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第二章 訪問者
第二十七話 手紙(リドル視点)
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『我が親友、リドル・テイカーへ。
久方ぶりだというのにこんな内容で申し訳ないが、もし、よければ、少し手を貸してもらえないだろうか?
それというのも、俺とハミルとの間に両翼の少女が見つかったんだ。ただ、知っての通り、俺達の片翼の条件は随分とえげつないものだ。国のためにも、それと、いい加減、俺自身が片翼を手に入れるためにも、どうにかして振り向いてもらいたいのだが、何か良い方法はないだろうか?
現状としては、ハミルとともに猫の姿で接しているものの、本来の姿では怯えられてしまうという状態だ。保護してまだ二週間も経っていない。しかし、俺達だけでどうにかなるとは思えない。だから、どうか手を貸してくれ。
ジークフリート・ヴァイランより』
そんな手紙をもらったワタシは、大急ぎでマリノア城へと向かった。あの、片翼に拒絶され過ぎてひねくれた結果、盛大にヘタレた馬鹿どもの間に両翼だなんて、もう嫌な予感しかしない。
「でも、こうしてあいつらの片翼に会うのは何百年ぶりかしら」
真っ赤なドレスを身に纏い、馬車に乗り込んだワタシは、御者がスレイプニル(八本足の馬型幻獣)に指示を出す様子を見ながら考える。初めてあの二人の片翼に会った時は、それぞれ別の時期ではあったものの、随分と酷かった。ジークの方では、鬼のような形相をした少女が掴みかかってきたし、ハミルの方では、可哀想なくらいに怯えきって、ベッドの中から出てきてくれなかった。話を聞けば、今までの片翼は全て似たり寄ったりだったらしく、あまりにも救いのない様子に絶句したことを覚えている。
その時の二人は、やはり片翼と仲良くなりたいがために必死だったし、片翼との仲立ちのためにワタシは呼ばれていた。けれど、結果は散々。ジークの方の片翼は、酷い罵声を浴びせるばかりで、けっしてジークという個人を見ようとはしなかったし、ハミルの方の片翼は、少しでも目を離すと自殺しようとして、仲を取り持つどころじゃなかった。
そんな二人の間に出てきた両翼。これはもう、ヴァイラン魔国とリアン魔国の破滅を覚悟すべきかもしれない。
暗い未来の予想図に鬱々としながらも、ワタシはマリノア城の門へと辿り着く。門番は顔馴染みの奴だったため、互いに懐かしみながら門を潜る。
(随分、静かね)
しかし、門を潜り、玄関ホールに入った瞬間、ワタシは、違和感を覚えて立ち尽くす。元々、そんなに騒がしい場所ではないものの、何だか静か過ぎる気がした。
連絡がいっていたのか、玄関ホールへと、やはり顔馴染みのダンディーな執事がやってきて、ワタシは直球に尋ねることにする。
「ねぇ、随分と静かだけれど、何かあったのかしら?」
「……あぁ、いえ、これは今や普段の状態なのですよ」
少し考えて答えた様子の執事に、ワタシはつい、知らない間に何か大きな事件でもあったのかと心配になる。ただ、ここ数百年、目立った事件はなかったように思うのだけれど……。
「片翼を得られないご主人様は、それはそれは気が立っていらっしゃいまして……それに耐えきれない者達が随分と辞めていったのですよ」
「何よ、それ」
あまりにも馬鹿げた理由。けれど、魔族である以上、魔王の威圧が堪えることくらいよく分かってしまうため、同時にあり得ることなのだと納得してしまう。
「リドル様をこちらにお呼びできなかったのも、それが原因の一つです」
「なっ」
確かに、三百年くらいの間、ワタシはここに呼ばれなかった。たまにパーティーなんかで会うことはあれど、それ以上の付き合いがなくなって久しい。昔は、片翼を得るために必死にワタシに相談してきていたというのに、それもすっかりなくなっていたのだ。
(久しぶりに頼られて、何も考えずに出てきたけど、あの馬鹿どもっ、ワタシが魔族として弱いから気を遣ったわねっ!?)
