【R18】肉食聖女と七人のワケあり夫たち

千咲

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第一夜

010.ラルスの報告

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 黒の刺繍が現れたことは、すぐに総主教や副主教に伝えられた。「まさか」と笑った上層部の聖職者も、ラルスが婚礼衣装を持ってくると笑うことなどできなくなったのだ。
 七聖教は「七聖人たちが聖女の夫となった」ことを起源としている。「七」という数字は絶対のものなのだ。八や六ではいけない。七でなければならないのだ。

 かつて、同じように黒の刺繍が婚礼衣装に現れた聖女がいた。その聖女は、命の実をよく育む異世界人であったのだが、晩年、魔物に拐かされ、北の黒翼地帯へ渡ったことが記録簿に記されている。その聖女がどうなったのかは、誰も知らない。記録にも残っていないのだ。
 北の黒翼地帯――そこは聖樹の影となる場所だ。日が当たらないため、土地は痩せ、植物は育たない。人間は住むことはできないが、影に生きる魔物は別だ。黒翼地帯には、魔物だけが棲んでいるのだ。
 黒の刺繍が現れる聖女は、黒翼地帯へ連れ去られてしまう可能性があるということだ。それが二十年後であるか、明日であるのかはわからない。

「聖女宮の護りはどうなっている? 護衛の聖武官を増員せよ」
「もし魔物が現れ聖女が攫われたら、次の聖女を喚ぶのにどれだけ準備が必要だ? 聖文官は試算せよ」
「とにかく、聖樹が命の実をつけるまでは聖女を死守しなければならない。ラルス、責任重大だぞ」

 ラルスは総主教たちの言葉に頷く。彼も、妻に命の実を食べてもらうまでは聖女を奪われてはならないと考えている。
 魔物から聖女を守らなければならない。ラルスはキリキリ痛む胃を押さえ、「仰せのままに」と頭を垂れるのだった。



「聖女様、赤の君と仲良くなさったようです」

 聖女の居室へ向かう際、テレサからの報告を聞いて、ラルスはホッと胸を撫で下ろす。万が一を疑っていたが、徒労に終わった。仲がいいことは良いことだ。
 朝一番に赤の国の聖殿から、聖樹に蕾が見られるという報告があった。しかし、命の花が咲くまでしばらくかかる。蕾が花咲き実をつけるまで、前の聖女のときは二十日ほどかかっていたのだから。

「それは良かった」
「夫とは性交渉をしてもいいのか、と聞かれました」
「……仲良く、とはそういう意味か。もう欲の解放にたどり着いたか」

 前の聖女が夫とキスをするのに三ヶ月かかったというのに、今回の聖女は一晩で夫と夫婦になったようだ。ラルスは苦笑するしかない。

「今回の聖女様は積極的で良かったな」
「ええ。香油や潤滑油はないのかと聞かれましたので、お望みのものを差し上げてございます」
「備蓄を切らさぬように」

 テレサはニコニコと微笑みながらラルスについてくる。どうやら彼女は新たな聖女を気に入ったようだ。

「我が教の教えや、世界の理についても質問がございました」
「どんなことだ?」
「婚前交渉は禁じているのか、自死は許されているのか、規律を守らなかった者に対してはどのような処罰があるのか、他にも、七聖教以外の宗教の有無、差別の有無、魔物とは何なのか、などを聞いてこられました」

 ラルスは驚いて足を止める。一晩の夫婦生活でそこまでの疑問を抱く聖女の話など聞いたことがない。「聖女は命を繋ぐための道具」としか考えていない上層部から見ると、今回の聖女は脅威に見えることだろう。何しろ、聖女は傀儡でなければならないのだ。懐柔しやすい娘でなければならないのだ。知恵は必要ないのだ。

「テレサよ。さぞ楽しいであろう」
「ええ、もちろ……いえいえ、とんでもございません。聖女様がお聞きになったこと、それに対するわたくしの答えはすべて記録してございます」
「よし。私にだけ報告を上げろ。間違っても上層部には報告するな。彼らが聖女様を解任し、黒翼地帯へ追放するなどということがあってはならない」

 テレサは「承知いたしました」と頭を下げる。
 処罰――七聖教では、規律に違反し、重大な罪を犯した者は、魔物が棲まう黒翼地帯へ追放されることが決まっている。魔物の餌となる、ということだ。
 聖女を制御できない状況になると、上層部は何かしら重大な罪をでっち上げて、彼女を黒翼地帯へ追放することだろう。聖女はまた召喚すればいい、その程度にしか考えていないのだから。

「聖女様は?」
「青の君のこと、青の国のことを色々と質問なさったあと、疲れた様子で寝室へと向かわれました」
「ふむ」
「聖女様は世界地図をご所望です。ラルス様の了承を得てからでないと、と思いましたので、まだ聖女様にはお渡ししておりませんが」

 世界地図、か。ラルスは思案しながら歩き出す。
 そこまで聡い聖女なら、地図上の黒翼地帯を見ただけで黒の刺繍と結びつけて考えるだろう。果たして、それが良いことなのかどうか、ラルスには判断できない。「行ってみたい」などと言われては大変だ。必ず面倒なことになる。

「地図に関しては、今しばらく時間をもらえないだろうか」
「かしこまりました。準備に時間がかかるとお伝えしておきます」

 テレサを宮女官として呼び戻して良かった、とラルスは思う。前の聖女が身罷った折、テレサは暇を願い出たのだ。それを潰し、宮女官に据え置いたのはラルスだ。

「引き続き、聖女様を頼む」
「かしこまりました」

 ラルスは願う。新たな聖女が問題を起こさないように、と。彼の切実な願いなのだ。


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