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第一章 出会い
第十七話 話し合い(ハミルトン視点)
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応接室に通された僕は、すぐにやって来たジークフリートの表情に、少しばかり顔を強張らせる。何が原因かは知らないが、随分と不機嫌そうだ。眉間のシワが、かなり深く見える。
「何の用だ? ハミル」
「うん、最初は遊びに来ただけだったんだけど……ちょっと重要な用事ができたから、人払いをしてくれないかい?」
そう言えば、ただでさえ深い眉間のシワを、さらに深めて侍女が紅茶を置いたタイミングで人払いをしてくれる。
「それで? 本当に何の用だ?」
「うん、その前に聞いておきたいんだけど、今、この城には君の片翼が居るかい?」
「……あぁ、居る。それがどうした?」
しばらく間があったもののジークフリートは素直に答える。
「じゃあ、その片翼はもしかして、黒目黒髪の『ユーカ』って名前の女の子?」
「そうだが、それがどうした?」
『さっさと用件を言え』とばかりに睨みを効かせるジークフリート。ただ、ここまでの確認作業は最も重要なことだった。何せ、これからあの少女の両翼の可能性を話さなければならないのだから。
「……落ち着いて聞いてほしい。……あの、ユーカという女の子は、僕にとっても片翼なんだ」
ゆっくりと、ジークフリートが理解できるように話したつもりだったけれど、やはりというか、何というか、ジークフリートは固まる。それはもう、彫像のごとく、カッチリと。
(うん、これ、いつ治るのかな?)
何の反応も示さなくなった親友に、少しばかり不安を覚えるものの、今はジークフリートが理解してくれるまで待つしかない。紅茶をゆっくり飲みながら、僕はジークフリートの復活を待つ。
「……あの子は、両翼?」
「うん、恐らくは」
「……お前と、俺との間の?」
「うん、そうだね」
ようやく復活したジークフリートの目には、信じられない、信じたくないといった感情が浮かび上がっている。
「……なるほど、だから、あの子は、俺を見て怯えたんだな」
少し遠い目をしながら何かに納得する様子のジークフリートは、その目にありありと絶望を浮かべた。僕も、その気持ちは良く分かる。
「お前と俺との間で両翼だなんて、振り向いてもらえる可能性は万に一つもないじゃないか……」
とうとう頭を抱えて嘆き始めたジークフリートに、僕は全面的に同意する。けれど、可能性が『万に一つもない』は言い過ぎだ。一つだけ、可能性はある。
「条件の変質さえ起こってくれていれば、全くあり得ないとは言い切れないだろう?」
ポツリと呟く声に、ジークフリートは胡乱げな表情をする。
「条件の変質なんて、都市伝説だろう」
片翼の条件の変質。それは、『片翼の宿命』に囚われた魔族の中でまことしやかに囁かれる都市伝説だ。どういう条件で起こることかは分からないものの、魔族を縛りつける『片翼の宿命』は条件を変質させることがあるらしい。
一番有名なものは、魔族嫌いであるという条件を持っていたため、片翼に嫌われ続け、片翼をずっと得られなかった魔族が、ある時、その条件を唐突に変化させて、人間嫌いであるという条件に変わったというものだ。
それは、今の僕達に当てはめると、とても希望の持てる話だった。だから、過去には二人してこの本当にあるかどうかも分からない条件の変質について研究したりもした。結局、条件の変質を起こした魔族を見つけることはできず、夢は夢のままに終わってしまっていたが、伝説の両翼が現れたという事実を前にして、条件の変質もあり得るのではないかと思ってしまったのだ。
