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月下の桜(五)
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「桜井くん、ちょっと」
「どした、杉田」
あたりをキョロキョロ確認しながら、学園からの同級生が柱の影から手招きする。講義の合間に移動している最中だ。寒いから早く棟内に入りたいんだけど、杉田の表情が晴れやかでないのが気になった。
「あ、誕生日プレゼント、つけてくれているんだね、ありがとう!」
「あー、うん、ありがと」
十月の二十歳の誕生日にバースデーベアとやらをくれたのは、そういえば、杉田だった。手作りらしくちょっと大きめだが、リュックサイドのペットボトル入れにちょうど収まるサイズだった。俺の好きなサッカーチームのユニフォームを着たクマは、デザイン的にも邪魔にならないからそのまま入れっぱなしになっている。
「……あのさ、桜井くんの評判がものすごく悪いんだけど、何かあった?」
「あぁ……元カノから恨まれているからなぁ」
「やだ、噂流されてるの? 最悪だよ? 学年中の、特に外部からの女子から嫌われてるよ?」
別にいいし。むしろ、うるさい虫が減ってせいせいしてるし。
「いいよ。言わせておけば」
「でも」
「ありがと、杉田。心配してくれて。でも、俺と話していたら杉田にも迷惑かかるだろ。誰かに見つかる前に、逃げなよ」
白い息を吐きだして、杉田は憐れみの視線を寄越す。
わかってる。俺が一番わかってる。これは、俺の自業自得なんだ。因果応報なんだ。女に対して真剣になれなかった俺が悪いんだ。
「桜井くんは、それでいいの?」
「いいよ、別に。杉田も下手に俺を庇ったりすんなよ? 俺のことなら気にすんな」
「……バカなんだから」
バカ、か。バカなんだろうな。
去っていく杉田の後ろ姿を見送りながら、溜め息を吐く。白い息は、すぐに空気に溶けて消えていく。
でも、杉田。お前もかなりのバカだよ。女を取っ替え引っ替えして遊んでいた俺を好きになってくれるような女は、みんなバカなんだ。
好きになるな、とは言わないけど、ちゃんと相手を見ろよ、とは言いたい。お前が惚れた男は、噂通り、最悪な男なんだ。
それは、今も、杉田からの告白を断ったときも、変わらない。
ヴヴとバイブが鳴る。見ると、見知らぬメアドから空メール、いや、画像だけ送られてきていた。今どきメールかよ、と毒づきながら添付されていた画像を開いて、愕然とする。
――なん、だ、これ。
送られてきた写真は二枚、先日、あかりと会ったときの写真だ。レストランで食事をしている写真と、ラブホテルへ入っていくときの写真。尾行られて、二人一緒の姿を撮られたようだ。
幸い、あかりの顔にはスタンプか何かで加工がされていて誰なのかわからないようになってはいるけど、これはあまりに悪質だ。
気は進まないが、由加に話をしなければならない。
こういうことが続くのであれば、俺も黙ってはいられない。あかりに危害が加えられる前に、決着をつけなければならない。
本当に、俺は、バカだな。
◆◇◆◇◆
『身の回りで変なこと? ないよ、大丈夫』
あかりの勤める会社に怪文書などは出回っていないらしい。ホッとすると同時に、標的は俺なのだと再認識する。
そうだ。標的は俺。恨まれているのは、俺。
「なに、話って?」
気だるげな、迷惑そうなその声音。モノが欲しいときだけ、甘く囁いてくる、女の声。
緩く巻いた明るい長い髪は、あかりの黒くて真っ直ぐな髪とは違う。派手なネイルをし、目が大きくなるカラコンをした、今どきの女子大生が目の前に座る。相変わらず、冬なのに露出度の高い服を着ている。
「今さら復縁しようったって、遅いんだからね」
ムッスリした表情の由加に、苦笑する。大丈夫、そんな色のある話じゃないから。
大学からは少し離れたチェーン店のカフェで、由加と待ち合わせていた。元カノと二人で会うのは久しぶりだ。
「単刀直入に聞くけど、この写真、何?」
由加は俺のスマートフォンの画像を見て「何、これ?」と眉をひそめた。そして、画像の中の俺とあかりに気づき、「へぇ!」と明るく声を上げた。
「また女ができたの? 良かったじゃん!」
「……」
「でも、どうせ遊びなんでしょ? カノジョ、知ってるの?」
