【R18】肉食聖女と七人のワケあり夫たち

千咲

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第三夜

075.聖女とウィルフレド(一)

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 めっちゃ頑張ってラルスの嘆願書十二枚目を書いていた三つ時、テレサとトマスが申し訳なさそうにやってきた。「あの、聖女様」とトマスなんかおずおずと入室してくる。大丈夫、食べないってば。きみも可愛い顔してるけど、好みじゃないもん。

「紫の国の大主教様がお目通り願いたいと仰せです」
「え、もう今日の査問会終わったの? 良かったー、書けるたびに持って行ってもらってて。質より量作戦だわ。ありがとね、トマス。あ、大主教が会いたいって? それは、わたしに? それとも、ウィルフレドに?」
「紫の君にお会いしたいようなのですが」

 なるほどね。来たわね。わたしの中の怒りの炎がどんどん大きくなる。殴る準備ならできているわよ!

「ウィルに会うのはダメ。扉越しに会話をするだけなら許可できるよ。もちろん、わたしも同席する。で、ラルスはどうだったの? どうなったの? どうなっているの?」

 その旨伝えてきます、と逃げ出そうとしたトマスの裾を引っ掴んでぐいぐい迫る。「進展はないようです」と情けない声を上げるトマスに、わたしの怒りは最高潮だ。

「えっ、皆、嘆願書読んでる? 本当に偉い人に渡してる? 読んでるところ、見たことある? 何で進展がないの? どういうこと? ねえ、トマス!」
「え、エレミアス様はだいぶ印象が悪くなっているようですよ。ラルス様は良くもなく、悪くもない印象です」
「嘆願書のおかげ?」
「お、おそらくは」

 全然わかってないんじゃないの! もう! これだから情報収集のできない若い宮文官は! ラルスみたいに狡猾な人はいなかったの? 一を聞いて十を知る、みたいなタイプはいなかったの? 全然ダメ!
 わたしが怒っているとわかったのか、トマスは「すみません」と縮こまる。謝るくらいなら何とかしてもらいたいのだけれど、そうは言っても彼の手腕ではきっと難しいんだろうな。

「ラルスは元気なのかな」
「病気に罹ったとは聞いておりません」
「ちゃんと食べてるかな?」
「本部内なので、僕たちと同じものを食べていると思います」
「ねぇ、他にわたしができることってない? 嘆願書を書くだけ? 渡すだけ? 何かもっと……あぁ、証言台で自由に喋るとかできたらいいのに!」
「聖女様が自由に喋ると逆効果……いえ、何でもありません」

 わたしが証言台に立つと逆効果。そりゃそうだろうな。アールシュも言っていたもん。だから、書くしかないかぁ。
 わたしは十三枚目の嘆願書を書くために紙に手を伸ばす。手はインクで汚れ、目もしょぼしょぼしている。書き慣れない文字を書いているから、頭も痛くなる。でも、やめることはない。何枚でも、何十枚でも、追加で書きたい。
 ラルスに生きていてもらいたい。
 ただ、それだけの気持ちで、わたしはまた真っ白な紙に向かい始める。



 紫色の扉からやってきたウィルフレドに、大主教が会いたがっていることを伝えると、すぐに「会います」と即答した。そう言うと思ってた。だから、もう呼んである。今、夫と手を繋いで廊下を歩きながら、そちらへ向かっている。

「でも、色々と心配だから、聖女宮の扉を挟んで、内と外で話すだけでもいい? この間のわたしたちみたいな感じで」
「ええ、それで大丈夫です。今夜ですか? それとも、明日の朝ですか?」
「今夜、もう来ていると思うんだけど」
「会います。案内してください」

 ウィルフレドがぎゅっとわたしの手を握る。気丈に振る舞ってはいるけど、やっぱり緊張するよね。怖いんだろうな。いざとなったらわたしが守るからね。わたしもウィルフレドの手をぎゅっと握り返す。彼は「ふふ」と軽やかに笑う。

「怖い?」
「いえ。楽しみです」

 ウィルフレドはまだ大主教のことを信じているのかな? あんなことをされ続けたのにまだ信じているとしたら、かなりの悲劇だと思う。やっぱり、会話が終わったら、大主教を殴っておきたいな。
 あぁぁ、でも、査問会が終わるまで我慢、我慢。ラルスの心証が悪くなっちゃうよねぇ。それはダメ。

 居室を通り過ぎ、湯殿を通り過ぎ、扉の前にやって来る。しんと静まり返った聖女宮。わたしはウィルフレドを立ち止まらせ、準備してあった長椅子に座らせる。

「イズミ様もいらっしゃいますか?」
「うん。ダメかな?」
「いいですよ。聞いていてください」

 にっこりと微笑んで、ウィルフレドは「大主教様、いらっしゃいますか?」と扉に向かって話しかける。わたしは彼の隣に座り、ぎゅっと手を握る。

「はい、こちらにおります。立派に務めを果たされているようで、大主教として肩の荷が降りました。紫の国の者は皆、ウィルフレド様を讃えておられます」

 何だろう、このねっとりとした喋り方。鳥肌が立っちゃった。ウィルフレドはこんな気持ちの悪い思いをずっとしてきたんだろうか。あぁぁ、会話の前に一発殴っておくんだった……!

