私、異世界で監禁されました!?

星宮歌

文字の大きさ
上 下
17 / 173
第一章 出会い

第十七話 話し合い(ハミルトン視点)

しおりを挟む
 応接室に通された僕は、すぐにやって来たジークフリートの表情に、少しばかり顔を強張らせる。何が原因かは知らないが、随分と不機嫌そうだ。眉間のシワが、かなり深く見える。


「何の用だ? ハミル」

「うん、最初は遊びに来ただけだったんだけど……ちょっと重要な用事ができたから、人払いをしてくれないかい?」


 そう言えば、ただでさえ深い眉間のシワを、さらに深めて侍女が紅茶を置いたタイミングで人払いをしてくれる。


「それで? 本当に何の用だ?」

「うん、その前に聞いておきたいんだけど、今、この城には君の片翼が居るかい?」

「……あぁ、居る。それがどうした?」


 しばらく間があったもののジークフリートは素直に答える。


「じゃあ、その片翼はもしかして、黒目黒髪の『ユーカ』って名前の女の子?」

「そうだが、それがどうした?」


 『さっさと用件を言え』とばかりに睨みを効かせるジークフリート。ただ、ここまでの確認作業は最も重要なことだった。何せ、これからあの少女の両翼の可能性を話さなければならないのだから。


「……落ち着いて聞いてほしい。……あの、ユーカという女の子は、僕にとっても片翼なんだ」


 ゆっくりと、ジークフリートが理解できるように話したつもりだったけれど、やはりというか、何というか、ジークフリートは固まる。それはもう、彫像のごとく、カッチリと。


(うん、これ、いつ治るのかな?)


 何の反応も示さなくなった親友に、少しばかり不安を覚えるものの、今はジークフリートが理解してくれるまで待つしかない。紅茶をゆっくり飲みながら、僕はジークフリートの復活を待つ。


「……あの子は、両翼?」

「うん、恐らくは」

「……お前と、俺との間の?」

「うん、そうだね」


 ようやく復活したジークフリートの目には、信じられない、信じたくないといった感情が浮かび上がっている。


「……なるほど、だから、あの子は、俺を見て怯えたんだな」


 少し遠い目をしながら何かに納得する様子のジークフリートは、その目にありありと絶望を浮かべた。僕も、その気持ちは良く分かる。


「お前と俺との間で両翼だなんて、振り向いてもらえる可能性は万に一つもないじゃないか……」


 とうとう頭を抱えて嘆き始めたジークフリートに、僕は全面的に同意する。けれど、可能性が『万に一つもない』は言い過ぎだ。一つだけ、可能性はある。


「条件の変質さえ起こってくれていれば、全くあり得ないとは言い切れないだろう?」


 ポツリと呟く声に、ジークフリートは胡乱げな表情をする。


「条件の変質なんて、都市伝説だろう」


 片翼の条件の変質。それは、『片翼の宿命』に囚われた魔族の中でまことしやかに囁かれる都市伝説だ。どういう条件で起こることかは分からないものの、魔族を縛りつける『片翼の宿命』は条件を変質させることがあるらしい。

 一番有名なものは、魔族嫌いであるという条件を持っていたため、片翼に嫌われ続け、片翼をずっと得られなかった魔族が、ある時、その条件を唐突に変化させて、人間嫌いであるという条件に変わったというものだ。
 それは、今の僕達に当てはめると、とても希望の持てる話だった。だから、過去には二人してこの本当にあるかどうかも分からない条件の変質について研究したりもした。結局、条件の変質を起こした魔族を見つけることはできず、夢は夢のままに終わってしまっていたが、伝説の両翼が現れたという事実を前にして、条件の変質もあり得るのではないかと思ってしまったのだ。


