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第一夜

003.聖女、自らの役割を理解する。

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 女の人たちにめちゃくちゃ綺麗にしてもらってから、ちょっとだけクッキーだかビスケットだかを食べ、今はテレサのあとを歩いているところ。どこへ向かっているのかわからないけれど、結婚式場なんだろう。

「聖女様、おはようございます。よく眠れましたか?」

 角を曲がると、いきなり男の人が現れた。ここには男の人もいるのね。見かけなかったから、いないものだと思っていた。
 ……って、めっちゃイケメンじゃん、彼。キラキラの銀色の短髪に、黒色の瞳。めっちゃ好み。外国人補正がかかっている可能性はあるけれど、彼が夫だと言われても大丈夫だわ、わたし。

「おはようございます。たぶん、よく寝たと思います」
「こちらの都合でお喚び立ていたしまして、誠に申し訳ございません。私はラルス。聖女宮で聖女様の補佐をいたします、聖文官でございます」

 せいぶんかん? 官吏? 神官みたいなもの? 彼もまた真っ白な衣装を着ている。ここにいる人たちは皆真っ白なんだよね。そういう制服なのかもしれない。

「あなたはわたしの夫?」
「お戯れを。私はただの聖職者にございます」
「なんだぁ。イケメンなのに」
「いけめ……?」
「格好いいってこと」

 ラルスはむせた。テレサも肩を震わせている。素直に褒めたら笑われるだなんて……ダメだった? ラルスは顔を真っ赤にしているため、どちらかと言うと照れているのかもしれない。

「聖女様のご夫君はもっと美しい御仁方でございます」
「やったぁ。めっちゃ期待しとくわ」

 イケメンのラルス以上ってことなのよね? なら、期待できそうだ。

「テレサから聞き及んでいるかと存じますが、聖女様の仕事は、ご夫君方と情を交わし、聖樹に命の実を授けることです。前の聖女様が倒れられてから二年、新たな命が誕生しておりません。聖女様は速やかに七人の君と情を交わしていただきたく、お願い申し上げます」

 へえ、初耳のことばっかりだよ。
 この世界の人間の命はとにかく聖樹が握っているというわけね。で、聖女は聖樹と人間の橋渡し的な存在なんだろう。そんな大事な役割、わたしなんかが担っていいの?

「それが終わったら帰れる? 元の世界に」

 ラルスは押し黙る。沈黙は雄弁ねぇ。わたしはもう地球には戻れないんだろう。

「帰りたい、ですか?」
「あ、別にめっちゃ帰りたいってわけじゃないの。一応聞いておいただけ」

 そうですか、とラルスは呟く。さすがに謝ることはしないのね。別の世界から「お喚び立て」した上、帰る方法もないというのに謝罪なしだなんて、どこかの権力者みたい。地球に未練がないわたしで良かったね。じゃなきゃ、大事な大事な「聖女様」に逃げられても仕方ないわよ。
 わたしは地球に戻ることを早々に諦めた。だから、今までの会話で理解できなかったことを尋ねる。

「ねぇラルス、命の実って何?」
「聖樹に宿る命です。その実を食べると、女が子を宿すのです」

 ちょっと待って。理解が追いつかない。実を食べると妊娠する? それって、どういうこと? 排卵を誘発する薬みたいなものなの? それとも、生理がないの? 射精しないの? あなたたち、そういう人間なの? 人間じゃないの? 宇宙人!?
 でも、それが本当なら、すごいシステムだね、それ。命の実を食べれば確実に妊娠できるなら、不妊治療なんてないだろうし、人口の操作も可能ってことじゃん。
 あぁ、でも、聖女がいないと命の実が作れないんだっけ? 責任重大だし、聖女がいなくなったら世界が滅びるってことだよね。二年で人口は減っただろうし。それはそれで大きなデメリットだわ。

「ラルス、この世界の人は性交渉はしないの?」

 ラルスとテレサが同時にむせる。なるほど、するみたいね。

「じゃあ、性交渉で子どもはできないのね?」
「さ、さようで、ございますね」
「じゃあ、夫とどのように情を交わせばいいの?」
「それは……口づけとか、抱き合って眠る、という形で」

 なるほど。七人のイケメンと毎日キスをして抱き合えば、命の実を作り出すことができて、子どもが欲しい夫婦に赤ちゃんが授かる、と。
 へえ、すごい。聖女って割と楽な仕事なんじゃん。ラッキー。あとは給料がどれだけ出て、どれだけ遊べるか、だわ。美味しいもの、食べ歩きたいなー。

「聖女様、あまりあけすけにそういったことを話さぬようお気をつけください。欲の解放に関しては、敏感な部分のことではありますから」
「はぁい。なるべく、ね。頑張る」

 下ネタが好きなわけじゃないのよ。嫌いでもないけれど。だからいきなり聖女って言われても困る。聖なる乙女ってことでしょ? わたし、清らかさなんか持ち合わせていないのだから。

「あ、ねぇ、ラルス。聖女って処女じゃなくても大丈夫なの?」
「ですから! 聖女様! お控えください!」

 顔を真っ赤にしたラルスに叱られて、わたしは何だか少しだけホッとする。聖女に清らかな心と体が必要なら、わたしは絶対に選ばれるわけがないのだもの。
 とにかく、わたしはわたしのままでいい。きっと、そうなのだ。


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