「そうですか。無能呼ばわりしていたくせに、随分と簡単に手のひらを返すものですねぇ」
「そ、そんなことは」

 わたしはウィルフレドの綺麗な横顔をまじまじと見つめる。先日、扉越しに相談をしたときから思っていたけれど、ウィルフレドって、実は割と、毒舌だったりするのかな? めっちゃ煽るよね。びっくりだよ。

「あっ、今日お届けに上がりました、紫の国の特産品はもうお食べになられましたか? 聖女様もどうぞ召し上がってくださいませ。早馬に乗ってきたため、荷物が少なくて申し訳ありません。後日、きちんとした形で送り届けさせますので」

 ほら、大主教も大慌てじゃん。めっちゃ焦ってるじゃん。ちょー取り繕ってるじゃん。

「紫の国の特産品? あぁ、あの命の実のことですか」

 ウィルフレドはわたしが隣にいるのに、こともなげに言い放つ。……えっ、命の実? 到着したの?

「聖女様にボクの子どもを生ませると、穢れが完全になくなるんでしたよねぇ?」
「そ、それは」
「あぁ、何回も続けて生ませると、でしたか?」
「ご、ごか」
「よくもまあ、そんな虚言を恥ずかしげもなく連ねることができるものですねぇ。子ども相手だと思って侮ったのでしょうか。ボクが盲目だから御しやすかったのでしょうか。父親になったからと言って、生まれ持った性質が変わるようなことなどあるわけないでしょう」

 ……美少年が、ものすごい毒を吐いている。わたしの隣に座っているのは、鋭利な刃物だ。切れ味が良すぎる日本刀か何かだ。肌がピリピリする。
 わたしは、初夜と二夜目のときのウィルフレドが偽りだったのだと知る。たぶん、こっちが本性だ。これが、ウィルフレドだ。だって……めっちゃ楽しそうなんだもん。

「しかし、己の欲望に忠実なあなたは、よく働いてくれましたよ。ボクが国のために聖女の夫となりたいと申し出たとき、あなたは聖職者や国の権力者を二年かけて説き伏せてくれました。これには本当に感謝しています。そうでなければ、ボクは聖女宮に来られなかったのですから」

 大主教、めっちゃ青白くなっているだろうな。ウィルフレドがこんな子だったなんて知らなかったんだろう。
 ウィルフレドの本性を知ってしまったわたしは、何が本当のことで何が嘘だったのか、夫の発言を思い出しながら考えている。
 ええと……もしかして、性的虐待は、嘘? だとしたら喜ばしいことだよねぇ。虐待されていた美少年はいないということなのだから。
 でも、命の実をわたしに食べさせろと命令されていたことは本当みたい、と。大主教がどんな荷物よりも真っ先に命の実を持ってきたのだから事実なんだろう。

「概ね、ボクの計画通りです。ボクを無能呼ばわりし、虐げ続けてきた国から抜け出すには、権力の届かない場所へ逃げ込むしかありません。黒翼地帯か、聖女宮か、どちらかしかなかったのですから」

 何が本当で何が嘘か、教えてもらっても混乱しそう。わたしの頭の中はもう既にこんがらがっている。だから、もう考えるのをやめちゃった。性に合わないもん。

「ただ、一つだけ誤算がありました」

 ウィルフレドがぎゅうとわたしの手を握る。見ると、夫の美しい顔が眼前に迫っていた。

「出会わされた聖女様が、想像していた以上に愚直で、騙しやすく、計画を遂行するには惜しくなるほど、可愛らしい方であった、ということです」

 それ、褒めてる? 褒めてない? どっち?
 ウィルフレドはわたしの唇にキスをして「褒めています」と微笑んだ。そっか、美少年に褒められちゃったか。じゃあ、許す。

「ですので、当初の計画を変更することにしました。あなたの選択次第で、紫の国は滅ぶか、生き延びるか、どちらかになります」

 ……ん? 聞き間違いじゃなければ、めっちゃ不穏な言葉が出てきたような。当初の計画って、ねえ、ウィルフレド、もしかして。
 夫は扉のほうを見つめて微笑んでいる。その笑顔を、心底恐ろしいと感じる妻がここにいる。

「大主教様。あなたが宮文官ラルスを減刑すると言うのであれば、ボクはこのまま宮で聖女様の夫となり続けます」
「なん、っ」
「そうでないならば……もしも、ラルスが黒翼地帯へ追放されることとなるのであれば、当初の計画通り――」

 疎まれ、虐げられてきた第二王子は、故郷のすべてを憎んでいた。家族も、国民も、すべてを憎悪したままここにやってきた。

「――紫の国を滅ぼします」

 生まれ故郷を滅ぼしたいという欲望を抱き続けたまま、彼は聖女宮に逃げ込んできた。肌がヒリヒリするこの感覚こそが明確な殺意なのだと、わたしは初めて知ったのだ。


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