しんでしまいましょう。
そう思っていたのですが、自分らしき令嬢の日記を見ると、クラスメイトの男の子をいじめていた事が分かって……。
正義感強いおばさんなめんな!
その男の子に謝って、きっとお友達になってみせましょう!
画像はフリー素材のとくだ屋さんからお借りしました。

おばさんは、ひっそり暮らしたい
波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23

転生先は男女比50:1の世界!?
4036(シクミロ)
恋愛
男女比50:1の世界に転生した少女。
「まさか、男女比がおかしな世界とは・・・」
デブで自己中心的な女性が多い世界で、ひとり異質な少女は・・
どうなる!?学園生活!!

転生した世界のイケメンが怖い
祐月
恋愛
わたしの通う学院では、近頃毎日のように喜劇が繰り広げられている。
第二皇子殿下を含む学院で人気の美形子息達がこぞって一人の子爵令嬢に愛を囁き、殿下の婚約者の公爵令嬢が諌めては返り討ちにあうという、わたしにはどこかで見覚えのある光景だ。
わたし以外の皆が口を揃えて言う。彼らはものすごい美形だと。
でもわたしは彼らが怖い。
わたしの目には彼らは同じ人間には見えない。
彼らはどこからどう見ても、女児向けアニメキャラクターショーの着ぐるみだった。
2024/10/06 IF追加
小説を読もう!にも掲載しています。

騎士団寮のシングルマザー
古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。
突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。
しかし、目を覚ますとそこは森の中。
異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる!
……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!?
※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。
※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。
新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる