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008.聖女、聖母に会う。
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聖母エルラートの美しさは形にすることも描くこともできない――そう教わっていたのだけど。
《やぁだ、あたし、めっちゃ美しいでしょ!》
と、めっちゃ美しい――らしい、ホログラムみたいなキラキラした光が、ふわふわと私の周りを飛ぶ。即位式のときは虹色に輝いていたけれど、今はカンテラの明かりに照らされているため、光は赤やオレンジ色に近い色合いになる。紅とか赤橙、山吹色みたいな色が混じる。握りこぶしほどの大きさの、めっちゃ美しいこの光が、聖母エルラートだ。
ほんと、聖母っぽくない。形も、口調も。
いや、私だって自分のことを聖女っぽいとは思っていないけどさ。もうちょっと聖母マリア様っぽいのを想像していたから、何とも拍子抜けな感じがする。
この聖母様、即位式の最中にいきなり見えるようになった。いきなり声が聞こえるようになった。けれど、実体がないのか、触れることはできない。不思議な存在だ。
「私、即位式の前にもちゃんと聖母様を呼んでいたよね? 何で今まで無視していたの?」
《だぁって、アーヤはあたしがいなくても平気でしょ? 持病もないし、愚かすぎることもない、ちゃあんと世界に順応できる子を選んだもの。まぁ、結果的には無視したことになっちゃってごめんなさいねぇ。でも、あたしも暇じゃないのよぉ。大変なときなら駆けつけてあげるわよぉ、本当に大変なときならね》
「何かいちいちオネエっぽい喋り方だなぁ」
《ふふふ、性別不詳なの》
「聖母なのに?」
《聖母だから、よ》
わけがわからない。「オネエ」という単語は元の世界のものだ。こちらの世界では使われていないはずなのに、聖母様は知っているみたいだ。
性別不詳に関しては、元の世界でも天使に性別はなかったはずだから、それと同じように考えていいのだろうか。
《両性具有とはまたちょっと違うんだけどねぇ。まぁ似たようなものかしら。あと、世界軸に関しては、推察通り。あたし、今七つの世界を管理しているから、大体のことはわかるわよぉ》
「えっ、じゃあ私を元の世界に戻すことって」
《できるけど、準備にかなり時間がかかるわよぉ。それに、ここと時間軸が違うから、地球に戻っても浦島太郎状態になるわよぉ? 知り合いもいなくなった世界に、そんなに帰りたい? アーヤ、地球にそんなに愛着あったかしら?》
……マジか。じゃあ、元の世界の同じ時代に戻ることは不可能だというティーロの言葉は嘘ではないということだ。
「まぁ、確かにそんなに帰りたいわけじゃないけど」
《でしょー? それに、日本人は信仰心が薄いから喚び出しやすいのよぉ。ほぉら、どんな神様でも拒絶反応はないでしょう? フジコちゃんも簡単にあたしを受け入れてくれたし、勤勉な日本人らしく仕事もきっちりこなしてくれるしねぇ。ふふふ。とにかく、この世界は聖女ちゃんたちにお任せしてあるから、アーヤもお仕事頑張ってねん》
「……聖母様はどちらに?」
《あぁ、今ねぇ、三つ目の世界の環境を整えているところなのぉ。ようやく人類が滅亡したから、動物たちの楽園を整備してあげなくちゃね。あ、地球じゃないから安心して。ふふふ》
聞かなきゃ良かった。当たり前のことだけど、人類滅亡の先を気楽に言えてしまうあたりが「聖母様」なのだろう。人類が滅亡しても世界は続くんだなぁ。
というか、フジ様は「フジコ」という名前だったのね。初めて知ったわ。
《じゃ、忙しいからまたねん》
語尾にハートマークをつけるような口調で《バイバーイ》と挨拶をして、聖母様は消えた。
