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第二章 訪問者
第四十話 魔力
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(私、何があったんだっけ?)
すぅっと意識が浮上して、いつもの部屋で目覚めた私は、自分が翡翠色の猫を抱いて眠っている現状に首をかしげる。どんなに考えても、眠った記憶がない。
(あっ、そっか。私、気絶したんだっ)
記憶をしばらく遡った結果、アマーリエさんとの出会いを思い出す。
(……でも、気絶した理由が分からないなぁ)
確かに緊張はしていた。けれど、気絶するほどかと聞かれたら、首をかしげざるを得ない。
(あれからどのくらい経ったんだろう?)
昼間だったはずの外は、今やすっかり暗くなっていた。体感としてはまだ一日は経っていないとは思うものの、ベルを鳴らしても良いような時間かも分からない。と、そうして悩んでいると、腕の中の翡翠色の猫が『ニャア』と鳴く。
「(よしよし)」
抱き締める度に、なぜかビクッと体を震わせる猫の背を優しく撫でて、もしかしたら心配をかけているかもしれないという予測に行き当たる。
(よし、鳴らそう)
そう思って、起き上がり、ベルへと手を伸ばした瞬間だった。
コンコンコン。
「(ひゃっ!?)」
誰かのノック音に、私は猫を抱き締めたまま飛び上がる。
「失礼します。ユーカお嬢様」
入ってきたのは、メアリーと、その後ろにリド姉さんという組み合わせで、私が起き上がっている様子を見るなり駆け寄ってくる。
「お目覚めになったのですねっ。どこか痛いところはございませんか? それと、何かほしいものがございましたら、遠慮なくお申し付けください」
蒼い瞳で心配そうに告げたメアリーの後ろでは、やはり真っ赤な瞳を揺らして心配そうにするリド姉さんが居た。
「ユーカちゃん、アマーリエを止められなくてごめんなさいね。一応、ハミルがユーカちゃんを受け止めたから怪我はないと思ってはいるけれど、何かあれば今すぐ言いなさい」
「(大丈夫。心配かけて、ごめんなさい)」
本当に心配してもらえていたことに、何だか心が温かくなるのを感じながら、私はペコリと頭を下げる。
「ユーカちゃんが謝ることはないわ。今回悪かったのは、アマーリエの侵入を許したジークと、事情の説明を怠ったハミル、後、近くに居たのに何もできなかったワタシ達なんだから。本当に、ごめんなさい」
「ニャア……」
軽く謝罪すれば、思った以上にリド姉さん達が思い詰めている様子に私は驚く。詳しい事情は分からないものの、私自身、アマーリエさんから暴行を受けたわけでも何でもないため、そこまで深く謝罪されるのは居心地が悪い。
「(本当に、気にしなくて良いから)」
メアリーに通訳してもらいながら反応を待っていると、もう一度だけリド姉さんは謝罪して話題を変えてくる。
「ユーカちゃんが気絶した原因なんだけれど……ユーカちゃん、魔力を使ったのは初めてだったのかしら?」
「(魔力?)」
(魔力……魔法? もしかして、私、魔法を使ったの?)
言われてみれば、あの時、体の中で何かが溢れ出す感覚があった。そして、それが解き放たれた直後、アマーリエさんが風に連れ去られたのだ。
「その様子じゃ、初めてだったみたいね。そうね……落ち着いて聞いてほしいのだけれど、ユーカちゃんは魔力を持っているわ。しかも、ジークやハミルに匹敵するほどの魔力を」
「(???)」
そもそも魔力がどういったものなのか、詳しく知らない私は、その言葉が何を意味するのか分からず続きを待つ。
「つまり、コントロールを一歩間違えば、一つの国くらい簡単に消失させられるだけの力があるってことよ」
理解できていないことが通じたらしく、分かりやすく説明してくれたリド姉さん。けれど、それは私を青ざめさせるのに十分過ぎる説明だった。
「早急に、魔力のコントロールについて学ぶ必要があるわ。それも、同等の力を持ったジークかハミルに指導してもらわなきゃならないわ」
「ご主人様や、ハミルトン様にご指導していただく理由は、万が一、ユーカお嬢様が魔力を暴走させた場合、それを抑えられる人物が近くに居た方が安全だからなのですが……お二人に会うのが無理でしたら、こちらでも何か方法を考えさせていただきます」
リド姉さんとメアリーの説明に、私はジワジワと自分が持つという魔力が怖くなってくる。自分が、意図せずに誰かを傷つけてしまうかもしれない恐怖に、呑まれそうになる。
目の前が段々と暗くなり、体の中で何かが渦巻くような感覚に襲われ出したその時だった。
「ニャア」
腕の中の猫が一つ鳴き声を上げると、体の中で荒ぶっていた何かはすぅっと収束していく。
