52 / 173
第三章 歩み寄り
第五十話 謝罪のために(ハミルトン視点)
しおりを挟む
ユーカには、随分と酷なことをしてしまった。その自覚があるからこそ、僕は、謝罪のための準備をしっかり行うことにする。
「まずは、お菓子、だね」
先日、ジークフリートが声の件を謝罪したことは、僕に勇気を与えるきっかけとなった。僕自身、少しずつユーカが今までの片翼達と違うことを認識していたし、鎖は解かなければならないと思っていたものの、そのきっかけが掴めないままだったため、渡りに船だった。
(でも、僕も受け入れてもらえるかは、分からないんだよな……)
むしろ、受け入れてもらえないと考える方が自然だ。いくら理由があったとしても、鎖で繋ぐなどという行為が許されるわけがない。
「……怖い、な……」
拒絶は怖い。それは、魔王と定められた時の恐怖などよりも、よほど堪えた。
しかし、謝罪すると決めたからには、動かなければならない。決めたことを先伸ばしにするのは、魔王としても、男としてもいただけない。震えそうになる膝を叱咤して、僕は馬車に乗り込み、城下町へと向かった。
ヴァイラン魔国の城下町は、白亜の町で、甘い香りが至るところから立ち込めていた。ヴァイラン魔国で最も有名な名産品は、お菓子だ。繊細な造りのお菓子を多く売り出すそこでは、綺麗な砂糖菓子や飴細工、可愛い焼き菓子など、様々なお菓子がある。
「ユーカは、どんなお菓子が好きかな?」
リドルに聞く限り、ユーカはお菓子が好きらしい。どれが好きなのかまではよく分からないものの、お茶会を毎回楽しみにしていたようだった。
「警備ももう大丈夫だろうし、お茶会も再開させてあげたいな」
愚妹であるアマーリエの襲来によって中止され続けてきたお茶会を、そろそろ再開しても良いだろうと考え、思考が逸れてしまっていたことに気づく。
「まずは、選ばなきゃね」
そうして、ユーカが今まで美味しそうに食べたというお菓子を思い浮かべながら、慎重に店を見て回る。大体の有名店は全て頭に入っているため、後は何を買うか決めるだけだ。
いくつかの店に顔を出して、店頭に並んでいるお菓子を見ていく。貴族を招き入れるような有名店は、ほぼ確実に、庶民と貴族で店を分けて売っているため、長蛇の列に並ぶようなこともなく、次々と見ることができる。
「これ、可愛いな。ユーカみたい」
と、五軒目の店で見つけたのは、ウサギが描かれたアイシングクッキー。そこは、クッキー専門店で、内装も可愛らしく、いかにも女性向けの店だった。
よくよく見てみれば、それは小動物をそれぞれに描いたクッキーの盛り合わせで、猫の絵も描かれている。
「うん、これにしよう」
決して、このお菓子にした決定打は、描かれていた猫が、自分の変化した姿に似ていたからではない。ただ、ユーカなら可愛いと喜んでくれそうだと思ったからだ。
そうして、一つのプレゼントを決めた僕は、もう一つを受け取りに行く。こちらは、謝罪に行くことを決めた時点で手配しておいたのだ。
馬車に再び乗り込んで向かった先は、美しい花々を店頭に並べた花屋。普段なら、店の者が城に来るものだが、直前までユーカに気づかれたくない僕は、直接店に取りに来ていた。
「お待ちしておりました。どうぞ、中へ」
ガチガチに緊張した様子の売り子の女性に案内されて、僕は手早く花束を受け取る。受け取った花は、ユーカが気に入っていたクリスタルフラワーの花束だ。全ての属性を揃えたクリスタルフラワーの花言葉は、『全ての愛を君に贈る』だ。普段、魔族が片翼に告白する時に使う定番の花だった。
全ての準備を終えた僕は、馬車に揺られてマリノア城へと戻る。今頃、ユーカはジークフリートと魔力コントロールの練習をしていることだろう。今回は、この準備のために、ジークフリートに訓練を一人で見てもらうようにしていたのだ。
「ふぅ……そろそろ、だよね」
時間からすると、そろそろユーカの魔力が少なくなって、解散になる頃だ。その後は、覚悟を決めて謝罪しなければならない。
「きつい、なぁ」
こんなにきついことを、ジークフリートはこなしてみせたのかと思うと、もう尊敬しかできない。僕は、今まさに挫けそうだ。
「嫌われたく、ないよ」
もう、鎖で繋いだ時点で嫌われていたのかもしれないが、その時はまだ、最初から嫌われていると思い込んでいたからこそ、ここまで追い詰められることはなかった。今は、嫌われていないかもしれないという、わずかな可能性がある。それを思えば、僕の行動一つで嫌われるかもしれないという事実が、とっても恐ろしかった。
「ハミルトン様。ユーカお嬢様はお部屋に戻られましたよ」
心以外の準備は万端。心だけはどうしようもなかったものの、僕はそんなメアリーの報告に、無理矢理覚悟を決めて立ち上がる。
「分かった。それじゃあ、行ってくるね」
「……ご武運を」
そうして、僕は戦場に向かうような心持ちで、フラフラとユーカの元へ向かうのだった。