即位式のときは少しも話せなかったから、眠る前に試しに聖母様を呼んでみたら、ホログラム体が現れたのだ。何とも気まぐれな。
聖母様は七つの世界を管理していると言っていた。だとすると「聖母」と言うよりは「神様」なんじゃないだろうか。この世界では聖母と呼ばれているけど、別の世界では神様とか女神様とか呼ばれているかもしれない。世界の管理に手がかかり、神様としての仕事が行き届かないから、聖女を代理としているような印象だった。
聖女は代理人――あぁ、何となくしっくりくる。《奇跡》を起こすのは、神様の役目だもんね、普通。私自身にすごい力があるわけじゃない。神様の力を代理で行使しているだけ。じゃあ、私は天使に近いのかな? 吹いちゃいけないラッパも持たされていないし、翼も生えていないし、天使って柄じゃないけど。
どちらにしろ、明日からその代理人の仕事をやらなくちゃいけないのだ。早く寝よう。私はカンテラの魔石の火を消し、暖かい布団の中に潜り込む。
だってさ、聖女としてちゃんと仕事ができなきゃ、三番目の世界と同じようになるんだよね? 人類滅亡だけは阻止しなきゃ、と思っちゃうよね……まだそんなにこの世界にも愛着があるわけじゃないけど、さ。
私が聖女の間は、そんな光景、見たくないんだよね。
聖居にある執務室の大きな机の上に、その大きな木箱はあった。即位式の翌日は休日だったはずだぞ、と訝しがりながら中を覗き、絵馬ほどの大きさの板が大量に入れられていることを確認する。一枚の板を手に取り、香茶の準備をしている侍女に尋ねる。
「ねぇ、レオニー、これ何だかわかる?」
今日はエミリアさんとメリナは休日。レオニーという二歳上の侍女がそばにいてくれる。さっぱりとした性格で、かなり博識なお姉さんだ。あまり笑ってくれないけど、信頼はできると思っている。
レオニーは足を悪くしているため、歩き方が少しぎこちない。けれど、彼女が飲食物を運びながら、トレイを落としたことも中身を零したことも見たことがない。きっと、幼い頃から大変な努力をしてきたんだろう。
「寄付板ですよ。聖母様や聖女様へのお願い事を書いた板です」
「へぇ、絵馬かぁ」
「エマ? どちらのご令嬢様でしょう?」
神殿の聖居で働く侍女には聖職者の寡婦や令嬢しかなれないらしい。推薦状が必須なのだと聞いた。エミリアさんはご主人を亡くした寡婦、レオニーは貴族のご令嬢だ。聖職者が平民から選ばれることは少ない。つまり、侍女は皆、貴族の内部事情には詳しいというわけだ。
エマ違いだよ、と私は説明する。日本にも願い事を書いて祈る風習はある。絵馬もそうだし、七夕の短冊も同じようなものだ。
レオニーは意外と元の世界のことを興味深そうに聞いてくれる。他の人は興味なんて示してくれないから、それが少し嬉しい。だからなのか、レオニーは私が知らなそうなことは率先して説明してくれる。彼女と話していると《透視》が必要なくて助かるのだ。やっぱり、目を閉じながら魔力を消費して文字を追いかけるより、人の顔を見ながら話をしたいじゃん。
「寄付板は寄付って名前がつくから、無料ではないよね?」
「はい。寄付板は、青銅貨五枚、銀貨五枚、金貨一枚でそれぞれ購入することができます。文字の色が違っているでしょう? それで寄付の金額を判別することができます」
レオニーはそう言うけれど、箱の上のほうの板は青字のものばかりだ。下を漁ると、ようやく灰色や黒の字で書かれた寄付板が出てくる。つまり、青字で書かれた板がまず目に入るように意図的に入れられているということだ。もちろん、その意図がわからないわけではない。
「青が金貨、灰色が銀貨、黒が青銅貨?」
「おっしゃる通りです。よくわかりましたね」
そりゃ、金貨の寄付板の願いを優先させてもらいたいよね、神殿の聖務官としては。どこの世界でも、お金はお金だということだ。