「ごめんなさいっ。突然こんなことを話してしまって……負担になっちゃうわよね」
「大丈夫ですよ。ユーカお嬢様。魔力はちゃんとコントロールの練習をすれば、制御できるものですからねっ」
いつの間にかうつむいていた顔を上げると、どこか慌てた様子のリド姉さんとメアリーが私を安心させようと言葉を尽くしてくれる。
「(分かった。二人に会ってみる)」
二人の慌てる理由は分からないものの、とりあえず意思だけは告げておく。ジークフリートさんとハミルトン様はちょっと怖いけれど、気絶する前、心配して駆け付けてくれたのは嘘ではなかったはずだ。あの表情に何か理由があるのだとすれば、それはしっかり聞いておきたい。
私の意思を聞いて、息を呑んだ二人は、しばらくしてようやく動き出す。
「分かったわ。もし、無理があればすぐにでも引き離せるように、ワタシが待機しておくわ」
「わたくし達も、必ず誰か一人はお側に居るように致しますね」
何だか、たった二人に会うだけなのに随分と大袈裟な反応だ。
「一度に二人は厳しいわね。まずは、二人のうちのどちらかと会う方が良いかしら?」
「猫の準備もした方が良いかもしれませんね。きっと、ユーカお嬢様の精神安定に役立ってくれるでしょう」
「ニャア」
何となく返事をしているように見える猫を撫でながら二人を眺めていると、何やら決まったらしく、一斉に私の方を向く。
「(え、えっと……?)」
「それでは、ユーカお嬢様。明日、ご主人様とお会いすることになりますが、それでよろしいでしょうか?」
「(うん、分かった)」
決定したのであれば、それで良い。とりあえず私は、怯えずにすむように、最初に顔のことを指摘してしまおうと考えてうなずく。
「それでは、わたくし達はこれで失礼しますね。もうすぐ、ララとリリが食事を持って参りますので、もうしばらくお待ちください」
「(あっ、うん。ありがとう)」
ちょうど夕食くらいの時間だったのかなと思いつつ、退出した二人を見送って、ゆったりとした時間を過ごすのだった。
すぅっと意識が浮上して、いつもの部屋で目覚めた私は、自分が翡翠色の猫を抱いて眠っている現状に首をかしげる。どんなに考えても、眠った記憶がない。
(あっ、そっか。私、気絶したんだっ)
記憶をしばらく遡った結果、アマーリエさんとの出会いを思い出す。
(……でも、気絶した理由が分からないなぁ)
確かに緊張はしていた。けれど、気絶するほどかと聞かれたら、首をかしげざるを得ない。
(あれからどのくらい経ったんだろう?)
昼間だったはずの外は、今やすっかり暗くなっていた。体感としてはまだ一日は経っていないとは思うものの、ベルを鳴らしても良いような時間かも分からない。と、そうして悩んでいると、腕の中の翡翠色の猫が『ニャア』と鳴く。
「(よしよし)」
抱き締める度に、なぜかビクッと体を震わせる猫の背を優しく撫でて、もしかしたら心配をかけているかもしれないという予測に行き当たる。
(よし、鳴らそう)
そう思って、起き上がり、ベルへと手を伸ばした瞬間だった。
コンコンコン。
「(ひゃっ!?)」
誰かのノック音に、私は猫を抱き締めたまま飛び上がる。
「失礼します。ユーカお嬢様」
入ってきたのは、メアリーと、その後ろにリド姉さんという組み合わせで、私が起き上がっている様子を見るなり駆け寄ってくる。
「お目覚めになったのですねっ。どこか痛いところはございませんか? それと、何かほしいものがございましたら、遠慮なくお申し付けください」
蒼い瞳で心配そうに告げたメアリーの後ろでは、やはり真っ赤な瞳を揺らして心配そうにするリド姉さんが居た。
「ユーカちゃん、アマーリエを止められなくてごめんなさいね。一応、ハミルがユーカちゃんを受け止めたから怪我はないと思ってはいるけれど、何かあれば今すぐ言いなさい」
「(大丈夫。心配かけて、ごめんなさい)」
本当に心配してもらえていたことに、何だか心が温かくなるのを感じながら、私はペコリと頭を下げる。
「ユーカちゃんが謝ることはないわ。今回悪かったのは、アマーリエの侵入を許したジークと、事情の説明を怠ったハミル、後、近くに居たのに何もできなかったワタシ達なんだから。本当に、ごめんなさい」
「ニャア……」
軽く謝罪すれば、思った以上にリド姉さん達が思い詰めている様子に私は驚く。詳しい事情は分からないものの、私自身、アマーリエさんから暴行を受けたわけでも何でもないため、そこまで深く謝罪されるのは居心地が悪い。
「(本当に、気にしなくて良いから)」
メアリーに通訳してもらいながら反応を待っていると、もう一度だけリド姉さんは謝罪して話題を変えてくる。
「ユーカちゃんが気絶した原因なんだけれど……ユーカちゃん、魔力を使ったのは初めてだったのかしら?」
「(魔力?)」
(魔力……魔法? もしかして、私、魔法を使ったの?)