「まぁ、僕としても都市伝説だって分かってるし、信じるだけ無駄だってこともここ数百年くらいで思い知ったけどさ……」
「なら言うな」
そう言って、再び頭を抱えてため息を吐くジークフリート。けれど、僕は諦めるわけにもいかなかった。何せ、両翼の伝説に関しては、恐らく事実なのだから。
「僕は、両翼の伝説に則って大罪を犯すなんてしたくない」
「それは、そう、だが……」
ジークフリートが言い淀む気持ちは分かる。僕だって、今さら自分を傷つけることしかしない片翼と関わりたいとはあまり思わない。本能は別だとしても、だ。それでも、大罪を犯すことになるかもしれないというなら、話は別だ。両翼を失った魔族は、なぜか皆狂う。僕とジークフリートの二人が狂えば、それぞれの治める二つの国が崩壊しかねない。
ただ、それだけではなく……両翼という珍しい存在を前に、希望を抱いてしまっているのも確かだった。
「ねぇ、僕をあの女の子と会わせてくれないかな? 直接会って、どうしてもその反応を確かめたいんだ」
「……ハミルの片翼でもあるというなら、俺が拒絶するわけにもいくまい」
「それじゃあっ!」
「ただし、あまり希望を持つな。俺は、あの子に会って、酷く怯えられた」
「……っ」
ジークフリートの蒼い瞳が真剣な光を帯びてこちらを射抜く。ジークフリートは分かっているのだ。僕が、柄にもなく希望を抱いてしまっていることを。そして、その先に絶望が待っているということを。
「うん、分かってる」
口ではそう言うけれど、心に芽生えた期待を抑えることはできそうもない。せめて、あの女の子と会う時には、普段通りになるように演じるべきだろう。
「明日、会えるように手配する」
「うん、よろしく」
ジークフリートは、すぐにあの子の専属侍女達を呼び、両翼のことを告げていた。両翼であるという事実が、そこから連想される伝説がショックだったのか、一人が気絶していたけれど、事実を変えることはできない。
僕は、猫の姿で出会ったあの女の子を夢想しながら、その日はマリノア城に泊めてもらった。
そして、翌日、僕は期待を打ち砕かれることになる。愛しい女の子を前に、冷静であろうとし続けたものの、随分と怯えさせてしまった事実にうちひしがれることとなる。
(あぁ、やっぱり、片翼なんて、ろくなものじゃない)
その日の沈んだ気持ちは、今までの片翼に拒絶されたものよりもずっと奥が深かったように思えた。
「何の用だ? ハミル」
「うん、最初は遊びに来ただけだったんだけど……ちょっと重要な用事ができたから、人払いをしてくれないかい?」
そう言えば、ただでさえ深い眉間のシワを、さらに深めて侍女が紅茶を置いたタイミングで人払いをしてくれる。
「それで? 本当に何の用だ?」
「うん、その前に聞いておきたいんだけど、今、この城には君の片翼が居るかい?」
「……あぁ、居る。それがどうした?」
しばらく間があったもののジークフリートは素直に答える。
「じゃあ、その片翼はもしかして、黒目黒髪の『ユーカ』って名前の女の子?」
「そうだが、それがどうした?」
『さっさと用件を言え』とばかりに睨みを効かせるジークフリート。ただ、ここまでの確認作業は最も重要なことだった。何せ、これからあの少女の両翼の可能性を話さなければならないのだから。
「……落ち着いて聞いてほしい。……あの、ユーカという女の子は、僕にとっても片翼なんだ」
ゆっくりと、ジークフリートが理解できるように話したつもりだったけれど、やはりというか、何というか、ジークフリートは固まる。それはもう、彫像のごとく、カッチリと。
(うん、これ、いつ治るのかな?)
