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第一章 望まぬ聖女召喚

第一話 異世界の聖女1(三人称視点)

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 世界の瘴気が溢れ出したのは、約二十年前。
 それ以前は、瘴気の存在は確認できていても、それがその場所から動くなどとは考えられていなかった。

 瘴気とは、ただそこにあって、時折消えることもあれば、また再び現れることもある。不定形で、人間にとっては毒ガスのような害のある存在ではあっても、そこに近づきさえしなければ問題ないもの。しかも、黒い靄のように目に見えるものなので、よほど視界に問題がなければ避けられるものだった。

 そんな、そこにあるけれど近づかなければ問題ないものが、約二十年前から少しずつ、動き始めていた。いや、質量を増してきた、という言い方が正しいだろうか。
 瘴気は徐々に、人々の生活圏を脅かし、恐慌に駆られて逃げ惑う人々や、家を離れられない、もしくは離れたくないということでそのまま死に絶える人々が続出した。
 しかも、それは世界中で起こったことであり、早急に対策を練らなければならないということで、それまで細々と存在していた瘴気の研究者達が本腰を入れて研究に勤しむこととなる。もちろん、二十年の間に新たな研究者も誕生し、研究そのものも少しずつ進んだ。そして……。


「瘴気を浄化できるのは聖女のみ、か……」


 そこは、アルトラ王国の王城。それも、王太子の執務室だ。
 一メートル以上の横幅のある執務用の机の上に載る大量の書類の山は、そのほとんどが瘴気の被害やそれに類するものばかり。
 部屋の主であるアルヴァン・フォム・アルトラは、一枚の書類を手に、呆然と呟く。

 ゆっくり、ゆっくりと広がってきた瘴気は、二十年の時をかけて世界最大の面積を誇るアルトラ王国の領土を半分も飲み込んだ。
 小さな国家などは、二十年の時を待たずして飲み込まれ、残るのは元々大きな面積を治めていた国々ばかり。それすらも、瘴気によって徐々に分断され、現在、アルトラ王国で確認できる国はアルトラ王国を含めて三国のみ。

 研究者達の試算では、後十年も経たずに国家は崩壊し、人類は滅亡するだろうとのことだった。実際、アルトラ王国も国として体は為しているものの、国民の疲弊は著しく、一刻の猶予もない状態だったのだ。

 そんな中、古代の文献の解読が進み、『聖女』という希望が見えた。ただ、聖女を召喚できるのは、いつの時代から存在していたのかも分からない『黒魔女』と呼ばれる老婆でしかないという情報もまた、その文献の中から読み取れた。

 黒魔女は、創世の時代から存在していたとされており、実際、どの国でも歴史のどこかに黒魔女が存在している。ただし、黒魔女の性質は悪辣だと、どの国でも知られており、世界的な指名手配犯でもあった。

 しかし、そんな黒魔女に頼らなければ、世界は滅ぶ。それを知った時、アルヴァンは即座に黒魔女へ聖女召喚をさせよと指示を出した。例えそれが、異世界から一人の少女を誘拐することを指し示すのだとしても、この状況を打開するためには必要な犠牲だと考えていた。

 その少女の平凡さを間近で見るまでは。
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