そして、私は実はこの世界の文字を読むことができる。それも聖女の力なんだろう。日本語では書かれていなくても、日本語として変換されて目の中に入ってくる感じ。私は適当に手にとった板の文字を読む。
「……『大好きな彼が早くあの女と別れますように』」
「二人を別れさせてください、というお願いではなくて良かったですね」
「確かに。でも聖女にそんなこと願わないでほしいわね。『平民からもっと税を取り立てるいい案はないか教えていただきたい』……うわぁ」
「どこかの役人でしょうか。アーヤ様に願わずとも、自分で考えるべきでしょうに」
「まぁ変な増税とかされたくないよね。次、次。『聖女様の力で畑を荒らす獣を退治してもらいたい』……あ、連名でもいいんだ?」
「金貨の寄付板は高価ですからね。村や町が寄付金を募った上で願い事を持ち込んで来ることもあります」
「こういうのって国に頼んだりしないの?」
「まずは領主に陳情するのが普通ですが、仕事熱心ではなかったり、遠方にいたりして面会する機会がない場合もありますから。教会や神殿に持ち込んだほうが解決が早い場合もあります」
レオニーは私に質問に答えながら、机の端にパンと香茶を置いてくれる。私の作業の邪魔にならないように。そして、彼女自身は執務室の端に座って何らかの作業をしているか、侍女の控室に戻って仕事をしているか、だ。今日は私の質問に答えるためか、椅子に座って刺繍をしている。ありがたいことだ。
十五歳が成人のウェローズ王国では、二十二歳は結婚適齢期を逃した形だとレオニーが寂しそうに言っていた。足の障害が問題視され、なかなか結婚に至らないのだとか。レオニー、気立てもいいしスタイルいいし賢いから、見る目のある人がいればすぐにでも貰われて行っちゃいそうなんだけどなぁ。
私はパンを片手に、頬張りながら寄付板を仕分ける。検討の必要なし・検討の必要あり・速やかに検討すべき、の三つに分類していく。もちろん、文字の色は関係ない。神殿の懐事情――寄付金の額なんて知ったこっちゃないわ。
だって、私、初詣では五円玉くらいしか賽銭箱に入れたことないのだ。良くて二十五円。ご縁がありますように、重々ご縁がありますように。お金がかかる絵馬なんて実は書いたことがない。大学受験はしなかったから、神頼みをするほどの願い事がなかったのだ。
……賽銭箱、かぁ。青銅貨が出せない人、そんなに大きな願い事ではない人はどうするのだろう。それこそ、短冊に書いてしまえるくらいの小さな願い事は。
「ねぇ、レオニー。聖女への願い事って、寄付板だけ?」
「いえ。五日板というものもありますよ。神殿の門の近くに設置された大きな板に、願い事を書くんです。聖会の翌日の夜には消されるので、五日板と呼びます。こちらは一銅貨で済むので、平民には寄付板より利用されていますね」
「つまり、お金がある貴族や、どうしても願いを叶えてもらいたい村や町は寄付板を使い、お金がない信徒は五日板を使う、と」
「概ね、そんなところです」
聖会の翌日……って、今日じゃん! じゃあ、願い事のいくつかは今夜消されるってこと!?
「五日板って私も見られる!?」
「もちろん」
「じゃあ、あとで一緒に行こう」
「……私もですか?」
「事情通のレオニーがいるとすごく助かるんだ。あ、もちろん、嫌ならいいよ。レオニーの仕事があるならそっちを優先させてもらいたいし。無理にとは言わないから」
レオニーは目をぱちぱちと何度か瞬かせたあと、「喜んで」と微笑んだ。ふんわりとした空気が漂ったのは一瞬で、レオニーはまた唇を結んで手元の刺繍に目を落とした。
私は思う。
この世界の男は、本当に見る目がない。いや、ほんと、マジ、見る目がない。目玉、洗ったほうがいいんじゃない?