「……知ってる」
「ま、カノジョが本気にならないように気をつけておけばいいんじゃない?」
この段階で、由加が関与していないことは明白だった。彼女はどう見ても「元カレの恋愛話を楽しんでいる」のだ。
「え、何? 私にわざわざノロケるために呼んだわけ? やだ、最悪なんだけどそれ」
「この写真、隠し撮り」
「やっだ、私を疑ってんの? やめてよ。私、ストーキングなんてしないよ。だって、私もカレシできたもん。ほら、カッコいいでしょ?」
……これは完全にシロだ。スマートフォンから二人の自撮り写真を見せられて、げんなりする。イルミネーション輝くクリスマスツリーの前で、頬を寄せ合っている元カノと相手の写真なんて見たくはなかった。ちょっと複雑な気分だ。
「私と行く予定だったホテル、カノジョと行くんでしょ? 楽しんできてね。私はクリスマスはカレシと北海道旅行だから」
「……良かったな」
「ほんとにね! 翔吾と別れていいコトばっかり!」
私幸せなの、と笑う元カノを見て、そのまま幸せになってくれと願う。俺では与えられない、与えられなかった幸せだから。
「で、俺の変な噂、由加が流しているわけじゃないんだよな?」
「あぁ、あれ? 私じゃないよ。そりゃ、別れたときは友達に散々愚痴ったけど、今は全然! ほら、幸せだし?」
「心当たり、ある?」
「私より翔吾のほうが心当たりあるんじゃないの?」
うーん、と唸る。
由加だと思っていたから、由加以外の心当たりがない。その前の元カノは大学生ではなかったし、その前は高校生だった。大学内で付き合った人は、実は多くない。
「あ、でも、翔吾と付き合い始めて後期に入った頃、私にも変な噂立てられたよ? ビッチだとか、誰とでも寝る女だとか」
「むしろ由加は身持ちが堅いほうだろ」
「そうなんだけど、夏はもっと髪が明るかったから、そういうふうに見られていたのかもね。ま、別にいいけど」
由加も妙な噂を立てられていたというのは気になる。
俺と付き合った女に変な噂が立つのなら、それはたぶん――。
「私への嫉妬だろうね、って友達は言っていたよ。翔吾を好きな女が流した噂なんじゃないかって」
「だろうな。心当たりは全くないけど」
「告白したくてもできない子じゃない?」
カフェラテを飲み干して、由加はじいっと俺を見る。探るような視線は居心地が悪い。
「……何?」
「ん、翔吾、ちょっと顔が穏やかになった?」
「さあ?」
「弟くんは相変わらずツンツンしているけど、翔吾は優しくなった感じがする。カノジョのおかげかな?」
由加はニッと笑う。夏の彼女の笑顔に惹かれ、付き合い始めたのが今は懐かしい。
嘘でもいいから「由加のことは本気だよ」と言ってあげたら、彼女も少しは安心していられたのかもしれない。そんなことを考えて、やっぱり俺はバカなんだなと自嘲する。
「でも、遊びだから」
「あ、それなんだけど。カレシが翔吾のこと話せって言うから話したんだけどさ」
おい、やめろよ。俺、お前の今カレとやり合う気はないぞ。サッカーしかしてこなかったから、喧嘩とかめちゃくちゃ弱いぞ。したことないけど。
予想外の展開に慌てたが、由加から発せられた言葉は、実に意外なものだった。
「カレシ、翔吾のこと『臆病なんだな』って言っていたよ」
「……臆病?」
「なんか『遊びだと思い込むことで、予防線を張っている感じがする』って。『本気になるのが怖いんだろうな』とかも言っていたかな」
お前の彼氏、メンタリストか何かか?
由加の荒んだ気持ちを落ち着けるための口説き文句だとしても、それに俺が利用されていたのだとしても、構わない。それで由加を幸せにしてくれるなら。
「大事にしてもらえよ。あと、そんな薄着で風邪引くなよ。もう看病してやれないんだから」
「言われなくても大事にしてもらってまーす! 看病もカレシに頼むもん。翔吾もお幸せに!」
由加はヒールのあるブーツを鳴らしながら、コートを着るついでにヒラヒラと手を振って出て行った。
噂の出処は由加ではない。それがわかっただけでも収穫だ。
遊びだと思い込むことで予防線を張っているのも、本気になるのが怖いのも、臆病なのも、当たっているのかもしれない。
相手は遊びでセックスをする女。俺には本気になってくれない。
そんな彼女に恋をして、どうする?
そんな彼女に溺れて、どうなる?