何の反応も示さなくなった親友に、少しばかり不安を覚えるものの、今はジークフリートが理解してくれるまで待つしかない。紅茶をゆっくり飲みながら、僕はジークフリートの復活を待つ。
「……あの子は、両翼?」
「うん、恐らくは」
「……お前と、俺との間の?」
「うん、そうだね」
ようやく復活したジークフリートの目には、信じられない、信じたくないといった感情が浮かび上がっている。
「……なるほど、だから、あの子は、俺を見て怯えたんだな」
少し遠い目をしながら何かに納得する様子のジークフリートは、その目にありありと絶望を浮かべた。僕も、その気持ちは良く分かる。
「お前と俺との間で両翼だなんて、振り向いてもらえる可能性は万に一つもないじゃないか……」
とうとう頭を抱えて嘆き始めたジークフリートに、僕は全面的に同意する。けれど、可能性が『万に一つもない』は言い過ぎだ。一つだけ、可能性はある。
「条件の変質さえ起こってくれていれば、全くあり得ないとは言い切れないだろう?」
ポツリと呟く声に、ジークフリートは胡乱げな表情をする。
「条件の変質なんて、都市伝説だろう」
片翼の条件の変質。それは、『片翼の宿命』に囚われた魔族の中でまことしやかに囁かれる都市伝説だ。どういう条件で起こることかは分からないものの、魔族を縛りつける『片翼の宿命』は条件を変質させることがあるらしい。
一番有名なものは、魔族嫌いであるという条件を持っていたため、片翼に嫌われ続け、片翼をずっと得られなかった魔族が、ある時、その条件を唐突に変化させて、人間嫌いであるという条件に変わったというものだ。
それは、今の僕達に当てはめると、とても希望の持てる話だった。だから、過去には二人してこの本当にあるかどうかも分からない条件の変質について研究したりもした。結局、条件の変質を起こした魔族を見つけることはできず、夢は夢のままに終わってしまっていたが、伝説の両翼が現れたという事実を前にして、条件の変質もあり得るのではないかと思ってしまったのだ。
「まぁ、僕としても都市伝説だって分かってるし、信じるだけ無駄だってこともここ数百年くらいで思い知ったけどさ……」
「なら言うな」
そう言って、再び頭を抱えてため息を吐くジークフリート。けれど、僕は諦めるわけにもいかなかった。何せ、両翼の伝説に関しては、恐らく事実なのだから。
「僕は、両翼の伝説に則って大罪を犯すなんてしたくない」
「それは、そう、だが……」
ジークフリートが言い淀む気持ちは分かる。僕だって、今さら自分を傷つけることしかしない片翼と関わりたいとはあまり思わない。本能は別だとしても、だ。それでも、大罪を犯すことになるかもしれないというなら、話は別だ。両翼を失った魔族は、なぜか皆狂う。僕とジークフリートの二人が狂えば、それぞれの治める二つの国が崩壊しかねない。
ただ、それだけではなく……両翼という珍しい存在を前に、希望を抱いてしまっているのも確かだった。
「ねぇ、僕をあの女の子と会わせてくれないかな? 直接会って、どうしてもその反応を確かめたいんだ」
「……ハミルの片翼でもあるというなら、俺が拒絶するわけにもいくまい」
「それじゃあっ!」
「ただし、あまり希望を持つな。俺は、あの子に会って、酷く怯えられた」
「……っ」
ジークフリートの蒼い瞳が真剣な光を帯びてこちらを射抜く。ジークフリートは分かっているのだ。僕が、柄にもなく希望を抱いてしまっていることを。そして、その先に絶望が待っているということを。
「うん、分かってる」
口ではそう言うけれど、心に芽生えた期待を抑えることはできそうもない。せめて、あの女の子と会う時には、普段通りになるように演じるべきだろう。
「明日、会えるように手配する」
「うん、よろしく」
ジークフリートは、すぐにあの子の専属侍女達を呼び、両翼のことを告げていた。両翼であるという事実が、そこから連想される伝説がショックだったのか、一人が気絶していたけれど、事実を変えることはできない。
僕は、猫の姿で出会ったあの女の子を夢想しながら、その日はマリノア城に泊めてもらった。
そして、翌日、僕は期待を打ち砕かれることになる。愛しい女の子を前に、冷静であろうとし続けたものの、随分と怯えさせてしまった事実にうちひしがれることとなる。
(あぁ、やっぱり、片翼なんて、ろくなものじゃない)
その日の沈んだ気持ちは、今までの片翼に拒絶されたものよりもずっと奥が深かったように思えた。
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