レオニー、めっっちゃ笑顔が可愛かったのだ。行き遅れだなんて本当にもったいない、と私が思うくらいに。
《やぁだ、あたし、めっちゃ美しいでしょ!》
と、めっちゃ美しい――らしい、ホログラムみたいなキラキラした光が、ふわふわと私の周りを飛ぶ。即位式のときは虹色に輝いていたけれど、今はカンテラの明かりに照らされているため、光は赤やオレンジ色に近い色合いになる。紅とか赤橙、山吹色みたいな色が混じる。握りこぶしほどの大きさの、めっちゃ美しいこの光が、聖母エルラートだ。
ほんと、聖母っぽくない。形も、口調も。
いや、私だって自分のことを聖女っぽいとは思っていないけどさ。もうちょっと聖母マリア様っぽいのを想像していたから、何とも拍子抜けな感じがする。
この聖母様、即位式の最中にいきなり見えるようになった。いきなり声が聞こえるようになった。けれど、実体がないのか、触れることはできない。不思議な存在だ。
「私、即位式の前にもちゃんと聖母様を呼んでいたよね? 何で今まで無視していたの?」
《だぁって、アーヤはあたしがいなくても平気でしょ? 持病もないし、愚かすぎることもない、ちゃあんと世界に順応できる子を選んだもの。まぁ、結果的には無視したことになっちゃってごめんなさいねぇ。でも、あたしも暇じゃないのよぉ。大変なときなら駆けつけてあげるわよぉ、本当に大変なときならね》
「何かいちいちオネエっぽい喋り方だなぁ」
《ふふふ、性別不詳なの》
「聖母なのに?」
《聖母だから、よ》
わけがわからない。「オネエ」という単語は元の世界のものだ。こちらの世界では使われていないはずなのに、聖母様は知っているみたいだ。
性別不詳に関しては、元の世界でも天使に性別はなかったはずだから、それと同じように考えていいのだろうか。
《両性具有とはまたちょっと違うんだけどねぇ。まぁ似たようなものかしら。あと、世界軸に関しては、推察通り。あたし、今七つの世界を管理しているから、大体のことはわかるわよぉ》
「えっ、じゃあ私を元の世界に戻すことって」
《できるけど、準備にかなり時間がかかるわよぉ。それに、ここと時間軸が違うから、地球に戻っても浦島太郎状態になるわよぉ? 知り合いもいなくなった世界に、そんなに帰りたい? アーヤ、地球にそんなに愛着あったかしら?》
……マジか。じゃあ、元の世界の同じ時代に戻ることは不可能だというティーロの言葉は嘘ではないということだ。
「まぁ、確かにそんなに帰りたいわけじゃないけど」
《でしょー? それに、日本人は信仰心が薄いから喚び出しやすいのよぉ。ほぉら、どんな神様でも拒絶反応はないでしょう? フジコちゃんも簡単にあたしを受け入れてくれたし、勤勉な日本人らしく仕事もきっちりこなしてくれるしねぇ。ふふふ。とにかく、この世界は聖女ちゃんたちにお任せしてあるから、アーヤもお仕事頑張ってねん》
「……聖母様はどちらに?」
《あぁ、今ねぇ、三つ目の世界の環境を整えているところなのぉ。ようやく人類が滅亡したから、動物たちの楽園を整備してあげなくちゃね。あ、地球じゃないから安心して。ふふふ》
聞かなきゃ良かった。当たり前のことだけど、人類滅亡の先を気楽に言えてしまうあたりが「聖母様」なのだろう。人類が滅亡しても世界は続くんだなぁ。
というか、フジ様は「フジコ」という名前だったのね。初めて知ったわ。
《じゃ、忙しいからまたねん》
語尾にハートマークをつけるような口調で《バイバーイ》と挨拶をして、聖母様は消えた。
即位式のときは少しも話せなかったから、眠る前に試しに聖母様を呼んでみたら、ホログラム体が現れたのだ。何とも気まぐれな。