「まぁ、僕としても都市伝説だって分かってるし、信じるだけ無駄だってこともここ数百年くらいで思い知ったけどさ……」

「なら言うな」


 そう言って、再び頭を抱えてため息を吐くジークフリート。けれど、僕は諦めるわけにもいかなかった。何せ、両翼の伝説に関しては、恐らく事実なのだから。


「僕は、両翼の伝説に則って大罪を犯すなんてしたくない」

「それは、そう、だが……」


 ジークフリートが言い淀む気持ちは分かる。僕だって、今さら自分を傷つけることしかしない片翼と関わりたいとはあまり思わない。本能は別だとしても、だ。それでも、大罪を犯すことになるかもしれないというなら、話は別だ。両翼を失った魔族は、なぜか皆狂う。僕とジークフリートの二人が狂えば、それぞれの治める二つの国が崩壊しかねない。
 ただ、それだけではなく……両翼という珍しい存在を前に、希望を抱いてしまっているのも確かだった。


「ねぇ、僕をあの女の子と会わせてくれないかな? 直接会って、どうしてもその反応を確かめたいんだ」

「……ハミルの片翼でもあるというなら、俺が拒絶するわけにもいくまい」

「それじゃあっ!」

「ただし、あまり希望を持つな。俺は、あの子に会って、酷く怯えられた」

「……っ」


 ジークフリートの蒼い瞳が真剣な光を帯びてこちらを射抜く。ジークフリートは分かっているのだ。僕が、柄にもなく希望を抱いてしまっていることを。そして、その先に絶望が待っているということを。


「うん、分かってる」


 口ではそう言うけれど、心に芽生えた期待を抑えることはできそうもない。せめて、あの女の子と会う時には、普段通りになるように演じるべきだろう。


「明日、会えるように手配する」

「うん、よろしく」


 ジークフリートは、すぐにあの子の専属侍女達を呼び、両翼のことを告げていた。両翼であるという事実が、そこから連想される伝説がショックだったのか、一人が気絶していたけれど、事実を変えることはできない。

 僕は、猫の姿で出会ったあの女の子を夢想しながら、その日はマリノア城に泊めてもらった。

 そして、翌日、僕は期待を打ち砕かれることになる。愛しい女の子を前に、冷静であろうとし続けたものの、随分と怯えさせてしまった事実にうちひしがれることとなる。


(あぁ、やっぱり、片翼なんて、ろくなものじゃない)


 その日の沈んだ気持ちは、今までの片翼に拒絶されたものよりもずっと奥が深かったように思えた。
しおりを挟む
お気に入り登録や感想を、ありがとうございます。これを励みに楽しく更新していきますね。
感想 273

あなたにおすすめの小説

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

波間柏
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

私、確かおばさんだったはずなんですが

花野はる
恋愛
不憫系男子をこよなく愛するヒロインの恋愛ストーリーです。 私は確か、日本人のおばさんだったはずなんですが、気がついたら西洋風異世界の貴族令嬢になっていました。 せっかく美しく若返ったのだから、人生勝ち組で楽しんでしまいましょう。 そう思っていたのですが、自分らしき令嬢の日記を見ると、クラスメイトの男の子をいじめていた事が分かって……。 正義感強いおばさんなめんな! その男の子に謝って、きっとお友達になってみせましょう! 画像はフリー素材のとくだ屋さんからお借りしました。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23

転生先は男女比50:1の世界!?

4036(シクミロ)
恋愛
男女比50:1の世界に転生した少女。 「まさか、男女比がおかしな世界とは・・・」 デブで自己中心的な女性が多い世界で、ひとり異質な少女は・・ どうなる!?学園生活!!

転生した世界のイケメンが怖い

祐月
恋愛
わたしの通う学院では、近頃毎日のように喜劇が繰り広げられている。 第二皇子殿下を含む学院で人気の美形子息達がこぞって一人の子爵令嬢に愛を囁き、殿下の婚約者の公爵令嬢が諌めては返り討ちにあうという、わたしにはどこかで見覚えのある光景だ。 わたし以外の皆が口を揃えて言う。彼らはものすごい美形だと。 でもわたしは彼らが怖い。 わたしの目には彼らは同じ人間には見えない。 彼らはどこからどう見ても、女児向けアニメキャラクターショーの着ぐるみだった。 2024/10/06 IF追加 小説を読もう!にも掲載しています。

騎士団寮のシングルマザー

古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。 突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。 しかし、目を覚ますとそこは森の中。 異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる! ……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!? ※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。 ※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

処理中です...