4 / 57
第一章 望まぬ聖女召喚
第一話 異世界の聖女1(三人称視点)
しおりを挟む
世界の瘴気が溢れ出したのは、約二十年前。
それ以前は、瘴気の存在は確認できていても、それがその場所から動くなどとは考えられていなかった。
瘴気とは、ただそこにあって、時折消えることもあれば、また再び現れることもある。不定形で、人間にとっては毒ガスのような害のある存在ではあっても、そこに近づきさえしなければ問題ないもの。しかも、黒い靄のように目に見えるものなので、よほど視界に問題がなければ避けられるものだった。
そんな、そこにあるけれど近づかなければ問題ないものが、約二十年前から少しずつ、動き始めていた。いや、質量を増してきた、という言い方が正しいだろうか。
瘴気は徐々に、人々の生活圏を脅かし、恐慌に駆られて逃げ惑う人々や、家を離れられない、もしくは離れたくないということでそのまま死に絶える人々が続出した。
しかも、それは世界中で起こったことであり、早急に対策を練らなければならないということで、それまで細々と存在していた瘴気の研究者達が本腰を入れて研究に勤しむこととなる。もちろん、二十年の間に新たな研究者も誕生し、研究そのものも少しずつ進んだ。そして……。
「瘴気を浄化できるのは聖女のみ、か……」
そこは、アルトラ王国の王城。それも、王太子の執務室だ。
一メートル以上の横幅のある執務用の机の上に載る大量の書類の山は、そのほとんどが瘴気の被害やそれに類するものばかり。
部屋の主であるアルヴァン・フォム・アルトラは、一枚の書類を手に、呆然と呟く。
ゆっくり、ゆっくりと広がってきた瘴気は、二十年の時をかけて世界最大の面積を誇るアルトラ王国の領土を半分も飲み込んだ。
小さな国家などは、二十年の時を待たずして飲み込まれ、残るのは元々大きな面積を治めていた国々ばかり。それすらも、瘴気によって徐々に分断され、現在、アルトラ王国で確認できる国はアルトラ王国を含めて三国のみ。
研究者達の試算では、後十年も経たずに国家は崩壊し、人類は滅亡するだろうとのことだった。実際、アルトラ王国も国として体は為しているものの、国民の疲弊は著しく、一刻の猶予もない状態だったのだ。
そんな中、古代の文献の解読が進み、『聖女』という希望が見えた。ただ、聖女を召喚できるのは、いつの時代から存在していたのかも分からない『黒魔女』と呼ばれる老婆でしかないという情報もまた、その文献の中から読み取れた。
黒魔女は、創世の時代から存在していたとされており、実際、どの国でも歴史のどこかに黒魔女が存在している。ただし、黒魔女の性質は悪辣だと、どの国でも知られており、世界的な指名手配犯でもあった。
しかし、そんな黒魔女に頼らなければ、世界は滅ぶ。それを知った時、アルヴァンは即座に黒魔女へ聖女召喚をさせよと指示を出した。例えそれが、異世界から一人の少女を誘拐することを指し示すのだとしても、この状況を打開するためには必要な犠牲だと考えていた。
その少女の平凡さを間近で見るまでは。
それ以前は、瘴気の存在は確認できていても、それがその場所から動くなどとは考えられていなかった。
瘴気とは、ただそこにあって、時折消えることもあれば、また再び現れることもある。不定形で、人間にとっては毒ガスのような害のある存在ではあっても、そこに近づきさえしなければ問題ないもの。しかも、黒い靄のように目に見えるものなので、よほど視界に問題がなければ避けられるものだった。
そんな、そこにあるけれど近づかなければ問題ないものが、約二十年前から少しずつ、動き始めていた。いや、質量を増してきた、という言い方が正しいだろうか。
瘴気は徐々に、人々の生活圏を脅かし、恐慌に駆られて逃げ惑う人々や、家を離れられない、もしくは離れたくないということでそのまま死に絶える人々が続出した。
しかも、それは世界中で起こったことであり、早急に対策を練らなければならないということで、それまで細々と存在していた瘴気の研究者達が本腰を入れて研究に勤しむこととなる。もちろん、二十年の間に新たな研究者も誕生し、研究そのものも少しずつ進んだ。そして……。