「まずは、お菓子、だね」
先日、ジークフリートが声の件を謝罪したことは、僕に勇気を与えるきっかけとなった。僕自身、少しずつユーカが今までの片翼達と違うことを認識していたし、鎖は解かなければならないと思っていたものの、そのきっかけが掴めないままだったため、渡りに船だった。
(でも、僕も受け入れてもらえるかは、分からないんだよな……)
むしろ、受け入れてもらえないと考える方が自然だ。いくら理由があったとしても、鎖で繋ぐなどという行為が許されるわけがない。
「……怖い、な……」
拒絶は怖い。それは、魔王と定められた時の恐怖などよりも、よほど堪えた。
しかし、謝罪すると決めたからには、動かなければならない。決めたことを先伸ばしにするのは、魔王としても、男としてもいただけない。震えそうになる膝を叱咤して、僕は馬車に乗り込み、城下町へと向かった。
ヴァイラン魔国の城下町は、白亜の町で、甘い香りが至るところから立ち込めていた。ヴァイラン魔国で最も有名な名産品は、お菓子だ。繊細な造りのお菓子を多く売り出すそこでは、綺麗な砂糖菓子や飴細工、可愛い焼き菓子など、様々なお菓子がある。
「ユーカは、どんなお菓子が好きかな?」
リドルに聞く限り、ユーカはお菓子が好きらしい。どれが好きなのかまではよく分からないものの、お茶会を毎回楽しみにしていたようだった。
「警備ももう大丈夫だろうし、お茶会も再開させてあげたいな」
愚妹であるアマーリエの襲来によって中止され続けてきたお茶会を、そろそろ再開しても良いだろうと考え、思考が逸れてしまっていたことに気づく。
「まずは、選ばなきゃね」
そうして、ユーカが今まで美味しそうに食べたというお菓子を思い浮かべながら、慎重に店を見て回る。大体の有名店は全て頭に入っているため、後は何を買うか決めるだけだ。
いくつかの店に顔を出して、店頭に並んでいるお菓子を見ていく。貴族を招き入れるような有名店は、ほぼ確実に、庶民と貴族で店を分けて売っているため、長蛇の列に並ぶようなこともなく、次々と見ることができる。
「これ、可愛いな。ユーカみたい」
と、五軒目の店で見つけたのは、ウサギが描かれたアイシングクッキー。そこは、クッキー専門店で、内装も可愛らしく、いかにも女性向けの店だった。
よくよく見てみれば、それは小動物をそれぞれに描いたクッキーの盛り合わせで、猫の絵も描かれている。
「うん、これにしよう」
決して、このお菓子にした決定打は、描かれていた猫が、自分の変化した姿に似ていたからではない。ただ、ユーカなら可愛いと喜んでくれそうだと思ったからだ。
そうして、一つのプレゼントを決めた僕は、もう一つを受け取りに行く。こちらは、謝罪に行くことを決めた時点で手配しておいたのだ。
馬車に再び乗り込んで向かった先は、美しい花々を店頭に並べた花屋。普段なら、店の者が城に来るものだが、直前までユーカに気づかれたくない僕は、直接店に取りに来ていた。
「お待ちしておりました。どうぞ、中へ」
ガチガチに緊張した様子の売り子の女性に案内されて、僕は手早く花束を受け取る。受け取った花は、ユーカが気に入っていたクリスタルフラワーの花束だ。全ての属性を揃えたクリスタルフラワーの花言葉は、『全ての愛を君に贈る』だ。普段、魔族が片翼に告白する時に使う定番の花だった。
全ての準備を終えた僕は、馬車に揺られてマリノア城へと戻る。今頃、ユーカはジークフリートと魔力コントロールの練習をしていることだろう。今回は、この準備のために、ジークフリートに訓練を一人で見てもらうようにしていたのだ。
「ふぅ……そろそろ、だよね」
時間からすると、そろそろユーカの魔力が少なくなって、解散になる頃だ。その後は、覚悟を決めて謝罪しなければならない。
「きつい、なぁ」
こんなにきついことを、ジークフリートはこなしてみせたのかと思うと、もう尊敬しかできない。僕は、今まさに挫けそうだ。
「嫌われたく、ないよ」
もう、鎖で繋いだ時点で嫌われていたのかもしれないが、その時はまだ、最初から嫌われていると思い込んでいたからこそ、ここまで追い詰められることはなかった。今は、嫌われていないかもしれないという、わずかな可能性がある。それを思えば、僕の行動一つで嫌われるかもしれないという事実が、とっても恐ろしかった。
「ハミルトン様。ユーカお嬢様はお部屋に戻られましたよ」
心以外の準備は万端。心だけはどうしようもなかったものの、僕はそんなメアリーの報告に、無理矢理覚悟を決めて立ち上がる。
「分かった。それじゃあ、行ってくるね」
「……ご武運を」
そうして、僕は戦場に向かうような心持ちで、フラフラとユーカの元へ向かうのだった。
70
お気に入り登録や感想を、ありがとうございます。これを励みに楽しく更新していきますね。
お気に入りに追加
8,219
あなたにおすすめの小説

