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第三夜

070.聖女と七人の夫たち(一)

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 わたしは後ろに立っているアールシュを見上げ、「本当にやるの?」と尋ねる。夫は「やりなさい」とにっこり微笑む。けれど、決心が鈍る。本当に大丈夫なんだろうか。リヤーフと同じ考えの夫がいたら。夫たちから拒絶されたら。あぁ、揺らぐ。

「イズミちゃん、あたしを信じなさい」

 その一言が、わたしの背中を押す。アールシュを信じる――それならできる。
 椅子に座ったわたしは、すぅと息を大きく吸い込んで、目の前の七色の扉に向かって、叫んだ。

「和泉です! 皆に相談したいことがあります! 今すぐ扉の前に来てください!」

 今夜はアールシュとの逢瀬のため、橙以外の扉の鍵は開かない。けれど、扉の内と外で会話をすることはできる。ここは防音がしっかりしている場所ではないことを、さっき確認した。
 だから、わたしの声は、夫か従者かどちらかに届けばいい。そして、最終的には夫が来てくれればいい。

「和泉です! 皆さんに、相談したいことがあります! 今すぐ! 扉の前に! 来てください! オーウェン! セルゲイ! ヒューゴ! リヤーフ! ベアナード! ウィルフレド! 皆に! 相談したいことが! あるの!」

 拡声器とかトランシーバーとかがあるといいんだけど、そんなものはない。だから、わたしは大声で叫ぶ。この声が、夫たちに届くように。必死で。

「和泉です! 相談したいことが! あるの!」
「イズミ殿!?」

 一番早かったのは、オーウェンだ。さすが元聖武官。聖騎士。耳もいいし、足も速い。……扉に体当たりとかされたら、絶対壊れるよね。

「ごめんね、オーウェン! わたしは無事だから! 皆が揃うまで、ちょっと待ってて!」
「そうか、無事か。なら、良かった」
「イズミさん!?」
「ヒューゴ、わたしは無事だから、ちょっと待ってて! 話したいことがあるの!」

 ヒューゴも到着。茶色の扉の向こうからノックする音が聞こえる。ベアナードも到着、と。

「ベアさん、ありがとう! ちょっと待っててね!」
「茶の国の夫君って、もしかしてベアナード?」
「セルゲイ? 来てくれたの、ありがとう!」
「あー、やっぱり王宮お抱え木工職人のベアナード? イズの部屋に飾ってあった聖樹の花の細工を見て、そうじゃないかと思っていたんだよねー。イズが寝ていたから聞けなくて気になっていたんだ。ベアナードの繊細かつ優美な作品が、僕は本当に大好きでねぇ、彼の昔の作品を買い集めて」
「はいはーい、青の人、お喋りはあとよ!」

 ありがとう、アールシュ。セルゲイのマイペースさには相変わらず驚いちゃうわ。
 それにしても、夫たちはそれぞれの夫のことを知らないのかな? 結婚式で顔を合わせて……ないよね、そういえばベールかぶっていたし。セルゲイは今ベアナードのことを知ったような口ぶりだし。まぁ、それぞれ事情は違うのかもしれないけど。

「リヤーフ! ウィルフレド! 相談したいことがあるの! 扉の前まで来てくれると嬉しい!」

 リヤーフはもしかしたら来ないかもしれない。彼の考えは聞いてあるから、それでも構わない。

「リヤーフ! ウィルフレド!」
「はい、イズミ様、こちらに」
「ウィル、ありがとう!」

 リヤーフは……まぁ、いいか。彼抜きで話をしようかと思ったとき、緑の扉の向こうでドスンという音が聞こえた。なるほど、来てくれた、と。

「リヤーフ?」
「……一応、来てやった」
「ありがとう!」

 さて、七人の夫を集めて、わたしがやりたいこと。しんと静まり返った七色の扉の前で、わたしは扉の向こうの夫たちに声をかける。

「ランプももうそろそろ消えちゃうのに、来てもらってごめんね。でも、ありがとう。来てくれて嬉しい」

 あぁ、体が震える。受け入れられない、と言う夫がいても仕方がない。拒絶されても仕方がない。わかっている。
 でも、非力なわたしがラルスを救うには、この手段しかない。

「お願いします! わたしに、あなたたちの力を貸してもらいたいの!」

 七色の扉の向こうにいる夫たちに、頭を下げる。きっと不思議そうな顔をしているだろう夫たちに、すべてを話そう。それから、彼らが持っている権力を、少しだけ借りよう。もちろん、賛同してくれる夫がいれば、の話。
 ラルスのためにできることなんて、これくらいしかないのだから。



「つまり、黄の国の聖職者が紫の国の宮文官を陥れるためにイズミさんのことを利用し、辱めた、と。彼らの査問会が明日開かれるため、副主教や大主教を丸め込み、宮文官を救いたいとイズミさんはお考えなのですね」

 端的にまとめていただいてありがとうございます、ヒューゴ! さすが頭脳派!