「瘴気を浄化できるのは聖女のみ、か……」
そこは、アルトラ王国の王城。それも、王太子の執務室だ。
一メートル以上の横幅のある執務用の机の上に載る大量の書類の山は、そのほとんどが瘴気の被害やそれに類するものばかり。
部屋の主であるアルヴァン・フォム・アルトラは、一枚の書類を手に、呆然と呟く。
ゆっくり、ゆっくりと広がってきた瘴気は、二十年の時をかけて世界最大の面積を誇るアルトラ王国の領土を半分も飲み込んだ。
小さな国家などは、二十年の時を待たずして飲み込まれ、残るのは元々大きな面積を治めていた国々ばかり。それすらも、瘴気によって徐々に分断され、現在、アルトラ王国で確認できる国はアルトラ王国を含めて三国のみ。
研究者達の試算では、後十年も経たずに国家は崩壊し、人類は滅亡するだろうとのことだった。実際、アルトラ王国も国として体は為しているものの、国民の疲弊は著しく、一刻の猶予もない状態だったのだ。
そんな中、古代の文献の解読が進み、『聖女』という希望が見えた。ただ、聖女を召喚できるのは、いつの時代から存在していたのかも分からない『黒魔女』と呼ばれる老婆でしかないという情報もまた、その文献の中から読み取れた。
黒魔女は、創世の時代から存在していたとされており、実際、どの国でも歴史のどこかに黒魔女が存在している。ただし、黒魔女の性質は悪辣だと、どの国でも知られており、世界的な指名手配犯でもあった。
しかし、そんな黒魔女に頼らなければ、世界は滅ぶ。それを知った時、アルヴァンは即座に黒魔女へ聖女召喚をさせよと指示を出した。例えそれが、異世界から一人の少女を誘拐することを指し示すのだとしても、この状況を打開するためには必要な犠牲だと考えていた。
その少女の平凡さを間近で見るまでは。
30
お気に入りに追加
90
あなたにおすすめの小説
絶縁書を出されて追放された後に、王族王子様と婚約することになりました。…え?すでに絶縁されているので、王族に入るのは私だけですよ?
新野乃花(大舟)
恋愛
セレシアは幼い時に両親と離れ離れになり、それ以降はエルクという人物を父として生活を共にしていた。しかしこのエルクはセレシアに愛情をかけることはなく、むしろセレシアの事を虐げるためにそばに置いているような性格をしていた。さらに悪いことに、エルクは後にラフィーナという女性と結ばれることになるのだが、このラフィーナの連れ子であったのがリーゼであり、エルクはリーゼの事を大層気に入って溺愛するまでになる。…必然的に孤立する形になったセレシアは3人から虐げ続けられ、その果てに離縁書まで突き付けられて追放されてしまう。…やせ細った体で、行く当てもなくさまようセレシアであったものの、ある出会いをきっかけに、彼女は妃として王族の一員となることになる…!
※カクヨムにも投稿しています!
この誓いを違えぬと
豆狸
恋愛
「先ほどの誓いを取り消します。女神様に嘘はつけませんもの。私は愛せません。女神様に誓って、この命ある限りジェイク様を愛することはありません」
──私は、絶対にこの誓いを違えることはありません。
※子どもに関するセンシティブな内容があります。
※7/18大公の過去を追加しました。長くて暗くて救いがありませんが、よろしければお読みください。
なろう様でも公開中です。
俺、異世界で置き去りにされました!?
星宮歌
恋愛
学校からの帰宅途中、俺は、突如として現れた魔法陣によって、異世界へと召喚される。
……なぜか、女の姿で。
魔王を討伐すると言い張る、男ども、プラス、一人の女。
何が何だか分からないままに脅されて、俺は、女の演技をしながら魔王討伐の旅に付き添い……魔王を討伐した直後、その場に置き去りにされるのだった。
片翼シリーズ第三弾。
今回の舞台は、ヴァイラン魔国です。
転性ものですよ~。
そして、この作品だけでも読めるようになっております。
それでは、どうぞ!
