【R18】肉食聖女と七人のワケあり夫たち

千咲

文字の大きさ
上 下
25 / 91
第一夜

025.橙の君との初夜(一)

しおりを挟む
「あらぁ、聖女様。来てくれたの? ありがとー!」

 わたし、夫を迎えに来たのだけど、七つの扉の部屋に現れたのは、オレンジ色の露出度の高い服を着た――女性。いや、女性のように見えるけれど、男、かな? あちこちについた小さな鎖と鈴が揺れ、シャラシャラと軽やかな音を立てている。

「わぁ、綺麗……! あ、初めまして、わたしは和泉。なんて呼べばいいかな?」
「初めまして、イズミちゃん。あたしはアールシュ。好きなように呼んで」

 橙の国の夫は、セルゲイと同じくらい背が高い。近くで見ると、骨格も男性のよう。手も大きい。お腹も割れている。でも、すごい柔らかい空気を纏っている。
 白い肌に、明るいオレンジ色の長い髪。お化粧もバッチリ。めちゃくちゃ綺麗。美人。うっとりしちゃう。明るいオネエ? ニューハーフのお姉さん? 女装家? わかんないけど、可愛い。綺麗。

「アールシュ、綺麗。踊り子さんみたい」
「うふふ、ありがとう。これは踊り子をしていた母が着ていた衣装なの。イズミちゃん、当たり」

 アールシュはその場で一回転する。シャラシャラという音と共に。

「うわぁ、綺麗! アールシュ、めちゃくちゃ綺麗!」
「ありがとー!」

 わたしは拍手しながら絶賛する。綺麗と可愛いしか言えないけど、アールシュの照れたような表情がまぶしい。
 とりあえず、アールシュをわたしの部屋まで案内する。でも、どうしよう。寝室まで案内すべき? リビングまでにしておく?
 そもそも、アールシュは男なんだろうか? 女なんだろうか? わたしとキスはできる? セックスは?
 寝室に夫を誘導する勇気がなかったわたしは、支度部屋に続く扉の前で一旦立ち止まる。確認しておかなくちゃ。アールシュの嫌がることはしたくないもの。
 振り向くと、きょとんとした表情の美人がいる。あぁ、まぶしい……!

「ね、ねぇ、アールシュ。一つ聞いてもいい?」
「なぁに、イズミちゃん。一つと言わず、何でも聞いてちょうだい」
「大丈夫、一つだけ。アールシュは、わたしと一緒に寝られる? ベッドは分ける?」

 長い睫毛を瞬かせたあと、アールシュは微笑んだ。

「一緒に寝るわ。抱き合って眠りましょ」

 あぁぁ、しまった、「寝る」は普通に「眠る」ニュアンスで伝わってる! 「セックスする」で伝わってない! 困ったぞ、これは。
 でも、触れるのは大丈夫だってことよね? 女が嫌いだというわけではないみたい。なら、良かった。
 性は……心と体は、大変な問題だもの。心と体の性が一致する人、しない人、たくさんいるもんね。アールシュが嫌がるなら、彼とはセックスできないと思っておいたほうがよさそう。でも、命の実をつけるために、キスならしてくれるといいな。

「じゃあ、とりあえず、お酒飲む?」
「わぁ、あたし、お酒大好きなの!」

 わたしは夫を寝室に案内し、初めてお酒の力を借りることにした。だって、そうしないと、ムラムラして絶対に眠れないと思ったんだもの。アールシュの柔らかそうな赤い唇にキスをして、欲情しない自信がない。
 エレミアスが「好き者」だとか「好色」だとか言っていたけれど、その通りだから、わたし、否定はできなかったもの。



「この果実酒はねぇ、橙の国のオレンジを使っているの。生で食べても果肉が美味しいのよ」
「わたしもオレンジ好き。今日の夕飯のあとに食べたんだよ」
「あら、それはきっとあたしが献上したオレンジね。美味しかったでしょう?」
「うん、すっごく! 酸味が少なくて、甘みが強くて、果汁が多くて」

 アールシュとは寝室のテーブルを使って酒盛りをしている。橙の国のお酒が準備されていたのは、たぶん偶然ではないと思う。宮女官が毎日、夫の国のものを置いてくれているんじゃないかな。気にしていなかったけど、大変にありがたいことだ。明日感謝の言葉を伝えておこう。

「橙の国ってどんなところ?」
「そうねぇ。陽気で気さくな人が多いかしら。暖かい気候を利用して、オレンジだけじゃなくて色んな果樹を栽培している農業国家なの。毎月、どこかしらの地域で収穫祭があるのよ」
「わぁ、いいなぁ、収穫祭!」
「あたしの母も収穫祭で父と出会ったのよ」

 アールシュは遠くを見つめながらオレンジ酒を飲む。わたしもごくごく飲む。ワインより飲みやすくて美味しいんだよね、このお酒。少なくなったお互いのグラスに新たにオレンジ酒を注ぎ、橙の国のドライフルーツをつまむ。

「あたしの母は各地を転々とする旅する踊り子で、父がそんな母を見初めてあたしが生まれたの。母の踊りは最高に美しかったんですって。評判の踊り子だったのよ」
「素敵な馴れ初めね」

 蓄光石はまだ明るい。夜はまだこれからだ。
 何だか女子会ってこんな感じなんだろうなと思う。元の世界でも行ったことがない、幻の女子会。それが異世界にあったなんて。まぁ厳密に言えば、女子同士ではないのだけど。

「でもね、ずっと旅をしてきた母は、一つのところに留まることができなかったのよね。父とは一緒に暮らせなくなっちゃって、あたしを置いて出て行ったの」
「アールシュを置いて?」
「ええ。だから、あたしはずうっと肩身が狭かったのよ。事あるごとに『あの母親に似ている』『どうせふらりと出て行くんだろう』『王位継承権を放棄して出て行けばいい』って陰で言われ続けてね」
「何それ、酷い! 母親がいない子どもになんてこと言うのよ! サイテー!」

 アールシュが不遇な幼少時代を送っていたことは想像に難くない。よく、リヤーフみたいに歪まずに育ったものだわ! わたしみたいに人生を諦めずに育ったものだわ! 素晴らしい! 奇跡だわ! 女装しているけど! ん? 王位継承権? 何だろ、それ。ま、いっか!

「アールシュは強いのねぇ」
「そうかしら?」
「美人で背が高くて綺麗で可愛くて強いだなんて、ほんと奇跡だわ。わたしは早々に諦めたの。弱いのよ」
「イズミちゃんも同じような経験が?」

 全然、同じじゃないのよ。アールシュが受けてきた扱いに比べたら、全然!

「母はわたしを一人で生んだの。それから、男をとっかえひっかえ。父親が何人も変わって、名前が何回も変わって、そのうちの一人がわたしの初めての相手だったかな。ほんと気持ち悪かったなぁ、あれ」

 でも、詳細はもう思い出せない。心の奥のほうに閉じ込めたから。簡単に開かないように、鍵をかけたから、大丈夫。
 うぅ、酔ったのかな。何だか、口が止まらない。

「中学生なのに、生活費を稼いで来いって言われて、男の相手をさせられて、たくさんお金を持って帰っても暮らしは全然楽にならなくて。わたしには学もなければお金もないから、憎んでいた母親のように男に寄生するしかなくて。殴られても蹴られても、お金を盗られても、刺されても、わたしには頼る人がいなくて。ほんと、サイテーな、ゴミクズみたいな人生」

 アールシュの顔が歪んでいる。あぁ、ごめんなさい、不愉快な思いをさせて。こんな女が聖女だなんて気持ち悪いでしょう? 笑えちゃうでしょう? 綺麗な顔をそれ以上近づけたら、ダメだよ。

「イズミちゃん」
「ダメよ、優しくしないで。わたし、甘えちゃう。皆が優しいから、甘えちゃう。ダメなのに。本当はダメだったのに」
「甘えなさいよ、存分に。そのための夫でしょう? そのために、あたしが、あたしたちがいるんでしょう?」

 アールシュは、テーブル越しにキスをくれる。柔らかくてぷるぷるの唇。オレンジの味がする、すごく優しいキス。どんなケアをしているのかあとで聞こう。いいなぁ、この唇。キス、好きだなぁ。

「ダメだよ、アールシュ。あなたが欲しくなっちゃう」
「いいのよ、欲しがっても」
「ほんと? アールシュは大丈夫? 女のわたしでも大丈夫? わたし、男じゃないのよ? 生えてないのよ?」
「何を勘違いしているのか全然わからないけれど、あたしはあなたが可愛くて仕方がないわよ、イズミちゃん」

 二度目に重ねられた唇に、わたしは何だか安心してしまった。安心して――眠ってしまった。「やだ、イズミちゃん!?」と慌てるアールシュの声が遠くなっていく。恥ずかしながら、そのまま寝落ちしてしまったのだ。


しおりを挟む
script?guid=on
感想募集中。更新中は励みになりますし、完結後は次回作への糧になります。

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

イケメンエリート軍団??何ですかそれ??【イケメンエリートシリーズ第二弾】

便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC” 謎多き噂の飛び交う外資系一流企業 日本内外のイケメンエリートが 集まる男のみの会社 そのイケメンエリート軍団の異色男子 ジャスティン・レスターの意外なお話 矢代木の実(23歳) 借金地獄の元カレから身をひそめるため 友達の家に居候のはずが友達に彼氏ができ 今はネットカフェを放浪中 「もしかして、君って、家出少女??」 ある日、ビルの駐車場をうろついてたら 金髪のイケメンの外人さんに 声をかけられました 「寝るとこないないなら、俺ん家に来る? あ、俺は、ここの27階で働いてる ジャスティンって言うんだ」 「………あ、でも」 「大丈夫、何も心配ないよ。だって俺は… 女の子には興味はないから」

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

冷徹義兄の密やかな熱愛

橋本彩里(Ayari)
恋愛
十六歳の時に母が再婚しフローラは侯爵家の一員となったが、ある日、義兄のクリフォードと彼の親友の話を偶然聞いてしまう。 普段から冷徹な義兄に「いい加減我慢の限界だ」と視界に入れるのも疲れるほど嫌われていると知り、これ以上嫌われたくないと家を出ることを決意するのだが、それを知ったクリフォードの態度が急変し……。 ※王道ヒーローではありません

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

処理中です...