「我が国の者がイズミさんを辱め傷つけたこと、深く謝罪申し上げます。命の実をイズミさんに食べさせようとしたこと……孕ませようとした罪そのものが極刑に値します」

 命の実を食べないと妊娠しないこの世界では、暴行とか強姦とかの罪よりも、「命の実を食べさせた罪」のほうが重いらしい。エレミアスに猿轡代わりに命の実を突っ込まれた、と言った瞬間に夫たちが口々に呪いの言葉を吐いたもんね。ちょっとびっくりしちゃった。「食べていないから安心して!」と何回も叫ぶ羽目になったもんなぁ。
 望まぬ妊娠により堕胎薬を使うことは許されていても、母体に多少の影響は残るらしい。だから、嫌がる女に無理やり命の実を食べさせたり、命の実だと知らせずに食べさせたりした場合、かなりの重罪になるんだそうだ。
 そして、曲がりなりにも「聖女」ということで、わたしへの暴行や強姦などの罪は、普通の女の人に対するものよりはずっと重くなるらしい。
 ……エレミアス、これ、詰んでるんじゃない? と思ったけど、彼が床に落ちた命の実を置いていくような失敗をするわけがないし、入手経路が特定できたとしてもおそらく買収されているだろうし、そもそもわたしの証言に信憑性がないと判断される可能性もあるし、で、結局はエレミアスを追い詰める決定的な材料にはならないみたい。残念ながら。マジ残念。科捜研とかあればいいんだけどなぁ。

 ラルスはバカ正直に「聖女と姦淫しました」と総主教に申し出たというのだから、ほんと、バカ。黙っていればいいのに。わたしがラルスを告発することなんてないというのに。ほんとバカ。
 ちなみに、総主教が前の聖女と愛人関係にあったことは、七人とも知らなかった。そのことがラルスの処罰に影響するかと言うと、そうではないみたい。罪は罪、罰は罰。「総主教が私を処罰することはできません」なんて、真っ赤な嘘。ラルスがわたしを安心させるための嘘をついたのだと、初めて知った。ほんと、バカ。バカだなぁ。
 ……何が何でも、助けないといけないじゃない。バカ。

「しかし、陥れられたと仰せの宮文官がイズミさんを姦淫した罪を減刑させるかどうかは……」
「俺は反対だ。暴力を振るった聖職者も、実を食べさせようとした聖職者も、唆されてイズミを犯した宮文官も同罪だと考える」
「あら、あたしは賛成よ。イズミちゃんがどうしようもなくて求めたんだもの。状況が状況なのに、ただの姦淫罪と同等だとは決めつけられないわ」

 リヤーフは反対、アールシュは賛成。夫の中でも賛否があるのは当然のこと。
 賛成ならば同国の副主教や大主教に嘆願する、反対ならば何もしない、そして、わたしはそれを強要はしない、ということだ。

「私は、自国の者が私利私欲のためにイズミさんを傷つけたことが許せません。黄の国にそこまで腐敗した人間がいるなんて、大変腹立たしい。宮文官にも申し訳が立ちません。すぐにでも嘆願書を書きつけます」
「ありがとう、ヒューゴ」
「い、いえ、イズミさんのためならば……ただ、私自身にはそこまでの力がありません。黄の国は総主教様がすべてです。そこまでの期待はできません」

 なるほど。そういうパターンもあるのか。でも、嘆願しないよりはするほうがいいんだよね? たぶん、そうじゃないかな。

「イズ、使われた催淫剤ってどんなやつ? どんな色してた?」
「親指の先くらいの大きさで、丸い形。色は確か、緑色だったような」
「えっ、緑? それを三粒も?」
「うん」

 確か娼婦が使うものだと言っていたような。セルゲイはそのあたりに詳しいんだろう。

「イズに使われた催淫剤、命の実の種から作られた強い薬だよ。普通の娼婦でも一粒で理性をふっとばしちゃうほど。感度が高くなる分、体力もすぐに奪われる。僕の実家の娼館では使用を禁止にしていたくらい危険なものだ。三日も四日も眠り続けていたから何かあるとは思っていたけど、大変だったね、イズ」

 ひえぇ。そんな怖い薬使われていたの? セルゲイは「中毒性はないから安心して」と言っているけど、安心なんてできないよ。こわっ!
 というか……命の実の種が催淫剤になるってことは、果肉のほうももしかしてそういう成分でできているんじゃないの? 命の実って、確実に妊娠させるために、えっちな気分になるものが入っているってことなんじゃない? わぁ、これって大発見?
 あ、でも、普通のセックスでは妊娠しないんだよねぇ? あんな気持ちいいことしても、二年も人口が増えていないんだし。だったら、やっぱりこの世界の人の体の作りが違うってことなのかな。命の実によってのみ排卵するとか。それか、妊娠する確率がやたら低いとか。生理がないなら羨ましい体なんだけどなぁ。
 わたしの体はどうなんだろう? 元の世界と同じ体なら、めっちゃ中出ししてるから妊娠しそうなんだけど。というか、生理の日数から考えて、絶対妊娠していると思うんだけど。そのへん、どうなんだろう?
 わたしがうんうん唸っている間にも、夫たちは勝手に話を進めてくれる。大変ありがたい。

「僕は聖職者たちの弱味を握っているから、脅すことくらい造作もないことだけれど、他の国はそうしたたかにはできないよねぇ?」
「脅す、か。確かに、自分にはそのような真似はできない。そういうやり方は好きではないし、自分が大きな権力を持っているわけでもない。だが、筋を通した嘆願という形であれば、協力はできる」
「オーウェン、ありがとう!」

 セルゲイが物騒なだけで、普通はオーウェンみたいな考え方だからね! 堅実なオーウェンが協力してくれるだけでもありがたい!

「……オレは、王宮で働いてはいたが、オレ自身に力があるわけではない。王族を動かすには、時間と誠意が必要だ。明日には到底間に合わない」
「ありがとう、ベアさん! 気持ちだけで嬉しいよ!」

 ええと、あとは……ウィルフレド。
 どうなんだろう。彼の考えは、全く読めない。何を考えているのか、本当にわからない。紫の国出身のラルスが陥れられたと聞いて、どんな判断を下すのだろう。
 紫の扉の向こうの反応を待つ。
 あぁ、どうか、普通の反応でありますように……! 第二王子らしい判断でありますように……!


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