聖母様は七つの世界を管理していると言っていた。だとすると「聖母」と言うよりは「神様」なんじゃないだろうか。この世界では聖母と呼ばれているけど、別の世界では神様とか女神様とか呼ばれているかもしれない。世界の管理に手がかかり、神様としての仕事が行き届かないから、聖女を代理としているような印象だった。
聖女は代理人――あぁ、何となくしっくりくる。《奇跡》を起こすのは、神様の役目だもんね、普通。私自身にすごい力があるわけじゃない。神様の力を代理で行使しているだけ。じゃあ、私は天使に近いのかな? 吹いちゃいけないラッパも持たされていないし、翼も生えていないし、天使って柄じゃないけど。
どちらにしろ、明日からその代理人の仕事をやらなくちゃいけないのだ。早く寝よう。私はカンテラの魔石の火を消し、暖かい布団の中に潜り込む。
だってさ、聖女としてちゃんと仕事ができなきゃ、三番目の世界と同じようになるんだよね? 人類滅亡だけは阻止しなきゃ、と思っちゃうよね……まだそんなにこの世界にも愛着があるわけじゃないけど、さ。
私が聖女の間は、そんな光景、見たくないんだよね。
聖居にある執務室の大きな机の上に、その大きな木箱はあった。即位式の翌日は休日だったはずだぞ、と訝しがりながら中を覗き、絵馬ほどの大きさの板が大量に入れられていることを確認する。一枚の板を手に取り、香茶の準備をしている侍女に尋ねる。
「ねぇ、レオニー、これ何だかわかる?」
今日はエミリアさんとメリナは休日。レオニーという二歳上の侍女がそばにいてくれる。さっぱりとした性格で、かなり博識なお姉さんだ。あまり笑ってくれないけど、信頼はできると思っている。
レオニーは足を悪くしているため、歩き方が少しぎこちない。けれど、彼女が飲食物を運びながら、トレイを落としたことも中身を零したことも見たことがない。きっと、幼い頃から大変な努力をしてきたんだろう。
「寄付板ですよ。聖母様や聖女様へのお願い事を書いた板です」
「へぇ、絵馬かぁ」
「エマ? どちらのご令嬢様でしょう?」
神殿の聖居で働く侍女には聖職者の寡婦や令嬢しかなれないらしい。推薦状が必須なのだと聞いた。エミリアさんはご主人を亡くした寡婦、レオニーは貴族のご令嬢だ。聖職者が平民から選ばれることは少ない。つまり、侍女は皆、貴族の内部事情には詳しいというわけだ。
エマ違いだよ、と私は説明する。日本にも願い事を書いて祈る風習はある。絵馬もそうだし、七夕の短冊も同じようなものだ。
レオニーは意外と元の世界のことを興味深そうに聞いてくれる。他の人は興味なんて示してくれないから、それが少し嬉しい。だからなのか、レオニーは私が知らなそうなことは率先して説明してくれる。彼女と話していると《透視》が必要なくて助かるのだ。やっぱり、目を閉じながら魔力を消費して文字を追いかけるより、人の顔を見ながら話をしたいじゃん。
「寄付板は寄付って名前がつくから、無料ではないよね?」
「はい。寄付板は、青銅貨五枚、銀貨五枚、金貨一枚でそれぞれ購入することができます。文字の色が違っているでしょう? それで寄付の金額を判別することができます」
レオニーはそう言うけれど、箱の上のほうの板は青字のものばかりだ。下を漁ると、ようやく灰色や黒の字で書かれた寄付板が出てくる。つまり、青字で書かれた板がまず目に入るように意図的に入れられているということだ。もちろん、その意図がわからないわけではない。
「青が金貨、灰色が銀貨、黒が青銅貨?」
「おっしゃる通りです。よくわかりましたね」
そりゃ、金貨の寄付板の願いを優先させてもらいたいよね、神殿の聖務官としては。どこの世界でも、お金はお金だということだ。
そして、私は実はこの世界の文字を読むことができる。それも聖女の力なんだろう。日本語では書かれていなくても、日本語として変換されて目の中に入ってくる感じ。私は適当に手にとった板の文字を読む。