俺は――最近、いつも「好きだ」と「本気になってはいけない」の間に、いる。
こんなはずじゃ、なかったのに。
◆◇◆◇◆
大学の帰り、イルミネーションに彩られた街を行く。あれほど目に入っていた幸せそうなカップルは、もう全然気にならない。気分が悪くもならない。
ショーウインドウに飾られた服やアクセサリーをぼんやり見つめながら、あかりに似合いそうなものを探す。
ネックレス? シンプルなものなら仕事中につけてくれるだろうか? ピアスホール、は開いていないし、イヤリング、もつけそうにない。指輪なんて以ての外だ。
化粧品や香水にも興味はないだろう。あかりはネイルすらしていなかった。美容には無関心なのだ。
下着のサイズも靴のサイズも知っている。でも、さすがに出会って一ヶ月もたっていないのに、下着を贈るのは難しい。
あ、ニットのワンピースは似合いそう。あかりは寒がりだから、暖かいものがいいかもしれない。マフラーとか、手袋とか……って、高校生カップルか、俺たちは。
あかりのことを考えるだけで、ニヤニヤしてしまう。そんな自分がショーウインドウに映って気持ち悪い。心底気持ち悪い。
しかし、ふと立ち止まった店のショーウインドウの中に、目を引くものがあった。
物欲のない女へのプレゼント。長く身につけてもらえそうなもの。
「あれで、いいか」
妥協ではない。二人にしかわからないものだ。
クリスマスカラーのラッピングをしてもらって、店の外に出る。肌を掠める風は冷たいが、俺の気持ちは少し暖かい。
たぶん、こんな安物でも、あかりは喜んでくれる。その笑顔を独り占めできる瞬間を期待して、浮かれた気分で帰路につく。
けれど、途中、やっぱり暖かいものを探して、通りと店内をうろうろした挙句、カシミアのワンピースを買ってしまった。ワインレッドは、あかりには似合いそうだ。先日買ったコートにもきっと合うだろう。
あかりを全身コーディネートしたい気持ちを抑えて、駅に向かう。
あぁ、こんなにクリスマスが待ち遠しいなんて、初めてかもしれない。いや、子どものとき以来か。
でも、本当に、待ち遠しい。
「どした、杉田」
あたりをキョロキョロ確認しながら、学園からの同級生が柱の影から手招きする。講義の合間に移動している最中だ。寒いから早く棟内に入りたいんだけど、杉田の表情が晴れやかでないのが気になった。
「あ、誕生日プレゼント、つけてくれているんだね、ありがとう!」
「あー、うん、ありがと」
十月の二十歳の誕生日にバースデーベアとやらをくれたのは、そういえば、杉田だった。手作りらしくちょっと大きめだが、リュックサイドのペットボトル入れにちょうど収まるサイズだった。俺の好きなサッカーチームのユニフォームを着たクマは、デザイン的にも邪魔にならないからそのまま入れっぱなしになっている。
「……あのさ、桜井くんの評判がものすごく悪いんだけど、何かあった?」
「あぁ……元カノから恨まれているからなぁ」
「やだ、噂流されてるの? 最悪だよ? 学年中の、特に外部からの女子から嫌われてるよ?」
別にいいし。むしろ、うるさい虫が減ってせいせいしてるし。
「いいよ。言わせておけば」
「でも」
「ありがと、杉田。心配してくれて。でも、俺と話していたら杉田にも迷惑かかるだろ。誰かに見つかる前に、逃げなよ」
白い息を吐きだして、杉田は憐れみの視線を寄越す。
わかってる。俺が一番わかってる。これは、俺の自業自得なんだ。因果応報なんだ。女に対して真剣になれなかった俺が悪いんだ。
「桜井くんは、それでいいの?」
「いいよ、別に。杉田も下手に俺を庇ったりすんなよ? 俺のことなら気にすんな」
「……バカなんだから」
バカ、か。バカなんだろうな。
去っていく杉田の後ろ姿を見送りながら、溜め息を吐く。白い息は、すぐに空気に溶けて消えていく。
でも、杉田。お前もかなりのバカだよ。女を取っ替え引っ替えして遊んでいた俺を好きになってくれるような女は、みんなバカなんだ。
好きになるな、とは言わないけど、ちゃんと相手を見ろよ、とは言いたい。お前が惚れた男は、噂通り、最悪な男なんだ。
それは、今も、杉田からの告白を断ったときも、変わらない。
ヴヴとバイブが鳴る。見ると、見知らぬメアドから空メール、いや、画像だけ送られてきていた。今どきメールかよ、と毒づきながら添付されていた画像を開いて、愕然とする。
――なん、だ、これ。
送られてきた写真は二枚、先日、あかりと会ったときの写真だ。レストランで食事をしている写真と、ラブホテルへ入っていくときの写真。尾行られて、二人一緒の姿を撮られたようだ。
幸い、あかりの顔にはスタンプか何かで加工がされていて誰なのかわからないようになってはいるけど、これはあまりに悪質だ。
気は進まないが、由加に話をしなければならない。