言われてみれば、あの時、体の中で何かが溢れ出す感覚があった。そして、それが解き放たれた直後、アマーリエさんが風に連れ去られたのだ。
「その様子じゃ、初めてだったみたいね。そうね……落ち着いて聞いてほしいのだけれど、ユーカちゃんは魔力を持っているわ。しかも、ジークやハミルに匹敵するほどの魔力を」
「(???)」
そもそも魔力がどういったものなのか、詳しく知らない私は、その言葉が何を意味するのか分からず続きを待つ。
「つまり、コントロールを一歩間違えば、一つの国くらい簡単に消失させられるだけの力があるってことよ」
理解できていないことが通じたらしく、分かりやすく説明してくれたリド姉さん。けれど、それは私を青ざめさせるのに十分過ぎる説明だった。
「早急に、魔力のコントロールについて学ぶ必要があるわ。それも、同等の力を持ったジークかハミルに指導してもらわなきゃならないわ」
「ご主人様や、ハミルトン様にご指導していただく理由は、万が一、ユーカお嬢様が魔力を暴走させた場合、それを抑えられる人物が近くに居た方が安全だからなのですが……お二人に会うのが無理でしたら、こちらでも何か方法を考えさせていただきます」
リド姉さんとメアリーの説明に、私はジワジワと自分が持つという魔力が怖くなってくる。自分が、意図せずに誰かを傷つけてしまうかもしれない恐怖に、呑まれそうになる。
目の前が段々と暗くなり、体の中で何かが渦巻くような感覚に襲われ出したその時だった。
「ニャア」
腕の中の猫が一つ鳴き声を上げると、体の中で荒ぶっていた何かはすぅっと収束していく。
「ごめんなさいっ。突然こんなことを話してしまって……負担になっちゃうわよね」
「大丈夫ですよ。ユーカお嬢様。魔力はちゃんとコントロールの練習をすれば、制御できるものですからねっ」
いつの間にかうつむいていた顔を上げると、どこか慌てた様子のリド姉さんとメアリーが私を安心させようと言葉を尽くしてくれる。
「(分かった。二人に会ってみる)」
二人の慌てる理由は分からないものの、とりあえず意思だけは告げておく。ジークフリートさんとハミルトン様はちょっと怖いけれど、気絶する前、心配して駆け付けてくれたのは嘘ではなかったはずだ。あの表情に何か理由があるのだとすれば、それはしっかり聞いておきたい。
私の意思を聞いて、息を呑んだ二人は、しばらくしてようやく動き出す。
「分かったわ。もし、無理があればすぐにでも引き離せるように、ワタシが待機しておくわ」
「わたくし達も、必ず誰か一人はお側に居るように致しますね」
何だか、たった二人に会うだけなのに随分と大袈裟な反応だ。
「一度に二人は厳しいわね。まずは、二人のうちのどちらかと会う方が良いかしら?」
「猫の準備もした方が良いかもしれませんね。きっと、ユーカお嬢様の精神安定に役立ってくれるでしょう」
「ニャア」
何となく返事をしているように見える猫を撫でながら二人を眺めていると、何やら決まったらしく、一斉に私の方を向く。
「(え、えっと……?)」
「それでは、ユーカお嬢様。明日、ご主人様とお会いすることになりますが、それでよろしいでしょうか?」
「(うん、分かった)」
決定したのであれば、それで良い。とりあえず私は、怯えずにすむように、最初に顔のことを指摘してしまおうと考えてうなずく。
「それでは、わたくし達はこれで失礼しますね。もうすぐ、ララとリリが食事を持って参りますので、もうしばらくお待ちください」
「(あっ、うん。ありがとう)」
ちょうど夕食くらいの時間だったのかなと思いつつ、退出した二人を見送って、ゆったりとした時間を過ごすのだった。
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