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サポーター
しおりを挟む店内に静かな音楽が流れている。
小洒落たカフェの窓際に腰掛けた俺は、慣れない環境にソワソワとしていた。
これ俺……完全に場違いじゃないか?
周囲の席にはカップルと思しき男女が仲睦まじ気に腰掛けている。
なぜ俺がこんな場所にいるのか――。
『山本くんへ。
条件に合ったサポーターの子が見つかったよ! 明日、午後1時にカフェ“ローズ”に向かわせるから、顔合わせしてね!
白雪有栖』
昨晩、白雪さんから唐突にこのようなメッセージが入ったからだ。
俺が出したサポーターの条件は、安くて、人柄の良い人。
かなり広い条件とはいえ、僅か一日で候補の人材を見つけてくるとは、流石白雪さんだ。
仕事が早い。
どんな人だろうなぁ。できれば、肩肘張らず話せるような関係を築ければいいが。
まだ見ぬ相手を思い、俺が緊張の面持ちで待っていると、
カランカラン。
ドアベルの音が聞こえ、一人の女性が店内に入ってきた。
ショートボブの細身の女性。
米国のスパースターかと見紛うほどの巨大なサングラスをしている。
その姿を見た瞬間、嫌な予感がした。
あれ、この横顔……どこかで見た気が……。
謎の動機を覚える俺の前で、ぐるりと店内を回り込むように歩いて来た女性が、ドンッと机に鞄を置く。
続けて、勢いよくサングラスを外すと、
「お久しぶりです、山本先輩。相変わらず、お元気そうで何よりです」
絶対にそんなこと思っていないだろうという声音で吐き捨てるように言った。
そのまま、ドカリと向かいの席に腰かけ、偉そうに腕を組む。
サングラスの下から出てきた顔を見た俺は、苦虫を噛み潰したような顔で尋ねた。
「げっ、月城……お前、何しに来たんだよ?」
月城花音。
彼女は俺のサポーター時代の後輩だ。
俺が二年目の時に鳴り物入りで入社して来たスーパーエリート。
頭脳明晰、運動神経抜群で、その上、“サーチ”というサポーターになるべくして生まれて来たのかと言わんばかりの壊れスキルを有しており、将来S級ハンターの専属になるのは間違いないと言われた逸材だ。
俺の質問を受けた月城が、ぶっきらぼうな口調で答えた。
「何しに来たって……白雪先輩から山本先輩のサポーターを引き受けて欲しいって頼まれたから顔合わせに来たんですけど。文句ありますか?」
かつての後輩の威圧的な態度に、うーむと首を捻る。
あれ? おかしいな。白雪さんには安くて、人柄の良い人と伝えた筈だが――高くて、性格悪い奴が来たぞ???
「月城、ちょっとタンマ。トイレ行ってくる」
そう言った俺は、スマホ片手に逃げるようにトイレへ駆け込んだ。
そこから急いで白雪さんへ電話を掛ける。
すると、コール一回で電話が繋がった。
スピーカー越しから白雪さんの楽し気な声が聞こえてくる。
『もしもーし、山本くん? もう花音ちゃんに会えたー?』
「いや、花音ちゃんに会えたー? じゃないですよ! 安くて人柄の良い人材って言ったのに、何で月城送ってくるんですか?」
声をひそめた俺が電話越しに猛抗議すると、
『ああ、山本くんは知らないかもしれないけど』
と、白雪さんが答えた。
『彼女、今うちで一番安い人材なの』
「え? あの月城が!?」
驚きのあまり思わず大声を上げてしまい、慌てて口元を抑える。
『ふふ、そんなに驚かなくても』
そんな俺の様子を電話越しで感じ取ったのか、白雪さんが可笑しそうに笑った。
『ほら、彼女、あの性格でしょ? 山本くんが辞めた後、色んなパーティと揉めたのよ』
「まあ、揉めるでしょうね……あいつ、協調性ないし、プライド高いから」
『そうねー。でも、そのくらいじゃ彼女の仕事は無くならないよ。あれだけ優秀だから。決定打になったのは、ホワイトマギア事務所のS級パーティとのイザコザね』
「ホワイトマギアとの?」
『そ。まあ、この件に関して彼女に非は全くないんだけどね』
ホワイトマギア事務所は都内四大大手の一つだ。
ハンター関連の事業を手広く進めており、あらゆる分野で大きな影響力を持つ。
『なんでも、ダンジョン探索中にパーティのリーダーに襲われそうになったみたいで、逃げ出してダンジョン協会に訴えたのよ』
ほう、そりゃ酷い奴がいたもんだな……。
ダンジョン内は法の目が届かない無法地帯だ。
サポーターへの理不尽な扱いは度々問題となっている。
「それで、逆恨みでもされたか?」
『そういうこと。相手方が事実無根だって凄く怒ってね、彼女の悪い噂を有る事無い事流したのよ』
「……結果、月城の市場価値はガタ落ちと」
『花音ちゃんが幾ら優秀だと言っても、ホワイトマギアと関係悪化するリスクを取ってまで雇いたいってハンターはいないからね』
なるほど、あいつもあいつで苦労してるんだな。
てっきり、順風満帆なサポーター人生を送ってると思っていたが――。
そこまで考えた所で、ふと重大な点に気づく。
「あれ? それって、月城をサポーターとして雇ったら俺がホワイトマギアから目を付けられる事にならない?」
すると、白雪さんが悪びれる事もなく言った。
『まあねー。でも、山本くん。今、花音ちゃんを雇ってあげていいと思ってるでしょ?』
「まあ……それはそうだが……」
『それに――新人研修の時に花音ちゃん、山本くんにだけ懐いてたから。馬が合うと思って』
「いや、あれは懐かれてたんじゃなくて、舐められてただけだと思うが……」
ハァと深々とため息を吐き、決意を固める。
「まあ、そういう事なら月城は俺の方で引き取るよ。知らない仲でもないし」
『ほんと? ありがとう! 今度、ご飯でも奢るね』
「銀座の料亭でよろしく」
短く言うと、電話を切り上げて席へ戻った。
すると、
「なーが過ぎです。一体、どれだけ人を待たせるんですか?」
月城が早速罵倒を浴びせてくる。
正味、全く怖くないが――。
その怒り顔を見て、改めて自身が引き取って正解だったと確信した。
こいつ、性格は最悪だけど、面だけは良いからな……。
見ず知らずの男とダンジョン探索をさせたら、またいつ襲われるか分かったものじゃない。
それなら、俺の元で働いてもらった方がマシだろう。
我ながらお節介だと思うが、今更知らん顔も出来ないので仕方がない。
そんな俺の思いを知ってか知らずか、月城が滔々と話し出す。
「時間ないのでさっさと契約条件を決めますよ。まずは、ダンジョン関連の活動で得た金銭の分配割合」
「おう。月城はどれくらいが良いんだ? 試しに希望を言ってみていいぞ?」
俺が先輩面で尋ねると、
「そうですね。8:2くらいで良いですよ」
月城が肩をすくめながら答えた。
ハンター8、サポーター2。
実に標準的な割合だ。
俺の知ってる月城なら3割は寄越せと言いそうなものだが。
「俺の知らないうちにお前も成長してるんだな。2割だけでいいなんて、最悪5割まで覚悟してたぞ」
ハハハと笑った俺が冗談半分で言うと、何言ってるんですか? と月城が呆れたように首を振った。
「私が8で先輩が2に決まってるじゃないですか。しっかりしてください。熱でもあるんですか?」
やば……判断間違えたかも。
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