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜
京
恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。
右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。
そんな乙女ゲームのようなお話。


おばさんは、ひっそり暮らしたい
波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23

転生先は男女比50:1の世界!?
4036(シクミロ)
恋愛
男女比50:1の世界に転生した少女。
「まさか、男女比がおかしな世界とは・・・」
デブで自己中心的な女性が多い世界で、ひとり異質な少女は・・
どうなる!?学園生活!!

私、確かおばさんだったはずなんですが
花野はる
恋愛
不憫系男子をこよなく愛するヒロインの恋愛ストーリーです。
私は確か、日本人のおばさんだったはずなんですが、気がついたら西洋風異世界の貴族令嬢になっていました。
せっかく美しく若返ったのだから、人生勝ち組で楽しんでしまいましょう。
そう思っていたのですが、自分らしき令嬢の日記を見ると、クラスメイトの男の子をいじめていた事が分かって……。
正義感強いおばさんなめんな!
その男の子に謝って、きっとお友達になってみせましょう!
画像はフリー素材のとくだ屋さんからお借りしました。

異世界に行った、そのあとで。
神宮寺 あおい
恋愛
新海なつめ三十五歳。
ある日見ず知らずの女子高校生の異世界転移に巻き込まれ、気づけばトルス国へ。
当然彼らが求めているのは聖女である女子高校生だけ。
おまけのような状態で現れたなつめに対しての扱いは散々な中、宰相の協力によって職と居場所を手に入れる。
いたって普通に過ごしていたら、いつのまにか聖女である女子高校生だけでなく王太子や高位貴族の子息たちがこぞって悩み相談をしにくるように。
『私はカウンセラーでも保健室の先生でもありません!』
そう思いつつも生来のお人好しの性格からみんなの悩みごとの相談にのっているうちに、いつの間にか年下の美丈夫に好かれるようになる。
そして、気づけば異世界で求婚されるという本人大混乱の事態に!
目が覚めたら異世界でした!~病弱だけど、心優しい人達に出会えました。なので現代の知識で恩返ししながら元気に頑張って生きていきます!〜
楠ノ木雫
恋愛
病院に入院中だった私、奥村菖は知らず知らずに異世界へ続く穴に落っこちていたらしく、目が覚めたら知らない屋敷のベッドにいた。倒れていた菖を保護してくれたのはこの国の公爵家。彼女達からは、地球には帰れないと言われてしまった。
病気を患っている私はこのままでは死んでしまうのではないだろうかと悟ってしまったその時、いきなり目の前に〝妖精〟が現れた。その妖精達が持っていたものは幻の薬草と呼ばれるもので、自分の病気が治る事が発覚。治療を始めてどんどん元気になった。
元気になり、この国の公爵家にも歓迎されて。だから、恩返しの為に現代の知識をフル活用して頑張って元気に生きたいと思います!
でも、あれ? この世界には私の知る食材はないはずなのに、どうして食事にこの四角くて白い〝コレ〟が出てきたの……!?
※他の投稿サイトにも掲載しています。

転生した世界のイケメンが怖い
祐月
恋愛
わたしの通う学院では、近頃毎日のように喜劇が繰り広げられている。
第二皇子殿下を含む学院で人気の美形子息達がこぞって一人の子爵令嬢に愛を囁き、殿下の婚約者の公爵令嬢が諌めては返り討ちにあうという、わたしにはどこかで見覚えのある光景だ。
わたし以外の皆が口を揃えて言う。彼らはものすごい美形だと。
でもわたしは彼らが怖い。
わたしの目には彼らは同じ人間には見えない。
彼らはどこからどう見ても、女児向けアニメキャラクターショーの着ぐるみだった。
2024/10/06 IF追加
小説を読もう!にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる