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第一夜
014.聖女、世界の理を知る。
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セルゲイが帰ったあと、お風呂に入り、遅めの昼食を摂る。春牛のサイコロステーキは、胸焼けしそうなほど脂身が多い。だから、割と硬めのところだけ食べている。この調子だと夕食は少なめでもいいかもしれない。
そんな中、驚いた様子のラルスがやって来て「赤の国の花が咲き、青の国に蕾が現れました」と報告してくれる。わたしは聖樹や命の実に興味はないのだけれど、スサンナは「まぁ、素晴らしい」と拍手をしてくれる。ちょっと誇らしい。
「命の実ってどれくらいでなるものなの?」
「そうですね……前の聖女様は蕾がつくまで五日、そこから、花が咲くまで三日、実がなるまではさらに十日かかっておりました。驚異的な速さです」
「へぇ、良かったね」
「はい。大変喜ばしいことでございます」
前の聖女は相当な奥手だったと聞くから、いちゃいちゃの度合いにもよるのかもしれない。セックスしたらどうなるんだろ? 命の実が早くできるものなのかな? それには興味ある。ちょっと実験してみたい。今夜来るはずの黄色の夫がセックス好きだといいんだけど。
「そういえば、ここってどこの国なの?」
「聖女宮と聖樹殿は、白の領域――つまり、どこの国にも属しません。位置としては聖樹の南にあり、緑の国が一番近くにございます」
ラルスが板に簡単に地図を描いてくれる。聖樹を円の中心として、東西南北に放射線状の線が引かれていく。白の領域は、聖樹とその根元が含まれる、言わば聖域。聖職者と各国の要人しか入ることができないらしい。
地図の上では、聖樹の北東から北西にかけて、七国がそれぞれ区分けされている。確かに、南には緑の国が位置している。北は……まぁ、確実にずっと影になるよなぁ、あんな巨大な木なんだもの。赤と紫の国は何とかなるかもしれないけど、日当たりが悪いところに人は住めないよね。ジメジメしてそう。だとしたら、魔物とやらが棲んでいるのかもしれない。オーウェンは赤の国の元聖騎士だって言っていたし。隣接しているよね、影の部分と。
「北には人は住んでいないの?」
「……はい。聖樹の影となる場所は魔物の住処となっております」
「へぇ」
ラルスが一瞬返答に困ったような気がする。まぁ、想像はつく。人間が住むような場所じゃない、ということは、だからこそ都合がいいこともあるのだ。島流し、って言葉が日本にはあるんだもの。こちらで同じことが行なわれていても、不思議ではない。
「魔物ってどんな?」
「確認されているものですと、空を飛ぶもの、地を駆けるもの、聖樹に登るもの、などですね」
「全然想像できないや。図鑑とかないの?」
「ございません」
なぁんだ、と呟いてロールパンを食べる。林檎ジャムをつけて食べるとかなり美味しいんだ。食パンやバゲットはまだ見たことがない。米もまだ出てきていないから、和食は期待できそうにない。
「命の実ってどうやって収穫するの? 落ちてくるのを待つの?」
「収穫する者がおります。収穫したあとは一日聖水に浸し、翌日、子を希望する夫婦に授けるのです」
聖水は各地の聖樹殿にしかないため、子を希望する夫婦はそこを訪れる必要がある。儀式をしたあとに、夫の隣で妻が実を食べるんだとか。持ち帰ることはできないため、その場で食すらしい。
「へぇ。命の実って美味しいのかな?」
「正直に申し上げますと……聖水に浸さない実は、非常に苦いのです。食用には向かない果実なので、無断採取されることもほとんどありません」
美味しかったら乱獲されて、子どもが欲しい夫婦に行き渡らなくなるんだもんなぁ。苦くて食べられたもんじゃない、っていうならそのほうがいいのかも。
「じゃあ、聖水に浸すと味が変わるの?」
「ええ。甘くなるようです。私は食べたことがありませんので、聞いた話ですが」
「へぇ。食べてみたいな」
あ、でも、食べると妊娠するんだっけ? それは嫌だな。子どもが欲しいわけじゃないんだもの。
「聖女様、申し上げるのを失念しておりましたが……宮女官以外の者から食べ物を出されても、絶対に口にしてはなりません。もちろん、ご夫君方からの差し入れも食べてはなりません」
「命の実が混入しているかもしれないから?」