こういうことが続くのであれば、俺も黙ってはいられない。あかりに危害が加えられる前に、決着をつけなければならない。
本当に、俺は、バカだな。
◆◇◆◇◆
『身の回りで変なこと? ないよ、大丈夫』
あかりの勤める会社に怪文書などは出回っていないらしい。ホッとすると同時に、標的は俺なのだと再認識する。
そうだ。標的は俺。恨まれているのは、俺。
「なに、話って?」
気だるげな、迷惑そうなその声音。モノが欲しいときだけ、甘く囁いてくる、女の声。
緩く巻いた明るい長い髪は、あかりの黒くて真っ直ぐな髪とは違う。派手なネイルをし、目が大きくなるカラコンをした、今どきの女子大生が目の前に座る。相変わらず、冬なのに露出度の高い服を着ている。
「今さら復縁しようったって、遅いんだからね」
ムッスリした表情の由加に、苦笑する。大丈夫、そんな色のある話じゃないから。
大学からは少し離れたチェーン店のカフェで、由加と待ち合わせていた。元カノと二人で会うのは久しぶりだ。
「単刀直入に聞くけど、この写真、何?」
由加は俺のスマートフォンの画像を見て「何、これ?」と眉をひそめた。そして、画像の中の俺とあかりに気づき、「へぇ!」と明るく声を上げた。
「また女ができたの? 良かったじゃん!」
「……」
「でも、どうせ遊びなんでしょ? カノジョ、知ってるの?」
「……知ってる」
「ま、カノジョが本気にならないように気をつけておけばいいんじゃない?」
この段階で、由加が関与していないことは明白だった。彼女はどう見ても「元カレの恋愛話を楽しんでいる」のだ。
「え、何? 私にわざわざノロケるために呼んだわけ? やだ、最悪なんだけどそれ」
「この写真、隠し撮り」
「やっだ、私を疑ってんの? やめてよ。私、ストーキングなんてしないよ。だって、私もカレシできたもん。ほら、カッコいいでしょ?」
……これは完全にシロだ。スマートフォンから二人の自撮り写真を見せられて、げんなりする。イルミネーション輝くクリスマスツリーの前で、頬を寄せ合っている元カノと相手の写真なんて見たくはなかった。ちょっと複雑な気分だ。
「私と行く予定だったホテル、カノジョと行くんでしょ? 楽しんできてね。私はクリスマスはカレシと北海道旅行だから」
「……良かったな」
「ほんとにね! 翔吾と別れていいコトばっかり!」
私幸せなの、と笑う元カノを見て、そのまま幸せになってくれと願う。俺では与えられない、与えられなかった幸せだから。
「で、俺の変な噂、由加が流しているわけじゃないんだよな?」
「あぁ、あれ? 私じゃないよ。そりゃ、別れたときは友達に散々愚痴ったけど、今は全然! ほら、幸せだし?」
「心当たり、ある?」
「私より翔吾のほうが心当たりあるんじゃないの?」
うーん、と唸る。
由加だと思っていたから、由加以外の心当たりがない。その前の元カノは大学生ではなかったし、その前は高校生だった。大学内で付き合った人は、実は多くない。
「あ、でも、翔吾と付き合い始めて後期に入った頃、私にも変な噂立てられたよ? ビッチだとか、誰とでも寝る女だとか」
「むしろ由加は身持ちが堅いほうだろ」
「そうなんだけど、夏はもっと髪が明るかったから、そういうふうに見られていたのかもね。ま、別にいいけど」
由加も妙な噂を立てられていたというのは気になる。
俺と付き合った女に変な噂が立つのなら、それはたぶん――。
「私への嫉妬だろうね、って友達は言っていたよ。翔吾を好きな女が流した噂なんじゃないかって」
「だろうな。心当たりは全くないけど」
「告白したくてもできない子じゃない?」
カフェラテを飲み干して、由加はじいっと俺を見る。探るような視線は居心地が悪い。
「……何?」
「ん、翔吾、ちょっと顔が穏やかになった?」
「さあ?」
「弟くんは相変わらずツンツンしているけど、翔吾は優しくなった感じがする。カノジョのおかげかな?」
由加はニッと笑う。夏の彼女の笑顔に惹かれ、付き合い始めたのが今は懐かしい。
嘘でもいいから「由加のことは本気だよ」と言ってあげたら、彼女も少しは安心していられたのかもしれない。そんなことを考えて、やっぱり俺はバカなんだなと自嘲する。
「でも、遊びだから」
「あ、それなんだけど。カレシが翔吾のこと話せって言うから話したんだけどさ」
おい、やめろよ。俺、お前の今カレとやり合う気はないぞ。サッカーしかしてこなかったから、喧嘩とかめちゃくちゃ弱いぞ。したことないけど。
予想外の展開に慌てたが、由加から発せられた言葉は、実に意外なものだった。
「カレシ、翔吾のこと『臆病なんだな』って言っていたよ」
「……臆病?」
「なんか『遊びだと思い込むことで、予防線を張っている感じがする』って。『本気になるのが怖いんだろうな』とかも言っていたかな」
お前の彼氏、メンタリストか何かか?