ワタシは、魔族としては弱小の部類に入る。そのため、角は小さ過ぎて見えないし、魔力も弱い。ただ、それでも親友であるジーク、ハミル、リクの三人のためなら多少の威圧程度、耐えられる自信はあった。
(まぁ、リクはワタシを頼るようなことは滅多にないけど……あぁぁあっ、もうっ、ムシャクシャするわねっ)
公爵家の三男坊として生まれたワタシは、かなり自由に動ける。ジークやハミルができないことでも、ワタシならできることがある。
(きっと、ハミルも同じ理由でワタシを遠ざけたのねっ。てっきり、ワタシが何かしちゃったのかと思って落ち込んでたのに……後でみっちり説教ね)
応接室に通されて、据わった目をするワタシに、執事が苦笑をもらしながら紅茶を用意する。
「どうか、ご主人様をよろしくお願いします」
「えぇ、もちろんよっ」
(三時間は説教してやるわっ)
しっかりがっつり決意を固めていると、懐かしい親友である、ジークとハミルが入室してきた。
「その、まずは、応じてくれて、ありがとう。リド」
「あら、久しぶりね、ジーク。三百年も音沙汰がなくて、随分心配したのよ?」
「それは、その……」
「あらぁ、ハミルも居るわね? ひ・さ・し・ぶ・りっ」
「あ、あぁ、うん……久しぶり、だね」
ぎこちない様子の二人に、ワタシは容赦なく怒りを前面に押し出す。親友だというのに、一人除け者にされた恨みは深いのだ。
「それでぇ? ワタシに今さら何の用かしら?」
ワタシの怒りをヒシヒシと感じている二人は、すぐさま頭を下げる。
「勝手に遠ざけてすまなかった!」
「僕もごめんっ! リドにこれ以上負担をかけたくなかったんだっ」
端からみれば、魔王二人が公爵家の三男坊に頭を下げる姿は、異様なものだった。けれど、これは、今限定で、幼馴染みが幼馴染みに頭を下げている光景なのだ。不敬罪は適用されない。そうして、ワタシは未だに燻る不甲斐なさや悲しみ、怒りを押し殺して大きく息を吐く。
「そのことは、後でみっちり説教してあげるわ。でも、今はそのことじゃないんでしょう?」
そう問えば、ジークもハミルもピクリと肩を震わせる。
「手紙じゃあ、詳しく分からなかったから、今から説明してくれるんでしょう? 頭を上げて、紅茶を飲みながらゆっくりお話しましょう?」
穏やかな表情を作ってそう言えば、ようやく二人は席に着く。
(さぁて、どんな話が聞けるのかしら?)
久しぶりに頼ってきてくれた親友達のために、ワタシは気合いを入れるのだった。
久方ぶりだというのにこんな内容で申し訳ないが、もし、よければ、少し手を貸してもらえないだろうか?
それというのも、俺とハミルとの間に両翼の少女が見つかったんだ。ただ、知っての通り、俺達の片翼の条件は随分とえげつないものだ。国のためにも、それと、いい加減、俺自身が片翼を手に入れるためにも、どうにかして振り向いてもらいたいのだが、何か良い方法はないだろうか?
現状としては、ハミルとともに猫の姿で接しているものの、本来の姿では怯えられてしまうという状態だ。保護してまだ二週間も経っていない。しかし、俺達だけでどうにかなるとは思えない。だから、どうか手を貸してくれ。
ジークフリート・ヴァイランより』
そんな手紙をもらったワタシは、大急ぎでマリノア城へと向かった。あの、片翼に拒絶され過ぎてひねくれた結果、盛大にヘタレた馬鹿どもの間に両翼だなんて、もう嫌な予感しかしない。
「でも、こうしてあいつらの片翼に会うのは何百年ぶりかしら」
真っ赤なドレスを身に纏い、馬車に乗り込んだワタシは、御者がスレイプニル(八本足の馬型幻獣)に指示を出す様子を見ながら考える。初めてあの二人の片翼に会った時は、それぞれ別の時期ではあったものの、随分と酷かった。ジークの方では、鬼のような形相をした少女が掴みかかってきたし、ハミルの方では、可哀想なくらいに怯えきって、ベッドの中から出てきてくれなかった。話を聞けば、今までの片翼は全て似たり寄ったりだったらしく、あまりにも救いのない様子に絶句したことを覚えている。
その時の二人は、やはり片翼と仲良くなりたいがために必死だったし、片翼との仲立ちのためにワタシは呼ばれていた。けれど、結果は散々。ジークの方の片翼は、酷い罵声を浴びせるばかりで、けっしてジークという個人を見ようとはしなかったし、ハミルの方の片翼は、少しでも目を離すと自殺しようとして、仲を取り持つどころじゃなかった。