「……『大好きな彼が早くあの女と別れますように』」
「二人を別れさせてください、というお願いではなくて良かったですね」
「確かに。でも聖女にそんなこと願わないでほしいわね。『平民からもっと税を取り立てるいい案はないか教えていただきたい』……うわぁ」
「どこかの役人でしょうか。アーヤ様に願わずとも、自分で考えるべきでしょうに」
「まぁ変な増税とかされたくないよね。次、次。『聖女様の力で畑を荒らす獣を退治してもらいたい』……あ、連名でもいいんだ?」
「金貨の寄付板は高価ですからね。村や町が寄付金を募った上で願い事を持ち込んで来ることもあります」
「こういうのって国に頼んだりしないの?」
「まずは領主に陳情するのが普通ですが、仕事熱心ではなかったり、遠方にいたりして面会する機会がない場合もありますから。教会や神殿に持ち込んだほうが解決が早い場合もあります」
レオニーは私に質問に答えながら、机の端にパンと香茶を置いてくれる。私の作業の邪魔にならないように。そして、彼女自身は執務室の端に座って何らかの作業をしているか、侍女の控室に戻って仕事をしているか、だ。今日は私の質問に答えるためか、椅子に座って刺繍をしている。ありがたいことだ。
十五歳が成人のウェローズ王国では、二十二歳は結婚適齢期を逃した形だとレオニーが寂しそうに言っていた。足の障害が問題視され、なかなか結婚に至らないのだとか。レオニー、気立てもいいしスタイルいいし賢いから、見る目のある人がいればすぐにでも貰われて行っちゃいそうなんだけどなぁ。
私はパンを片手に、頬張りながら寄付板を仕分ける。検討の必要なし・検討の必要あり・速やかに検討すべき、の三つに分類していく。もちろん、文字の色は関係ない。神殿の懐事情――寄付金の額なんて知ったこっちゃないわ。
だって、私、初詣では五円玉くらいしか賽銭箱に入れたことないのだ。良くて二十五円。ご縁がありますように、重々ご縁がありますように。お金がかかる絵馬なんて実は書いたことがない。大学受験はしなかったから、神頼みをするほどの願い事がなかったのだ。
……賽銭箱、かぁ。青銅貨が出せない人、そんなに大きな願い事ではない人はどうするのだろう。それこそ、短冊に書いてしまえるくらいの小さな願い事は。
「ねぇ、レオニー。聖女への願い事って、寄付板だけ?」
「いえ。五日板というものもありますよ。神殿の門の近くに設置された大きな板に、願い事を書くんです。聖会の翌日の夜には消されるので、五日板と呼びます。こちらは一銅貨で済むので、平民には寄付板より利用されていますね」
「つまり、お金がある貴族や、どうしても願いを叶えてもらいたい村や町は寄付板を使い、お金がない信徒は五日板を使う、と」
「概ね、そんなところです」
聖会の翌日……って、今日じゃん! じゃあ、願い事のいくつかは今夜消されるってこと!?
「五日板って私も見られる!?」
「もちろん」
「じゃあ、あとで一緒に行こう」
「……私もですか?」
「事情通のレオニーがいるとすごく助かるんだ。あ、もちろん、嫌ならいいよ。レオニーの仕事があるならそっちを優先させてもらいたいし。無理にとは言わないから」
レオニーは目をぱちぱちと何度か瞬かせたあと、「喜んで」と微笑んだ。ふんわりとした空気が漂ったのは一瞬で、レオニーはまた唇を結んで手元の刺繍に目を落とした。
私は思う。
この世界の男は、本当に見る目がない。いや、ほんと、マジ、見る目がない。目玉、洗ったほうがいいんじゃない?
レオニー、めっっちゃ笑顔が可愛かったのだ。行き遅れだなんて本当にもったいない、と私が思うくらいに。
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