魔王討伐から凱旋した幼馴染みの勇者に捨てられた
海野宵人
恋愛
魔王を倒した勇者ライナスは、わたしの幼馴染みだ。
共に将来を誓い合った仲でもある。
確かにそのはずだった、のだけれど────。
二年近くに及ぶ魔王討伐から凱旋してきたライナスは、私の知っている彼とはまったくの別人になってしまっていた。
魔王討伐に聖女として参加していらした王女さまと旅の間に仲を深め、この度めでたく結婚することになったのだと言う。
本人の口から聞いたので、間違いない。
こんなことになるのじゃないかと思って、前から少しずつ準備しておいてよかった。
急がなくちゃ。旅支度を。
────これは、最後の勇者ライナスと私による本当の魔王討伐の物語。
※序盤のヒーローはかなり情けないやつですが、それなりに成長するので見捨てないでやってください。
本編14話+番外12話+魔王城編12話+帰還編54話。
公爵子息に気に入られて貴族令嬢になったけど姑の嫌がらせで婚約破棄されました。傷心の私を癒してくれるのは幼馴染だけです
エルトリア
恋愛
「アルフレッド・リヒテンブルグと、リーリエ・バンクシーとの婚約は、只今をもって破棄致します」
塗装看板屋バンクシー・ペイントサービスを営むリーリエは、人命救助をきっかけに出会った公爵子息アルフレッドから求婚される。
平民と貴族という身分差に戸惑いながらも、アルフレッドに惹かれていくリーリエ。
だが、それを快く思わない公爵夫人は、リーリエに対して冷酷な態度を取る。さらには、許嫁を名乗る娘が現れて――。
お披露目を兼ねた舞踏会で、婚約破棄を言い渡されたリーリエが、失意から再び立ち上がる物語。
著者:藤本透
原案:エルトリア
浄化の巫女は裏切られたので隠居することにしました~気付けばもふもふな聖獣に囲まれたスローライフが始まりました~
チハキ
恋愛
神浄の巫女と呼ばれる少女、ウラリア・クロンシュタット。
彼女は邪悪な瘴気によって汚された土地や水源を浄化する事で魔物と呼ばれる怪物と病の発生を防ぎ、人々に安寧を齎し国に貢献し続けて来た。
しかし、そんな彼女を良く思わない者たちがいた――宗教家と王家である。
元来国教であったザバルスク教では信者離れを起こし、王家もウラリアを新たな王にすべきとする世論に恐怖心を持ち始めたのだ。
二大国家権力を敵に回してしまった事に気付いたウラリアは、フェンリルを名乗る少女の助けを経て、『邪神の森』と呼ばれ畏怖される地へ逃げ込む。
そこには様々な地域の神々が集まっていて――奇しくも、ウラリアはもふもふとの戯れを謳歌するスローライフが始まった。
ひねくれ師匠と偽りの恋人
紗雪ロカ@失格聖女コミカライズ
恋愛
「お前、これから異性の体液を摂取し続けなければ死ぬぞ」
異世界に落とされた少女ニチカは『魔女』と名乗る男の言葉に絶望する。
体液。つまり涙、唾液、血液、もしくは――いや、キスでお願いします。
そんなこんなで元の世界に戻るため、彼と契約を結び手がかりを求め旅に出ることにする。だが、この師匠と言うのが俺様というか傲慢というかドSと言うか…今日も振り回されっぱなしです。
ツッコミ系女子高生と、ひねくれ師匠のじれじれラブファンタジー
基本ラブコメですが背後に注意だったりシリアスだったりします。ご注意ください
イラスト:八色いんこ様
この話は小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿しています。
【完結】聖女召喚に巻き込まれたバリキャリですが、追い出されそうになったのでお金と魔獣をもらって出て行きます!
チャららA12・山もり
恋愛
二十七歳バリバリキャリアウーマンの鎌本博美(かまもとひろみ)が、交差点で後ろから背中を押された。死んだと思った博美だが、突如、異世界へ召喚される。召喚された博美が発した言葉を誤解したハロルド王子の前に、もうひとりの女性が現れた。博美の方が、聖女召喚に巻き込まれた一般人だと決めつけ、追い出されそうになる。しかし、バリキャリの博美は、そのまま追い出されることを拒否し、彼らに慰謝料を要求する。
お金を受け取るまで、博美は屋敷で暮らすことになり、数々の騒動に巻き込まれながら地下で暮らす魔獣と交流を深めていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる