私、異世界で監禁されました!?

星宮歌

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第一章 出会い

第二十話 二度目の訪れ

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 いつもなら大喜びで食べる朝食。けれど、今日に限っては、食欲もなく、また、ぼんやりとしていたせいで何を食べたのかも覚えていなかった。


「ご主人様は、一時間程後に参られます」


 淡々と告げるララさん。今は、メアリーではなくララさんの給仕になっていて、とてもではないけれど何かを聞ける状態ではない。ララさんはなぜか、私を警戒しているらしいから、基本的に私から話しかけようとは思えない。


(後、一時間……)


 その間に、ジークフリート様に会っても取り乱さないように覚悟を決めなければならない。それは、現状を考えるととても難易度の高いことではあるけれど、取り乱して、気絶でもしようものなら、何をされるか分からない。意識を張り詰めて、しっかりしなければならないのだ。


(恩人、ではあるんだけれどなぁ)


 本来であれば、助けられたことへのお礼を言う立場だったはずが、この鎖によってどうにも素直にそう思えない。ハミルトン様の親友という立場のジークフリート様が、この鎖のことを知らないわけがない。何らかの事情でこの鎖を許容したとしか思えない。


(その何らかの事情が、『片翼』って言葉に集約されるんだよね)


 一時間という時間を平常心で過ごすために、そして、とにかく落ち着いて状況を判断するために、私は『片翼』という言葉の意味を考え始める。


(まず、『片翼』っていうのは、きっと大切なもの、何だよね)


 鎖で繋いで逃がさないようにするくらいだ。大切じゃないとは思えない。


(でも、良いものかって言われたら、ちょっと違う気がする)


 最初にジークフリート様に出会った時、ジークフリート様は確かに『片翼』に対して悪態を吐いていた。それに、『訪れ』だと言って会いに来たジークフリート様は、とんでもないしかめっ面だった。それだけでも、『片翼』が良いものであるとは言えないという論拠になりそうだ。


(ハミルトン様も、何だか冷たいというか、無理矢理冷静さを保っているような目で怖かったし)


 これらのことを総合的に判断すれば、『片翼』というものは、ジークフリート様とハミルトン様にとって良くないものであることは明らかだ。


(後は、どう良くないものなのかってことだよね?)


 これまでの経験から、『片翼』というものには『訪れ』が必要らしいということだけは分かっている。自分にとって良くない存在のはずの『片翼』に会わなければいけない。それは、きっと、会わなければ命を失うとか、何か重大なペナルティがあるからなのではないかと思えた。もしくは、会うことによって、何らかのメリットを引き出すことに繋がるとかだろうか。


(多分、きっと、殺されることは、今のところなさそう、だけど……)


 『片翼』が殺さなければならないものであったのならば、今頃とっくに私は死んでいる。ただ、殺し方にこだわらないといけないとか、そんな理由があったらお手上げだ。


(……大丈夫、きっと)


 助けなんて来ない。それが分かっているから、余計に判断を間違えた時が怖いのだと、私はとてもとても、よく知っていた。


(後は……この鎖、普通の鎖じゃない。途中から持ち上げられなくなってる)


 それは、たまたま気づいたことだった。鎖を引っ張って、どうにか外れてくれないだろうかと思い、根本からではなく、腕にあるものをそのまま持ち上げて引っ張ろうとしたところ、なぜか途中までしか持ち上がらなかったのだ。
 私が部屋の中を動き回るのには支障はないものの、そのために必要ない部分の鎖は地面にくっついているようだった。いや、本当にくっついて動かないわけではなく、私の動きに合わせて床を這うことはするものの、持ち上がることはないという状態だ。


(何なんだろう? ……自殺防止、とか?)


 よくよく考えてみれば、メアリー達は絶対にこの部屋に刃物を持ち込むことはない。お風呂も、入浴の手伝いとして一緒に居るものの、それは溺れないように監視しているのではないだろうか? 窓ガラスが割れないのも、もしかしたらガラスの破片で傷つかないようにするためかもしれない。と、なると、この鎖も、輪にして首を絞めることがないようにするためだったりするかもしれない。


(いや、さすがに考え過ぎ、だよね)


 『片翼』という存在が、死んでもらっては困る存在だと信じたいがために、無理矢理展開した考えだったと後悔し、私は首を振る。自殺防止なら、鞭を持ってくることはあり得ないだろう。


(いけない。願望を交えちゃうと、本当のことが見えなくなる)


 立ち止まって、何もかも見ないふり、聞かないふりをすることはできる。けれど、それじゃあ私は進めない。何も得られない。願いがあるなら、覚悟を決めて取りかからないといけない。


(生きなきゃ。私は、お婆ちゃんに助けてもらったんだから、生きなきゃっ)


 どんなにつらい環境でも、今まで生きてきたのは、祖母のためだ。祖母が守ってくれた命を、みすみす捨てるわけにはいかない。祖母が守ってくれた命を、価値あるものにしたい。その思いだけで、苦しみながら、泣きながらでも生き残ってきた。


(目標は、ここから出ること。それと、働いて、生活の糧を得て、生きること。後は、一番大事……幸せになること)


 祖母を意識すれば、うつむき加減だった気持ちがゆっくりと上昇するのを感じる。そうして決意して、顔を上げた瞬間、ガチャリと扉が開く音を聞いた。


(えっ? あれ? ララさん、は?)


 いつの間にか、ララさんの姿はなくなっていた。そして、ノックもなしに扉を開ける人を、私は一人しか知らない。


(っ、ジークフリート、様?)


 その人の名前を思うと同時に、入ってきたその人と視線が混じり合う。


(っ、やっぱり、怖い、よ)


 ジークフリート様は、やはり、険しい顔で私を見ていた。私は、軽くフラッシュバックを起こして内心、叫び声を上げるものの、どうにかその感情を抑えつける。


(冷静に、ならないと、冷静に……)


 今は、意識を張り詰めないといけない。好き勝手されないように、私が私を守らなきゃいけない。

 震えながらもジークフリート様を見返すと、そのジークフリート様は虚を突かれたような顔をする。


(ま、負けないっ)


 何の勝負だか自分でも分からないまま、必死ににらめっこをする。そうしていると、しばらく固まって動かなかったジークフリート様は、ズンズンとこちらに近づいてきた。


(えっ? えっ? まっ、待って、心の準備がっ)


 一歩近づく度に増す恐怖に、私はパニックを起こしそうになる。


(大丈夫、大丈夫、落ち着いて、落ち着いて……うわぁぁんっ)


 気がつけば、目の前に恐ろしい顔立ちのジークフリート様が居て、私の意識は一瞬遠退く。


(い、いけない。頑張らないと、頑張らないとぉっ)


 もう、全身の震えが止まらない。できることなら、大声を上げて逃げ出したい。ただ、それはできない状況だ。とにかく大人しくして、どんな要求があるのか聞いておく必要がある。けれど、その決意は、すぐに瓦解した。目の前に来たジークフリート様が、あろうことか私を抱き締めたのだ。


(えっ? なっ? ……キュゥゥゥ)


 あまりに近くに感じた男の気配に、私は呆気なく意識を飛ばすのだった。
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