私、異世界で監禁されました!?

星宮歌

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第三章 歩み寄り

第五十九話 贈り物の効果(ハミルトン視点)

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 建国祭にまつわる仕事は、目が回るほどに多かった。ユーカとの時間を取りたいがために、猶予があるものを後回しにしがちだったこともその一端だが、そもそもこの時期になると仕事が多いというのが本当のところだ。これを終わらせるまでは、ユーカには会わないと決意して取りかかること二日。


「……会いたいよ……」


 本来、魔王には片翼休暇が許されないため、その分精神的に鍛えられているはずの僕が、すでにダウンしていた。会いたくて会いたくて、仕事に全く集中できない。


「夜に、少しだけ、会いに行こう」


 このままでは、ユーカと触れ合える時間が減るばかりだと判断して、夜、休む時だけ、猫の姿でマリノア城を訪れる旨をジークフリートへ報せておく。きっと、会えたとしても、ユーカは眠っているだろうし、朝も早いから、目が覚めたユーカに会うこともできない。それが分かっていても、会いたくてたまらない僕は、その日の夜、ユーカに会いに行った。
 穏やかに眠るユーカの顔は、とても可愛らしいが、憎らしいことに、不細工な猫姿のジークフリートを抱き締めて眠っている。


「ニャア(幸せ、だが、つらい)」


 ただ、虚ろな目で告げられたジークフリートの言葉に、その天国と地獄の感覚を思い出して、つい、同情してしまう。目の前に片翼が居るというのに、手が出せないのは恐ろしくつらい。


「ニャ(僕も、少しだけ一緒に眠るよ)」

「ニャー(あぁ、好きにすると良い)」


 そう言われて、ユーカの側に寄り添うように布団へ潜り込むと、何の拷問か、僕はすぐさまユーカの腕に捕まってしまう。


「ニャアッ!? (ユーカっ!?)」

「ニャ(諦めろ。ユーカは寝ぼけているだけだ)」


 起きているのかと思って慌てるものの、どうやらそうではないらしい。ジークフリートとともにギュウッと抱き締められ、僕はその日、眠れない夜を過ごすこととなった。






 朝、ユーカの腕からどうにか抜け出した僕は、自分の城、エーテ城へと戻り、悶々とした思いをぶつけるかのように書類をさばいていく。ユーカ成分をたっぷりと補給した僕には、敵なしの状態で、どんどん仕事を片付けていく。そうして、新たに三日が経ち、ユーカ不足が酷くなってきた頃に、ようやく仕事に区切りがついた。


「ユーカに会いに行ってくる!」

「いってらっしゃいませ、坊っちゃん」


 黄色の髪に黄色の巻き角、緑の瞳を持つ有能な侍従、ロウに見送られて、僕は意気揚々とユーカの元へと急ぐ。忙しい中でも、ユーカへの贈り物は厳選しておいた。きっと、喜んでもらえるだろうと思いながら、僕はプレゼント箱を持ってマリノア城の玄関口を通り抜ける。


「三日ぶりですね。ハミルトン様」

「あぁ、ユーカは、部屋?」

「はい、今は落ち着かれて、お部屋におられますよ」


 案内のためにやってきたメアリーだったが、何か引っかかる言い草だ。


「ユーカに何かあったの?」

「ふふふっ、わたくしからは何とも……ただ、ご主人様にとっては良きことですね」

(それは、僕が居ない間に、二人に進展があったということ?)


 そうだとしたら、複雑だ。もちろん、ユーカが僕とジークフリートとの間の両翼である以上、ジークフリートがユーカに想われることも許容しなければならない。しかし、そうなるとどうしても、僕も同じくらい想ってほしいと嫉妬してしまう。


(何があったかは、後で追及しよう)


 余裕があれば、先にジークフリートから情報を得ようと思えたものの、今の僕はユーカ不足だ。とにかく、抱き締めたいし、その笑顔を向けてほしい。後者はともかく、前者は難しいことくらい分かっているものの、気分的にはそんな感じだ。
 メアリーの案内など振り切って、ユーカに会いたい気持ちを抑えつつ、僕はユーカの部屋の前までやってくる。