「察しが早くて助かります。自らの利権のために、聖女様を妊娠させようと考える者は多いです。ご夫君方も例外ではありません」
へぇ。わたしが妊娠することによって、どんな利益があるんだろう。想像がつかないや。
「命の実は握り拳くらいの大きさの白い果肉をすべて食べなければ妊娠できません。すり潰し、液状にして飲むことも、料理や菓子に混入させることも可能です」
「わぁ、怖い」
林檎ジュースです、と言われて飲まされることもあるかもしれないってことね。甘いジュースならごくごく飲めちゃいそう。
だとすると、夫が朝食を準備してくれるときは要注意ってことかな。スープや飲み物には気をつけておかなくちゃ。
「でも、命の実は二年くらい採れていないんでしょ?」
「命の実を二年隠し持つことなど、造作もない立場の人間がいるとお考えください」
「わぁ、なるほど。高貴な方々もいるものだねぇ」
命の実は聖水に浸している限りは腐らないらしいから、隠し持つことができるんだそうだ。恐ろしいことだわ。
「……命の実って、夫婦じゃないと、妊娠しないのよね?」
「そういうことになっております」
うわぁ。「そういうこと」にしてあるってことね、規則として。夫婦じゃない男女でも妊娠できるってことだもん。怖い、怖い。結構ガバガバなシステムじゃん。
「実を食べる女は、その一番近くにいる男の子を孕むとされています」
「……じゃあ、夫婦と偽って女同士がやって来て、実を食べたらどうなるの?」
「その場合、一番近くにいる男……部屋の近くにいる聖職者の子になる可能性もありますが、距離が遠いと妊娠できない場合もございますので」
距離が遠いと妊娠できない……そういう場合もあるわけか。どちらにしろ、命の実による妊娠システムは、緩い感じのものだとわかった。そして、七聖教がそれを利用して――規則と称して、信者をうまく操っていることも。
「なるほどねぇ」
「聖女様、わかっておられるかとは思いますが」
「あ、うん、なるべく妊娠しないように気をつける。妊娠しちゃっても、他の夫ともちゃんといちゃいちゃするよ。七年続けて出産するのは想像できないけど、できないこともないだろうし……まぁ、聖女としての役割は疎かにしないから心配しないで」
ラルスは驚いた表情を浮かべたあと、「あなたという人は」と苦笑した。その続きを、彼は口にしなかったけれど、言いたいことは何となくわかったから、わたしも何も言わなかった。
そんな中、驚いた様子のラルスがやって来て「赤の国の花が咲き、青の国に蕾が現れました」と報告してくれる。わたしは聖樹や命の実に興味はないのだけれど、スサンナは「まぁ、素晴らしい」と拍手をしてくれる。ちょっと誇らしい。
「命の実ってどれくらいでなるものなの?」
「そうですね……前の聖女様は蕾がつくまで五日、そこから、花が咲くまで三日、実がなるまではさらに十日かかっておりました。驚異的な速さです」
「へぇ、良かったね」
「はい。大変喜ばしいことでございます」
前の聖女は相当な奥手だったと聞くから、いちゃいちゃの度合いにもよるのかもしれない。セックスしたらどうなるんだろ? 命の実が早くできるものなのかな? それには興味ある。ちょっと実験してみたい。今夜来るはずの黄色の夫がセックス好きだといいんだけど。
「そういえば、ここってどこの国なの?」
「聖女宮と聖樹殿は、白の領域――つまり、どこの国にも属しません。位置としては聖樹の南にあり、緑の国が一番近くにございます」
ラルスが板に簡単に地図を描いてくれる。聖樹を円の中心として、東西南北に放射線状の線が引かれていく。白の領域は、聖樹とその根元が含まれる、言わば聖域。聖職者と各国の要人しか入ることができないらしい。
地図の上では、聖樹の北東から北西にかけて、七国がそれぞれ区分けされている。確かに、南には緑の国が位置している。北は……まぁ、確実にずっと影になるよなぁ、あんな巨大な木なんだもの。赤と紫の国は何とかなるかもしれないけど、日当たりが悪いところに人は住めないよね。ジメジメしてそう。だとしたら、魔物とやらが棲んでいるのかもしれない。オーウェンは赤の国の元聖騎士だって言っていたし。隣接しているよね、影の部分と。
「北には人は住んでいないの?」
「……はい。聖樹の影となる場所は魔物の住処となっております」
「へぇ」