そんな二人の間に出てきた両翼。これはもう、ヴァイラン魔国とリアン魔国の破滅を覚悟すべきかもしれない。
暗い未来の予想図に鬱々としながらも、ワタシはマリノア城の門へと辿り着く。門番は顔馴染みの奴だったため、互いに懐かしみながら門を潜る。
(随分、静かね)
しかし、門を潜り、玄関ホールに入った瞬間、ワタシは、違和感を覚えて立ち尽くす。元々、そんなに騒がしい場所ではないものの、何だか静か過ぎる気がした。
連絡がいっていたのか、玄関ホールへと、やはり顔馴染みのダンディーな執事がやってきて、ワタシは直球に尋ねることにする。
「ねぇ、随分と静かだけれど、何かあったのかしら?」
「……あぁ、いえ、これは今や普段の状態なのですよ」
少し考えて答えた様子の執事に、ワタシはつい、知らない間に何か大きな事件でもあったのかと心配になる。ただ、ここ数百年、目立った事件はなかったように思うのだけれど……。
「片翼を得られないご主人様は、それはそれは気が立っていらっしゃいまして……それに耐えきれない者達が随分と辞めていったのですよ」
「何よ、それ」
あまりにも馬鹿げた理由。けれど、魔族である以上、魔王の威圧が堪えることくらいよく分かってしまうため、同時にあり得ることなのだと納得してしまう。
「リドル様をこちらにお呼びできなかったのも、それが原因の一つです」
「なっ」
確かに、三百年くらいの間、ワタシはここに呼ばれなかった。たまにパーティーなんかで会うことはあれど、それ以上の付き合いがなくなって久しい。昔は、片翼を得るために必死にワタシに相談してきていたというのに、それもすっかりなくなっていたのだ。
(久しぶりに頼られて、何も考えずに出てきたけど、あの馬鹿どもっ、ワタシが魔族として弱いから気を遣ったわねっ!?)
ワタシは、魔族としては弱小の部類に入る。そのため、角は小さ過ぎて見えないし、魔力も弱い。ただ、それでも親友であるジーク、ハミル、リクの三人のためなら多少の威圧程度、耐えられる自信はあった。
(まぁ、リクはワタシを頼るようなことは滅多にないけど……あぁぁあっ、もうっ、ムシャクシャするわねっ)
公爵家の三男坊として生まれたワタシは、かなり自由に動ける。ジークやハミルができないことでも、ワタシならできることがある。
(きっと、ハミルも同じ理由でワタシを遠ざけたのねっ。てっきり、ワタシが何かしちゃったのかと思って落ち込んでたのに……後でみっちり説教ね)
応接室に通されて、据わった目をするワタシに、執事が苦笑をもらしながら紅茶を用意する。
「どうか、ご主人様をよろしくお願いします」
「えぇ、もちろんよっ」
(三時間は説教してやるわっ)
しっかりがっつり決意を固めていると、懐かしい親友である、ジークとハミルが入室してきた。
「その、まずは、応じてくれて、ありがとう。リド」
「あら、久しぶりね、ジーク。三百年も音沙汰がなくて、随分心配したのよ?」
「それは、その……」
「あらぁ、ハミルも居るわね? ひ・さ・し・ぶ・りっ」
「あ、あぁ、うん……久しぶり、だね」
ぎこちない様子の二人に、ワタシは容赦なく怒りを前面に押し出す。親友だというのに、一人除け者にされた恨みは深いのだ。
「それでぇ? ワタシに今さら何の用かしら?」
ワタシの怒りをヒシヒシと感じている二人は、すぐさま頭を下げる。
「勝手に遠ざけてすまなかった!」
「僕もごめんっ! リドにこれ以上負担をかけたくなかったんだっ」
端からみれば、魔王二人が公爵家の三男坊に頭を下げる姿は、異様なものだった。けれど、これは、今限定で、幼馴染みが幼馴染みに頭を下げている光景なのだ。不敬罪は適用されない。そうして、ワタシは未だに燻る不甲斐なさや悲しみ、怒りを押し殺して大きく息を吐く。
「そのことは、後でみっちり説教してあげるわ。でも、今はそのことじゃないんでしょう?」
そう問えば、ジークもハミルもピクリと肩を震わせる。
「手紙じゃあ、詳しく分からなかったから、今から説明してくれるんでしょう? 頭を上げて、紅茶を飲みながらゆっくりお話しましょう?」
穏やかな表情を作ってそう言えば、ようやく二人は席に着く。
(さぁて、どんな話が聞けるのかしら?)
久しぶりに頼ってきてくれた親友達のために、ワタシは気合いを入れるのだった。
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