「ユーカお嬢様。ハミルトン様がいらっしゃいましたよ」


 そうメアリーが声をかけると、途端に、部屋の中からゴンッという音がする。


「ユーカ!?」


 何かあったのかと慌てて入室すると、そこには、どこかで頭をぶつけたらしいユーカが、床に座り込んで、涙目でこちらを見つめていた。


「大丈夫かい? ユーカ。あぁ、こんなにおでこを赤くしてっ」


 贈り物はそっちのけで、ユーカの元まで行くと、僕はしゃがみ込み、ユーカの可愛いおでこに手をかざし、治癒魔法を展開する。


「はい、これでもう痛くないはずだよ? ……ユーカ?」


 ユーカの怪我がすっかりなくなったのを確認した僕は、改めてユーカの顔を見て、様子がおかしいことに気づく。


(顔が、真っ赤?)

「(――――――っ)」

「『何でサラリと手を』「(――――っ)」いえ、失礼しました。これ以上は通訳致しませんので、ご安心くださいね」


 なぜかユーカに遮られたらしい通訳。しかし、手という言葉に、僕は自分の手元を見て、ハッと息を呑む。どうやら、ユーカに触れたい衝動を抑えきれず、ユーカの手を無意識に取っていたらしい。


「え、えぇっと、ご、ごめんっ。触られるの、嫌なんだよねっ。本当に、ごめんっ」


 このマリノア城を出る前に、ジークフリートと二人で猛省した記憶が蘇る。僕は、慌てて手を離し、ユーカに謝る。


「(――――)」

「……通訳は、しない方が良いのでしょうか?」


 何事かを言ったユーカに、メアリーが尋ねると、ユーカはコクリとうなずく。
 何を言ったのかは気になるものの、その瞳に警戒の色がないことだけが救いだった。


「(――――――――)」

「『ハミルトン様、お帰りなさい』だそうですよ」


 そうして、オロオロとしていると、僕は、強烈な不意討ちを食らう。片翼に、ユーカに、『お帰りなさい』なんて言葉を言ってもらえたという事実に、僕の心は天を突き抜ける勢いで舞い上がる。


「た、ただいまっ」


 何はともあれ、返事をしなければと、僕が言葉を返すと、ユーカはホッと安心したような表情になる。


「(――――?)」

「『お仕事はもう大丈夫なんですか?』だそうですよ」

「うん、ユーカに会いたいから超特急で終わらせてきたよ」

(会話が、会話が成立してるっ。どうしよう、嬉し過ぎて、叫びたい)


 内心が荒れ狂っていることはおくびにも出さず、僕は笑顔で対応する。


「(――――――――)」

「『良かった。あ、あと、お花、ありがとうございました』だそうです」

「あぁ、僕の方も、美味しいお菓子をありがとう。良ければ、また作ってくれると嬉しいよ」


 そうして微笑めば、ユーカはほんのり顔を赤くしてコクリとうなずいてくれる。


(や、やったぁ! ユーカの手作り、またもらえる約束ができたよっ)


 すでに、リドル達へと憤っていたことなど、思考の遥か彼方だ。


「そうだっ。僕、今日も贈り物を持ってきたんだよ」


 贈り物の話から、今日持ってきたものを思い出して、僕はテーブルに放り出していたそれを手に取る。青い箱に紺色のリボンがついたそれを渡せば、ユーカは戸惑った様子を見せながら受け取ってくれる。


「開けてみて?」


 ユーカの喜ぶ顔が見たくて、囁くように告げると、ユーカはコクリとうなずいて丁寧に包装を解いていく。


「(――――――っ)」

「『か、可愛いっ』だそうですよ」


 そこに入っていたのは、真っ白でふっわふわなウサギのぬいぐるみ。箱から取り出したそれを持ち上げたユーカは、ふいに、ぬいぐるみをギュッと抱き締める。


(っ、ぬいぐるみに嫉妬する日が来るなんてっ)


 目的の笑顔は見られたものの、その行動に若干ショックを受けた僕は、一瞬呆然とする。


「(――――っ)」

「『ありがとうございますっ』だそうですよ。良かったですね」

「う、うん。それじゃあ、また午後に会おうね」


 そう約束しながらも、僕は決意する。


(猫姿で、ユーカに甘えようっ)


 このままでは、ぬいぐるみが羨まし過ぎると判断して、そんな決断をするのだった。
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