ラルスが一瞬返答に困ったような気がする。まぁ、想像はつく。人間が住むような場所じゃない、ということは、だからこそ都合がいいこともあるのだ。島流し、って言葉が日本にはあるんだもの。こちらで同じことが行なわれていても、不思議ではない。
「魔物ってどんな?」
「確認されているものですと、空を飛ぶもの、地を駆けるもの、聖樹に登るもの、などですね」
「全然想像できないや。図鑑とかないの?」
「ございません」
なぁんだ、と呟いてロールパンを食べる。林檎ジャムをつけて食べるとかなり美味しいんだ。食パンやバゲットはまだ見たことがない。米もまだ出てきていないから、和食は期待できそうにない。
「命の実ってどうやって収穫するの? 落ちてくるのを待つの?」
「収穫する者がおります。収穫したあとは一日聖水に浸し、翌日、子を希望する夫婦に授けるのです」
聖水は各地の聖樹殿にしかないため、子を希望する夫婦はそこを訪れる必要がある。儀式をしたあとに、夫の隣で妻が実を食べるんだとか。持ち帰ることはできないため、その場で食すらしい。
「へぇ。命の実って美味しいのかな?」
「正直に申し上げますと……聖水に浸さない実は、非常に苦いのです。食用には向かない果実なので、無断採取されることもほとんどありません」
美味しかったら乱獲されて、子どもが欲しい夫婦に行き渡らなくなるんだもんなぁ。苦くて食べられたもんじゃない、っていうならそのほうがいいのかも。
「じゃあ、聖水に浸すと味が変わるの?」
「ええ。甘くなるようです。私は食べたことがありませんので、聞いた話ですが」
「へぇ。食べてみたいな」
あ、でも、食べると妊娠するんだっけ? それは嫌だな。子どもが欲しいわけじゃないんだもの。
「聖女様、申し上げるのを失念しておりましたが……宮女官以外の者から食べ物を出されても、絶対に口にしてはなりません。もちろん、ご夫君方からの差し入れも食べてはなりません」
「命の実が混入しているかもしれないから?」
「察しが早くて助かります。自らの利権のために、聖女様を妊娠させようと考える者は多いです。ご夫君方も例外ではありません」
へぇ。わたしが妊娠することによって、どんな利益があるんだろう。想像がつかないや。
「命の実は握り拳くらいの大きさの白い果肉をすべて食べなければ妊娠できません。すり潰し、液状にして飲むことも、料理や菓子に混入させることも可能です」
「わぁ、怖い」
林檎ジュースです、と言われて飲まされることもあるかもしれないってことね。甘いジュースならごくごく飲めちゃいそう。
だとすると、夫が朝食を準備してくれるときは要注意ってことかな。スープや飲み物には気をつけておかなくちゃ。
「でも、命の実は二年くらい採れていないんでしょ?」
「命の実を二年隠し持つことなど、造作もない立場の人間がいるとお考えください」
「わぁ、なるほど。高貴な方々もいるものだねぇ」
命の実は聖水に浸している限りは腐らないらしいから、隠し持つことができるんだそうだ。恐ろしいことだわ。
「……命の実って、夫婦じゃないと、妊娠しないのよね?」
「そういうことになっております」
うわぁ。「そういうこと」にしてあるってことね、規則として。夫婦じゃない男女でも妊娠できるってことだもん。怖い、怖い。結構ガバガバなシステムじゃん。
「実を食べる女は、その一番近くにいる男の子を孕むとされています」
「……じゃあ、夫婦と偽って女同士がやって来て、実を食べたらどうなるの?」
「その場合、一番近くにいる男……部屋の近くにいる聖職者の子になる可能性もありますが、距離が遠いと妊娠できない場合もございますので」
距離が遠いと妊娠できない……そういう場合もあるわけか。どちらにしろ、命の実による妊娠システムは、緩い感じのものだとわかった。そして、七聖教がそれを利用して――規則と称して、信者をうまく操っていることも。
「なるほどねぇ」
「聖女様、わかっておられるかとは思いますが」
「あ、うん、なるべく妊娠しないように気をつける。妊娠しちゃっても、他の夫ともちゃんといちゃいちゃするよ。七年続けて出産するのは想像できないけど、できないこともないだろうし……まぁ、聖女としての役割は疎かにしないから心配しないで」
ラルスは驚いた表情を浮かべたあと、「あなたという人は」と苦笑した。その続きを、彼は口にしなかったけれど、言いたいことは何となくわかったから、わたしも何も言わなかった。
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