由加の荒んだ気持ちを落ち着けるための口説き文句だとしても、それに俺が利用されていたのだとしても、構わない。それで由加を幸せにしてくれるなら。
「大事にしてもらえよ。あと、そんな薄着で風邪引くなよ。もう看病してやれないんだから」
「言われなくても大事にしてもらってまーす! 看病もカレシに頼むもん。翔吾もお幸せに!」
由加はヒールのあるブーツを鳴らしながら、コートを着るついでにヒラヒラと手を振って出て行った。
噂の出処は由加ではない。それがわかっただけでも収穫だ。
遊びだと思い込むことで予防線を張っているのも、本気になるのが怖いのも、臆病なのも、当たっているのかもしれない。
相手は遊びでセックスをする女。俺には本気になってくれない。
そんな彼女に恋をして、どうする?
そんな彼女に溺れて、どうなる?
俺は――最近、いつも「好きだ」と「本気になってはいけない」の間に、いる。
こんなはずじゃ、なかったのに。
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大学の帰り、イルミネーションに彩られた街を行く。あれほど目に入っていた幸せそうなカップルは、もう全然気にならない。気分が悪くもならない。
ショーウインドウに飾られた服やアクセサリーをぼんやり見つめながら、あかりに似合いそうなものを探す。
ネックレス? シンプルなものなら仕事中につけてくれるだろうか? ピアスホール、は開いていないし、イヤリング、もつけそうにない。指輪なんて以ての外だ。
化粧品や香水にも興味はないだろう。あかりはネイルすらしていなかった。美容には無関心なのだ。
下着のサイズも靴のサイズも知っている。でも、さすがに出会って一ヶ月もたっていないのに、下着を贈るのは難しい。
あ、ニットのワンピースは似合いそう。あかりは寒がりだから、暖かいものがいいかもしれない。マフラーとか、手袋とか……って、高校生カップルか、俺たちは。
あかりのことを考えるだけで、ニヤニヤしてしまう。そんな自分がショーウインドウに映って気持ち悪い。心底気持ち悪い。
しかし、ふと立ち止まった店のショーウインドウの中に、目を引くものがあった。
物欲のない女へのプレゼント。長く身につけてもらえそうなもの。
「あれで、いいか」
妥協ではない。二人にしかわからないものだ。
クリスマスカラーのラッピングをしてもらって、店の外に出る。肌を掠める風は冷たいが、俺の気持ちは少し暖かい。
たぶん、こんな安物でも、あかりは喜んでくれる。その笑顔を独り占めできる瞬間を期待して、浮かれた気分で帰路につく。
けれど、途中、やっぱり暖かいものを探して、通りと店内をうろうろした挙句、カシミアのワンピースを買ってしまった。ワインレッドは、あかりには似合いそうだ。先日買ったコートにもきっと合うだろう。
あかりを全身コーディネートしたい気持ちを抑えて、駅に向かう。
あぁ、こんなにクリスマスが待ち遠しいなんて、初めてかもしれない。いや、子どものとき以来か。
でも、本当に、待ち遠しい。
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感想募集中。更新中は励みになりますし、完結後は次回作への糧になります。
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